恋の微熱に溺れて…

和泉 花奈

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1度:犬系には要注意

1話

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来年で二十代ラスト。あっという間に歳だけを重ねてしまった…。
葉月はづき 京香きょうか。二十八歳。独身。彼氏が人生で一度もいたことがない、可哀想な女だ。
でも、そんな可哀想な女も恋はする。その恋のお相手は年下で。イケメンで。社内で一番人気の男。
高望みだということは重々承知している。そんな彼を意識するようになったきっかけは、漢字違いの同じ苗字であるということだった。
私は葉っぱに月と書いて、葉月。彼は羽に月と書いて、羽月はづき
たったそれだけ?と思うかもしれないが、恋愛経験が乏しい私には、充分気になる理由となった。
でも、私なんかには手が届かない存在。想うだけ無駄だと知りながらも、気持ちが消えることはなかった。


           *


想い続けるだけで月日は経過し、特に接点もなく。
もうどうにもならないし、そろそろ諦めようと思った矢先の出来事だった。

「えー。皆様に大事なお知らせがございます。我社にとても大きな仕事を任せてもらえることになりました。
今からその大きな仕事に向けて、新しいプロジェクトを立ち上げます。各部署から数人、選出してください。よろしくお願いします。それでは以上で、朝礼を終了とさせて頂きます」

社長は言いたいことだけ言って去った。
社内はザワついていた。各部署の課長が社員に詳細を説明し、どんな大きな仕事が舞い込んできたのか、知ることとなった。
社員の反応はバラバラで。面倒くさそうにしている人もいれば、興味がない人、やる気に満ち溢れている人もいた。

私は正直、迷っていた。仕事内容的にやりたい気持ちもあるが、羽月くんがこのプロジェクトに参加するかどうかも気になっていた。
もし、参加するのであれば、私も参加したい。彼の様子を窺いながら、立候補しようか迷っていたら、課長が先に口を開いた。

「うちの部署からは、“ダブルハヅキ”に参加してもらおうと思う」

思ってもみないチャンスが訪れた。即座に返事をした。

「畏まりました。代表して、プロジェクトに参加させて頂きたいと思います」

課長は私が快く引き受けてくれたことを喜んでいる。
あとは慧くんがどう思っているのかが気になる。

「僕でよければ、やらせてください。よろしくお願いします」

慧くんもプロジェクトに参加することを表明した。私の心は一気に舞い上がった。

「おう。そうか。それじゃ、よろしく頼むぞ」

新しいプロジェクトに参加できるドキドキと、気になる人と一緒にお仕事ができるドキドキに、私は浮かれていた。


           *


次の日から新しいプロジェクトのチームに参加し、仕事を始めることになった。
急遽、新設されたこともあり、まだ色々とバタバタしている。
皆で協力し合いながら、なんとか落ち着くことができたのが昼過ぎ頃だった…。

「一旦、休憩にしましょうか」

プロジェクトのリーダーの声掛けにより、やっと昼休憩を迎えた。
お昼ご飯を買いに行こうと思い、歩き始めたら、呼び止められた。

「待ってください...!」

後ろを振り返ると、呼び止めた相手は羽月くんだった...。

「羽月くん。どうしたの?何かあった?」

「いえ。そういうわけではないんですが、その...」

言い淀んだ。何か言いづらいことなのだろうと身構えていたら、羽月くんがゆっくり口を開いた。

「一緒にお昼ご飯を食べませんか?」

想像していなかったことが起きた。まさか羽月くんにご飯に誘われるなんて、思ってもみなかったから。
嬉しかった。誘ってもらえたことが。私の答えは一つしかなかった。

「私でよければ、一緒に食べたいです。
なので、お昼一緒によろしくお願いします」

私の答えを聞いて安心したのか、嬉しそうな表情に変わった。
羽月くんの表情を見て、私の心は鷲掴みにされた。

「それじゃ早速、お昼ご飯を食べに行きましょう」

「うん。そうだね。行こっか」

こうして、ひょんなことから、二人でお昼ご飯を食べに行くことになった。


           *


羽月くんがおすすめのお店に連れて来てもらった。
そのお店は外観も内装もお洒落で。あまりこういった場に慣れていなくて。ソワソワしてしまう...。

「葉月さんは食べる物、決まりましたか?」

メニューを全然見ていなかったため、まだ何を食べたいか決まっていない。

「ごめんなさい。まだ決まってなくて...」

「そうでしたか。急かすようなことを言ってしまい、ごめんなさい」

羽月くんは何も悪くない。こういったお洒落なお店が得意ではない、私が悪いのだから。

「大丈夫だよ。羽月くんがそこまで気にする必要はないから」

「そうですかね?そう言って下さり、ありがとうございます」

二人の間に気まずい空気が流れ始める。
どうにか空気を変えるため、話題作りをしようと画策する。

「羽月くん。こんなタイミングで言うのもあれだけど、もう食べたい物が決まりました」

「そうなんですね。それじゃ、注文しちゃいましょうか。すみません...」

羽月くんのような人気者は、どんな場面にもすぐに臨機応変に対応できるんだなと思った。
同時に住む世界が違うなということを、再確認させられた。


           *


お昼ご飯を食べ終わった後、特に会話もせずに、会社に戻った。
もう二度とお昼に誘われることはないだろうなと思っていたが、次の日も羽月くんはお昼に誘ってくれた。羽月くんの気持ちが嬉しかった。
それから毎日一緒に食事をするようになって、距離が縮まった。
そんなある日、羽月くんから提案された。

「僕達、漢字は違いますけど、苗字が一緒なので、チームの人達が名前を呼ぶ時、どっちのことを指してるのか分かりづらいと思うんです。そこで提案なんですが、お互いに下の名前で呼び合うのはどうですか?」

確かに羽月くんの言う通りだ。業務を滞りなくこなすために、苗字が同じ私達は名前で呼び合う方がやりやすい。

「そうだね。それじゃお言葉に甘えて、慧くんって呼ばせてもらうね」

一瞬、慧くんの顔が赤くなった。慧くんのようなモテる男性でも、名前呼びされると照れるんだなと思った。

「分かりました。僕も京香さんって呼ばせてもらいますね」

男性に名前で呼ばれるのなんて、学生の頃以来なので、私まで顔が赤くなってしまった。

「うん。分かった。改めてよろしくね」

ただお互いの名前を呼んだだけなのに、気恥ずかしい空気が流れ始めていた。
上手く空気を変えられないまま、時間だけが過ぎていき、黙々と食事をし、会社に戻った。
距離が縮まっているはずなのに、なかなかあと一歩が踏み出せない。
ただの仕事仲間という関係なので仕方がないが、私が上手く会話を続けられないせいもある。
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