僕たちは正義の味方

八洲博士

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 季節は春、暦は四月になってみたものの、あまり変化を感じなくて。卒業生を送り出し、僕は六年生になったのだけど。勇吾にぃの中学校は小学校に行く通学路の途中にあるし以前と比べても顔を合わせる機会が少しは減るかと言う程の変化だ。里紗ねぇとは剣道教室で会うし。行き帰りで話もする。
 あえて言えば、自称先輩とは会わなくなった。中学で入った剣道部が忙しいとの理由で、警察の剣道教室は辞めてしまったのだ。もちろん、寂しくなんかないが多少は気になる。里紗ねぇも同じく剣道部なのに剣道教室も継続している。
 やれば出来るのに辞めたのは、別な理由がありそうだけど。それは先輩の自由だしなぁ。追求するほどのことでもないし。
 一方里紗ねぇは新しい友達も出来て、一緒に剣道部に入ったそうな。二人ともドラマの再放送を見て興味を持った初心者で、入学祝いに竹刀と防具一式を揃えてもらったらしい。胴の防具の色は赤。
どこかで聞いた話だよねー。ツッコまないけど。
僕の知らない、中学校の説明はまだまだ続きそうだ。

 「早見里紗です。六小(第六小学校)から来ました。私も剣道部に入ろうと思っています。よろしくお願いします」
 第二中学校一年三組の教室で私は自己紹介を終える。名前と出身校、後は趣味などを一言の自己紹介だったが、なんとなく入部希望のクラブ名も添えるようになった。出席番号一番の男子が「野球部に入ります。中学からは硬式ボールを使うので楽しみです」と言ったのでそれが流れになって。
 クラスも同じ、クラブも同じとなればお互い打ち解けるのも早いかというのもあったんだけど。
 多いんだよね、剣道部の希望者が。男子が七人女子が三人、うちのクラスだけだろうか、こんなの。席の近い男の子たちがお前もか、と盛り上がっているけど。彼らもリバイバルで放送されたドラマ「おれが剣道だ」を見ていたみたいで・・・・。
自分もそのドラマに感化されているので苦笑いするしかないのよね。あははは。

 「テレビの力って凄いんだな・・・」
 呆れたように独り言をつぶやくのは、剣道部顧問の江口だ。職員室で食後のお茶を飲みながらのポロリとこぼれた本音だった。
 認めたくはないが、剣道部では伝統的に二年生から一年生へのシゴキがある。二年生からすれば自分達が一年生の時に受けた訓練を今の一年生にもしているだけ、のつもりらしい。もっとも、小学生だった子供達が防具を着けて、自在に竹刀を振り回すためにはそれなりに体を鍛えなければならない。例年、課題は変えていないが教える側の気持ちが変わってしまえば愛のムチでも憂さ晴らしのシゴキとなる。噂が噂を呼び、新入部員は減り続けた。マン・ツー・マンどころか、一人の新入部員に三人程もコーチ役が群がる始末だ。精神的に未熟な二年生は新入部員の体力を見ずに課題を消化させようとするので、耐えきれずに辞める者が少なくない。もう課題を減らして弱体化を受け入れるか、監視を強めるか。いや、課題を減らしたところで二年生が伝統のシゴキを止めるとは思えないか。結局監視の強化しかないか。だが、この数年間の俺の悩みは新年度になってすぐに霧散する。
 今年度の剣道部の新入部員約四十名。
一体何の冗談だ。
数字が一桁間違ってないか。これでは二年生と三年生を合わせた人数よりも多くなる。今年の入部希望者、俺の予想は四人だったというのに。
驚いたことに入部希望の理由のほとんどが、テレビドラマで興味を持ったと聞いている。しかもこれまでゼロだった女子が三人も入部するとは。
逸る心を落ち着かせて考える。テレビドラマの影響など一時的なものだろうがこの女子部員三人がなんらかの実績を残して後輩を呼び集めた場合、女子剣道部の設立も夢ではない。今年からはわからんが中学校全体で見れば、男子に比べて、女子剣道部はずいぶんと少なかった。同じ大会でも男子に比べて圧倒的に部員数が少なく、その分、ライバルも少ない。
 俺の指導について来れれば、強豪校クラスは難しいかもだが大会常連校並みの実力をつけられる。問題は精神面のケアだが、男の俺では厳しいか。いや適任がいた。自分には無理とクラブの顧問を逃げ回っていた新米教師が。顧問不在のクラブがないからと大目にみていたが副顧問なら断れまい。教師という仕事はなった後も勉強が続くのだ。成長する生徒達と共に時間を共有する、教師と言う仕事の醍醐味を新米に味あわせようと江口は罠をはり、いや策を練り、違った。
心を砕いて、準備に勤しんだ。

いきなり女子部員が三人も入った剣道部は新人女教師を口説いて、剣道部の副顧問に任命。女生徒の指導を任せることにした。女子部員からすれば顧問も同じ女性のほうが相談しやすいかもしれない。三十路後半、未だに独身の自分には思春期の少女からの相談など面倒ごとの種でしかない。技術的な指導とくれば、剣道には自信がある。精神面のフォローを香川に振れば。新人女教師の頼りない顔を思い浮かべるが彼女自身のいい経験になるだろうと考えることにした。一番年が近いのだ、うまくやるだろう。剣道部顧問の江口は校長室に乗り込んだ。野望の共有のために。
 翌日、副顧問を辞退するために校長の元を訪れた香山は剣道部顧問の江口の根回しにより絶大な激励と支援を受け、女子剣道部設立の使命を授かる。副顧問を断るタイミングなど、とっくに過ぎていたのだ。

 学校は子供達が自分の適性を探す場所でもある。その選択肢が多いにこしたことはない。

 定年間近の、校長の言葉だが、理想の高さ故に江口の尊敬する人物でもある。この学校の歴史において、その名を輝かせる事が江口の密かな野望であった。
義理と人情に縛られた中年教師が似合わないほどの青臭い野望を抱く一方で子供じみた妄想を実現させたいと願う中学生もいた。
 その名を山下哲也という。
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