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7章:一番近くに...

55話

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どうして愁は、連絡をしてこないのだろうか。
きっと私から別れを告げたことが原因で、向こうから連絡したくてもできない状況なのかもしれない。
だとしたらこの場合、私から連絡をするべきなのだろうか。電話をかけたら、出てくれるのかさえも怪しい。
結局、途中で通話は切られてしまった。あの慌てぶりから察するに、休憩中にこっそりと抜け出し、電話をかけていたら、そこに愁が居合わせた…といった感じであろう。

私達の問題だから、放っておけばいいのに。それができない中山くんは、本当にお人好しだ。
彼はいつも私達の状況を把握してくれていた。もしかしたら、中山くんが一番、私達のことを考えてくれていたのかもしれない。
不運な人だ。知りたくもない事情を知ってしまい、周りに振り回されてしまうなんて…。
さぞもどかしかったであろう。二人がすれ違う様は…。

私達のすれ違う様を見ていると、あまりのもどかしさに助言もしたくなるであろう。
わざわざ中山くんが知らせてきたということは、私の方から愁に連絡すべきということなのかもしれない。
しかし、そんな時に限って、運悪く蒼空から連絡がきてしまった…。

“幸奈、元気か?今度の週末にでも会わないか?”

もし先程、中山くんから連絡がこなければ、蒼空の誘いに快くオッケーサインを出していたに違いない。
私って現金な女だ。愁の本当の気持ちを聞いて、心がこんなにも揺らいでしまったのだから。
蒼空の誘いがあともう少し早かったら、その時は蒼空を選んでいただろうか。
きっと答えは変わらなかったと思う。いずれ愁の気持ちを知ってしまったら、私は何度でも愁を選ぶに違いない。

もう待てない。自分の気持ちに気づいてしまった以上、逸る気持ちを抑えきれなかった。
携帯と鍵だけを持ち、外へ飛び出した。まずは蒼空へメールを打った。

“誘ってくれてありがとう。でも、ごめんなさい。用事があるので、難しいです”

せっかくの出会いを無駄にしてしまった。蒼空、ありがとう。でもごめんなさい。
蒼空へのメールを打ち終えた後、携帯で愁に電話をかけながら、懸命に走った。
もうどうしたらいいのか、分からなかった。この想いは一体、どこへ向かっていくのだろうか。
何度呼び出しても電話は繋がらなかった。当然だ。別れを告げたくせに、気持ちを知った途端、掌を返そうとする女なんて、相手にされるはずがない。
ずっと鳴り響くコール音に、そろそろ諦めかけていた。いつかかけ直してくれることを信じて待とうとした、その時だった…。

「さ……な……、」

同じく携帯を片手に持ち、立ち尽くしている愁が、自分の目の前にいた。
私はこの状況を上手く理解することができなかった。

「しゅ…う……?どうしてここに?」

「それは俺だって…!そうか、中山の電話相手は幸奈だったのか」

どうやら愁は、私がどうして今、ここにいるのかを、ようやく理解したみたいだ。

「アイツ、変な気を回しやがって。何がバイトを代わってやるだよ。ったく……」

あからさまに不機嫌な態度になった愁を見て、中山くんの言葉が嘘のように感じた。
でも、私はここで引き下がらなかった。もう逃げないと決めたから。

「中山くんから色々聞いたよ。気を利かせて教えてくれたの。
ねぇ、愁。どうしてあの時、彼女と別れたことを教えてくれなかったの?私は教えて欲しかった……」

何から話せばいいのか、分からなくなってしまい、まずは一番知りたかったことを直接、本人に聞いてみることにした。
本当はもっと落ち着いて、ちゃんと順序立てて話したかった。そんな余裕なんてなかった。早く愁の本当の気持ちが知りたかった。

「俺は…ちゃんと話したんだ。でもあの時、お前がちゃんと話を聞いていなかっただけだ」

この期に及んで、苦し紛れの言い訳をするつもりなのだろうか。
この際だから、彼女と別れたことを教えてくれなかった理由を、ちゃんと話してほしい。

「お前、なんか勘違いしてるみたいだが、俺はあの時、」

“『あぁ、一応。多分、もう大丈夫だ…。
俺、もう逃げないって決めたから。さっきちゃんと話し合ってきて、それで彼女とは別れて…、
…って、幸奈?おーい、俺の話を聞いてるのか?(ったく…また考え事して、人の話を途中から聞いてないな。ま、あとで幸奈が落ち着いてから話すか)』

『……幸奈、大丈夫か?』

『……私達って、どこで間違えたのかな?』”

これってもしかして…。

「…ってのが真相だ。その後、お前が急に俺とセックスするのは最後とか言うから、俺は相当ムカついたんだ。
俺もかなり頭にきてたから、イライラして感情任せに幸奈に酷いことをした。
そしたら、完全に言うタイミングを逃したんだ」

ってことは、私は人の話を聞かずに、勝手に結論を出してしまったということになる。
自分のことばかりで、愁の気持ちが完全に見えていなかった。過去の自分の行動の不甲斐なさに落ち込みそうになった。

「ごめんね。どうやら私、愁の話を全然、聞いてなかったみたいで」

「いや、俺ももっと直球で言えば良かったんだ。そうすれば、幸奈が勘違いすることもなかったと思う」

愁が頭を下げた。ここまでする必要なんてないのに…。
こんな時でも優しくしてくれるあなたに、申し訳ない気持ちで胸が痛んだ。

「愁、頭を上げて。そこまでしてくれなくても大丈夫だから」

あなたは何一つ悪くない。
だから、ここまでしてくれなくても大丈夫。

「俺は幸奈を傷つけた。心だけじゃなく身体も。怒りに身を任せて、酷いことをした。
せめて、その事に関しては謝らせてくれ。すまなかった…」

深々と頭を下げ、誠意を見せてくれた。
真っ直ぐな彼の想いに触れ、私の心は揺すぶられた。

「ありがとう。謝ってくれて。でも、もうそのことは気にしなくて大丈夫だよ。
これは私からのお願い。そうしてくれないと私も困るから。それでいい?」

「分かった。もうこの件に関しては忘れる。でも、次からは気をつけるから」

その言葉の続きを想像せずにはいられなかった。次もあるの?期待してもいいってことだよね?
早くその言葉の続きが聞きたいと、心臓がドキドキしていた。

「でもな、黙って手紙だけ置いて逃げるのは、それはダメだ。さすがに俺も傷ついたぞ」

あれ?待っていた言葉の続きではなかった。どうして、いつもこうなってしまうのだろうか。
確かにその件に関しては私が悪い。あそこまでやる必要はなかった。
そんなことよりも、今はもっと大事なことがあると思うんだけど。

「その件に関してはごめんなさい。もう二度とそんなことはしないので、許してもらえますか…?」

「許してもいいが、一つだけ条件がある」

一体、どんな条件なのだろうか。私にできることであればいいのだが。
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