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3章:あなたが好き

17話

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         ◇


目を覚ますと、知らない天井が見えた。
あれ?昨日はバイト終わりに、愁が迎えに来てくれて。そのまま一緒に帰って…。

「幸奈、おはよう」

愁の声が隣から聞こえてきた。ということは、もしかして昨夜は愁と……。
身体を起き上がらせようとするが、身体が重くて、思うように動けない。
ですよね。やってますよね。だってココは…。

「おはよう。えっとその、ここって……」

「え?もしかして覚えてないの?昨日の夜、ラブホに来たじゃん」

覚えているに決まってる。覚えていないわけがない。
だからこそ、ちゃんと確認しておきたかった。これが夢じゃないかどうかを…。

「ちゃんと覚えてるよ。でも、一応確認しておきたかったの。
なんだかまだ信じられなくて。私がラブホに来てることが」

ずっと地味で。無難に生きてきて。そんな私がまさか男の人とこんな所へ来るなんて、思いもしなかった。

「その気持ちすげー分かるよ。
でも、こうして幸奈と一緒に来れていることが嬉しすぎて、なんだか実感が上手く湧かない…」

自分達の関係がここまで進展するなんて、想像すらしていなかった。
愁も私も望んでいた形とは違う関係になってしまったが…。

「私も。嬉しすぎてあまり実感が湧かないよ」

終わった後の甘い時間が一番好きだ。それ以上のことは望まない。
それでも、この時間がいつまでも続いてほしいと願ってしまうのであった。

「ねぇ、今度、家 |《うち》でお泊まり会しない?」

「お泊まり会…?」

しまった…。既にお泊まり会みたいなことをしているも同然であった。
まぁ、ただのお泊まり会ではなく、やることはやってますが…。

「ごめん、今のはナシ。聞かなかったことにしてください」

恥ずかしい。穴があったら入りたいくらいだ。
ただ、こうして同じ空間にいることが嬉しいと思い、咄嗟に何も考えずに、思ったことを口走ってしまった。

「やろっか。お泊まり会。それはエッチなしですか?」

まさか、愁が話に乗ってくれるとは思ってもみなかった。愁の優しさに、胸が染みた。

「えっと、どうしよう?たまにはナシってことにしてみる?」

「じゃ、夜はやらないで、朝やるってのは?」

「それはそれでアリかも」

今まで朝する時は大抵、夜の余韻から欲してすることが多かった。
敢えて夜はせずに、朝からするっていう新たな趣向も悪くないと思った。

「だろ?幸奈ならそう言ってくれると信じてた」

笑顔でそう告げられた。信じてもらえたことが嬉しくて、思わず涙が溢れ出そうになった。

「お泊まり会も悪くない提案なんだが、やっぱりまたホテルも悪くないな。
そうだ!今度、一緒に旅行に行かないか?」

「旅行に?」

「そう。旅行に。温泉に行きたいのと、旅館でエッチしてみたくて。ダメか?」

旅行…か。そういえば、まだ愁と旅行に行ったことがない。
旅館ってことは、浴衣姿の愁が見られるってことだよね?見てみたいかも。愁の浴衣姿を…。

「うん。いいよ。私も温泉に行きたい」

「そうと決まれば今度、計画を立てて、どこへ行こうかちゃんと決めようぜ」

愁と一緒に出かけられる。たったそれだけのことで、私の心は満たされた。

「うん。そうしよっか」

愁と旅行なんて、想像ばかりがたくさん膨らんでいく。
温泉といえば、箱根や鎌倉、熱海辺りなんかも悪くない。

「早く幸奈と旅行へ行きたいな…」

こんな時、ふと頭に思い浮かぶ。私達はあくまでセフレだ。それ以上でもそれ以下でもない。
セフレになった今でも、愁の中で私の存在は、大切な友達であることに変わりない。
実際、大事にされてると思う。たまに友達の域を超えていると感じる時もある。
それはきっと愁が少し過保護すぎるせいであろう。
そんなところも大好きだ。セフレの私に対して、こんなにも大事にしてくれるのだから。
きっと彼女のことは、もっと大事にしているのであろう。いいなぁ。幸せそうで羨ましい。
結局、どんなに大事にされても、私は一番にはなれないのであった。

「私も。早く愁と旅行に行きたいな」

一緒に旅行に行ってもいいのだろうか。彼女に対して罪悪感を感じてしまう。
これが二人っきりとかはでなく、バイト仲間の何人かで行くのであれば、少しはそんな気持ちも和らいだかもしれない。

「幸奈はどこに行きたい?」

真剣な目でそう聞かれた。罪悪感で苛まれている頭では、上手く頭が働かない。

「私は景色が綺麗で、美味しいものが食べられるところがいいな」

ありきたりなことしか言えなかった。
でも嘘はついていない。愁とならどこでもいいと言ってしまえば奇弁だが、傍に居られればどんなところでも幸せだ。

「それもいいよな。景色も食べ物も大事だからな」

いいなと思うものや好みが似ている。気づかないうちに、似てきたのかもしれない。一緒に居る時間がそうさせたのであろう。

「うん。愁ならそう言ってくれるって信じてたよ。私も真似してみた。なんてね」

「おい、真似すんなよ。まぁ、いいけど」

真似してみたのは、半分冗談みたいなものだ。
なんとなくではあるが、愁ならそう言ってくれるのではないかという、根拠のない自信みたいなものがあった。

「お前の気持ちはよく分かるよ。俺は幸奈に対して、根拠のない自信?!みたいなものがあるから」

「根拠のない自信って…?」

「上手く説明するのは難しいが、簡単に説明すると、俺は何があっても、お前のことを信じていられるっていう、安心感みたいなものを強く感じているんだ。
つまり、お前のことを信用してるってことだ。これでもお前のことを頼りにしてるんだからな」

それは私も同じだ。何があっても愁は私の味方でいてくれると信じている。
それは私にとって、愁が大切な存在だからである。

「愁の気持ち、私もよく分かるよ。だって、私も同じ気持ちだから」

こんなふうに、お互いを信じ合えているというのに、どうしてまだ上手く運命の歯車が合わないのだろうか。神様。どうか私に愁をください。
…なんて声は虚しく。『別れる気はない』と宣言されている以上、現実を覆すことは難しい。
絶対に愁は彼女と別れないと思う。見ていれば分かる。

時々、バイト先に彼女が訪れた時に見せる愁の表情と、私に見せる愁の表情は明らかに違う。
そんな光景を見る度に、胸が苦しくなる。そこにいるあなたの彼氏と、あなたが知らないところでセックスしてるの。
何度もそう叫びたいと思った。仮に叫んだとしても、ただ虚しいだけだ。立場上、私の方が分が悪くなるだけだからである。

だからこそ、そんな惨めな思いをしないためにも、感情に左右されたくなかった。
彼女に負けたくないという対抗心があった。そもそも勝ち負けなんて存在しないし、勝手に対抗心を燃やされても困る話だ。
それに、愁を困らせたくない。愁の傍に居たい。
しかし、いつまでも黙って指を咥えて待っていられるほど、気持ちを制御できないところまできていた。

「これからもたくさん幸奈に頼らせてもらうから」

私は彼女の代わりに抱かれる女。所詮、二番目にもなれない女。玩具に過ぎない。
分かっていたことなのに、こんなにも胸が苦しくなるなんて思わなかった。

「もう。人ん家を勝手にホテル代わりにしないでよ」

「してない。それに今日はラブホだからセーフだ」

そういう問題ではない。どうしてこうも上手く伝わらないのだろうか。
愁にモノみたいに扱われていることが、嫌だと伝えたかっただけなのに…。

「そうじゃないけど、もういいや。なんだかバカらしく思えてきたから」

「なんだよ。言いかけて止めるとか、お前、性格悪いぞ?」

誰のせいだと思ってるの?と言いかけた言葉を引っ込めた。
いいよ、別に。性格が悪くても。どんなに上手く取り繕っても、振り向いてもらえないから。

「別に。私は性格が悪いもん」

「怒んなよ。冗談だろ?俺が悪かった。ごめんなさい」

私が拗ねれば、ご機嫌を取るために、すぐに謝る。
真剣に怒っているわけじゃないのに。ただ愁が私のことを玩具みたいに扱うのが嫌なだけなのに。
自分から望んでおいて、いざそういう扱いを受けると、相当ショックで。
気づかないうちに、どんどん欲張りになっていた。

「怒ってないから安心して。私は愁に頼ってもらえて嬉しいよ。
これからも遠慮せずに、頼ってくれて大丈夫だから」

この想いが届かなくても、傍に居られなくなるよりはマシだ。
だから自分の気持ちは押し殺して、ずっと愁の傍にいる道を選択した。
忘れちゃいけない。私と愁の関係はあくまで友達。それ以上でもそれ以下でもない。
多くを望んではいけない。多くを望めば、自分の首を絞めるだけだから。

「もちろんそのつもりだ。お前も無理すんなよ」

優しく頭の上にポンと手を置き、そっと頭を撫でられた。手の温もりが私の心の棘を丸くしてくれた。

「旅行、楽しみだな。早く計画を立てようぜ。冬休みも近いからな」

もうすぐ冬を迎える。あの夏祭りから数カ月が経過していた。
私はずっとあの夏祭りから取り残されたままだ。
冬が近いことに気づかないまま、ずっと夏で時が止まっていた。
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