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5章:秘密

24話

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とうとう明日は待ちに待った旅行…。
荷物の最終チェックはした。大丈夫。忘れ物はないはず。
クリスマスの時は、私が気絶したせいで、ホテルの退室時間がギリギリになってしまい、もう一回することはできなかった。
時間もなかったため、軽くシャワーを浴び、すぐさま着替えを済ませてホテルを後にし、それぞれの家へと帰宅した。

暫くの間は、バイト終わりの帰り道を一緒に帰るだけ…か。
ちょっぴり寂しいかも…。旅行までお預けか。
あんなに刺激的な夜は、もう二度とないかもしれない。
もしかしたら、寂しさのあまり、物足りないと身体が悶え、疼き出すかもしれない。
いつもならここで寂しさのあまり、涙が溢れ出そうになる。
でも、あの日は違った。先に背を向けて歩き出したはずの愁が、私を追いかけてきてくれた。

「幸奈、俺があげたプレゼント、絶対付けてくれよ。
バイト先にも旅行にも。それじゃ、またな」

もちろん、もらったプレゼントは使わせてもらうし、大事にする。
でも、わざわざそれだけのために、言いに来るのが、気がかりで仕方なかった。
そして、次の日には、何事もなかったかのような顔をしていた。
あれは一体何だったのだろうか。気まぐれだったのかな。
ダメだ。上手く状況を整理できない。
ここは一旦、考えるのを止めよう。きっと深い意味なんてないはずだから。

それから旅行に行くまでの間、ずっとバイトに打ち込んだ。いつもと何も変わらない日々を過ごしていた。
そして、バイト終わりの帰り道も、いつも通り家の前まで送ってくれた。
そんな当たり前の日常も、あっという間に過ぎていき、明日からはいよいよ愁と初めての旅行だ。

クリスマスだけではなく、年末年始も私と一緒に過ごしてくれる。
クリスマスは前日だったとはいえ、一夜を共に過ごしたので、結果的にはクリスマスを一緒に過ごしたようなものだ。
とても幸せな時間だった。好きな人と一緒に過ごす、初めてのクリスマスだったから。
ただ、一つ気がかりなことがある。クリスマス以降、愁の様子がおかしい。
もしかして、彼女と上手くいっていないとか?
いや、さすがにそれはないか。惚気話を聞かされたばかりだから。

もしかして、この旅行を機に私との関係を制裁するつもりとか?
だから、最後の思い出旅行ってことなのかな?
急に優しくしたり、プレゼントしてくれたりしたのは、そういう意味だったのかもしれない。
そう考えると、途端に舞い上がっていた気持ちが、一気に沈んだ。

何度も頭で繰り返し違うと、信じてみようとしたが、私の立場上そう考えるのが妥当だと、どんどん冷静になっていく自分がいた。
セックスをしてしまうと、いつも忘れてしまう。私達の関係がセフレであるということを。
気持ちよくて、それだけで満たされてしまって。愁も同じ気持ちなのでは?と勝手に錯覚してしまう。
満たされる度に虚しくなる。同じ気持ちではないということを思い知らされて。

このままじゃダメだ。心から旅行を楽しめない。今はネガティブ思考は禁止。早く寝よう。明日のために。
明日になれば、楽しみなことが待っていると、自分に何度も言い聞かせて、眠りについた。


           ◇


朝早くから、携帯のアラーム音が鳴り響いている。何故、こんな朝早くに?と、最初は嫌々ながら目を開けた。
少しずつ目が覚めていき、頭が回転し始め、思い出していく。そうだ。今日は愁との旅行当日だった…と。
旅行のために用意した、新品の洋服に袖を通す。愁にこの服、可愛いって思ってもらえるかな?思ってもらえるといいな。

バスの時間もあるため、あまり時間がない。
このままだと急がなければ、バスに間に合わなくなってしまう。
身支度をササッと済ませて、玄関の鍵をかけて、待ち合わせ場所へと向かった。

いつもより足早になってしまう。愁に早く会いたい。一分一秒でも多く。
そうこうしているうちに、気づけばあっという間に、待ち合わせ場所へと辿り着いていた。
まだ朝も早いというのに、バス停にはたくさんの人で賑わっていた。
年末年始という長期休暇を利用し、帰省する人もいれば、旅行に行く人達もいる。
それでもすぐに人混みの中から、愁を見つけ出すことができた。
好きな人って不思議だ。人混みの中に紛れ込んでいても、簡単に見つけ出してしまうことができるのだから。

「愁、おはよう」

私が声をかけたことで、こちらに気づいてくれたみたいだ。

「おはよう」

満面な笑みで挨拶してくれた。どうやら朝から機嫌が良いみたいだ。
愁も楽しみにしてくれていたのだと思うと、私の表情筋が緩みそうになった。
私はこの旅行を、思い出に残るような素敵な旅にしたいと思っている。きっと愁も同じ気持ちであろう。
こんなに長い時間、愁と二人っきりになれるチャンスなんて、二度とないかもしれない。
だからこそ、今日は日常を忘れて、思いっきり楽しもうと思う。

「ごめんね。もしかして、遅刻しちゃった?」

「いや、大丈夫だ。俺が幸奈よりも、早めに来ただけだから。気にするな」

こういうさり気ない気使いが、愁の好きなところだなと思った。

「間に合ってよかった…」

時間がギリギリだったこともあり、ってきり遅刻したかと思っていたので、間に合っていたという事実に安心した。
好きな人との初旅行で遅刻なんて、絶対にしたくなかった。時間を守れない人間だと、思われたくないから。

「幸奈はいつも絶対に遅刻しない。いつもちゃんと時間通りに来るから」

私は必ず遅刻をしないと決めている。何故なら、相手を待たせたくないからである。
そんなことは人として当たり前の話なので、今更自慢するようなことでもない。
そもそも遅刻なんて、しないのが当たり前だからである。
それよりも今は、好きな人に些細なことであっても、覚えてもらえていたことが嬉しかった。

「うん。そうだよ。絶対に遅刻はしない。愁も遅刻はしないよね。愁のそういうところがす、…」

“好きだよ”と言いかけて、ふと我に返り、言葉に詰まる。
ダメ。好きだなんて言ったら。だって愁には彼女がいて。私はセフレ。これはただの浮気旅行に過ぎない。
間一髪で助かった。危うく好きだと言いかけるところだった。
常に自分の立場を弁えて、行動しなくてはならないというのに、油断していた。
これ以上、気を緩み過ぎないように、気をつけないと。

「す…?」

「そういうところが素敵だなって思ってるの!ほらバス来たよ。早く行こう」

この場を乗り切るために、適当に誤魔化した。
こんな下手な嘘、愁には気づかれてると思うけど。

「あぁ。そうだな」

私の嘘に気づいても、調子を合わせてくれる。
やっぱり愁は優しい。嫌いになれたら楽なのに…。

「意外とバスの中、人多いな…」

バスの中に乗り込むと、殆ど座席が埋まっており、空席の方が少なかった。
高速バスは、途中の停留所で乗り込む人もいるが、既に出発地点でこの混み具合。
やはり時期が時期なだけあり、皆考えることが同じだ。

「そうだね。混んでるね…」

京都に着けば、もっと人が多いはず。
少し不安になってきた。もしかしたら、人混みで人酔いするかもしれない。
あまり人混みに慣れていないため、もし途中で具合が悪くなったりでもしたら、愁に迷惑をかけてしまうことになる。

「幸奈、大丈夫だ。とりあえずリラックスしろ。ほら先に座れよ」

窓際に座らせてくれた。通路側に愁が座ってくれた。

「あんまり気にするなよ。俺が付いてるんだから」

そうだ。私には愁が付いている。それに愁は、私の言動で迷惑に感じたことは一度もない。
そんな愁に対して、迷惑をかけたらどうしようとか、不安に思う方が失礼である。
この際、たくさん助けてもらえばいいんだ。とことん今日は甘えよう。今日以外で甘えられる日なんて、早々ないんだから。

「そうだね。私には愁が付いてるもんね。ありがとう。心配してくれて」

愁の肩の上に、ちょこんと頭を乗せてみた。自分的には結構、大胆な行動に出た方だ。
もしかしたら愁は、肩が重くなるから止めてほしいと、思っているかもしれない。
でもこの旅行中は、そんなことは一々気にしないことにした。
だって、この旅行を楽しむって決めたから。
それに、今だけは彼女の存在を気にせずにいられるから、肩にもたれかかるくらい序の口だ。
こんな時間が永遠に続けばいいのにと、願わずにはいられなかった。

「幸奈。今、香水つけてる?」

「え?つけてないよ?臭う?」

「いや、すごく良い匂いがしたから。違うならいいんだ」

最近、シャンプーとボディクリームと柔軟剤を変えた。
もしかしたら、そのどれかが良い匂いなのかもしれない。

「最近、柔軟剤とシャンプーとボディクリームを変えたばっかりだから、その中のどれかの匂いだと思う」

「そうなのか。…んー、この匂いは、シャンプーの匂いだ」

どうやら良い匂いの正体は、シャンプーだったみたいだ。
シャンプーを変えてよかった。愁に良い匂いと言ってもらえたから。

「実は今日ね、この匂いがするシャンプーを持ってきたんだ。
夜、お風呂に入る時に使うと思うから、もっと良い匂いがすると思う」

何を言ってるんだ、私は。自分でも不思議なくらい、積極的にアピールしている。
私って、こんなに大胆だったっけ?もう少し控えめだったよね?
今からでも、愁を振り向かせることってできるのかな?できたらいいなと思った。
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