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魔法教師、トラブルを呼ぶ

40話

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みなの視線は其方に釘付けであるな」

茶化す様な言葉に、上を見上げて少し睨んだ。

「ご自分のご尊顔を良く鏡で見てから言ってください」
「余はいつもの事だ」
「そうですか」

ダンスの相手はそこそこの人で良かったのだ。
だと言うのに、何で陛下が…。

クルリとターンを決め、背中が密着する。

「上手いな」
「それ程でも」
「もう一曲踊るか?」
「冗談はよして下さいな」

くすくす笑っていれば、きゅっと腰が寄せられる。

「冗談じゃないと言えば?」
「お戯れを」
「つれないな」

悪戯っぽく頬に唇が寄せられる。
一瞬の事ですぐ離れたし、多分気づかれていないと思うが、身が縮む思いである。

独り身の皇帝。

セリくんのお母様がセリくんが幼児期の頃に亡くなってから、陛下は妃を娶っていない。

妃様に未練があるから娶ってないのかと思ってたけど、そう言うわけじゃ無さそうだ。

「陛下」

ずっと通る声で呼べば、何だ?と、太陽の瞳と視線が絡む。

「陛下にとってセリくんが一番である事は承知しています。陛下は私を帝国に留めておきたいのでしょう?あの子の為に。

大丈夫ですよ、陛下。
私は帝国を出てもセリくんが望むのなら、いつでも会いに来ます。

私はセリくんのお姉ちゃんで、師匠ですから」

この人が不安に思う心を、少しは知っているつもりだ。
この人にとって、一番はセリくん。セリくんが、私が側に居続ける事を願うなら、この人はどんな手を使っても私を引き止める為に動く。

まぁ後は、私と言う貴重な存在が他国に渡らない為かな。
私はどの国にも属するつもりはないけれど、皇帝である陛下にとっては、私にその気が無くとも気が気じゃないだろう。

「私は何かに縛られる事はありません」

どんな魔法を使っても、そんな未来はありえない。

「あの子の住まうこの帝国に仇なす事は絶対にありえません」

セリくんが悲しむ思いをしない為に。

「こちらの浅はかな考えなど全てお見通し…か」
「私を誰だと思ってるのですか?」
「余にそれを聞くか?」

心底可笑しそうに、声を堪える様に喉を鳴らした。

「陛下だからですよ」

流石に、こんな物言いは他の人にはできない。いや、皇帝にこんな態度するのは良くないんだけど…この人はそんな事でとやかく言う人じゃないし。

ヒペリオンの皇帝は太陽の様に器の広い方だと信じてるよ。…ウン。

演奏が終わり、最後に礼を取り演奏が終わる。

「……敵わないな」

その言葉は私の耳にも、周囲の人の耳にも届かず盛大な拍手にかき消される。



「______美味しそうな魔力、アタシにちょうだい」

スイーツを強請る甘い囁きが、会場に響いた。
一拍の間を置いて、フロアを包む真っ暗な闇。

………侵入されすぎでしょこの宮廷。

侵入者立ち入り禁止の結界でも貼ろうかな。

皆の意識が飲み込まれていく中で、そんな悠長な事を考えた。


 ◆    ◆   ◆    ◆    ◆    ◆    ◆    ◆    ◆    ◆


”『どうして私の言う通りにしないの!?』”



遠い昔の事を思い出した。十数年も前…お母さんが死んで祖父母に引き取られてから直ぐの、地獄の様で合った日常の記憶。

初めて祖母に反抗した頃の記憶。


「私はお前が恥をかかない様にこうしてやってるんだ。有り難く思いな!」

ピアノで失敗すれば手を定規で叩かれ、食事のマナーで間違えれば皿やフォークを投げられた。テストで満点を逃せば髪を掴まれ、祖母の望む進路を歩まなければ平手打ちを喰らった。

昔ながらの古い考えをしていた人だった。

女は器量良しで男の一歩後ろを使用人の様について歩く存在であれと強要した、昔ながらの人。

私は多少器用だったからある程度は熟せたけど、そのせいで祖母はそれ以上を求めた。

「女は家事も完璧でないといけない」

と言って、日頃の家事を全て私に押し付けた。

「女はね___」

「女にとって___」

「女って言うのは___」

次々と流れる記憶の数々。

嫌になって家を飛び出すまでの記憶が短い映画の様に次から次へと流れ、終わる事なく続く。

祖母からの教育と言う名の虐待、

祖父からの未遂の性的被害、

友人からの裏切り、

クラスメイトからの虐め、

教師陣からの無関心。


…その記憶の中に孕む、己のコンプレックス。


パッと視線をずらし、ふぅん?と笑った。

「その人にとって最悪の悪夢を見せる魔法ね」

それが、私にとっては過去の記憶って訳か。


パチン


指を鳴らせば、何事もなかったかの様に会場は元通り。

…とは行かない。

まるで悪夢でも見ているかの様に苦痛を表情に出して倒れる貴族の方々。

私が消したのは、私にかけられた魔法だけ。

「っ!な、何でっ!?」

見覚えのない亜麻色の髪の少女が驚いた様に声を上げた。

「何でも何も、私に魔法は効かないの」
「そんな筈無いわ、ちゃんと効果があった…アタシはアンタにとって最良の悪夢を見せた筈よ!」

……悪夢?あれが?

こてりと首を傾げて見せれば、表情に驚愕の色を濃くさせた。

確かに、私にとって今も昔も一番の悪夢はあの時の記憶でしょうね。でも、私は奏では無くマユラ。
悪夢の効果が無いのはそのお陰かな。

まぁ奏であってもあの悪夢は私には効かない。

「効いてはいないけど…」

ゆらり、指先を少女の方へと向ける。

「ちょっと不快だった」

この私に見せられた悪夢…心底不愉快極まりない内容に感じたのは、少しの苛立ち。

《ちょっとだけ、お仕置き》

指を下ろせば、少女は闇に落ちる。

首謀者だろうし、ちょっとだけ取り調べ。

《本当の悪夢ってのは、こう言うのを言うの》

教えてあげる。

ふんわり楽しげに笑う様は、幼い子の様であり…神の様な無邪気さを孕む。

「い、いやァァァァ!!!」


____木魂する叫びは、楽しげに笑う彼女の耳には届かない。


「あの子が居なくなったのに消えないって事は…別の人の仕業?もしくは魔法道具マジックアイテム?」

索敵サーチを広げれば、それらしい魔力反応を見つけた。
一つは、悪夢を見せる魔法を発動させる魔法道具。
もう一つは、位置設定の魔法道具。これは転移の座標になるものかな。

「これがあったから此処に来れたのかぁ」

魔法で二つの魔法道具を手繰り寄せ、指先で操る。

「時間が経てば消えるのね」

狙いは私だったみたいだ。
魔道具で皆が混乱する中、悪夢を見る私を捉えて誰かに引き渡そうとしてたらしい。

捉えて逃げる時間ができれば良いって事だしこのくらいの小細工だけで十分だったわけね。

「狙いは私の魔法?」

“せ…聖女、だから”

暗い意識の中で、閉じ込められた少女は何かを訴える様に答える。

「魔力を食べるんだ?面白いね」

悪魔固有のスキルだったかな?悪魔が人の奴隷とは世も末だ。人間種は弱い生き物じゃ無いと言う事が証明された瞬間だよ。

「セリくんはもうそろそろ起きるかなぁ」

セリくんにあげた無効化のペンダントは、こう言う人体に被害のない魔法の無効ために一定時間のラグが発生する。
改良が必要?

「折角セリくんのデビュタントなのに台無しにしてくれちゃって」

聖女という事は、聖徒教団が絡んでるのね。教団が悪魔を保有してるなんて大スクープだけど、時と場合と場所を弁えて出てきて欲しい。

他国の皇族のデビュタントなんて知ったこっちゃ無いって事?

「私こう見えて忙しいだよね。君らに構ってる暇は無いの」

“アタシに言われても…どうにも出来ない”

「じゃあ取り敢えず仕返しだけしとこうかなぁ」

“……何する気?”

「決まってるじゃん?
眼には目を、歯には歯を。悪夢には悪夢を」


人の晴れ舞台に水を差してタダで済むと思うなよ。

「悪魔ちゃんの今後の生死は陛下に委ねられるけど、まぁ情状酌量の余地はあるし刑罰のみだと思うよ」

ま、精々がんばれ。

“貴女、アタシの病気を分かって言ってるなら相当な悪魔よ”

悪魔に悪魔と言われるなんて不名誉だ。

「暫くは満腹なんでしょ?なら大丈夫」

魔力でしか腹が満たされないとは難儀な悪魔である。
定期的におやつ程度の魔力を与えとこうかな?

「じゃあ飴玉でもあげる」

魔力の凝縮塊。
口の中に放り込んで仕舞えば後は好きにして欲しい。

“おいしぃー!!”

………悪魔にとって魔力は美味しいものなのね。把握把握。

バイバイと言ってから、悪夢の扉を閉じる。
…ずっと悪夢じゃ飽きるし代わりに外の景色でも流しとこ。



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