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転生美少女、逃げるが勝ち

15話 ヴァルフゴール視点

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ヴァルフゴールは背中を荷馬車の硬い壁に預けながら、その視線を灰色の髪の少女に向けた。
浅いながらも眠りに落ちながら、己の膝に頭を乗せて眠る少年の髪を撫でる姿は、やっぱり見た目通り年齢には見えない。

今でも、この少女の事は自身とは別の次元の人間に思う。


……俺は、ごく普通の田舎の農村で生まれ育った。村ではこの体格を買われ、力仕事や、猟師として森に入ったりと、本当に穏やかで平凡な人生を送っていた。

そんな日常が変わったのはいつだったか…。

ある日突然村が魔物の群れに襲われて、一夜で壊滅した。
運良く俺は妹と弟を連れて村を離れていたお陰で無事だった。
翌日冒険者が数名派遣されたのだごが、駆けつけるのが遅かった。着いた頃には夜は明け、村の悲惨な状況をはっきりと写した。

生き残ったのは俺と、まだ幼かった妹と弟の二人。

妹達を連れて村を離れ、人の多い活気の賑わう街で最初は武器工場の下っ端から仕事を始めた。
きつい上に熱く、親方が気難しい性格もあり、その上拘束時間があまりにも長かった。
だが、妹や弟にたらふく食べさせてやるには貰える給料が余りにも少ない。
割に合わないと思って辞めた。自分はまだ若いから大丈夫だと思ってた。どこでも雇って貰えるなんて浅はかな考えを持っていた。

職を転々としながら、剣が強い事を知って冒険者、根性を買われて傭兵、なまじ体力があったから盗賊、普通の奴より強かったから賞金稼ぎ。色々な事に手を染めてきた。

それで生きてこれていたのだから、何ら問題はなかった。

そう、妹弟が倒れるまで、問題なんて無いと思ってた。

呪いだった。

医者の診断によれば、並の解呪師には手に負えない、強力な呪いだと告げられた。
いつ何処で呪われたのか、その真相は不明だと言った。

解呪ができる人間は、悪名高い教団の神官。平民が神官に会えるはずもなく、法外な金を用意出来るはずもなく、妹達の容体は日に日に悪化するばかり。

時には吐血を繰り返し、時には何日も目を覚さないなんて事もあった。

あれほど何も出来ない無力な自分を呪った事は無いだろう。

妹達の看病で側を離れることもできず、とうとう持ち金も底をついた。


変わってやりたい。

誰でも良いから助けてくれ。

何でもする。

俺の願いが神に届いたと歓喜したのは、妹達の呪いの進行を遅らせ、緩和させる魔法薬を待って現れた今の主人と呼ぶべき人物を見た時だろう。

薬を定期的に投与、それから妹達がまともな生活ができる環境、俺の働き次第で教団の神官に解呪を依頼する条件で俺は主人の奴隷になった。

今まで何でもしてきた。

文字通り、”何でも”だ。

命令されたから仕方がないと己に言い聞かせ、人を殺し、金を巻き上げ、情報を仕入れ、人間の尊厳を踏み躙り、強さを証明し、はりぼての忠義を尽くした。

この頃には、助けを求めるなんて発想は無くなっていた。
言う事を聞けば、妹達は楽になる。金も手に入る。いつかはここをおさらばできる。

俺は頭が良くなかったから、騙されたと分かったのは何年も経った頃だ。
呪いに苦しみながら妹達は大きく育った。

等、無かった。

それでも、主人の元を離れる事はできない。
俺が逃げれば俺諸共妹達も殺される。
今まで通り、ただ八つ当たりの様に命令をこなして、時々拷問の様な折檻に耐え、ただ妹達が少しでも良くなれと願うばかり。


この日もいつもの様に仕事をこなした。

闇市に流すアイテムの護送。そう聞かされていた。
きな臭いのはいつもの事で、逆らう事は無駄だと理解していたから、言われた通りやるべき事をした。

指名手配された人間や、その他の名だたる裏家業の人間が居たのにも驚いたが深くは考えない様にする。


能無しと貶されるのはいつものことだ。

愚図だと言われるのもいつもの事だ。



そう、この日もいつも通りのはずだった。

「おじさん達に地位のある後ろ盾、若しくは伝手を持ってる人はいる?」

これが生き延びる為の条件で、無いものは死を意味した。

勿論、彼女の望む返答を出来なかった俺といけすかないアンタレスを除く他全員は首を刎ねられ死んだ。
一瞬で…穏やかな風が吹頬を撫でれば、ころりと生首が転がる。一瞬の光景を目にして、恐怖で吐き気を感じた。

死ぬ

明確な死の恐怖。

俺は思わず、包み隠さず利にもならないことを喋り続けた。

アルバの事。
主人との契約の事。
妹達の事。

十年も前に途切れた繋がりだ。勿論、アルバは俺や妹達の事を気にかけて時々手紙を送ってくる。
でも、会うことが許されないし、会った所でどんな顔をしすれば良いのかわからない。

「アルバ・ラペストに会って見たかったけど

残念」

心底残念そうな顔をした。
本当に、死ぬと思った。

必至の弁明は許された。

気まぐれに殺す人間じゃない事に心底安堵した。

彼女…マユラはきっと神が遣わした天使だ。

役立たずと罵られてきたが、勘だけは他の誰よりも鋭く重宝された。
だから、きっと間違いじゃない。


時々意味のわからない言葉を口にしながら、主従の契約を結び、役に立つ代わりに給金を支払うと申し出た。

本当に理解出来ない。

奴隷とは何か?
人ではなく物だ。
物を雇用し労働の対価を払うと言い退けた。

普通の人間には、当たり前の事であっても、奴隷は違う。
主人が奴隷をどう扱おうが全ての事が許される。

対等であることが許されるはずがないのに、マユラは俺とアンタレスに対して対等に扱った。人として扱った。

皇子殿下を天使とマユラは言ったが、お前が天使だ。

きっとただの加護持ちじゃない。

間抜けな顔を見つめれば、彼女の耳飾りがキラリと光る。


____妙な勘ぐりは辞めておこう。

何処の誰か何てどうでも良い。

この場に居るのはただの冒険者で魔法使いのマユラと

その従者の奔放なアンタレス

小さく純粋なセリニオス

従者候補の俺だけだ。



そう、今はこれで良い。


質の良い触り心地の濃い青のリボンを撫でながら、世が明けるのを待つ。

あぁ、無性に…妹と弟に会いたい。

悪夢が始まった、13年前。

漸く、漸く………

長い地獄が終わる。


そう言えばあの串肉美味かったな。

平穏な日常を近くに感じ、平凡な事が頭に浮かぶ。

それがあまりに可笑しくて苦笑をこぼす。


「____うぅ……からだいたい」

顔を顰めて両手をあげ伸びをする。
間抜けな顔があまりにも面白く、くつくつ笑ってしまう。

帝国まで、まだまだかかりますよ…ご主人様?

「おはようマユラ。凄い顔だぜ」
「え、…ほんと」

寝ぼけた声で、自由自在に奇跡の様な魔法を操る。


………頼むからご主人様、人間離れした行動を起こさないで下さい。

なんて事ない様に、スライムの様な触り心地のシートの様な物を作り出し手渡してきた。

魔法は、こういう使い道の為にあるんじゃない…。
そう言いたい気持ちをグッと堪える。

もう一つを当たり前の様に殿下の体の下に敷く姿を見て、もう何も言うまいと溜息を吐く。

アンタレス…「もっと分厚く出来ない?」とか要求するな。


魔法とは何だったか?

きっと魔法の神の加護を受けてるんだ。そうだ。

マユラ程ではないにしろ、規格外のことをやらかした幼馴染を思い出す。

加護持ちは皆こうなのか?


頭が痛んだ。


朝食?あぁ、肉がいい。
こんがり炙ってくれ。

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