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番外編:片想い~愁の彼女side~

61話

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私は運命だと信じていた。
でも、運命ではなかった…。

これは小さな片想いのお話。


         ◇


運命だと思った。たまたまコンビニへ足を運んでみたら、自分好みのイケメンがいた。
最初はどうしたらいいのか分からず、戸惑っていた。
でも、迷っていても仕方がないと思い、意を決して声をかけてみた。

「あの…、すみません」

声をかけてみたものの、肝心の話す内容を考えていなかった。
このままではまずい…と思い、逃げようかと思ったその時だった。

「はい。何か探し物ですか?」

そっか…。その手があったか!店員さんナイス。
まずは探し物を探してもらうところから仲良くなればいいのだと、気持ちを切り替えた。

「えっと…、ハーゲン〇ッツの新作ってありますか?」

大して欲しいものではなかったけれども。
でも、いいの。この目の前にいるイケメンと仲良くなるためなら。

「はい。こちらでお間違いないでしょうか?」

ここで会話を途切れさせたくなかった。
何とか続けるための手段を、ない頭を働かせて考えてみた。

「お兄さんのオススメってなんですか?」

勢い余って質問してみた。絶対に困ってるよね?早く何か次の言い訳を考えなくては…。

「僕のおすすめはビターチョコですかね。とても美味しいですよ」

キラキラした営業スマイルに、心が射抜かれた。
ダメだ。私はもう完全にこの人に落ちてしまった。

「ビターチョコ美味しいですよね。私も好きです!」

今、私が言った好きは、完全にビターチョコのことではなく、店員さんへの想いが溢れ出てしまった好きだ。

「今日はビターチョコの在庫が多めなので、買い時ですよ。
…って、すみません。勝手に買わせる形になってしまって」

いつもの私なら、このアイスは少し高く感じてしまうが、今の私にとってはこんなの大した値段には感じなかった。
お兄さんと仲良くなるためなら、値段は厭わなかった。

「大丈夫です。気にしないでください。わざわざオススメまで教えて頂き、ありがとうございました。
またこのお店に来るので、その時もオススメがあったら教えてくださいね」

これ以上、長引かせる作戦を決行するのは止めた。
ここまで良くしてくれた人に、本当はあなたと仲良くなるためだけに声をかけたなんて気づかせたくなかった。

「俺でよければ是非。またのお越しをお待ちしております」

それからずっとあのイケメン店員さんのことが忘れられなくて、彼のことばかり考えていた。


           ◇


気がついたら、あのコンビニに通いつめる日々を過ごしていた。
どう足掻いても、ただの店員と客という関係の枠からはみ出せずにいた。
いっそのこと、あのコンビニでアルバイトでもしようかと思った。そうすれば、彼とお近付きになれる。
アルバイトの募集をしていないか、スマホで検索をかけてみたところ、既に募集は終了していた。

あともう少し、あのコンビニに早く出会えていたら、きっと私も今頃はあの人と一緒に働けていたのかもしれないと思うと、少し悔しかった。
結局、一緒に働くことは不可能だったので、客として何回も通いつめることにした。
あの店員さんがいても、話しかけるのが難しい時もあれば、当然シフトの関係上で彼がいない時もあった。
あれからまだ一言も会話できていない。もっと話したいのに…。
どうすれば、この関係を壊せるのだろうか。考えても、答えは出なかった。

まだ諦めたくない。
しかし、話せるチャンスがない。
なかなか彼との接点が持てずにいたある時、ふとお店に立ち寄ってみたら、彼が居た。
今日は客足が少ないみたいで、暇そうに品出しをしていた。
今日こそ久しぶりに声をかけるチャンス!彼にゆっくりと近づき、声をかけてみた。

「あの、すみません…」

「はい。あ、この間の…」

久しぶりだというのに、どうやら私のことを覚えていてくれたみたいた。
私なんて、たかが客の中の一人だというのに、まさか覚えてくれていたなんて思わなかったので、運命を感じずにはいられなかった。

「そうです。覚えていて下さったんですか?」

「もちろん、覚えてますよ。あの時勧めたアイスはどうでしたか?お口に合いましたか?」

「は、はい。とっても美味しかったです。
お勧めして下さり、ありがとうございました」

もっと彼と話してみたい。
でも、彼は仕事中なため、これ以上会話を繰り広げることはできなかった。

「また何か困ったことがあれば、声をかけてくださいね」

やっぱり、このまま終わらせたくない。
また困ったフリをして、話しかけてみようとしたその時だった。

「愁、これなんだけど、どこに出せばいい?」

突然、目の前に女性店員さんが現れた。
どうやら彼の名前は、愁であることが判明した。
しかも、彼のことを呼び捨てにしていたので、二人はかなり親しげであることが分かった。
もしかしたら、既に二人はもう付き合っているという可能性もある…。
居た堪れなくなり、その場をすぐに離れた。
せっかく彼に会いに来たというのに。既に気になる人には彼女と思わしき人がいた。
運命と感じた恋は、あっという間に玉砕したのであった。


           ◇


あれから暫く、あのコンビニへ足を運んでいない。
私は怖くて、あの場から逃げ出した。彼と親しげに話す彼女に嫉妬してしまったからである。
店員同士なのだから、仲良くするくらい当然だ。
寧ろ店員同士の仲が悪いお店になんて行きたくない。店の雰囲気が悪いからである。
だから、あの女性店員さんと彼が仲良くしていることなんて、当たり前のことなのに。
どうしても、呼び捨てにしていることが、ずっと頭の中で気になっていた。
もう一度、お店に行き、二人の様子を確認してみればいいだけの話だ。
でも、それができなかった。答えを知りたくない。きっと今よりもっと傷つくことになるかもしれないから。
まだ告白するわけでもないのに、私の胸はザワついていた。
今思えば、きっとこの時からなんとなく察していたのかもしれない。
だから、私は怖くて逃げ出したのだと、今になってようやく分かったのであった。
しかし、この時の私はこの先に何が待ち侘びているのかなんて、まだ分かっていなかったので、この違和感を解消したいという思いの一心で、結局、あのコンビニへ足を運んでしまった。
こういう時に限って、彼が居た。会いたい時は会えないのに、会いたくないと思った途端に会えてしまうなんて…。
しかも、この間、呼び捨てにしていた彼女までいる。
呼び捨てにし合うことなんて、よくあることだ。
私だって、クラスメイトの親しい異性のことを下の名前で呼び捨てにするし、逆に呼び捨てにされることもある。
苗字で呼ぶよりも、下の名前の方が呼びやすい人もいる。
きっと彼のことを皆、下の名前で呼び捨てにしている可能性だってある。
何度も心の中で言い訳を繰り返しても、余計にモヤモヤするばかりだった。
やっぱり、もう諦めて帰ろうとしたその時、私は見てしまった。彼が彼女のことを愛おしそうに見つめているのを…。
それから私は、すぐに走り出していた。胸が苦しくて上手く息ができない。
やっぱり、コンビニになんか行かなければよかった。
最初から運命なんて、簡単に信じなければよかったんだ。

あの人はイケメンなのだから、彼女がいないはずがない。
どうして、私は顔だけで選んでしまったのだろうか。
私に優しくしてくれたのも、客だからに過ぎない。
優しくされて、勝手に勘違いをして、運命だと感じてしまうなんて、私はとんだ自惚れ屋だ。
もし客ではなくて、同僚だったら、あんなふうに優しくしてくれなかったかもしれない。
もう二度とあのコンビニへは行かないと決めた。
たまたま入ったコンビニに、好みのイケメンがいたということにして、私は彼のことを忘れることにした…。


           ◇


忘れると決めたのに、懲りずにまたあのコンビニへ足を運んでしまった。
やっぱり、まだ彼のことを忘れられなかった。
まだはっきり付き合っていると決まったわけじゃない。
それに、彼が一方的に彼女のことを好きなだけの可能性もあるので、その場合は付け入る隙が充分にある。

好きな人に好きな人がいる場合、諦めなくちゃいけないことにはならない。
もし、付き合っていたとしたら、その場合はもちろん、私はちゃんと諦める。
人のものに手を出すなんてことは、したくはないから。
でももし、付き合っていなかったとしたら、彼を振り向かせたい。あの人に勝ちたい。何をしてでも…。

もう手段なんて選んでいる余裕すらなかった。
胡座をかいている彼女を脅せたかった。
せいぜい今のうちに、彼との時間を楽しんでおいてください。そのうち私が彼の隣を奪いにいくので。

この日を境に、私は変わった。怖くて怯えていた自分が嘘みたいに、強くなった。
恋をして、変わったのかもしれない。そして、身近に最強のライバルがいたからかもしれない。
私にとって、彼女はライバルだ。ずっと目障りで仕方がなかった。消えて欲しいと思うくらいに、憎んでいた。

彼の気持ちが少しでもこちらに向けば、私のこの醜い感情は消えるかもしれない。
こんな自分が惨めで、ずっと嫌いだった。
そんな自分を打ち消すかのように、私は彼女に勝つことだけを目標にしていた。
だから、私は最後まで彼女に勝てなかったのかもしれない。
この時の私は完全に目的を見失ってしまっていた。
そんなことに気づくのは、まだあともう少し先のお話である。

今はまだ彼に話しかけることだけで精一杯で、彼女のことがちょっぴり嫌いだった。
でも、そんな私が大きな一歩を踏み出したのであった。

「すみません。ちょっといいですか?」

困ったふりはもう止めて、彼と普通に話してみたいと思った。
彼のことをもっと知りたいと思ったからである。

「いいですよ。何か困り事ですか?って、もしかして、この間の…」

「はい。この間の者です。
でも、今回はあなたに用があってきました」

今はこれだけでいい。いつか彼に想いを告げられるようになるまで、仲良くなるための、地道な一歩を踏み出したのであった。


       一END一
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