ガールフレンドのアリス

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涙と白いハンカチ

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 アリスの不思議そうな瞳に見つめられ、爽太の顔が強ばる。

「えっと……」

 アリスになんとか声をかけようとするも、上手く言葉が出てこない。さっきまで楽しく笑っていた自分が嘘のようだった。

 爽太の額に嫌な汗が滲む。

 そんな爽太の異変に気付いたのか、アリスが訝し気な目を向けてくる。

 爽太の心音が大きく脈打つ。
 これから自分が何をしでかすのか、バレたんじゃ……!?

 するとアリスが、急にニコッと笑みを見せた。

 えっ?

 その仕草に、茫然とする爽太。そんな爽太の前で、アリスは手にしているホウキに力を込める。全身を少し前にかがませたかと思うと、

 ピョン!

 勢いよく飛び跳ねた。

 今までで一番高い跳躍。
 アリスの水色のスカートがふわりと舞い、白くて艶やかな両足が爽太の目の前であらわになる。

「つっ!?」

 爽太は思わず驚きの声を上げた。
 その一瞬の出来事に、頬が赤くなる。
 着地したアリスは、爽太の顔を覗き込んだ。今の魔女のモノマネはどう? 面白いでしょ? と伺うかのように。
 だが、爽太は笑う余裕が全くなかった。思わず視線がアリスの水色のスカートにいってしまう。アリスの白くてキレイな両足と、遊び心を誘惑するように揺れた水色のスカートの映像が頭に焼き付いて離れない。

 そして、爽太の心の中の悪魔が囁く。
またとないチャンスだ、と。

「そうた?」

 アリスの声にハッとする。慌てて視線を上に戻すと、両頬を少し膨らませ、不満げな表情のアリスがそこに居た。

 爽太は、慌てて口を開く。

「いや、あの、そ、その―」

 なんとか言葉を紡ごうとしたとき、

「アリスちゃん!!」

 アリスの名を呼ぶ大きな声が廊下に響く。

 高木の声だ。

 アリスがそちらに振り向く。
 爽太も視線を移した。
 高木が少し焦るような様子で、こちらに早足で近づいてくる。そして爽太に、威嚇するかのような鋭い目つきを向けた。
 爽太の脈が速くなる。思わず視線を逸らすと、クラスにまだ残っている男子達や、掃除当番の女子達が目に映る。

 男子達は、今しかないぞ! 早く! と急かすような瞳。

 女子達は、アリスちゃんに手を出すんじゃないッ! と戒めるような瞳。

 両者の思いにきつく挟まれ、爽太の大きな鼓動が、体震わせる。
 一体どうすればいいのか。

「そうた?」

「いっ!?」

 名を呼ばれ、そちらに顔を向けると、アリスの丸い瞳が爽太を見つめていた。
 何か見透かされているような気がして、爽太の額から汗が一筋流れる。だがアリスは――、

 ニコッ。

 えっ。

 とても愛らしい微笑みを爽太に見せた。
 爽太の胸が高鳴る。ずっと、このまま見ていたい、そんなことが頭をよぎった。だが―、
 視界の端に、高木がもうこちらに迫っているのを見てハッとする。
 もう迷う時間がない。
 爽太の視線が、アリスの水色のスカートにいく。
 ここで怖気づいてしまったら、俺は……、男子皆からきっと、いくじなしと思われる。

 爽太は、覚悟を決めた。
 もう、やるしかない。

 それに―。

 アリスに視線を戻す。

 明るい笑顔で、ホウキにまたがっている彼女。

 アリスなら、謝ったら許してくれる。
 そんな身勝手な安心を担保に、爽太は手にしていたホウキを手放した。

 アリスの目が、廊下に落ちていくホウキを追いかける。爽太はその隙に自分の両手をアリスのスカートより下に構えた。

 カラーン、カラン。

 爽太の手放したホウキが廊下に打ち付けられ、乾いた音を立てた。それを合図に、爽太は両手を大きく持ち上げた。
 高木をはじめ、クラスメイトが甲高い声を上げざわついた。男子からは歓声が、女子からは非難の声が。
 水色のスカートが、アリスの膝丈以上に舞い上がる。
 はだけたスカートからは、アリスの瑞々しくてキレイな白い両足。さらに、純白の三角のシルエットがはっきりと見えた。爽太の目が釘付けになる。
 ほんのひとときの出来事。ふわっと、水色のスカートが静かに舞い降り、アリスの足の付け根から下を覆い隠した。
 ハッと我に返る爽太。しばらく水色のスカートを見つめていた。
 すごく怒った顔をしてるんだろうな、とアリスの表情を想像する。
 息を飲みつつ、そっと視線を上げ、アリスを見た。

 えっ?

 爽太は目を丸くする。

 アリスは、無表情だった。
 予想外のことに、爽太が少し唖然としていると、

 バチン!!

「つっ!?」

 爽太は何が起きたか一瞬解らなかった。だが、ぐわんと揺れた視界に、左頬に感じる強烈な痛み。アリスに何をされたのか分かった。
 爽太は眉間にしわを寄せ、いら立ちをあらわにアリスを見据えた時だった。

 じわっ。

 アリスの瞳が潤んだ。

 なっ!?

 初めて見た、アリスの悲し気な顔。
 アリスの瞳が潤みを帯びていく。そして瞬きすると、涙がこぼれ落ちた。
 そんなアリスの様子に、爽太はもう戸惑うことしかできなかった。予想していた怒った顔はどこにもなかった。爽太の目の前には、ただ悲しく傷ついた、はかなげな女の子がそこにいた。

「ア、 アリス」

 爽太が弱々しく声をかけたが、

 アリスは爽太の声を無視し、手にしていたホウキを無造作に手放して、くるっと背を向けた。

 そして小走りで廊下の向こうへ、高木の横を通り過ぎ去っていった。

 唖然とする爽太と男子達をよそに、

「爽太のくず!」「ゴミ!」「最低!」「変態!」と女子達が大きく罵しり、慌ててアリスを追いかけていった。

 廊下に茫然と佇む爽太。それを悲痛な顔で見守る教室にいた男子達。

 爽太は左頬をさすりながら、自然と俯いてしまった時だった。
 視界に白い布みたいなのが落ちていた。

 爽太はおもむろにかがみ、弱々しく手を伸ばして拾い上げる。
 白くて、キレイなハンカチだった。

 これって、アリスの。

 スカートがめくり上がった時にポケットから落ちたのだろうか。
 爽太は強い罪悪感に包まれながら、力の無い目で白いハンカチを見つめていた。
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