恋の微熱に溺れて…

和泉 花奈

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9度:旅行デート

30話

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「…お酒、注ぎますね」

慧くんが私のグラスにお酒を注いでくれた。まずはビールを…。

「ありがとう。私も注ぐね」

今度は私が慧くんのグラスにお酒を注いだ。同じくビールを。

「ありがとうございます。乾杯しましょう」

グラスを持ち、互いに乾杯の準備を始める。

「それじゃ、乾杯」

「乾杯」

互いのグラスを優しくぶつけ合う。そっと触れるかのように…。
そのままグラスに口付け、ゆっくり口の中にビールを流し込む。程良い冷たさと泡が、お風呂に入って乾いた喉を潤していく。

「…んー、美味しい」

思わず声が漏れてしまう。そんな私を見て、慧くんが優しく微笑んだ。

「美味しいですね。京香さんと一緒に飲んでるから、より一層美味しく感じるんだと思います」

そんなことを言われたら、一気に酔いが回りそうだ。

「…もう。そんなことを言われたら、すぐに酔っちゃうじゃん」

少しふざけてみた。こういうやり取りさえも、イチャイチャできると思ったからである。
でも、この時の慧くんの反応は、私の予想と違った。私の目を熱い視線でまっすぐに見つめてくる。
その視線に全身の熱が上昇していく。この状況をどうしたらいいのか分からず、反応に戸惑ってしまう。
そんな私を見て、慧くんはよりまっすぐな視線を向けてくる。
慧くんの意図を私は上手く汲み取れず、更にテンパるだけなのであった…。

「酔って下さいよ。酔ってる京香さんが見たいです」

真剣に言われても、どうしたらいいのか分からない。
お願いされなくても、既に酔ってしまいそうだ。お酒よりも慧くんの色気に…。

「慧くんになら、いくらでも見せてあげるよ」

私なりの遠回りなお誘いだ。同時に慧くんにも酔ってほしいという願いを込めて…。

「それじゃ、後でたくさん見せて下さいね」

悪戯な笑みを浮かべていた。これは逆らえない流れだ。
温泉旅行…という段階で、そういうことになる予感はしていた。
だから、それなりに準備はしている。無駄毛などの処理も含め、可愛い下着だって身に着けている。
私だってそれなりに期待している。いつきてくれても大丈夫なように、ちゃんと準備している。

「う、うん。頑張る…」

これじゃたくさん慧くんと肌を重ねたいと誘っているようなものだ。
それはそれで間違っていないが、今はまだこの美味しい料理とお酒を堪能していたいという気持ちの方が大きい。
できればご飯を食べ終わった後、そういう時間を大事にしたい。敢えて言葉にして伝えずに、慧くんに上手く察してもらえたら有難い。
それを態度で表しながら、軽く訴え続けた。それが通じたのか、慧くんが私の頭に触れてきた。

「そんなに気負わないで下さい。いつも頑張ってくれていますので、いつも通りで大丈夫です」

言葉にしなくても、通じるということを知った。
同時にあまりそういったことを考えるのは止めようと誓った。目の前のことだけに集中し、一つひとつのことを楽しむことにした。

「そうだね。そう言ってくれてありがとう」

私がそう言うと、慧くんは安心したみたいで。グラスに残っているお酒の続きを飲み始めた。
私も真似して、グラスに残っているお酒を一気に飲み干した。そのため、グラスが空になってしまったので、追加でまたビールをグラスに注いだ。

でもおかしい。先程飲み干したはずなのに、喉の渇きが癒えてくれない。そのせいもあり、飲むスピードがどんどん速くなっていく。
本当の意味で酔ってしまいそうだ。これじゃ酔い潰れてしまいそうなので、飲むのを一旦、止めた。
私が酔い潰れたら、慧くんがガッカリしてしまう。せっかくの温泉旅行を台無しにはしたくない。
私だって期待しているのだから、ここで何もないのは嫌だ。思い出は一つでも多く残したい。
頑張って酔いが回らないよう、意識を強く持った。
そんな私を見て、慧くんは私に合わせて、ゆっくり飲んでくれている。
私と違って、お酒が強いのであろう。まだまだ余裕そうだ。
そんな慧くんを見て、私は更に彼への愛情が深まった。

「京香さん。お酒ばかりじゃなく、料理も食べて下さいね」

慧くんが小皿に料理を盛ってくれた。そのまま装ってくれたお皿を手渡してくれた。

「ありがとう。…頂きます」

お皿に装ってくれた料理を、せっかくなので頂いた。
一口口に含んだ瞬間、すぐに旨味が口の中に広がり、気がついたらあっという間にお皿から料理がなくなっていた。

「…もうなくなっちゃった」

意地穢いと思われたに違いない。大人なんだから、もっとゆっくり食べなさいと。
でも、慧くんの反応は、想像とは違った。いつも通り優しく微笑んでいた。

「おかわりしますか?」

首を縦に頷いた。はしたないかもしれないが、食い意地を張っているという自覚はある。
それぐらい、ここの旅館のお料理が美味しい。箸が止まらなくなってしまうくらいに…。

「はい、どうぞ」

私が手渡すと、すぐに慧くんは受け取ってくれた。
ただ装っただけなのに、受け取ってもらえただけで嬉しかった。

「…頂きます」

慧くんが口を大きく開けて、私が装った料理を食べ始めた。
その姿がとてもセクシーで。こんな感覚は初めてで。妙にドキドキしてしまった。

「…どうかしましたか?」

私があまりにも凝視してしまったため、不思議に思ったのか、慧くんは訝しげな表情を浮かべている。
私は慌てて取り繕った。怪しまれないように…。

「どうもしないよ。それ美味しそうだなと思ったら、ぼーっと眺めちゃって」

「そうなんですか?それじゃこれ、俺が取ってあげますね」

私のお皿を奪い、お料理をお皿の上に装ってくれた。

「はい、どうぞ」

手渡されたのを受け取り、頬張って食べた。
誤魔化しのために適当なことを言ったが、その時の自分に感謝したいなと思うくらい、とても美味しい。

「…これ、めちゃくちゃ美味しい」

気がついたら、またお皿の上の料理がなくなっていた。
それぐらい、美味しい料理に舌が唸った。これはなくなるまで食欲が尽きそうにない。

「美味しいですね。あまりにも美味しすぎるので、ずっと食べていたいくらいです」

大袈裟な表現に聞こえるかもしれないが、それぐらい料理が美味しい。
その気持ちがよく分かるので、慧くんの気持ちに共感した。
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