宣誓のその先へ

ねこかもめ

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第一章

【六話】嫉妬と嚆矢。(3)

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翌朝。安心と信頼の体温の主を起こし、モーニングルーティーンを済ませる。
お姉ちゃんたちとは別の馬車に荷物を積んだ。
今出れば夕方前には目的のヴァイス氷山に着くだろう。

「エリナさんの装備はどうするんです?」
「えっと……実は名残惜しくてずっと持ってたんです。」
「ああ、なるほど。持っててよかったですね」
「ええ。」

いつも通りリーフさんが馭者を務め、出発。
座席車には俺とエリナさんのみ。

何か緊張してきたな……。

昨晩偉そうにいろいろ言っていた記憶が、今になってよみがえる。
それをかき消すように話題を振った。

「ところで、メイドさんって兼業していいものなんですか?」
「禁止はされていませんね。まあ、騎士とメイドを兼ねる者なんて居ないでしょうけど」

まあそうだろうな……。
メイドと騎士の兼業なんて、忙しいにもほどがある。

「大変じゃないですか?」
「ええ。でも他のメイドたちは理解してくれました。」

三人の派遣さんたちの協力もあり、特に重大な任務の時はエリナさんが出動できるようになった。

「もちろん、騎士の仕事を、メイド業務を怠る言い訳にはしません。私自身がが望んだことですから」

エリナさんの顔は、どこか晴れているように見えた。


 馬車が止まった。座標付近に着いたようだ。
一時間ほど前から、急激に気温が下がったように感じる。氷山エリアに入った証だ。

リーフさんは寒さに強いが、俺たちはそうじゃない。
寒がりのエリナさんは、俺の体温を使って暖をとる。
このメイドさんには緊張させられっぱなしだ。
これが、最初にエリナさんに会った時のお姉ちゃんの言葉の真意だろうか。

「ついたぞ」

無慈悲にも、リーフさんは座席車の扉を開けた。氷山の冷たい風が吹き込む。

「「ヒィィィィィ‼」」

俺もエリナさんも、それに甲高い悲鳴を上げる。

「なんだ、お前ら……」

防寒具は身に着けている。
目的地がどんなところだか知っていたから。
けど、寒さは予想をはるかに超えてきた。

「早くしろ、時間は迫ってるんだぞ」

指定されている時間までは残り三〇分ほど。
座標まではここから徒歩二十分くらいらしい。
これより向こう側へ馬を連れて行くのは、さすがに拷問に等しい。
そのため、最寄りの小屋に馬を待たせ、そこからは歩く。

「この寒い中を歩くんですか……」
「山に入ればもっと寒いぞ」
「それはまあ、そうですが……」


 さらに座標に近付き、残すところ百メートルもないだろう。
俺たち三人は、近くの岩場で待機することに。

「暖かい……ですね……」
「そうですね」

俺とエリナさんは、起こした火で暖をとる。
少し温まってくると、エリナさんが懐かしそうに自分の剣を眺めている。
俺もそれを見ていると、何だか違和感があった。

「その剣、油が塗ってあるんですか?」
「お気づきですか?そうなんです。」

剣の全面ではなく、刃以外の部分が妙にテカテカしている。

「おっしゃる通り、油が塗ってあります。」

それは見れば分かるのだが、何のために塗っているんだろう……。

「これは私の――」

——その瞬間。まさに「ドン」と形容するにふさわしい衝撃が襲った。

「なんだ⁈」

圧力というのか、何なのかは分からない。
だがそれが起きた途端、巨大な圧迫感を感じた。
肺や心臓をはじめとした臓器が全て圧迫されたような感じがした。
自然と拍動が早くなり、空気が重く感じる。

「リーフさん、時間です!もしかして……」

時計は、紙の時刻と同じ時を示している。

「ああ、残念ながら予言だったってわけだ……‼」

座標方向を見ると、これまたなんと表現すればいいのやら……。
空間が歪み、その狭間からなにかが溢れてきている、というのだろうか。
黒い霧が溢れ、やがて形をつくり、歪みは消えた。形は次第に安定していき——

「……魔物だ」
「なんだか、不気味ですね」

基本骨格はヒトのそれだが、歩行は四つ足。
かつては美しい見た目をしていたかのよう。
ところどころ肉が膨らみ、そこには無数の顔があるように見える。
手足の爪は伸び、地面に傷をつけながら歩いている。

グロテスクな見た目で、正直に言えば近寄りたくない。
しかし、そんな悠長なことは言ってられなさそうだった。

「こっちに気づいたみてぇだぞ」
「やるしかないみたいですね」
「やりましょう」

俺たちが少し近付くと、そいつは憎しみのような目でこちらを睨みつけた。そして——

《フェ……フェラライ……コ、コロシ……ダ……》

——やはり。この前の魔物は、俺たちを見るなり、「ニンゲン」の言葉を喋った。
今度の奴が何を言っているのかは分からないが、やはり同じように言葉を発した。
話す魔物が居るとは伝えたものの、実物を初めてみたエリナさんは驚きの表情をしている。

 魔物は、甲高い唸り声をあげて四足歩行で突進してきた。
前回の魔物ほどではないにしろ、かなりのスピードだ。
左右に散ってこれをかわし、三角形で奴を囲んだ。

様子を見ていると、そいつはリーフさんに狙いを定めた。
爪を食らう直前、瞬間移動で浮かび上がり、そのまま重力に身を任せて剣を振り下ろす。

——なんだ、アレ?

リーフさんの攻撃を、右肩の膨らみに受けた。
その傷から、黒い霧が間欠泉の如く噴き出ている。
数秒でそれは収まったが、俺たちに「あれにあたるとヤバそうだ」という
プレッシャーを与えるには十分な仕事をした。


 三角形の布陣を守りつつ、背後をとれ次第攻撃を繰り返した。
現状四か所の膨らみを破壊済みだ。

——隙が出来た……‼

「もらった!」

右後ろ脚の膨らみに斬り込み、霧に当たらないよう即座に回避。
魔物は今までよりも甲高い叫びをあげ、地面に突っ伏した。

「……どうだ?」

リーフさんがフラグになりそうなセリフを吐くのと同時、
魔物は苦しみながら二本足で立ち上がった。

——刹那。

「……っ⁈」

恐ろしいスピードで俺の胴体を突き刺さんと迫ったきた鋭利な爪。
ヴァルム地方での経験が無ければ、見切れなかったかもしれない。とっさに能力を使った。

——右腕

怯んだ隙に魔物の右腕を斬った。
この前のように回避されることを想定していたが、そうはならなかった。
スピードはあるが、戦闘能力は大したことないように感じた。
——無傷の左腕を振りかざしてきた。

冷静にそれを弾くと、脚で踏ん張って、耐え、噛みつこうと牙をむいた。
ギリギリで体をかがめ、剣で腹を捉えた。
しかし致命傷にはならず、俺に背を向け、岩場の方に向かった。

「追うぞ」
「「了解」」


 俺たちがさっきいた岩場だ。

「何をしているんでしょう……」

エリナさんの疑問はもっともだ。
消し忘れた焚火にまたがり……火を浴びている?

「あいつも寒がりか?」
「そんな、まさか……」

火にあたりながらも、こちらへの警戒を弱めることはなかった。
隙を見つけることが出来ず、しばらく見守っていた俺たちは、衝撃を目にする——

「おい、なんか火をまとってないか?」

リーフさんの言う通り、浴びていた火が魔物に移っていく。

「厄介なことになりましたね……。」
「お前ずいぶん冷静だな」
「驚きは前回の奴で出し尽くしましたよ」

——とは言ったものの、今回の奴もそこそこヤバそうだ。
要するにこいつは、周辺の環境を体に取り込んで利用できるわけだ。
焚火を消し忘れたのは痛手だ。相手が火をまとっている以上、近付けない。
お姉ちゃんがいればごり押しても良かったのかもしれないが……。


 それから何分経過したか分からない。
火への対処法は思いつかず、防戦一方。

「はぁ、はぁ……」

さすがに息が切れてきた。それは俺だけじゃなさそうだ。

「……くそっ‼」

火だるまが猛スピードで迫り来て、その熱を間近に感じつつ回避。
これをもう何回繰り返したことか。

すれ違いざまに斬ろうにも、剣がやられないか心配で手が出せない。
だがこのままでは埒が明かない……。次の機会には攻撃を試みようと決めた。


——来たっ‼

突進を右にずれて避け、開いた口に、剣を横に持って合わせる。

「くらえ‼」

全力で押し込みながら能力を併用。だが——

「なっ⁈剣が……腐ってるのか?」

——奴の口にヒットした俺の剣は、そのまま噛みつかれた。
牙にはヒビが入るも、吐かれた、膨らみから出たのと似たような霧を浴びて、
砂のようにだんだんと崩れていく。やはりあたったらヤバいという予感は正しかった。

——腐りきる前に刺す!

浸食されていく剣を無理やり引っ張り、生き残った刃を奴の首へ。
血と例の霧が吹きだす。だが、俺が即座に退避した理由はそれだけじゃなかった。
やはりこの火は厄介だ。

「おいユウ、大丈夫か?」
「ええ、なんとか」

魔物が呻いている隙に、リーフさんが瞬間移動で救出してくれた。

「よくいったな」
「あのままじゃ、埒が明かなかったんで」
「まあそうだな。お前のおかげで、流れは変わったぞ」

見ると、エリナさんが奴を食い止めている。

「動きが鈍ってきてますね」
「ああ。お前の攻撃が効いたみたいだな」

俺の放った苦し紛れの攻撃は、その割には絶大な効果を発揮した。
首へのダメージ蓄積は、人間だろうが魔物だろうがきつい。
もっとも、そこまで考えたわけではなく、反射的な判断だったが……。


 剣を失った俺は、隙を作ることに専念。
動きの鈍った敵が相手なら、爪攻撃を手で受けて反射することはたやすい。

「お怪我はありませんでしたか?」
「俺は大丈夫です。それよりエリナさんは?」
「私も大丈夫です。」
「よかった」
「来るぞ‼」

——右爪。

これは向かって右に流す。

最初とは違って、今は二本足で立っている。
それ故にバランスを崩すのも簡単だ。

出来た隙に二人が攻撃を仕掛ける。
しかし、やはり火のせいで、前回の魔物のように腕を斬り落とすほどまでは追い込めない。


 何度かそれを繰り返していると、
ダメージを蓄積させた恩恵か、体を覆っていた火が弱まり、次第に消えた。

「消えた!」
「やったな」
「畳みかけましょう!」

——左爪。

——右腕。

——そして脚、身体。

時間と共に傷と欠損が増えてゆく。
このまま勝てるか……。

そう思ったのも束の間、二人の猛攻撃に怯んだ魔物は、
俺たちの頭を超えて山の方へ向かった。


 リーフさんの瞬間移動で追いかけると、
それから逃げるように、器用に地面を掘って潜り込んだ。
地面が揺れる。地震と錯覚するような規模だ。

何秒かして再び姿を見せたそいつは、
身体を氷の鎧で守り、欠損部位も氷を使って補っていた。

リーフさんが距離を詰めて斬り込むが——

「くっ、かてぇ‼」

——やはり通らない。

これまた厄介なことに——

「ここは私にお任せください」

そう言って俺とリーフさんの前にエリナさんが歩み出た。
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