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2人で店番

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 俺と加奈の店番初日は、なんとも慌ただしかった。一緒に店番をすることを当日に知らされて、お互いにあたふたしてしまったというのもあるが、一番の要因は、お客さんが多かったからだ。
 そしてお客さんの大半が、商店街で店をやっている人達だった。

「あら! あなたが、加奈ちゃん?」
「えっ!? は、はい!」
「まあ~! 綺麗になって~!! もうお姉さんって感じじゃない~!」
「へっ!? いや!? あの――」
「私、この商店街で総菜を売っているお店で働いてるのよ。ふふ、まさやんから事前に連絡をもらっていてね。懐かしい子が店番してるよ~、って」
「えっ!? ま、まさやんから?」

 加奈が驚いた表情を見せる。俺も同じ気持ちだ。あの野郎、何してんだ。

「そうよ~。ふふっ、あなた達が小学生の頃、このお店で仲良くしてるの、時々見かけたりしてたのよ~」
「ふぇっ!? えっ、えっと!? きょ! 恐縮、です……?」

 おい加奈、その返答はなんかおかしくないか。しかもなぜ最後疑問形なんだ。ツッコミたいが、迂闊に近寄れない。きっと俺も思い出話に巻き込まれる。君子危うきに近寄らずだ。

「この本を購入するわね。レジ打ちは出来る?」
「そ、その、初めてで……」
「あ~、良いのよ! 太一くん! こっちいらっしゃい!」

 だがすぐ崩れ去った。俺は観念してレジの側にいる加奈に近づく。

「レジ打ち教えてあげなさい。加奈ちゃん、ゆっくり落ちついてやれば良いからね、おばちゃん、待っててあげるから」
「あっ、ありがとうございます。た、太一くん、ご、ごめんね?」
「いや、良いって。仕事を教えるの俺の役目だからさ。まずは書籍のバーコードを読み取ろうか」
「う、うん」

 一生懸命にレジ打ちに励む加奈と、ゆっくり丁寧に教える俺。
 総菜屋さんのおばちゃんは、生温かい目でこちらを見つめていた。加奈は気付いていない。俺だけ妙な気分にさせられる。が、我慢だ、我慢。レジ打ちが終わったら帰るんだから。
 俺は自分にそう言い聞かせ、仕事に集中した。だけど、その考えは甘かった。一難去ってまた一難、次々に色んな人がやって来たのだ。

「お~! 君が加奈ちゃんかい? べっぴんさんになって! ははは! まさやんの言ってた通りだな!」
「へっ!? いや、あの!?」
「俺、八百屋さんやってんだよ。覚えてないか~! がははは! 謝らなくていいぞ、気にすんなって! 俺は本の注文をしたいんだけど、お願い出来るかな? かなちゃん? なんてな! がははは!」
「あっ、あはははは……、は、はい。ほ、本の注文ですね、た、太一く~ん!」
「お、おう。えっとだな、まずこの発注用紙に書いてある項目を――」
「う、うんうん」

 加奈が耳にかかった黒髪をかきあげる。よく聞くために無意識にかきあげたのだろう。急に見えた形の良い耳に、白いうなじ。思わず目を見張る。

 ニヤニヤ。
 はっ……!?

 八百屋さんのご主人の粘着質な視線が痛かった。な、何やってんだ俺は……!? しゅ、集中しろ、し、仕事に! 俺らはなんとか商品の発注をすませた。その後も客足は続く。

「あなたが加奈ちゃんね」
「は、はい!」
「ふふ。私、ここの商店街で和菓子屋さんをやっているの。覚えてないかしら?」
「あっ、えっと……、ご、ごめんなさい。で、でも、ここで甘い和菓子を食べたの覚えています! すごく美味しくって」
「あら、嬉しい。そうそう、まさやんがね、常連の子供達にって、よく買いにきてくれたから。ぜひうちの店にもよってらっしゃい。ふふ、私は注文していた本を受取にきたの。こういうタイトルなのだけど」
「あっ、は、はい! す、少しお待ちください! た、太一くぅ~ん!!」
「はいはい! えっと、バックヤードにあるから。こっち」
「う、うん!」
「ふふ、ゆっくりで良いわよ~」

 加奈と俺は、和菓子屋さんのおばちゃんの声を背にしながらバックヤードに向かった。

「えっと、ここに取り寄せた本が置いてあるんだ。んで、あいうえ順に並んでいるから」
「う、うん。えっと~……、あっ! あった!」

 加奈が嬉しそうに、注文の書籍を取り胸に抱える。そして、急にしゃがみ込んだ。

「えっ!? お、おい!? どうした!? だ、大丈夫か!?」
「あはは……、ご、ごめん。本がすぐ見つかったから安心しちゃって。体の力ちょっと抜けちゃった」

 申し訳なさそうに笑う加奈。疲れている様な色も見える。しまったと思った。ずっと慣れない仕事で緊張しっぱなしだったんだ。休憩を入れるべきだった。

「ごめん、加奈。その本を渡し終えたらさ、休憩して良いから」

 すると、加奈がふるふると首を左右に振る。

「ううん、大丈夫! もうだいぶ慣れてきたから。でもすごいね、まさやんの本屋さん。私、こんなに忙しいとは思ってなくて……。あっ! ご、ごめん! そのサボりたいとかそういう意味じゃないの! え、えっと!?」
「あははは、大丈夫だって。俺もこんなに忙しいの、初めてだから」

 きっと、まさやんが商店街の人達に声かけをしたせいだ。普段なら、こんなに次々客がこない。でも、加奈はそんなことに気づいていないのだろう。少し不安げに、別の要因を口にした。

「あっ……、も、もしかして……、私に仕事を教えるの……、大変?」
 
 そう尋ねる加奈の瞳が少し揺れた。そんなこと、全然ない。原因は、まさやんなんだ。俺は加奈の不安を振り払いたくて力強く答えた。

「いや、むしろ楽しいから。教えがいがある。一生懸命なところが、すごく良いよ」
「へっ……!?」

 ん…………? うおっ……。お、おい、俺はまたなにか変なことを言ってないか……!?

 加奈が俺をじっと見つめて頬を赤くさせている。透明感のある白い肌だからなのか、より赤みが目立つ。それから、今気づいたのだが、俺ら、距離が、ち、近い。
俺と加奈は、向かい合ってしゃがんでいて。互いの膝が触れるか触れないかの距離。俺の鼻が、なにか甘い香りを捉える。い、いかん、心音が大きくなっていく。
 加奈に聴こえるのではないかと思って、俺はぎこちない動きながらも、ゆっくり一歩下がった。加奈が、少し視線を逸らしながら口を開く。

「えっ、えっと……、ほ、本、あ、ありがとね。太一くん」
「おっ、おう」

 加奈がすくっと立ち上がる。
 
「わ、和菓子屋さんのおばちゃんに、渡してくるね!」

 くるっと背をむける加奈。肩までかかった艶のある黒髪が綺麗に揺れる。茫然としそうになって、ハッとした。俺は慌てて声を発する。

「そ、それ終わったら! 休憩――」
「大丈夫!」

 加奈が振り向く。明るい笑みを讃えていた。

「私、こう見えて結構体力あるんだから! 高校では図書委員だよ」

 自信ありげにそう言うと、小さく微笑んだ。そして、バックヤードから出ていく。
 俺は思わず苦笑する。図書委員で体力が付くイメージ、湧かないんだけどな。
 ふと、加奈って高校では図書委員やっているんだって思った。初めて知った、高校生の今の加奈の情報に、俺は少し気持ちが高揚していた。もっと、加奈の事……。って、、なに考えてんだ。今は仕事中だろ。
 ゆっくり立ち上がり、歩き始める。
 ふぅー、休憩無しで働く加奈に申し訳ないな。店を閉めたら、ジュースの1本でもおごらないと。それで、少しでも良いから、色々としゃべれたら……。って、いやいや! い、今は仕事、仕事!
 俺は口元を引き締め、バックヤードから店内へ戻った。
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