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4章:二人だけの夜…

20話

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「私は可愛いよ?今更その魅力に気づいたの?」

「普通、自分で言うかよ」

「もう!可愛いって言ったのは愁の方でしょう?」

愁の胸板をポンポン叩く。力を入れずに、優しく触れるようにして、愁にボディタッチする。

「言ったよ。今のポンポン胸を叩くのも、可愛いって思ってるよ」

片手を掴まれた。ただ手を掴まれただけなのに、心臓の高鳴りが更に早まった。
今日の愁は、なんだかいつもより優しく感じた。

「そんなに可愛いってたくさん言われると、照れちゃう…」

こんなに素直すぎると、かえって逆に慣れない。ドキドキが止まらない。
だって今、私、絶対に顔が緩んでるもん…。

「幸奈、もう無理。我慢できない」

更に掴む力が強まった。掴まれた腕から愁の熱が伝わってきた。
こんな状態で、旅行会社へ予約をしに行くことは、極めて困難だ。
今日、予約するのは諦めた方が良さそうだ。

「愁がしたいなら、してもいいよ」

「お前のバカ!更に俺を煽るな。優しくしてやれないからな」

掴まれた腕を強く引っ張られ、近くの公園へと連れて来られた。
どうやら、もう一秒も待てないようだ。

「ここって…」

「ホテルまで待てない。こんな所で抱きたくはなかったが、煽った幸奈が悪い。お仕置きだ」

まさかここで…?公園の公衆トイレで、こんなことをするなんて、思ってもみなかった。

「時間がないから、あまりゆっくりはできないけど」

扉が閉まると同時に、鍵をかけられた。もう逃げ場がない。

「どうしよう。やべ。ゴム持ってないや。
あのさ、幸奈って今日は安全日?」

確か安全日だったような。…って、あれ?ゴムがないのに、最後までするつもりなの?
一気に不安が押し寄せてきて、胸が押し潰されそうな気持ちになった。

「そんなに不安そうな顔をするな。幸奈が嫌ならしないから」

そういう問題ではない。万が一のこともある。
いざ、そうなってしまった時に、愁はちゃんと責任を取ってくれるのだろうか。
彼女と別れてくれるかどうかさえも怪しい。

「もしかして、勢いだけでこういうことしたことあるでしょ?」

「あるよ。先週、彼女と」

最低な男だ。もはや、女の敵でしかない。せめて、最低限のマナーは守って欲しいと思う。
もっと彼女のことを、大切にできないのかな?あんなに可愛い彼女なのに…。
彼女の立場になって考えてみたら、胸が痛んだ。
愁は胸が痛くならないのかな?あまりの酷い仕打ちに、愁の人間性を疑ってしまった。

「ダメでしょ?ちゃんとしなきゃ。
どうせ、他にも隠してることがあるんでしょ?隠してることを全部、洗いざらい話してくれたら、今だけは特別に許してあげる」

きっと常習犯に違いない。絶対、他にも隠していることがあるはず。
それならば今、全てを包み隠さずに話してほしい。
上手く受け止められるかどうかなんて、分からない。
それでも、私だけが愁の悪い部分を知っておきたかった。

「高校の時、歳上の彼女と。
あと、一回だけノリで、付き合ってもない子としたことがある」

純情で優しいと思っていたのに。
やっぱり手慣れていると感じたのは、経験豊富だったみたいだ。

「ノリ…って?それはどんなノリなの?」

「それは…女の子に誘われて。断りきれなくて」

上手く断われないからって、そんな簡単に女の子とやっちゃうものなの?
それって、ただやれれば相手は誰でもいいってことでしょ?
愁の最低な部分が、どんどん剥がれていく。

「私が誘った時は、どうして断ったの?その理屈なら、断る理由はなかったんじゃないの?」

感情的になってしまった。想いが溢れて、止めることなんてできなかった。

「幸奈は特別だから。大事にしたいって思った」

そんなに真剣に、私のことを考えてくれてたの…?

「それに俺だって、いつまでも過去の俺とは違う。
それだけ幸奈のこと、大事に思ってたってことだよ。
こんなこと俺も初めてで、正直、戸惑ってる」

あの頃の愁は常に手探りで。私に歩幅を合わせてくれていた。そんな優しい愁が、私は大好きで。
男の人にあんなに優しくされたことなんてなかったから、初めてのことでドキドキした。傍にいられるだけで幸せだった。

「俺的には今、こうしてるのが奇跡なぐらいだ」

私だって奇跡だ。でも、こんな所でするのは抵抗感が強い。
同時に、私はそういう存在なんだと思い知らされた。

「ごめん。こんな所で…」

包み込むように、抱きしめられた。
その抱きしめ方に、愁の想いが伝わってきた。

「最後まではしない。幸奈の嫌がることはできない」

まるで、ご機嫌取りをされているかのように感じた。
これはきっと愁の都合が良い方向に流れるように仕向けられているのだと、すぐに悟った。

「分かった。絶対に約束は守ってね」

「あぁ。約束は絶対に守る」

旅行で浮かれていたせいで、すっかり自分の立場を忘れそうになっていた。
そして同時に彼女でさえも、同じような扱いを受けているという事実を、知りたくもなかった。
愁はきっと女の子が大好きだから、女の子であれば、誰にでも優しくする。
同時にそれは、女の子であれば誰でもいいという意味でもある。
もう愁に多くは望まないことにする。だって、それが叶わない願いだと知ってしまったから。
身体から手に入れれば、心も落ちるかもしれないと、甘く考えていた。
しかし、心から手に入れたとしても、きっと同じ結果にしかならなかったのかもしれない。
なら、飽きられてしまわないように、ただひたすら努力するのみだ。
今日みたいな展開は正直、もう懲り懲りだ。

「だからごめん。手だけ貸して…」

やっぱり、そういう流れになってしまうよね。
ここは仕方ない。私が手を貸せば、この状況も早く解決することができる。
とりあえず、ここは丸く収めるために、手を貸すことにした。
こんなことさっさと終わらせて、旅行の予約をしに行かなくては。

「いいよ」

私はこういった行為に利用されるだけの相手でしかなかったということを、改めて思い知った。
突きつけられた現実に、更に私の胸が締めつけられた。

「ありがとう。助かる。それじゃ早速…」

私の手を掴み、あとは愁のやりたいように使われた。
その間、ずっと私の心は痛かった。早く終わらないかな…なんてことを、心の中で思った。


           ◇


「ありがとな。いつも俺の我儘に付き合ってくれて」

やっとこの状況を終わらせることができた。
早くこの場から立ち去りたい。一刻も早く今日のことを忘れるために。

「そして、ごめん」

頭を優しく撫でてくれた。
しかし、優しい手とは裏腹に、その目は傷ついていた。
こんな場末な場所で、自分の欲を満たすために利用したことを、後悔しているように感じた。

「もういいよ。謝ってくれたし。私も気にしてないから」

「でも、俺は最低なことをしたから…」

「それじゃ、もう二度とこういうことはしないって約束して。
ちゃんと場所さえ選んでくれれば、私は構わないから」

もう期待はしないと誓った。それでもさすがにこういった場所での行為だけは、受け入れられそうにない。これから先も絶対に。

「これからも、俺とこういうことをしてくれるの?」

「いいよ。するよ」

「幸奈がそれでいいなら分かった。これからは場所に気をつける。
こんな場所ですまなかった。でも、ありがとう」

「うん。次から気をつけて。
その代わり、旅行でたっぷり労ってもらうからね」

「分かった。この件は必ず何らかの形で返すので、旅行を楽しみに待っててください」

「楽しみにしてる。どんな形で返してくれるのかな」

「とは言ったものの、あまり期待しないでくれ。
貧乏学生だから、大したことはできないし…」

期待なんてしていない。私が愁にしてほしいことは…。

「ふーん。そっか。じゃ、期待しないでおこうかな」

いつもと立場が逆転。困っている愁を見るのが楽しくなってきた。

「お前、俺を困らせてどうしたいんだ?
まぁ、それなりにいいことしてやるから、程々に期待しておいてくれ」

顔が真っ赤だ。こんな反応されたら、気持ちが溢れ出してしまい、抱きしめてしまいそうになる。

「はいはい。ほら、早く予約しに行こう」

「そうだな。行こっか」

すると、愁が先に扉を開けてくれた。こういう時、優しくする愁にまだ慣れない。
もっと冷たくしてくれたらいいのに。私のことをモノみたいに扱ってくれたらいいのに。
心の中に広がる気持ちを、まだ消せずにいた。
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