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第一章
【七話】怠惰と変動。(2)
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……。
声が聞こえる。なんだって?
「……ウ!起きなさい。」
なんだ、母さんか……。
「ユウ。もう二人とも迎えに来たわよ」
……二人……?ああ、アイシャとサラか。
「……⁈」
迎えに来たのが誰かわかってから数秒後、オレは布団から飛び出た。
「また夜遅くまで遊んでたんでしょ?ほら、さっさと顔洗いなさい」
図星をつかれたオレは何も言い返せず、「うん」とだけ言った。
用意を済ませて外に出ると、二人が待ち構えていた。
「おはよ」
「おはよう、サラ」
「おっそいよ」
「すみませんでした」
優しいサラと、怒るアイシャという対比はいつものことで、何なら昨日も見た気がする。
「とりあえず公園いこ」
「あいよ」
「うん」
マモノ、とかいう化け物が現れたらしいというニュースが流れてからもう三か月。
俺たちの住むストロングホールドは王都を守る最後の砦だから、ここにマモノが攻めてくることは滅多にない。
それでも、この街には物資の運搬車や常駐の騎士たちが増えた。
あまりいい人とは言えない騎士も多い。
歴史では、騎士は格式高く、誇りを持つ人たちだと教えられた。
この街にいる彼らを見ても、その片鱗は全く感じられない。
今日も公園の隅で酒を飲んで居眠りしたり、大声で怒鳴ったりしている。
「……また居るね」
「ほんと、迷惑しちゃう」
「……。」
この公園は、この前まで子供たちの憩いの場だった。
しかし今では、横暴な騎士たちがたまり、遊ぶ子供の姿はめっきり減ってしまった。
オレは、そんな騎士が嫌いだった。
公園の遊具で遊びながら、今日は何をするかの会議をした。
商店を見て歩くとか、もう一度教会を見に行くとか、防壁を登るとか。
十人十色の意見を出し合い、結局は「図書館で面白そうな本を探す」という頭のよさそうな案が採用された。
こういう案を出してくれるのはサラ。アイシャを上手くまるめこむ能力に長けている。
普段はあまり本を読まないオレは、何が自分にとって「面白そう」なのかわからず、
図書館の中を何周もうろうろしている。古典は読めないし……絵本は何だか恥ずかしい。
文学作品……?歴史書は……難しそうだ。なんて悩んでいると、時計はすでに二十分の経過を示していた。
もしかしてオレ待ちなんじゃないかという焦りから、選ぶジャンルを小説に絞って集中することに。
本のタイトルだけをざっと見、気になったら背表紙のあらすじを読んでみる。
そんな感じで、全神経を尖らせて探す。学業関連では発揮されることのない力だ……。
「私はこれ。」
決めておいた集合地点に、各自選んだ本をもって再集合した。
二人がどんな本を選ぶのか、まったく予想がつかない。意外と楽しい企画かもしれない。
アイシャが選んだのは、報われない姫と立ち直れない王子の物語。
そういうチョイスは女の子。
そう言えば女子でしたね……。
オレが持って行ったのは、戦争時に敵軍に送られたスパイの小説。
タイトルとあらすじがなぜか妙にオレの気を引いた。
今が戦時中だという事実を、日常で実感することがほとんどないストロングホールド。
そこで暮らすオレをはじめとした住人にとって、マモノなんて言う作り話みたいな敵と、
自分自身がそれである人間との戦争は刺激的な非日常だ。
そうした背景があって、戦争という近くて遠いワードにワクワクしたのかもしれない。
そして——
「私はね、前に教会で聞かせてもらったお猿さんのお話。あれの絵本があったから。」
「ああ、あの話か。うっすら覚えてる」
「そんなのあったっけ?」
「シスターさんが話してくれたでしょ……?」
「そうだっけ」
……この娘は……。
とは言え、オレもよく分かっていない。
確か三匹のサルが出逢って喧嘩別れ……みたいな感じだったか。
アレが何を意味するのか、オレにはまだわからない。
まあたいていの絵本も内容は子供にはよくわからない。
大人になったら分かるのだろうか……。
結局、図書館だけで一日をつぶすことはできなかった。
アイシャが「飽きた」とわめくので、近くの商店街へ。
ここは活気があって、いるだけでテンションが上がる場所だ。
オレたちは、なけなしのお小遣いから出し合ってフライドポテトを購入。
休憩スペースで雑談しながら完食。
今日気づいたが、どうやらアイシャはこの手の食べ物が好きなようだ。
夕方。帰路に就いたオレたちは、いつものようにくだらない話で盛り上がる。
道中、ふとサラの顔を見て違和感に気づく。
「サラ?」
「……ん、どうしたの?」
「いや、その……なんか元気なさそうだったからさ」
「大丈夫?」
「アイシャが連れまわすから疲れちゃったんじゃねえの?」
元気がなさそう。自分でそう言ったのだが、少し違う気がする。
浮かない表情であることは確か。けれど、元気がないというよりは、寂しげというか……。
「ううん、大丈夫。でもたしかに、ちょっと疲れちゃったのかも。」
「ごめんね、明日学校なのに。ゆっくり休んでね?」
「うん。心配してくれてありがとう。」
サラは優しく、無理をしがちなところがある。
ちょっとくらい体調が悪くてもそんなそぶりを見せず、アイシャの誘いに応えてしまう。
これを機にアイシャには反省してもらわねば。
「今日はもう解散するか」
「うん」
「そうだね」
体調が悪いというわけではなさそうだった。
ただ疲れているだけ。アイシャが毎日毎日呼び出すから。
サラは熱心な勉強家で、きっと今朝も早起きして勉強していたんだろう。
寝ていただけのオレとは違って、疲れるのも無理はない。
その点で、アイシャは何者なんだ、という話になるが……。
まあ、彼女には男にも勝るガッツがある。
気性は荒いし、殴るときはグーだ。
サラにだけ優しい態度をとるのは解せないが。
とにかく俺は、サラの異変を単なる疲労だと決めつけて、
深く考えることもせずに、いつものように別れの挨拶を口にした。
「んじゃ、また明日」
「うん、また明日」
オレ、アイシャに続いてサラも返事をした。
「……バイバイ」
何だか不思議な感覚になりながらも、オレは家へ向かった。
さっきまで明るく輝いていた太陽はすっかり顔を隠し、世界は暗闇に支配されようとしていた。
声が聞こえる。なんだって?
「……ウ!起きなさい。」
なんだ、母さんか……。
「ユウ。もう二人とも迎えに来たわよ」
……二人……?ああ、アイシャとサラか。
「……⁈」
迎えに来たのが誰かわかってから数秒後、オレは布団から飛び出た。
「また夜遅くまで遊んでたんでしょ?ほら、さっさと顔洗いなさい」
図星をつかれたオレは何も言い返せず、「うん」とだけ言った。
用意を済ませて外に出ると、二人が待ち構えていた。
「おはよ」
「おはよう、サラ」
「おっそいよ」
「すみませんでした」
優しいサラと、怒るアイシャという対比はいつものことで、何なら昨日も見た気がする。
「とりあえず公園いこ」
「あいよ」
「うん」
マモノ、とかいう化け物が現れたらしいというニュースが流れてからもう三か月。
俺たちの住むストロングホールドは王都を守る最後の砦だから、ここにマモノが攻めてくることは滅多にない。
それでも、この街には物資の運搬車や常駐の騎士たちが増えた。
あまりいい人とは言えない騎士も多い。
歴史では、騎士は格式高く、誇りを持つ人たちだと教えられた。
この街にいる彼らを見ても、その片鱗は全く感じられない。
今日も公園の隅で酒を飲んで居眠りしたり、大声で怒鳴ったりしている。
「……また居るね」
「ほんと、迷惑しちゃう」
「……。」
この公園は、この前まで子供たちの憩いの場だった。
しかし今では、横暴な騎士たちがたまり、遊ぶ子供の姿はめっきり減ってしまった。
オレは、そんな騎士が嫌いだった。
公園の遊具で遊びながら、今日は何をするかの会議をした。
商店を見て歩くとか、もう一度教会を見に行くとか、防壁を登るとか。
十人十色の意見を出し合い、結局は「図書館で面白そうな本を探す」という頭のよさそうな案が採用された。
こういう案を出してくれるのはサラ。アイシャを上手くまるめこむ能力に長けている。
普段はあまり本を読まないオレは、何が自分にとって「面白そう」なのかわからず、
図書館の中を何周もうろうろしている。古典は読めないし……絵本は何だか恥ずかしい。
文学作品……?歴史書は……難しそうだ。なんて悩んでいると、時計はすでに二十分の経過を示していた。
もしかしてオレ待ちなんじゃないかという焦りから、選ぶジャンルを小説に絞って集中することに。
本のタイトルだけをざっと見、気になったら背表紙のあらすじを読んでみる。
そんな感じで、全神経を尖らせて探す。学業関連では発揮されることのない力だ……。
「私はこれ。」
決めておいた集合地点に、各自選んだ本をもって再集合した。
二人がどんな本を選ぶのか、まったく予想がつかない。意外と楽しい企画かもしれない。
アイシャが選んだのは、報われない姫と立ち直れない王子の物語。
そういうチョイスは女の子。
そう言えば女子でしたね……。
オレが持って行ったのは、戦争時に敵軍に送られたスパイの小説。
タイトルとあらすじがなぜか妙にオレの気を引いた。
今が戦時中だという事実を、日常で実感することがほとんどないストロングホールド。
そこで暮らすオレをはじめとした住人にとって、マモノなんて言う作り話みたいな敵と、
自分自身がそれである人間との戦争は刺激的な非日常だ。
そうした背景があって、戦争という近くて遠いワードにワクワクしたのかもしれない。
そして——
「私はね、前に教会で聞かせてもらったお猿さんのお話。あれの絵本があったから。」
「ああ、あの話か。うっすら覚えてる」
「そんなのあったっけ?」
「シスターさんが話してくれたでしょ……?」
「そうだっけ」
……この娘は……。
とは言え、オレもよく分かっていない。
確か三匹のサルが出逢って喧嘩別れ……みたいな感じだったか。
アレが何を意味するのか、オレにはまだわからない。
まあたいていの絵本も内容は子供にはよくわからない。
大人になったら分かるのだろうか……。
結局、図書館だけで一日をつぶすことはできなかった。
アイシャが「飽きた」とわめくので、近くの商店街へ。
ここは活気があって、いるだけでテンションが上がる場所だ。
オレたちは、なけなしのお小遣いから出し合ってフライドポテトを購入。
休憩スペースで雑談しながら完食。
今日気づいたが、どうやらアイシャはこの手の食べ物が好きなようだ。
夕方。帰路に就いたオレたちは、いつものようにくだらない話で盛り上がる。
道中、ふとサラの顔を見て違和感に気づく。
「サラ?」
「……ん、どうしたの?」
「いや、その……なんか元気なさそうだったからさ」
「大丈夫?」
「アイシャが連れまわすから疲れちゃったんじゃねえの?」
元気がなさそう。自分でそう言ったのだが、少し違う気がする。
浮かない表情であることは確か。けれど、元気がないというよりは、寂しげというか……。
「ううん、大丈夫。でもたしかに、ちょっと疲れちゃったのかも。」
「ごめんね、明日学校なのに。ゆっくり休んでね?」
「うん。心配してくれてありがとう。」
サラは優しく、無理をしがちなところがある。
ちょっとくらい体調が悪くてもそんなそぶりを見せず、アイシャの誘いに応えてしまう。
これを機にアイシャには反省してもらわねば。
「今日はもう解散するか」
「うん」
「そうだね」
体調が悪いというわけではなさそうだった。
ただ疲れているだけ。アイシャが毎日毎日呼び出すから。
サラは熱心な勉強家で、きっと今朝も早起きして勉強していたんだろう。
寝ていただけのオレとは違って、疲れるのも無理はない。
その点で、アイシャは何者なんだ、という話になるが……。
まあ、彼女には男にも勝るガッツがある。
気性は荒いし、殴るときはグーだ。
サラにだけ優しい態度をとるのは解せないが。
とにかく俺は、サラの異変を単なる疲労だと決めつけて、
深く考えることもせずに、いつものように別れの挨拶を口にした。
「んじゃ、また明日」
「うん、また明日」
オレ、アイシャに続いてサラも返事をした。
「……バイバイ」
何だか不思議な感覚になりながらも、オレは家へ向かった。
さっきまで明るく輝いていた太陽はすっかり顔を隠し、世界は暗闇に支配されようとしていた。
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