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5章:秘密

31話

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まさかそうくるとは思ってもみなかった。絶対に仕返しだ。
畜生。素直に答えてくれる段階でおかしいと、気づいていればよかった。
自分が撒いた種なので、自分で処理することにした。

「私は仕事に対する姿勢が似ているなって思ったかな」

上手く伝えられない。自分の中にある想いを伝えることって、こんなにも難しいのだと知った。

「俺もそこは似てるなって思ってた。
まさか同じことを考えていたとは思わなかった。今、凄く嬉しい」

似た者同士になってきているのか、或いは元々、相性がいいのか。
どちらであっても嬉しい。お互いがお互いを補うために、無意識的にやっていることなのだから。
もしかしたら、どこかで意識的に似せている部分があるのかもしれない。
それでも自分達が気づかないうちに、お互いに似ている部分が多いことは、素直に喜ばしかった。

「私も嬉しいよ。安心するの。愁と似ている部分があることが」

好きな人と思考が似ていることほど、嬉しいことはない。
同じことを同じタイミングで考えているということになるから。
今回はたまたま話の流れ的にそうなったのもあるが、普段からそうなのかと思うと、顔がニヤけそうになった。

「俺も安心する」

安心し合える関係が、理想なのかもしれない。
その理想という枠でずっと、私は留まっているわけだが…。
その先へと進むためには、どうしたらいいのだろうか。この枠にずっと収まっていたくはない。

「帰りたくないな。ずっとここに居たい」

私の方がもっと帰りたくないと願っている。
帰ったらこんなふうに、甘えられなくなってしまう。

「私もまだ帰りたくない…」

人が大勢いる中、キスされた。
唇と唇が触れ合うだけの軽いキスだったが、それだけでも私はドキドキした。

「あまりにも可愛い過ぎるから、ついしたくなった。
普段なら人前でキスなんて絶対にしないが、そんなん言われたら、誰だって我慢できないに決まってる」

いつもなら私も人前でキスなんて、恥ずかしいから止めてほしいと思うが、知り合いがいなかったので、特に気にならなかった。
寧ろもっとキスしてほしいとさえ、願っている自分がいた。

「大丈夫だよ。だってこんな綺麗な景色の中なら、キスしたいって思うもん」

私だって、キスしたい時がある。不意打ちだったため、驚きはしたが。
それに愁にされて嫌なことなど、一つもない。

「俺も人前で、こんなことをする日がくるとは思わなかったな。
ったく。お前のせいだからな。もう一回、キスしてもいいのか?」

「いいよ。まだホテルに帰りたくないから、もう少しだけここに居ようよ」

ずっと傍に居たい。ホテルに帰ってしまえば、魔法が解けてしまいそうで怖い。
元通りの生活に戻りたくない。この景色をまだ一望していたい。

「そうだな。まだここでゆっくりしていくか」

愁の肩の上に、自分の頭を乗せてみた。
もう帰ったらできないことを、出し惜しみしたくなかったので、とことん甘えてみることにした。

「写真撮りたい。撮ってもいい?」

愁も私の頭の上に優しくそっと頭を乗せてくれた。
お互いの頭と頭が触れる。それだけでドキドキした。

「いいよ。景色?それとも自分達?」

この際だから、どっちも撮りたい。今なら素直にお願いできる気がした。
散々、旅行中にたくさん写真を撮ったけど、この景色も撮りたい。この感動をずっと忘れないために。

「両方撮りたい。撮ってもいい?」

我儘だと思われたかもしれない。
それでもこの願いを叶えたかった。

「いいよ。ちょうど俺も撮りたいって思ってたから。あとで写真を送ってほしい」

もちろん、ちゃんと愁に送るつもりだ。
もし、ちゃんとお付き合いしていたら、壁紙にしたり、様々なSNSに投稿したり、プロフィール画像にしたりもできた。
もちろん、この関係ではできないので、そっと写真フォルダにしまっておくだけだけど。

「もちろん。あとでちゃんと送るよ。愁も送ってね」

なんだか今、この瞬間だけ恋人みたいな気分になれた。それだけで、もう充分お腹いっぱいだ。

「あぁ。もちろん、ちゃんと送るよ」

愁もニコニコしていた。どうやら早くこの景色を写真に収めたいみたいだ。

「本当に綺麗だよな。写真に撮っても綺麗だ…」

隣で目をキラキラ輝かせながら、写真を撮っている。
私も同じように、景色を撮ってみた。

「すごい綺麗……」

言葉を失うほど、あまりの綺麗さに見蕩れてしまった。
このままずっとこの景色を眺めていたいところだが、せっかくのツーショットが撮れないままになってしまうのは勿体ないので、そろそろ切り上げた。

「ねぇ、愁。そろそろ、二人でも撮らない?」

私から愁に声をかけてみた。
すると景色に夢中になっていた愁が、こちらに顔を向けてくれた。

「そうだな。そろそろ二人でも撮るか。
幸奈、もっと近くに寄ってくれ…」

写真を撮るために、肩と肩が触れ合う距離にまで密着した。
こんなに距離が近いなんて緊張してしまう。ただ写真を撮るだけなのに…。

「幸奈、緊張しすぎだ。もう少しリラックスしろ。ほら、撮るぞ…」

まずは先に、愁のカメラで撮影した。

「よし、いい感じだな」

撮った写真を見せてくれた。景色も自分達も綺麗に写っており、大満足だ。

「私が次に撮るの、すごいプレッシャーだよ…」

愁より上手く撮れる自信がない。
この際、クオリティが低くてもいい。これは記念なのだから。
なんて思っていたら、携帯を取り上げられた。一体、これから何が起きるの?

「俺に任せろ。撮ってやるから」

こうやって引っ張ってくれる姿は、とても頼もしいと思った。

「撮るぞ。はいチーズ…」

そっと肩を抱き寄せてくれた。さっきよりも密着した写真が撮れた。
ドキドキもしたし、あまりの嬉しさに心が熱くなった。

「こんな感じに撮れたが、どうだ?」

私に携帯を渡して見せてくれた。写真の中の私は、心模様をそのまま描いたみたいな表情をしていた。
嬉しいけれども、どこか恥ずかしくて照れている。そんな幸せそうな顔だった。

「綺麗…。愁って写真撮るの上手だね」

「ありがとう。照れるな。たまに写真を撮ったりしてるんだ。
だから、褒められるとすごく嬉しい」

また新たな一面を知った。お茶とカメラが趣味だと。
今までずっと傍に居たのに、全く愁のことを知らなかったのだと、実感させられた。
彼女に愁を奪られたことに必死で、愁自身のことを知ろうとしていなかった。
今まで私は、冷静になることができなくて。愁のことを知ろうとする余裕がなかったのかもしれない。
今、余裕があるのも、きっと彼女という存在を意識しないでいられることが、精神的に安定することができる大きな要因になっているのかもしれない。

「本当に上手だから、思わず心の声がそのまま出ちゃった。
また写真撮ってほしいな。愁の撮る写真が好きだから」

もっとあなたのことを知りたい。あなたの気持ちだけじゃなくて、あなたの中身を。
どんな愁でもいい。もっと色んな顔を見てみたい。

「分かった。約束な?次もまた色んな所へ行くって」

指切りを交わした。小指と小指が交差する瞬間、触れる肌が心地よくて、今すぐにでも手を繋ぎたいと思った。

「うん。約束。約束破ったら、愁にお仕置きしちゃうからね」

半分、冗談のつもりだった。約束なんていつも口約束ぐらいにしか考えていないから。
でも、いつも愁は本気で考えてくれる。そんな愁が約束を守らないわけがない。
もしかしたら、本当はそう言ってほしかったのかもしれない。ちゃんと約束は守るよ…と。

「お仕置きか。キツいことは止めてくれよ?」

そう返されるとは思ってもみなかった。
お仕置きを受け入れる。つまりそれは、約束を守れないこともあるよと言われているみたいで、とても悲しい気持ちになった。
愁はそんなつもりで言ったわけじゃないんだと思う。私の冗談に乗ってくれただけに過ぎない。
何度もそう信じようとしたが、それでも心の中は、ずっとザワザワしていた。

「どうしようかな?愁にとって、どんなお仕置きが一番キツいの?」

「俺に聞くのかよ?そして、一番キツいのかよ」

もし、本当に約束を破られたりでもしたら、お仕置きどころの話ではない。
私の心が限界に達し、もう愁の傍に居られなくなってしまう。
もし、そんな時が訪れたら、いよいよ愁の傍を離れる時なのかもしれない。

「だってお仕置きだもん。聞いておかないと、ね?」

聞いたところで、お仕置きが実行されるかどうかは分からない。
純粋に興味があった。どんなことに弱いのか、知りたくなった。

「んー、そうだな。俺、擽りには弱いかな」

意外だった。私の中では逆に擽りに強いというイメージがあった。
まさかの回答に、思わず驚きを隠せなかった。

「擽りなんだ。へー……」

「その、へーが怖いんですが。
幸奈さん、もしかして、何か企んでます?」

今度、不意打ちにやってみたら、どんな反応を示すのか、試してみたくなった。
今すぐにでも、実行したい衝動に駆られながらも、今は我慢した。

「別に何も企んでなんかいないよ?
意外だなって思っただけ」

可愛いと思った。男の人に可愛いは、褒め言葉ではないのかもしれないが。
意表をつかれたことに胸が打たれ、愛おしさが込み上げてきた。

「俺が擽りに弱いのって、そんなに意外か?」

いつも余裕そうに見える愁が、私の中では既に出来上がっていた。
だからこそ、擽りに弱いという一面が、想像できなかったのかもしれない。

「頭の中では、擽られても俺は平気ですよっていう、イメージが勝手にあったのかもね。
だから正直、驚いた。そんなイメージが全くなかったから」
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