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終わりのためのはじまり
積もりゆく『違い』
しおりを挟む――夢を見た。
『シーファ』と話したあの空間のことじゃなくて、純粋な『夢』。
……いやもしかしたら違うかもしれない。『私』が『シーファ』だったけれど、あれは多分――『シーファ』の記憶にある情景を『夢』の形で見たんだろう。
暗い――四方が淡く光る石で囲まれた小さな部屋のような場所。中心に祭壇のようなものがあって、その前に立ったシーファの隣には『ジアス』が居た。
いつになく真剣な表情のジアスが、目を合わせないシーファに苛立って、肩を掴んで無理やり向き合わせて、だけどシーファは相変わらずの無表情で、ジアスの苛立ちの理由にも頓着しない様子で、それがますますジアスを苛立たせて――そして諦めさせた。
それは二人が『仲間』だった頃の、記憶の一欠片。
ジアスが『魔王の眷属』ではなかった頃の、『旅』の一部。
* * *
「……本当に、大丈夫か?」
「そう何度も確認しなくても大丈夫だ。レアルードこそ、ピアを頼む」
「ったく、過保護っつーのも飽きたっての。大丈夫だって言ってんだろ? 念のため回復専門のヤツに診てもらった方が良いってのはアンタだって納得しただろーが」
「それは、そうだが――やっぱり、俺も、」
「付き添いは『教会』に顔の利くタキの方が適任だろう。ピアを一人残すのも問題だし、全員で向かうほどのことでもない。そう長い時間ではないから、待っていてくれ」
「……お前がそう言うなら」
レームの町の『教会』にタキと二人で向かうことになってから、何度も何度も何度も飽きるくらい繰り返したやりとりに内心溜息を吐く。飽きるくらいって言うか飽きた。
『教会』には所属の魔法使い――『証』持ちとは別に『教会』そのものに帰属する人が結構いるんだけど、そのうちの回復魔法に精通した人たちはお医者さんみたいなこともしてたりする。私の身体の方はもう全然問題ないんだけど、本当に全く問題ないってことをレアルードに納得してもらうためのデモンストレーションというかそんな感じで、一度『教会』で診てもらうことになったのだ。
一見レアルードが付き添いじゃないと意味がないっぽいけど、診断証明書的なものもあるらしいのでそんなことはない。
というわけで、タキと二人、町の中央部にある『教会』へと向かったわけだけど。
「……タキ」
「ん? どうした、疲れたか?」
「いや、それは私の台詞ではないかと思うが。……この町はこんなに治安が悪かったか?」
周囲の惨憺たる有様をあえて見ないようにしつつ訊ねた私に、無謀にも私とタキを捕まえて売り物にしようと近付いてきた集団の最後の一人を容赦なく殴り倒しながら、タキは軽い口調で答えた。
「いいや? 確かに規模の分だけガラ悪ィのも結構いるけど、言うほどじゃなかったハズだぜ?」
「では何故、先程から絡まれ続けているんだろうか。明らかに頻度がおかしいと思うんだが」
今回とった宿は『記憶』にあるよりグレードの高いところで、つまり町の中でも治安の良い区域にあるはずで、ほどよく中心部寄りで『教会』までの距離だって格段に短くなってるはず、だったんだけど。
『教会』への道行の半分もいかない間に、タキが実力にモノを言わせて追い払った風体のよろしくないオニイサン方の数は、もう両手両足の指じゃきかない数だったりする。
それはもう、角を曲がる度に新手がこんにちはするレベル。このエンカウント率おかしいって絶対。
『シーファ』の繰り返した『旅』の中では、このレームの町は割合長く滞在する場所だった。
だからこそ、大体の治安とかわかってるつもりだったし、何度か『私』が宿から出た時(レアルード付きだったけど)に観察した限りでは、アンダーグラウンドの住人っぽい人はこんなにうじゃうじゃいなかった。本当どこから湧いてきたんだろうこの人たち。
「ん―……多分アレじゃね?」
「『アレ』とは」
「アンタもオレも、金持ってそうだし高く売れそうだし、一石二鳥の金ヅルに見えんだろ。パッと見あんま強そうにも見えねーだろうし」
……言われてみれば確かに。
私は言わずもがな、カミサマ気合い入れすぎたんですか傑作なんですかな感じの線の細い美形だし、タキも希少な色彩持ちで外見も整ってるってことで売り物にするにはうってつけだろう。
そして私は前衛タイプじゃないから見た目無力っぽいし、タキは一応剣提げてるけどどっちかというと細身だ。よくよく観察すると身のこなしが常人とは違うのがわかるけど、それに気付かなければ多人数でかかれば何とかなると思われても仕方がないのかもしれない。
でもレアルード付きで外出した時はこんなんじゃなかったのに……レアルードがどこからどう見ても前衛でガタイもいいから、はからずしも抑止力になったとかそういう感じなんだろうか。あと今回はカモが複数ってことでの相乗効果?
その後もやっぱりどこからか湧いてくる裏社会の住人っぽい方々をタキが主に拳で黙らせつつ、なんとか辿り着いた『教会』は、『シーファ』の記憶にある通りの壮麗な建物だった。
派手だとか華美だとかまではいかないけど、明らかに建築の水準が違う。お金と技術がふんだんに使われてるんだろうなって分かるような外観。
『教会』に馴染みのない人ならちょっとばかり踏み入るのに勇気が要るって言ってもおかしくない感じだけど、タキは全く歩みを緩めることなく扉を開いて私を中へと誘う。
……いや、私だって、『記憶』の上では何度も何度も入ってるわけだし、別にいいんだけど。
ただ、なんか違和感……あ、そっか。
『シーファ』が辿った道筋だと、ここに来るのってタキとじゃなくて、レアルードとだからだ。
タキの勧めで幾つか依頼受けて、腕試しとお金貯めるのと一挙にやろうってことになるんだよね。タキは先に『教会』に顔出しに行ってたから、タキがこうして『教会』の外で待ってくれてるの見るのが初めてなんだ。
タキの勧めで『教会』を訪れるっていうのはどの『旅』でも同じみたいだから、不可避イベントの一種なんだろうけど……装備とか整えるためのお金稼ぐのと経験値的なもの稼ぐのと、他に何かここじゃないとダメな理由あったよね。
頑張れ私思い出せ私、絶対なんか重要イベントだったはずだから……! せめて心の準備してから入りたい。場当たり的に『記憶』思い出すのは勘弁……!
「――入り口で立ち止まって、どうかされましたか? ……って、タキ?」
涼やかな声が屋内から聞こえて、それから少しだけ驚いた風にタキの名を呼んで。
そして私は『思い出す』。
いつも笑みを絶やさない、穏やかな『彼』のことを。
「――……『シュウ』」
浮かぶ名前、穏やかな笑顔。少し真面目が過ぎて、軽いノリのタキとはよく口論していた。でも仲が悪いってわけじゃなくて、むしろ昔からの知り合いだから遠慮なく言い合いができていたのだと知っている。
『シュウ』――シウメリク。
『教会』所属の魔法使い。『使徒』。
知っている。知っている。知っている。
だけどその『記憶』とはある一点が決定的に違うのだと、声を聴いた瞬間から『私』は気付いてしまっていた。そしてそれは、続くタキの言葉で疑いようもないものになる。
「――シウメイリアか。久しぶりだなー」
「それはこちらの台詞です。貴方はいつもあちこちふらふらしているから所在が把握しにくいと、主様が困っていらっしゃいました」
「そりゃ、オレは別にただの旅人だしー? いつでも『教会』に所在把握されてるなんて気色悪い状態はごめん被るな」
「あれだけ主様に目を掛けられていながら、そんな台詞が出てくるだなんて……」
「ご期待に沿えず悪ぅございましたね、『使徒』サマ? 光栄デス、とでも言っときゃ満足だったか?」
「また貴方は、そんなふざけた物言いをして。そんなだから、他の『使徒』にやっかまれるんですよ」
いつか『シーファ』の聞いた二人の遣り取りと内容は変わらない、だけど片割れの『声』が違う。
『シウメイリア』。
知っていて、知らない人。
『シーファ』の知る『シュウ』――『シウメリク』の、死んだ双子の妹だったはずの『シウメイリア』がそこに居た。
――ああ、そうか。
『シウメリク』は『シウメイリア』を救えなかったのを悔やんでた。彼女に降りかかった運命を自分が肩代わりできていたらと、願うみたいに思い続けてた。
……それが、きっと、叶ったから。
ここに『シウメリク』はいなくて、『シウメイリア』がいて、そして『シウメリク』と同じ立ち位置で生きている。
どうして『今回』こうなったのかは、『私』には分からない。
『私』が『シーファ』であることで影響を受けるのは、あの『はじまりの日』以降の出来事のはずなのに。
『私』が在ることとは関係なしに、『記憶』とのズレが増えていく。
これは、『シーファ』も予測していたことなのか、それとも予測していなかったことなのか。
『記憶』の中にも『知識』にも答えはない。もしかしたら答えを知っているかもしれない『シーファ』も『ジアス・アルレイド』もここにはいない。
ただ、無性に。
泣きたいような、寂しいような、それでも祝福するような気持ちになったのは。
『シーファ』の記憶があるからなんだろうと、そう、思った。
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