エデルファーレの〈姫〉と〈騎士〉

空月

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15話

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「〈姫〉三人での話は楽しかったですか?」


 他の〈姫〉と〈騎士〉が各々の屋敷に戻った後。
 片づけを終えたリクが、わずかに笑みに見えなくもない表情を浮かべてシアにそう問うた。


(やっぱり、表情が柔らかくなってる……)


 思いつつ、シアは答える。


「ええ、楽しかったわ。〈騎士〉の方はどんな話をしたの?」


 問い返すと、リクは少し困ったような顔をした。


「そっちでも話題になったんじゃないかと思いますが、【青】のの相談に終始しましたね。どうも〈姫〉に避けられているとかで」

「ユークレース、相談とかするのね……」


 なんとなく、彼はそういうことをしなさそうに思っていた。
 シアがそう思ったのを察したのだろう、リクは肩を竦めた。


「【青】のも苦渋の選択だったみたいですよ。【青】の〈姫〉は今までそういうことが一切なかったみたいですね。だから手詰まりで、俺と【赤】のの意見を聞きたかったみたいです。とはいえ、俺たちは〈姫〉の方とそんなに接していないので、一般論的な推測を話すに留まりましたけど。……【青】のは結構参ってましたね。今までの【青】の〈姫〉はよっぽど従順だったんでしょう」

「参ってるふうには全然見えなかったけれど……」

「でしょうね。こっちでもずっとあの澄ました顔でしたよ。ただ、言葉の端々がそんな感じでした。たぶん感情が表情に出にくいんじゃないですか?」


 それはリクもじゃないのかと思ったけれど、今のリクはそうでもないかもしれないと思い直す。それに、元々無感情というわけではなかった。基本が平坦だっただけで。


「こっちでもアーシェットの相談……相談だったのかしら、あれ……に乗ったから、たぶん解決はすると思うけれど……」

「それはよかったです。〈姫〉と〈騎士〉の仲がうまくいかないと大変ですからね、世界が」


 さらりと口にされたが、世界を背負っていると思うと責務の重さを改めて感じてしまう。
 シアは一応、確認することにした。


「その……リク」

「はい?」

「昨日の……で、私に〈神子〉になるものは宿らなかった……のよね?」


 やはり、意識して話題に出すと頬が赤くなってしまうのは止められない。そして自分がそうなっていることを自覚するとますます恥ずかしくなる。


「ああ、きちんと言ってませんでしたね。――残念ながら、そうです。やっぱり一度でうまくいくほど簡単じゃないですねぇ」


 【赤】ののところもまだらしいですし、とリクが続ける。やはり〈騎士〉間でそういうところは情報共有されているらしい。


「なので、お嬢にはまた〈姫〉の責務に努めてもらわなきゃならないわけですが。……いやになりました?」

「……そんなこと聞くなんて、性格が悪いわ」


 最終的に、〈姫〉に拒否権はないのだ。〈姫〉が責務を果たすかどうかで世界の行く末が決まる限り。


「性格は元々なんで、すみませんね。……そういえば、今朝『後で』にしましたけど、昨日のことで訊きたいことがあるんでしょう。ちょうどいいから今答えますよ。何ですか?」


 そういえばそんな話もしていた。なんだかはぐらかされているような気になりつつ、シアは口を開く。


「あの部屋のことだけど……その、作用ってどういう仕組みになっているの?」

「変なこと気にしますね。あれは昔の〈姫〉と〈騎士〉が〈神子〉に頼んで作った部屋なので、奇跡
の力で成り立ってます。俺もどういう作用があるかとか、作用の強弱をどうやって操作するかの知識は頭にぶちこまれたんで知ってますが、仕組みはよくわかりません。何せ奇跡の力なので」

「……あの部屋も、枷みたいに、先人の知恵の結晶なの?」

「そうですよ。〈騎士〉はともかく、〈姫〉は普通の人間ですからね。行為をやりやすくするには他から手を借りた方がいいって結論して、あの部屋を作ったみたいです」

「……でも、あの部屋の作用は〈騎士〉にも効果があるのよね?」

「そこは、まあ。〈騎士〉だってその気になりやすい方がいいですからね」

(そういうものなのね……)


 とりあえず納得する。確かに〈姫〉と〈騎士〉で行うことであるのだから、双方ともにその気になっている状態が望ましいだろう。


「リクたち――〈騎士〉は、……その、そういう機能としては人間と変わりないの?」

 リクのような〈騎士〉が、本来この世界のものではないというのは以前に聞いていた。
 人に似た姿を持っているけれど、実は食事が必要なかったりと違うところも多い。それゆえの問いだったのだが、リクはあっさりと頷いた。


「でないと生殖行為できませんからね。元々形態は人間と似ていますが、それを……なんて言えばいいですかね、受肉させた……実体化させてほとんど人間と同じにしたというか、まぁそういう感じですから」

「リクたちは、元々別の位相の精霊だったって前に言っていたけれど……実体がない種族?なの?」

「正確には精霊みたいなもの、ですね。お嬢たちの世界の人間に理解してもらいやすい言い方をしただけで、物語に出てくるような精霊とは違います。人間のような肉体がないのは同じですけど」


 聞けば聞くほど謎が深まる。リクはあまり自分のことについて話したがらないので、余計に。
 こういう、〈騎士〉に共通のことは話してくれるが、詳しく聞こうとするとそれとなく話をはぐらかされてきた。それで学習して、シアもリクが〈騎士〉として現れる前のことはあまり聞かないようにしていた。


(だけど、今日なら聞けるかもしれない)


 少しだけ雰囲気の柔らかくなったリクになら、聞いてもいいような気がした。


「リクが元々いたところは、エデルファーレに似ていたりする?」


 リクはわずかに目を丸くした。けれどきちんと質問に答えてくれる。


「似てませんよ。ここの人間界の方がまだ似てますかね。まぁ、位相が近いので馴染んだ空気ではありますが――だから〈騎士〉もそこから選ばれるんですけど」

「そういえば、始めて来た時の感想は、……ええと、平和そう、だったって言ってたものね」

「『クソみたいに平和そうだな』ですね。実際、ここエデルファーレは平和なんですけど。何せ住んでるのが〈姫〉と〈騎士〉と〈神子〉だけですからね。殺伐としようがない」

「その言い方だと……リクのいたところは、あまり平和じゃなかったの……?」


 リクはまた目を丸くした。少し首を傾げて、シアを見遣る。


「どうしたんですか、お嬢。今日はやけに俺のいたところについて聞きたがりますね」

「やっぱり、聞いてはいけなかった?」


 踏み込みすぎただろうか。視線を下げたシアに、リクは軽く首を横に振った。


「別にそんなことはないですけど。珍しいなと思っただけで。……俺のいたところは、どっちかっていうとそんなに平和じゃない方でしたね。こっちでいう地域性みたいなもので、それが当たり前だったんですけど。だからここエデルファーレに来た時は、こんなに穏やかな場所があるのかと、なんだか理不尽な気持ちになりました」

「そうだったの……」


 それで感想が『クソみたいに平和そうだな』になったらしい。薄々気づいていたが、リクはたぶん、元々ちょっと口が悪かったのではないだろうか。シアに対しては敬語を使うのであまりそう思うこともなかったけれど、その敬語もきっちりしたものではないし、たまに言葉の選び方がちょっとアレだし。


「俺のいたところの話なんてつまんないでしょう。詳しく話すとお嬢にはちょっと刺激の強い話になるので、ぼかさざるを得ませんし」

「……そんなにこわいところなの?」

「こわいかどうかはわかりませんが、間違ってもお嬢を連れて行きたくはないですね。……まぁ、そんなことは起こり得ませんけど」


 これでその話はおしまい、という雰囲気を感じ取って、シアはそれ以上聞くのを止めた。口にされなくてもわかる程度には長い年月を共に過ごしてきているのだ。引き際も心得ている。

 頭を切り替える。そうすると真っ先に浮かぶのは、アーシェットのことだった。


「……アーシェットは、うまくやれたかしら……」

「心配ですか?」

「それは、そうよ。すごく思いつめてたもの」

「『たぶん解決はする』んでしょう? 気になるなら明日にでも連絡を取ってみればいいですよ」


 確かに今ここでシアが気を揉んでいても仕方ない。何ができるわけでもないのだ。


(アーシェットが後悔しないふうに物事が動けばいいのだけど……)


 どうかうまくいっていますように、とシアは心の中で祈ったのだった。


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