古国の末姫と加護持ちの王

空月

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確認と今後のこと

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 「……ここは、どこだ」
 「え、ええっと……アズィ・アシーク――って言ってわかる?」
 「アズィ・アシークだと!?」

  叫ぶような少年の声に思わず肩が跳ねる。ちょっと頭に響いた。

 「『金の砂に埋もれた大地』――確かに文献と一致してはいるが……」

  足元の砂を手で掬い、何事かぶつぶつと呟いた少年は、「しかし」と言葉を続けた。

 「ここがアズィ・アシークならば、夜は極寒の地に――」

  言いかけたところで、少年は何かに気付いたようにはっと空を見た。
  そこに煌々と照る満月に顔色を変え、己の額を隠すように手で庇う。

 「…………」
 「…………」

  またも奇妙な沈黙が降りる。
  ちなみに焔は暇そうに宙を見てぼんやりしていた。わりといつもの事ではあるのだが、こういう時くらい真面目っぽく振舞ってくれても罰は当たらないのでは、とリルとしては思ったりする。

 「……えっと、その――それ、【加護印シャーン】だよね?」

  どちらにしろ確かめねばならなかったのだ。リルは意を決して尋ねる。
  少年は唇を噛み締め、ほとんど睨むようにリルを見つめ――搾り出すような声音で「……そうだ」と頷いた。

 「名前、聞いてもいいかな。――あ、わたしはリルっていうんだけど」
 「これが【加護印シャーン】だと知っているのなら、聞くまでもなくわかっているのではないのか」
 「いや、……一応、確認みたいな感じで」

  またもへらっと笑ったリルに何を思ったのか、少年は額を隠していた手をどけて、溜息をつく。
  ……この子、溜息のつき方が堂に入ってるなぁ、とリルは思った。十歳前後の外見からするとものすごい違和感だが。

 「――アル=ラシード。アル=ラシード・リューン・シャン=シャハラだ」

 (ああ、やっぱり……)

  もしかしたら自分の仮説が間違っているかもしれない、と淡い期待を持っていたリルは、その返答に微妙に打ちのめされた。しかしそれを表に出すことはせず、さらに問いを重ねる。

 「……シャラ・シャハルの第二王位継承者の?」
 「ああ」

  名前を言ったことで何か吹っ切れたのか、あっさりと少年は肯定する。

 (せめてちょっとくらい言い渋って欲しかった……)

  少年は何も知らないとはいえ、追い討ちをかけられた気分だった。とはいえ、少年が言い渋ったところで根本的には何も変わらないのだが。

 「ちなみに、今、何歳?」
 「……何故そんなことまで訊く?」
 「えっと、ちょっと気になって。あ、わたしは十五なんだけど」
 「……先日、十を数えたところだ」
 「――そ、そっか……」

 (これは、確実に過去ってことだよね……だとしたら、どうやって帰ればいいんだろう。アズィ・アシーク抜けてイースヒャンデに帰っても、時代が違ったら意味がないし)

  そもそもこの時代の自分はどうなっているのだろう。
  以前シーズが時空のねじれによって同一人物が同時代に存在した場合の影響について論文を書こうとしたが、資料がなさ過ぎるのと飽きたのとで結局完成しなかったのだ。仮説でいいから聞いておくんだった。
  ……まあ、今更後悔しても仕方がない。自分がこんな状況に置かれるとは予測できなかったのだし。気持ちを切り替えて、リルは少年に向き直った。

 「ここがアズィ・アシークだって知らなかったみたいだけど、だったらどうしてここに居たの? 君、わたしが見つけたときは砂に埋もれてたんだよ?」
 「それは……」

  少年――アル=ラシードは目を伏せた。歯切れ悪く、ぽつりぽつりと言葉を紡ぐ。

 「私にもよくわからない。……自分自身の意思で来たのではないのは間違いないが、意識を失う前の記憶がはっきりしないんだ」
 「……思い出せる最後の記憶は?」
 「夕食を終えて、部屋に戻ったところまでだ。……これは一服盛られたと考えるべきだろうな」

  さらっと言われた内容に引っ掛かりを感じて、リルは首を傾げた。
  見た目はどこからどう見ても子供でしかないのに、当然のように一服盛られたなどと言うのにもつっこみたいが、それ以前に。

 「夕食?」
 「ああ。……どうした?」
 「夕食って言うからには、覚えてるのって夜だよね?」
 「そうだが……」
 「……えぇ?」

  混乱に、ちょっと頭を抱える。怪訝そうにアル=ラシードが視線を向けてくるが、それどころではない。
  リルがアズィ・アシークに――『過去』に跳ぶ前に居た、リルにとっての『現代』の時刻は夕方だった。
  そして、跳んだ先はどう考えても昼間であり、リルがアル=ラシードを見つけたのは、太陽の様子からして昼を少し回った頃だったはずだ。つまり、アル=ラシードは夜に意識を失ってから昼過ぎまでの間にアズィ・アシークに連れてこられたことになる。
  ついでに言えば、跳んだ直後にリルが立っていた場所から、アル=ラシードが倒れていた場所まではそう離れていない。誰かがいれば絶対に気付くような距離だ。
  だが、アル=ラシード以外の人影をリルは見ていない。
  ならば、彼は結構な時間あの場所に居たはずなのに――。

 「普通に元気そうなのは何で……?」

  おかしい。おかしすぎる。
  リルが診た限り、熱による異常もなかったし、脱水症状も起こっていなかった。思い返せば日除けすら被っていなかったというのに、それは普通ありえない。

 「何のことだ?」

  またも眉間に皺を寄せた少年に、リルは簡単に自分の抱いた疑問を説明する。
  すると、彼は怪訝そうな顔をするでもなく「ああ」と軽く頷いた。

 「それは【加護印シャーン】のせいだろう。『加護』が現れる条件はさっぱりわからないが、今までにも幾度かこういうことはあった。永久的に、絶対的に、というわけではないらしいが、これは私を護る」
 「そうなんだ……」

  【加護印シャーン】はシャラ・シャハル王家にしか現れない。しかも過去の事例もほとんどないので、リルもそれがどういうものかはよく知らないのだ。
  ……シーズ兄様に話したら、アル=ラシードを拉致してでも研究したがるだろうな、と思ったのは秘密である。

 「ところで、お前はどうしてここに居たんだ。アズィ・アシークに自ら足を踏み入れるなどという、自殺行為に等しい愚を冒すような考え無しには見えないが」
 「ああ、それは、その、」

  純粋に疑問に思ったらしいアル=ラシードの問いに歯切れ悪く返事をしつつ、リルは高速で頭を働かせる。
  本当のところを告げたとしても、普通に考えて信じられないだろう――というか怪しさが増すだけだ。【移空石】なんて絶対知らないだろうし、そもそも実物も手元にない。作り話だと思われるのが関の山じゃないだろうか。

 「わたしの兄様が【禁智帯】の研究をしてるの。それでちょっと頼まれて調査に来てて」

  結局、ザードが【禁智帯】で人に会ったとき――というか行き倒れを助ける際に使うという言い訳を口にした。
  怪しさの点ではどちらも同じようなものかもしれないが、まだ信憑性がある……気がする。

 「【禁智帯】の研究を? そんな変わり者がいるとは聞いたことがないが」
 「地図にも載ってないような国に住んでるし、兄様、学会とかにも興味ないから。知らなくても当然だと思う」

  リルの言葉の真偽を見極めようとするかのように、アル=ラシードは目を眇めたが――納得したのかそうでないのか、「そうか」とだけ呟いて視線が外された。
  本当に年齢に見合わない仕草をする子だなぁ、と、思いつつ、気付かれないようにほっと息をつくリル。

 「――その、兄の要請でここに来たというのなら、お前はアズィ・アシークを抜ける方法を知っているんだな?」
 「うん、一応。確実に抜けることはできるよ」
 「ならば、私も共に連れて行ってはもらえないか。私ひとりではここを抜けることはできない」
 「え、い、いいけど……」

  予想外の申し出に目を丸くする。言われなくともアズィ・アシークを抜けるまでは行動を共にしてもらうつもりだったが、まさか相手から請われるとは。
  いや、人としては当然かもしれないのだが、王族としての矜持とかそういうのがあったりするのではないかと思っていたのだ。ちょっと偏見入ってたかな、と反省するリル。

 「私は自分の宮からほとんど出たことがない。知識の大部分も書物からのものだ。アズィ・アシークについては何も知らないに等しい。行動の指針は全面的にお前に任せよう――よろしく頼む」
 「こ、こちらこそよろしく……?」

  そんなやりとりをする二人を見ていた焔が、何で疑問形なんだよ、と呆れたように呟いた。
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