古国の末姫と加護持ちの王

空月

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  その部屋に一歩足を踏み入れた瞬間、リルは全てを理解した。させられた。
  部屋のあちこちに見える規則性のない『魔力封じ』、その中にあればこそ感じられる、先導していた人物の異常性、そして――離れて幾何もないのに懐かしく思える気配。何より、その気配の主が己の知らない人物であった・・・・・・・・・・・・ことこそが、全てを繋げる要素となり得た。

  部屋に入った瞬間に顔色を変えたリルに、部屋の主であろう人物は、机の向こう側から僅かに怪訝そうな視線を向けた。どこか空虚な瞳は、けれどリルに対しての興味のようなものを隠そうとはしていない。の立場からすれば当然だろうと、リルは心中で納得した。

 「……あなたが、わたしを呼んだ人?」

  口火を切ったリルに、その人は少しばかり驚いたようだった。許可も得ず、臆する様子もなく言葉を発したのがその理由なのだろう。アル=ラシードと同じで、きっと、そんな人間は彼の周りにいなかっただろうから。

 「――そうだ。汝に尋ねたいことがあった故」
 「答えられることなら、答えるけど――その前に、ひとつだけ聞かせてもらえる? ……アル=ラシードは、無事なの?」

  その質問は、僅かながら彼の虚をついたようだった。少しの間をおいて返された言葉からは、感情を読み取ることは出来なかったけれど。

 「……命に別状は無い。あれには『加護』がある」

  発現条件は不明だとアル=ラシード自身が言っていた『加護』――それが無ければどうなっていたかなど、聞くまでもなかった。ここで『加護』が引き合いに出されるということは、『加護』が発現するような状況にアル=ラシードが晒されたということなのだから。

 「……そう」

  告げられた言葉の意味を再確認する気にもなれず、リルはそれだけ口にする。

 (どうして、そこまで――)

  浮かぶ疑問の答えを、しかしリルは察してしまっていた。故に口に出して問うことはできなかった。問わずとも、恐らく彼の『尋ねたいこと』に関連してそれが語られるだろうと思ったのもあったが。
  向けた視線の先、どこか迷うように、彼が口を開いた。


 「何故、汝はアル=ラシードを助けた――否、助けられた・・・・・。……汝は、我と、

  ――我と……同じもの、なのか……?」


  そうして問いが紡がれた瞬間、その瞳に浮かべられたのは驚きだった。それは、問おうとしていた事柄がいざ口に出す時になって全く別のものにすり替わってしまったとでも言うような――そんな驚愕だった。
  信じられないとでも言うように目を見開くその様を、リルは痛々しい気持ちで見遣る。それは彼にとっては予期せず零れた問いであったのだろう――けれど、応えを切望する響きに満ちていた。意思を裏切って問いを向けてしまうほどに、それは彼の心の裡を占めていたのだろう。彼がそれを気付いていたにしろ、気付いていなかったにしろ。
  そんなふうに、自分の意識の外で身体が動いてしまうくらいに追いつめられる気持ちがわからないわけではなかったから、リルはできる限り誠実に、答えを返すと決めた。

 「――あなたと『同じ』かって言われたら、違う」

  言葉を選んで紡いだ第一声に、目の前の人物がほんの僅か落胆の色を見せたのを察して、リルは間を空けずに続けた。

 「だけど、近い存在ではあります。……欠けている、という意味でなら」

  小さく息を呑む音を知覚したのは、恐らくリルだけだった。食い入るようにリルを見る彼は、自身の挙動にすら意識が向いていないのだろう。それも無理はないとリルは思う。
  だからリルは告げる。きっと彼が何よりも求めてきただろう答えと――そして『同類』の存在を示すために。


 「わたしもあなたと同じように、……『魔力がない』と言われるような人間だから」


  リルにとって慣れた気配――ファレンとザードによく似たそれこそが、目の前の彼――『魔法大国』シャラ・シャハルの第一王位継承者、ザイ=サイード・スィール・シャン=シャハラに『魔力因子』が欠如している、何よりの証だった。

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