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中編
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「――逃げろォ!」
蜘蛛の子を散らしたように逃げる村人達。
もちろん手は打ってある。
「な……なんだこれは!?」
「外に出られない!?」
村の外周には、いつの間にか立派な壁が取り囲んでいた。
うねうねと蠢くそれは――ルミナによるものだ。
「せ……精霊王様! ルミナから力を奪ってください! こいつは精霊の力を悪用する邪悪な者です!」
村人が天に向かって叫ぶが、その声はどこにも届くことなくこだました。
「ペム。あなたの声に精霊が耳を貸すと思うの?」
善も悪も、あくまで人間が定めた、人間の間でだけ通じるものだ。
精霊がその意を汲むことなどありえない。
ただ愛し子を選び、愛し子の思うままに力を与えてくれる。
そこに人間の狭い判断基準が介在する余地はない。
「大人しく殺されるのを待ちなさい」
「ぐ……こんな蔦くらい、乗り越えればいいんだろ!」
ペムが蔦の隙間に手を入れてよじ登ろうとした。
もちろん、その対策も織り込んである。
「あ――か、身体が!?」
ずぶり、と蔦の中に彼の身体が沈み込む。
手足、胴体――そして最後には顔まで、あっという間に全てが壁の中に消える。
「助けて! 助け――ごぴゅ」
ペムが消えた壁から、赤い雫が土にじわり……と流れる。
壁の効果を知らしめるための見せしめだ。
一人殺しておけば、もう無闇に壁へ近付こうとはしないだろう。
「誰も逃げられないし、逃さないよ」
ルミナは壇上から降り立ち、改めて死刑宣告する。
村人は全員殺す。
等しく、例外なく。
まずルミナは、真正面にいた中年の男たちに狙いを定めた。
「ボビーさん。ニコラードさん。フェビルさん。あなたたちはいつも私にものを投げてきましたね」
石、小枝、酒の瓶、生ゴミ、排泄物。さらには解体した獣の手足まで。
それらを面白半分に投げつけては笑っていた。
「あのときのお返しをしてあげる。今度はおじさんたちが的ね」
三人の男たちに蔦が絡みつき、彼らをその場に縫い止める。
ルミナが掌を上に向けると、そこに拳大の石が現れた。
「ルミナ、やめてくれ!」
「俺たちが悪かった!」
「何でもやる! だから助けてくれ!」
にぃ、とルミナは笑う。
「何でもするのなら、そこでじっとしてて?」
ぞんざいに石を投げる。
精霊の加護によって身体の全てを強化した今のルミナは、常人を遥かに超える力を得ている。
手首の力で投げただけだが、石は相当な速度でニコラードにぶつかった。
「ああああーー!?」
脇腹に命中したそれは、簡単にその部位の肉を食いちぎった。
「やめてくださいルミナ様! お願いします! おねが――」
「だめだめ。やめないし、許さないわ」
懇願を無視してルミナは石を投げた。
肩を砕き、手足をちぎり、腹に穴を開け。
彼らが物言わぬ骸になるまで投げて、投げて、投げ続けた。
――やめておじさん! 痛い、痛いよ……。
――落とし子の言うことなんて、聞こえねーよ!
過去の記憶が消え去るまで。
▼
三人を始末したルミナは、次なる標的を定める。
逃げ場がないとなると、村人達が取る行動は絞られる。
どこかに隠れる者。諦め、天に祈りを捧げる者。
そしてもう一つは――ルミナを殺そうと考える者だ。
「死ねぇ!」
「――」
ルミナの背後から躍り出たのは――狩人たちだ。
森の中を歩き回り獣と渡り合うという役割上、彼らはみな屈強だ。
自らの肉体に自信を持ち、村での権力も強い。
「予想通り」
振り降ろされた剣を、ルミナは手で受け止めた。
狩人の顔が、驚愕に歪む。
「!?」
「アイザックさん。今回の仕上がりはイマイチですね」
狩人――アイザックは、いつも研いだ剣の切れ味をルミナで試していた。
逃げるルミナの腕を、足を、頬を、髪を斬り裂いては、刃を煌めかせてこう言っていた。
――今回はなかなかの仕上がりだな。
「私がもっといい剣をあげます――ほら」
「がぷ!?」
ルミナが手をかざすと、地面から伸びた岩が狩人の胸を貫いた。
ただの岩ではない。細く平たいそれはまるで剣のよう。
切れ味も抜群で、狩人の身体は抵抗なく岩の剣の根元まで落ちた。
ルミナは絶命した狩人の腕を取り、岩の刃に押し当てる。
美しい断面の傷口を、光の消えた狩人に見せびらかす。
「ほらほら。どうですか? すごい切れ味でしょう? これなら満足でしょう?」
「ば……化物だ」
武器を構えていた他の狩人たちは、ルミナの奇行に戦いていた。
「恐れるな! こいつを狩れるのは俺たちしかいないんだ!」
喪失しそうになった闘志を掛け声で燃やし、彼らはルミナにそれぞれの武器を向けた。
一人で特攻するようなことはせず、じりじりと彼女を包囲する。
「やっぱり愛し子の選別は間違っていたんだ!」
「この疫病神め!」
「よくもアイザックを!」
「とっとと死ね!」
狩人達の殺意を受けた上で、ルミナはそれ以上の殺意で返した。
「私をこんな風にしたのは――みんなでしょ」
愛し子は精霊に『選ばれる』が、落とし子は村人が『選んで』いる。
村で一番年下。暗い色の髪。孤児。
ただそれだけの理由で、ルミナは落とし子になってしまった。
落とし子でなければ、こんな風に憎悪をまき散らす存在にはなっていなかった。
畑を耕し、獣を解体し、織物を織り、果物を採る。
ありふれた村人としての、普通の生き方を望んでいた。
それは、凶行に手を染めた今でも変わらない。
「高価なものなんてなんにもいらない。私はただ、普通になりたかっただけッ!」
ルミナが望んだ未来を潰したのは、落とし子という風習を頑なに続けた村人たちだ。
「役立たずのお前に落とし子という役割を与えてやったんだぞ! 感謝されこそすれ、恨まれる筋合いなどない!」
村人たちはもう、この悪習に染まりきっている。
いくら言おうと、ルミナの言葉は届かない。
なら、もういらない。
それがルミナの下した決断だ。
「自分の不幸を他人のせいにするな!」
「そうだ! 自業自得だろうが!」
口々に罵倒する狩人達に石の刃を突き立て、ルミナは嗤った。
「だったら、あなたたちがこんな目に遭っているのも自業自得じゃない。私のせいにしないで」
蜘蛛の子を散らしたように逃げる村人達。
もちろん手は打ってある。
「な……なんだこれは!?」
「外に出られない!?」
村の外周には、いつの間にか立派な壁が取り囲んでいた。
うねうねと蠢くそれは――ルミナによるものだ。
「せ……精霊王様! ルミナから力を奪ってください! こいつは精霊の力を悪用する邪悪な者です!」
村人が天に向かって叫ぶが、その声はどこにも届くことなくこだました。
「ペム。あなたの声に精霊が耳を貸すと思うの?」
善も悪も、あくまで人間が定めた、人間の間でだけ通じるものだ。
精霊がその意を汲むことなどありえない。
ただ愛し子を選び、愛し子の思うままに力を与えてくれる。
そこに人間の狭い判断基準が介在する余地はない。
「大人しく殺されるのを待ちなさい」
「ぐ……こんな蔦くらい、乗り越えればいいんだろ!」
ペムが蔦の隙間に手を入れてよじ登ろうとした。
もちろん、その対策も織り込んである。
「あ――か、身体が!?」
ずぶり、と蔦の中に彼の身体が沈み込む。
手足、胴体――そして最後には顔まで、あっという間に全てが壁の中に消える。
「助けて! 助け――ごぴゅ」
ペムが消えた壁から、赤い雫が土にじわり……と流れる。
壁の効果を知らしめるための見せしめだ。
一人殺しておけば、もう無闇に壁へ近付こうとはしないだろう。
「誰も逃げられないし、逃さないよ」
ルミナは壇上から降り立ち、改めて死刑宣告する。
村人は全員殺す。
等しく、例外なく。
まずルミナは、真正面にいた中年の男たちに狙いを定めた。
「ボビーさん。ニコラードさん。フェビルさん。あなたたちはいつも私にものを投げてきましたね」
石、小枝、酒の瓶、生ゴミ、排泄物。さらには解体した獣の手足まで。
それらを面白半分に投げつけては笑っていた。
「あのときのお返しをしてあげる。今度はおじさんたちが的ね」
三人の男たちに蔦が絡みつき、彼らをその場に縫い止める。
ルミナが掌を上に向けると、そこに拳大の石が現れた。
「ルミナ、やめてくれ!」
「俺たちが悪かった!」
「何でもやる! だから助けてくれ!」
にぃ、とルミナは笑う。
「何でもするのなら、そこでじっとしてて?」
ぞんざいに石を投げる。
精霊の加護によって身体の全てを強化した今のルミナは、常人を遥かに超える力を得ている。
手首の力で投げただけだが、石は相当な速度でニコラードにぶつかった。
「ああああーー!?」
脇腹に命中したそれは、簡単にその部位の肉を食いちぎった。
「やめてくださいルミナ様! お願いします! おねが――」
「だめだめ。やめないし、許さないわ」
懇願を無視してルミナは石を投げた。
肩を砕き、手足をちぎり、腹に穴を開け。
彼らが物言わぬ骸になるまで投げて、投げて、投げ続けた。
――やめておじさん! 痛い、痛いよ……。
――落とし子の言うことなんて、聞こえねーよ!
過去の記憶が消え去るまで。
▼
三人を始末したルミナは、次なる標的を定める。
逃げ場がないとなると、村人達が取る行動は絞られる。
どこかに隠れる者。諦め、天に祈りを捧げる者。
そしてもう一つは――ルミナを殺そうと考える者だ。
「死ねぇ!」
「――」
ルミナの背後から躍り出たのは――狩人たちだ。
森の中を歩き回り獣と渡り合うという役割上、彼らはみな屈強だ。
自らの肉体に自信を持ち、村での権力も強い。
「予想通り」
振り降ろされた剣を、ルミナは手で受け止めた。
狩人の顔が、驚愕に歪む。
「!?」
「アイザックさん。今回の仕上がりはイマイチですね」
狩人――アイザックは、いつも研いだ剣の切れ味をルミナで試していた。
逃げるルミナの腕を、足を、頬を、髪を斬り裂いては、刃を煌めかせてこう言っていた。
――今回はなかなかの仕上がりだな。
「私がもっといい剣をあげます――ほら」
「がぷ!?」
ルミナが手をかざすと、地面から伸びた岩が狩人の胸を貫いた。
ただの岩ではない。細く平たいそれはまるで剣のよう。
切れ味も抜群で、狩人の身体は抵抗なく岩の剣の根元まで落ちた。
ルミナは絶命した狩人の腕を取り、岩の刃に押し当てる。
美しい断面の傷口を、光の消えた狩人に見せびらかす。
「ほらほら。どうですか? すごい切れ味でしょう? これなら満足でしょう?」
「ば……化物だ」
武器を構えていた他の狩人たちは、ルミナの奇行に戦いていた。
「恐れるな! こいつを狩れるのは俺たちしかいないんだ!」
喪失しそうになった闘志を掛け声で燃やし、彼らはルミナにそれぞれの武器を向けた。
一人で特攻するようなことはせず、じりじりと彼女を包囲する。
「やっぱり愛し子の選別は間違っていたんだ!」
「この疫病神め!」
「よくもアイザックを!」
「とっとと死ね!」
狩人達の殺意を受けた上で、ルミナはそれ以上の殺意で返した。
「私をこんな風にしたのは――みんなでしょ」
愛し子は精霊に『選ばれる』が、落とし子は村人が『選んで』いる。
村で一番年下。暗い色の髪。孤児。
ただそれだけの理由で、ルミナは落とし子になってしまった。
落とし子でなければ、こんな風に憎悪をまき散らす存在にはなっていなかった。
畑を耕し、獣を解体し、織物を織り、果物を採る。
ありふれた村人としての、普通の生き方を望んでいた。
それは、凶行に手を染めた今でも変わらない。
「高価なものなんてなんにもいらない。私はただ、普通になりたかっただけッ!」
ルミナが望んだ未来を潰したのは、落とし子という風習を頑なに続けた村人たちだ。
「役立たずのお前に落とし子という役割を与えてやったんだぞ! 感謝されこそすれ、恨まれる筋合いなどない!」
村人たちはもう、この悪習に染まりきっている。
いくら言おうと、ルミナの言葉は届かない。
なら、もういらない。
それがルミナの下した決断だ。
「自分の不幸を他人のせいにするな!」
「そうだ! 自業自得だろうが!」
口々に罵倒する狩人達に石の刃を突き立て、ルミナは嗤った。
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