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6章:壊れていく音と、あなたの優しさ

37話

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愁が求めてくれないのなら、自分から…と思っていた矢先に、愁の方が先に壁を壊した。
愁に抱いてもらえるのなら、もうどうなったって構わない。後先のことなんて考える余裕すらなかった。

「幸奈、俺は一度忠告をした。
だから、俺はもう知らないからな?」

優しく耳を舐められた。ただそれだけのことなのに、一気に身体中が熱を帯び始めた。

「ん……、」

耳を舐められただけなのに、思わず声が漏れてしまった。

「その声は反則。止まらなくなるから」

反則と言われても、自分で止めることはできない。
愁が触れるだけで、身体が勝手に反応してしまう。

「だって、我慢できないもん……」

「それって男からしたらさ、誘っているようにしか聞こえないんだけど」

私は自分の気持ちに嘘はつけなかった。無意識に誘っていたのかもしれない。
早く愁と一つになりたくて、愁にその気になってほしかったんだと思う。

「そんなつもりはなかったけど、私、嘘はつけないから」

よく行為中、女性は演技をすると聞いたことがあるが、私は今まで一度も演技をしたことがない。
それはきっと愁が慣れており、上手くリードしてくれているお陰だ。
だからこそ、私は愁に嘘をつきたくはない。せめて行為中だけは、素直でいたい。

「それって俺とするのが、一番気持ちいいってこと?」

首を縦に頷く。相手が愁だからという想いを込めて…。

「嬉しい。俺としてる時が、一番気持ちいいんだ。
俺も幸奈としてる時が、一番気持ちいいよ」

涙が出そうになった。愁も同じ気持ちであることを知って、とても嬉しかった。
もう何度、抱かれたことだろうか。数え切れないほど、抱かれたと思う。
だからこそ、変な方向に考えすぎてしまうのかもしれない。
いつ捨てられてもおかしくはないんだと、何度も悩んで、不安になった。
考えれば考えるほど、悪循環へと陥ってしまい、心に黒い墨がどんどん落ちていく感覚がした。
だからこそ、愁のこの言葉に私は救われた。まだ大丈夫。愁とちゃんと繋がれていると、安心することができた。

「よかった。愁がそう思ってくれていて、嬉しい」

愁が背後にいるため、後ろを向いてキスをした。愁に想いを伝えるために…。
最初は触れるだけのキスをした。徐々に深くなっていき、たくさんキスを重ねた。
もう我慢できなかった。気持ちが抑えきれなかった。
どうしよう。このまま抑えきれずに、暴走してしまったら…。
彼女に愁との関係をバラしてしまうかもしれない。

今までは理性で抑えていたので、我慢することができた。
きっと心の中のどこかで、自分のこの気持ちが届かないことを分かっていたからだと思う。
何度も諦めかけたのに、愁と重なる部分があるだけで、その度にまだ大丈夫だと、自分に言い聞かせてきた。
落ち込んでいる時、いつも愁が支えてくれた。常に寄り添ってくれた。
私はいつも愁の優しさに支えられてきた。だからこそ、自分を保つことができた。
これから先、私は私でいられるのかな。もうダメかもしれない。爆発して壊れちゃう可能性も否定できない。
私が独占できる時間は少ないからこそ、時間が許されているうちに、できることをしておきたい。

「いつもと違って積極的だな…。積極的な幸奈も悪くないけどな」

愁は上機嫌だった。私の積極的な行動が、どうやら吉と出たみたいだ。

「本当?嬉しい」

調子に乗り、更に攻めてみた。今度は正面を向き、いつも愁がしてくれているみたいに、また深いキスをした。
そのあとは流れるがままに、首筋や鎖骨にキスを落とし、そのままトップスだけ脱がせた。

「あんま見んなよ。恥ずかしいだろ…」

見ているだけじゃ我慢できず、愁の胸に触れてみた。
愁の肌はスベスベで。とても触り心地がよかった。

「手つきが…、その……、くすぐったい…」

「だって、綺麗な肌だから」

触っているだけで幸せだ。もっと触りたい。
私の中で火がつき、近くにあったソファーの上に愁を押し倒した。
急に押し倒されたので、最初は愁も驚いていたが、すぐに愁は受け入れてくれた。

「そんなにマジマジと見つめないでくれ…」

まるで、女の子みたいな発言だ。いつも強気な態度なので、今まで気づかなかったけれど、本当は愁も恥ずかしがり屋のようだ。

「ごめん。つい…」

「ついって…。なんだよその言い訳」

「見蕩れちゃった。綺麗な身体してるから」

これは本当だ。好きな人の身体というのもあるが、つい思わず綺麗すぎて目が奪われてしまった。

「そうか?綺麗な身体なのは幸奈の方だろう」

「そうかな?自分では全くそう思わないけど」

「それを言われたら、俺だって同じだけど」

確かにそうかもしれない。自分のことほど、そうは思えないものだ。

「そっか。そうだよね。ふふ…」

「笑うなよ。なんだよこの会話…」

こんなふうに、笑い合える時間がとても愛おしく感じた。
もっとあなたのことを知りたい。どんなことをされたら愁は嬉しいのか、純粋に興味がある。

「ねぇ、今日はこのまま私が攻めてもいい?」

「いいよ。やれるところまでやってみなよ。見守っててやるからさ」

「分かった。頑張ってみる」

どこまでやれるか分からないけど、愁のことをもっと知りたいので、とりあえず、挑戦してみることにした。


           ◇


あまり慣れていないせいか、上手くできなかった。

「ごめんな。無理させすぎたよな?」

「大丈夫だよ。気にしないで…」

「いや、気にする。気にさせてくれ」

こんなに必死な愁は初めて見た。私のためにここまで必死になってくれる姿に、私は更にときめいた。

「決めた。もう絶対にこんなことはしないと誓う。
だから、無理な時は無理だって、はっきりと言ってくれ…」

悲しい目をしていた。どうやら愁は、何でも受け入れる私に怒っているみたいだ。

「ごめんなさい。でも、無理じゃなかったよ……」

相手が愁だから、私は全てを受け入れることができた。
私が一番辛いのは、愁に必要とされなくなることだ。

「もっと自分を大事にしてくれ…っていう意味だよ。
そういうところが、いつまで経っても心配なんだ」

愁に抱きしめられた。優しく頭を撫でながら…。

「約束してくれ。ちゃんと抵抗してほしい。無茶な要求の時は絶対に……」

今まで私は、自分を犠牲にして、愁に奉仕してきた。
愁の気持ちは充分、私に伝わった。愁がいなければ、気づきもしなかったと思う。
改めて自分をもっと大事にしなければならないことに気づかされた。

「私のために叱ってくれて、ありがとう」

更に強く抱きしめられた。あまりの力強さに、また息苦しくなった。

「ん゛…、ぐるし゛い……っ」

「ごめん。今すぐ離れるな」

慌てて愁が離れた。離れた瞬間、急に寂しさが込み上げてきた。

「愁はさ、いつも私にはない発想を持っているから、一緒に居て面白いなって思う」

私はいつも心の中のどこかで、自分が悪いのかもしれないと、勝手に思い込んでしまう癖がある。
これは悪い癖なので、ずっと直したいと思っていた。
愁はそんな私を知っているからこそ、常に心配してくれるのかもしれない。
そんな優しさを持っているあなたに、私は惹かれた。
そんなあなたの発想は、自分にはない発想だからこそ、興味を引く。
もちろんこの場合の面白いは、笑うといった意味ではない。
どうやら、愁には上手く伝わっていなかったみたいだが。

「どういうことだ?自分にはない発想って?」

「私はいつも自分のせいだと思う癖があるの。喧嘩とか争い事が好きじゃないから、そういうことを避けたいっていう防衛本能が先に働いちゃって。
自分が犠牲になることで、全てが丸く収まるのかもしれないって、ずっとそう思ってた」

何かしら理由をつけて、自分はこうなんだ!と、殻に篭ってきた。
そんな私も、最近では少しずつその殻を破り始めている。
染みついた癖とは、なかなか直らないもので。私の中にまだ染みついている。
それが自分を形成する核であるからこそ、なかなか直せないのは当然だ。
ずっとそこが気がかりであったが、こんなふうに優しく受け止めてもらえるだけで、胸に温かいものを感じることができた。
いつの間にか忘れていた。自分を大事にするということを…。
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