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昔も今も変わらず

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 風花姉の喫茶店でお昼ご飯の後、俺らは『まさやんの本屋さん』へ戻ってきた。午後から店番を再開して、今は3人で書棚の補充をしている。

「加奈っち~、図鑑はどこの棚に入れたらいい?」
「右側の角に図鑑コーナーがあるから、そこに入れたらいいよっ」

 加奈が右手で指し示す方向に、由紀が頷く。

「図鑑がめっちゃ並んでるなぁ」
「うん、テンション上がるよねっ」
「えっ? そ、そう?」
「だって賑やかっていうの? イラストや写真がいっぱいで、楽しいって感じ。あっ、もちろん書いてある内容も面白くって」

 加奈が図鑑コーナーに近づき、手近にある図鑑を取って広げ、説明を始めた。
 
 俺は少し離れたところから眺めていた。午後の3時過ぎで、カフェタイムのせいなのか、今はお客がいない。2人とも学校でのやりとりみたいに楽しく話している。うん、息抜きにちょうど良いか。なんなら、バックヤードで休憩してもらっても良い。
 
 そう思って2人のところへ。すると、

「でねっ、このアノマロカリスっていう子が古代の生き物で有名なのっ」
「おおっ………、変な形してる………」
「そこが可愛いよねっ」
「えっ………? ほ、ほんまに?」
「ほら、このいっぱい付いてる丸いヒレみたいのとか」
「不気味やん……」
「じゃ、じゃあ、このぴょんと飛び出てる大きな目とか」
「もっと不気味やん……」
「そ、そっか……」

 加奈が古代の生き物図鑑を広げてまま、しゅんとした。すると、

「あっ!? やっぱ可愛い!!」
「えっ! ほんとに!」
「う、うん、か、可愛い………! か、かも知れん………」
「かも………? ふーん………」
「あ、あはははっ~………」

 加奈のじとっとした目つきに、由紀の笑顔がひきつる。誤魔化しているのがバレバレだ。見ていて面白い。

 由紀が俺に気づいた。顔が少し赤い。

「な、何笑ってんねん!」
「んっ? 笑ってないぞ」
「う、嘘つけ!! 顔がにやけてる!」
 
 顔に出てたか。俺も誤魔化しが苦手みたいだ。

「ねぇ、太一くん」
「ん?」

 加奈に呼びかけられ顔を向けると、

「可愛いよねっ」

 と、何故か自信ありげに見せてきた古代の生き物、さっき由紀に不気味と言われたアノマロカリスの絵だ。見開きで迫力があり見応えがある。う~ん、可愛い……かあ? ん?

 ふと由紀に目を向けると、鋭い目付きで俺を睨んでいた。可愛いって言えッ!! 的な。いやいや、そういう由紀も不気味って言ってただろ………。

 『可愛い』

 と、言うべきなのだろう。簡単なことだ。

 俺は加奈の顔を見る。目を輝かせ、私の言ってること正しいでしょ、と自信のある顔つき。

 なんか………、モヤっとする。

 俺は………、素直に言うことにした。

「可愛いくはない」
「ええっ………!?」

 加奈の口から小さくも驚いた声が漏れた。目が大きく見開き、俺をまじまじと見つめる。うっ、気まずい。由紀も目を尖らせていて怖い。
 なので俺は、すぐに代わりの答えを、加奈に伝えることにした。

「かっこいいっ」
「ええっ………??」

 加奈が小首を傾げる。目を丸くして、不思議そうに見つめる。俺は苦笑しながらも続けた。

「ほら、この口の近くにある、2本の太い前部付属肢とか武器みたいで迫力がある」

 俺は図鑑のアノマロカリスのイラストに触れながら話すと、

「うんうん」

 と、加奈は小さくうなずく、興味を示しながら。俺はそのことにほっとしつつ、

「それとさ、この鎧みたいな体つきもかっこいい」
「ふむふむ………、なるほど~」

 加奈は楽しそうな声音で頷いてくれた。良かった、『かっこいい』に同意しているみたいだ。

「なあ加奈」
「うん」
「アノマロカリスってさ」

 加奈と目が合う、思いが伝わったみたいに。俺と加奈の口が同時に開いた。

「可愛い」「かっこいい」

 ………………、

「なんでなの!?」「なんでだよ!?」

 俺はアノマロカリスの絵をビシッと指差した。

「この力強そうな前部付属肢や、鎧みたいな体付きがかっこいいだろっ!」
「ううん! そんな体付きや、あとみょんって飛び出た丸い眼が可愛いのっ!」
「いやいや!? 可愛いとは違うだろ! かっこいいだっ!」
「かっこいいとは違う! 可愛いだよっ!」

 こ、この分からずやめ!

 そこから俺と加奈は思い思いの『可愛い・かっこいい』を主張しあった。白熱していたのだろう、由紀が慌てて声をはさんだ。

「ちょ、ちょい2人とも!? ストップ! ストップ!落ちつきいや!」

俺はその声にハッとする。ふと、目の前には加奈の顔が間近にあってびっくりした。加奈もそう思ったのか、表情が固く頬が赤い? 
 ふわっと甘い香りがして、俺は思わずのけぞった。同じように頬が熱くなった気がして、小さく咳払いをし、仕切りなおす。

「えっと………、やっぱ俺はかっこいいと思う」

 加奈の頬が少し膨らんだ、不満そうに。

「私は………、可愛いと思うもん」

 拗ねてるようにも見えて、俺はつい苦笑してしまう。由紀に目配せしたら、

「うちに振らんとってっ………!」
 
 と、小声で返してきた。察しのいい奴だ。『可愛い』『かっこいい』どっちか決めてもらおうと思ったのだけど。さて、どうしたものか。
 加奈は今も頬を少し膨らませたまま、不服な表情をしている。俺も、不満な気持ちが増すかと思ったが、意外とそうじゃなかった。

 なんだか、懐かしい。

 幼さが垣間見える加奈の表情に、俺はどこか嬉しさを感じていた。 
 前に、だいぶ昔の記憶に、似たようなことがあった気がしたんだ。頑固な加奈と何かを言い合って、俺も負けじと張り合って………。

 加奈をじっと見つめていて、ふと小学生のときの思い出がよみがえる。

 うさぎ小屋、白いうさぎ、名前決め、『綿菓子』か『ホイップ』、2人で揉めて、それで………。

「もうっ、なに笑ってるの?」

 加奈が不満気に顔をしかめる。あははっ、顔に出てたか。でも、笑いたくもなる。だって、

「うさぎ小屋のときみたいだと思ってさ」

 俺がそう言うと、加奈が小首を傾げる。でもだんだんと、目尻がゆっくりと下がるのが分かった。膨れていた白い頬も緩んでいって、

「………、くすくすっ」

 可笑しそうにはにかんだ。おっ、気付いたみたいだな。
 俺もつられて笑った。あのときと同じなら、俺と加奈のなかで、もう答えは出ているだろう。加奈の表情を見ると、嬉しそうに小さく頷いた。
 うん、もう言うべきことは決まった。
 俺は小さく息を吸い込み、そして、加奈と同時に口を開いた。

「「かっこかわいい」」

 俺の『かっこいい』と、加奈の『かわいい』を合わせた言葉が、心地よく聴こえた。
 
「ふふっ」

 加奈が楽しげに笑った。俺も笑う。

「か、かっこかわいい??」

 由紀が不思議そうにつぶやいた。加奈が嬉しげに説明する。

「うん、由紀ちゃん、かっこかわいいだよ」
「このアノマロカリスが??」
「そうそう」
「ふ~ん………、そうかぁ、そうなんかぁ」
「うんうん。ふふっ」

 加奈の楽しげな笑みに、由紀も少しぎこちなくも、同じく笑顔をのぞかせる。

「でも、あれやな、2人とも『かっこかわいい』って同時に言ったのすごいな」
「あっ、それはねっ、太一くんの目をみて分かったから」
「えっ!? そんなんできるわけ………」
「それが出来ちゃうのです。ねっ、太一くん」
「まあ、そうだなっ」
「な!? なんやねんそれ!! そのドヤ顔が腹立つ! ずるい! うちも加奈っちと目と目で分かりあいたい! コツはなんなん??」

 由紀が加奈の両肩を掴んで揺らす。おいおい、加奈の首がぐわんぐわんってなってるから止めなさい。
 加奈は揺らされながらもなんとか答えた。

「こ、こつっていうか、綿菓子・ホイップちゃんみたいなことだったから」
「へっ? 綿菓子・ホイップちゃん?? な、何それ??」
 ぴたりと、由紀が揺らすのを止めた。加奈をじっと見つめている。

「あっ………、そ、その…………」

 加奈はなぜか気まずそうに、由紀から目を逸らした。

「加奈っち~! 綿菓子・ホイップちゃんってなんなん?? なぁ、なぁ!」
「そ、それは………、えっと………!? な、なんでもない………」
「そんなわけ! 加奈っちウソついてる目してるでっ!」
「そ!? そんなわけ………」
「そんなわけあるし! なぁなぁ、綿菓子・ホイップちゃんってなんなん!」
「つっ!? そ、それは、知らない! 知らないもん!! ねっ、た、太一くん!」
「えっ!? お、俺!?」

 加奈はさっと目をそむけ、もう私は何も言わないといった雰囲気。おいおい、まじかよ。
 
「あんた………、なんか知ってんねんやな………」
「えっ!?」

 由紀の問いかけに思わず身構える。由紀が目を細めた。

「綿菓子・ホイップちゃんって、なんなん?」
「あっ、いや、それは………」

 改めて問われ、つい口ごもる。別に大したことではない、加奈と俺の小学生の頃の思い出なだけ。でも、加奈が変に隠したせいで、言うのがなんか恥ずい。

「なぁなぁ、白状しいや………」

 由紀が目を光らせる。ますます話づらい。………、そ、そうだ!

「あっ、お、俺、バックヤードから補充の本取ってくるの忘れてた」
「あっ! ちょ、ちょい待ち! 話は終わってないで!」
「わ、私もそういえば本を取ってくるの忘れてた~………」
「か、加奈っちまで!? う、うちも行く!!」
「「ダメ」」
「ええっ!? また同時に!? てかなんでよ~………!」

 そう悲しげにいう由紀をほっといて、俺と加奈はバックヤードへ。俺と加奈はチラリと、目配せをまたして。互いにぎこちない顔ながらも、どこか楽しげに口元が緩んでいたのも、2人の内緒だ。
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