僕たちは正義の味方

八洲博士

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 遊びという名前の特訓を続けて半年が過ぎた。
毎日、休むことなく、どころか梅雨にしろ台風にしろ、雨が降ったらその日は休んだ。南の島の大王の子供らを真似たわけじゃない。お巡りさんや郵便局の配達員さんとかなら雨合羽を着て走り回るんだろうけど遊びだからね。一応そういうことになってるので。   
実は遊びじゃないのさと雨の中訓練を強行して風邪を引いたり足を滑らせて怪我でもしたら後々困ることになるのは自分達だ。結果、悟君は喜々として本を読み漁り、他のメンバーは睡魔が力を振るう前に宿題を片付けるのが雨の日の過ごし方だった。
その間の成果というか、僕たちは逞しくなった。夏の暑さにも負けず、筋肉痛にもめげず、強力な睡魔の誘いに抗った。雨には負けたけどね。いや、雨の日を避けただけで、風邪を引いたりはしなかったから不戦敗か。一番成長したのはやはりというか当然というか悟君だ。いや、思えば天狗山での一件以来、彼は周りが気付かないくらい少しづつ変わっていたのかもしれない。給食は一人前で充分と言っていた悟君だがいつの間にかお替わり争奪戦の常連になり、食べるスピードも速くなった。もっとも余った昼休みを過ごすのが校庭ではなく図書室なのは変わらないが。身体が運動にも慣れ、筋肉痛も収まるタイミングで夏休みに突入したため、夏休み明けに悟君を見たクラスメイトはその変わり様に驚いてちょっとした騒ぎになった。
 一言でいうなら変身ヒーローの改造前、改造後ってかんじかな。
目立った筋肉もなく、プールの授業で水の冷たさに震えていた彼はもういない。とはいえ読書好きのインドア志向が変わらなかったこともありクラスの皆も彼の変化に馴染むまで時間はかからなかった。実は悟君、内面的にも成長しているのだがそちらに気付く人はほとんどいなかった。仮に気付いた人が大勢いたとしても、原因となる解りやすい要素、肉体改造の成功が理由であろうとされて勝手に納得していっただろう。
 実をいうと僕と雫ちゃんも内面的には大きく成長している。それはもう悟君の肉体改造の比ではないくらいに。ただその発覚はたまたま起きた事故によるものだ。自分で育成方針を定め、着実に力を身につけた悟君の方がすごいと僕は思っている。
 あれは夏休み最後の週。同じく遊んでいるはずなのに毎日笑顔で送り出される悟君と毎晩静さんが帰宅するなり、家の手伝いと宿題の進みぐあいを厳しくチェックされる自分の扱いがあまりにも違い過ぎると勇吾にぃがグチをこぼしていた日の事だ。夏も盛りの強い日差しに気が緩んだのか雫ちゃんが足を滑らせジャンボすべり台に頭を打ち付けてしまう。相当に痛かったようで転んだ姿勢のまま地面までずり落ちる雫ちゃん。そばにいた悟君が気付いて助け起こしながら僕を呼ぶ。駆けつけた僕と入れ替わりに悟君は里紗ねぇと勇吾にぃの所に向かって走り出す。後に残された僕は雫ちゃんの様子を見るがかなりひどいことになっている。無防備に打ち付けたのか額には大きなこぶが出来て血まで滲んでいる。目には涙がこぼれんばかりで今にも泣き叫びそうだ。
 マズイ。これはマズイ。絶対マズイ。
 けがをすれば血が流れるのは当たり前だが僕らが転んでひざを擦りむくのと女の子が顔にけがをするのは一緒にできない。傷跡が残ったりしたら大ごとだ。
勇吾にぃが静さんにどやされるのは当然だが、そんな危ないことをするなら一緒に遊ぶなと言われるに違いない。公園で遊んでいるというアリバイを作りながら正義の味方として身体を鍛えている僕たちにとっては非常にマズイ事態だ。
 僕はあせりまくっていた。
 このケガ、無かったことにできないかな。・・・いや、ムリだよな。こんなに大きなコブができて血まで流れてる。
 あーっ、でも無かったことにしてほしい。絶対マズイよ、こんな傷。無かった事がムリなら早く治ってくれないかな。タオルでくるんだ氷を当てて。一日から二日くらいで腫れも引いてってそれじゃバレるわ。
 早く治ってほしい。勇吾にぃが静さんに怒鳴り飛ばされる前に。
 早く治ってほしい。お願いします。本当に。
 早く治って。お願いです。
 お願い、早く治って。

 何の理由もないけれど、雫ちゃんの大きなコブに僕はやさしく、手を当てた。
 そして強く、強く、願う。
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