上 下
16 / 29

16.一方その頃

しおりを挟む


 盛大な即位式が終わってから、セイは院に顔を出す時間すら取れない状況に置かれていた。

「うぅ……頭痛い……」

 一人きりの執務室――のさらに奥の小部屋にて、セイは政務で凝り固まった体をほぐすように軽く肩を回しながら呻いた。

「重要な案件はひとまずあの王様……じゃなかった先王様が終わらせておいてくれたっぽいのにこの量……ちゃんと部下とか選ばないとダメだなこれ……」

 あの先王様はなんだかんだと能力が高かったので全部ひとりで処理していたらしいが、セイには無理だ。というかまず部下がいないとか信じられない。それが通ってしまうのがこの国――『聖王国』セントバレットの怖さである。

「頭痛に効くツボでも押してあげましょうか」
「精神的なアレだからいいです……」

 他に誰もいないはずの部屋に声が響くのにも慣れたものだ。護衛としてついてくれているシオンが時々声をかけてくるのである。一人が苦痛ではないとはいえ、こうもずっと一人きりだと気も滅入るのでありがたいと言えばありがたい。

「シオンさんは、あの先王様の部下――じゃなかったんですよね?」
「違いますね。近いものではあったと思いますが……何せ私はあの王様を殺そうとして返り討ちに遭って、使い勝手のよさそうな駒として拾われたので」
「え、それ初耳。っていうかあの先王様、そんなに強かったですっけ」
「いいえ。あの王様本人ではなくて、身近にいたんですよ、とんでもなく強いのが」

 言われて、考える。一応先王が親しく(?)していた人くらいは把握している。シオンしかり、院長しかり。その中で、シオンを上回る強さの人物と言えば。

「もしかして、……ゼスさん?」

 ゼスというのは、今は国外に出て行っていていない、剣の達人の名前だ。確か異母兄たちが彼に指南を受けたことがあると聞いている。

「当たりです。さすがに勝てませんでしたね。そもそも暗殺者なので、真正面からの打ち合いになった時点で負けでしたし」
「暗殺の件、事前にバレてたってことですか?」
「そうなんですよ。リツ――君には『院長』の呼び名の方が馴染み深いですかね――彼の異能でバレバレでした。反則過ぎますよね」

 暗殺が事前にわかっているほど、対策しやすいことはない。確かに反則だ。それにしても。

「えーと、正妃様と、院長と、ゼスさんと、シオンさんと――この全員、先王様の部下ってわけじゃなかったんですか? そういうことまでしてて?」
「『友人』なんですよ、あの人たちは。私はちょっと違いますけどね」
「そのわりにあんまり仲良くなさそうな……正妃と先王様とかめちゃくちゃ仲悪いって院長が言ってたんですけど……」
「それはですね、本当は間にもう一人、繋いでくれる人がいたからですよ。その人がいなくなったから、もう仲の悪さが手を付けられないったらないです」
「もう一人……?」

 首を傾げるセイに、シオンはくすりと笑う。

「あなたも存在だけは知っているはずですよ。幻の妃、悲劇の妃……――第一王子の母君です」

 息を呑む。確かに存在だけは知っていた。先王の即位前に亡くなったという恋人の話は。
 彼女が生きていれば正妃の座は彼女のものだっただろうと院長は言っていた。それほどに先王は彼女を愛していたのだと。

 彼女の死は『事故』として処理されていると聞かされている。実際どうだったかは語られなかったが、含みがある言い方だったので、穏便なものではなかったのだろう。
 つまり、彼女が邪魔な人間がいたのだ――恐らくは、王に庶民の娘を寵愛されると困る人間が。
 そういった人間がまだ残っているかもしれないから、セイはフィーネを護衛してもらえるようにシキとカヤに頼んだのである。

 先王はなぜか、私欲によって謀略を扱う地位ある人間をそのままにして治世を敷いた。王となれば『何だって通る』のがこの国の特徴だと思っていたが、まだセイの知らない何かがあるのかもしれないし、先王に何か考えがあったのかもしれない。張本人が行方をくらましているので、直接聞くことはできないが。

 押し付けられた玉座だ。今まで興味もなかったし、院長から受けていた教えもこの国独自のものには詳しくなかった。院長は他国の人間だったのだから当たり前だけれど。
 知らないことばかりだ。さしあたってはどこからどこまでが本来王の仕事なのかを把握して、文官に振らなければ早晩潰れる。セイは先王のように化け物じみた処理能力は持っていないので。

「第一王子の母君の話は、そのうち聞かせてもらえますか?」
「現王様の頼みですからね、仕事が一段落した息抜きにでも教えましょう。……フィーネさんに関わることかもしれないから、気になるんでしょう?」
「……えっ、いや、はい、そういうつもりもあります……」

 図星をつかれて少々取り乱してしまった。まだまだ修行が足りない。思い出しては恋しくなるフィーネの顔を思い浮かべながら、セイは一つ溜息をついた。
 会いにも行けない現状はさすがに不本意だ。気合を入れて一段落させなければならない。
 軽く伸びをして、セイは政務の続きに取り掛かった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

忘れられた妻

毛蟹葵葉
恋愛
結婚初夜、チネロは夫になったセインに抱かれることはなかった。 セインは彼女に積もり積もった怒りをぶつけた。 「浅ましいお前の母のわがままで、私は愛する者を伴侶にできなかった。それを止めなかったお前は罪人だ。顔を見るだけで吐き気がする」 セインは婚約者だった時とは別人のような冷たい目で、チネロを睨みつけて吐き捨てた。 「3年間、白い結婚が認められたらお前を自由にしてやる。私の妻になったのだから飢えない程度には生活の面倒は見てやるが、それ以上は求めるな」 セインはそれだけ言い残してチネロの前からいなくなった。 そして、チネロは、誰もいない別邸へと連れて行かれた。 三人称の練習で書いています。違和感があるかもしれません

愛することをやめたら、怒る必要もなくなりました。今さら私を愛する振りなんて、していただかなくても大丈夫です。

石河 翠
恋愛
貴族令嬢でありながら、家族に虐げられて育ったアイビー。彼女は社交界でも人気者の恋多き侯爵エリックに望まれて、彼の妻となった。 ひとなみに愛される生活を夢見たものの、彼が欲していたのは、夫に従順で、家の中を取り仕切る女主人のみ。先妻の子どもと仲良くできない彼女をエリックは疎み、なじる。 それでもエリックを愛し、結婚生活にしがみついていたアイビーだが、彼の子どもに言われたたった一言で心が折れてしまう。ところが、愛することを止めてしまえばその生活は以前よりも穏やかで心地いいものになっていて……。 愛することをやめた途端に愛を囁くようになったヒーローと、その愛をやんわりと拒むヒロインのお話。 この作品は他サイトにも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID 179331)をお借りしております。

愛されていないのですね、ではさようなら。

杉本凪咲
恋愛
夫から告げられた冷徹な言葉。 「お前へ愛は存在しない。さっさと消えろ」 私はその言葉を受け入れると夫の元を去り……

冷宮の人形姫

りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。 幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。 ※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。 ※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので) そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。

虐げられた令嬢、ペネロペの場合

キムラましゅろう
ファンタジー
ペネロペは世に言う虐げられた令嬢だ。 幼い頃に母を亡くし、突然やってきた継母とその後生まれた異母妹にこき使われる毎日。 父は無関心。洋服は使用人と同じくお仕着せしか持っていない。 まぁ元々婚約者はいないから異母妹に横取りされる事はないけれど。 可哀想なペネロペ。でもきっといつか、彼女にもここから救い出してくれる運命の王子様が……なんて現れるわけないし、現れなくてもいいとペネロペは思っていた。何故なら彼女はちっとも困っていなかったから。 1話完結のショートショートです。 虐げられた令嬢達も裏でちゃっかり仕返しをしていて欲しい…… という願望から生まれたお話です。 ゆるゆる設定なのでゆるゆるとお読みいただければ幸いです。 R15は念のため。

【完結】実家に捨てられた私は侯爵邸に拾われ、使用人としてのんびりとスローライフを満喫しています〜なお、実家はどんどん崩壊しているようです〜

よどら文鳥
恋愛
 フィアラの父は、再婚してから新たな妻と子供だけの生活を望んでいたため、フィアラは邪魔者だった。  フィアラは毎日毎日、家事だけではなく父の仕事までも強制的にやらされる毎日である。  だがフィアラが十四歳になったとある日、長く奴隷生活を続けていたデジョレーン子爵邸から抹消される運命になる。  侯爵がフィアラを除名したうえで専属使用人として雇いたいという申し出があったからだ。  金銭面で余裕のないデジョレーン子爵にとってはこのうえない案件であったため、フィアラはゴミのように捨てられた。  父の発言では『侯爵一家は非常に悪名高く、さらに過酷な日々になるだろう』と宣言していたため、フィアラは不安なまま侯爵邸へ向かう。  だが侯爵邸で待っていたのは過酷な毎日ではなくむしろ……。  いっぽう、フィアラのいなくなった子爵邸では大金が入ってきて全員が大喜び。  さっそくこの大金を手にして新たな使用人を雇う。  お金にも困らずのびのびとした生活ができるかと思っていたのだが、現実は……。

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

旦那様が不倫をしていますので

杉本凪咲
恋愛
隣の部屋から音がした。 男女がベッドの上で乱れるような音。 耳を澄ますと、愉し気な声まで聞こえてくる。 私は咄嗟に両手を耳に当てた。 この世界の全ての音を拒否するように。 しかし音は一向に消えない。 私の体を蝕むように、脳裏に永遠と響いていた。

処理中です...