宣誓のその先へ

ねこかもめ

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第一章

【五話】勇躍と向後。(1)

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未来予知。これから先の出来事を予め知ること。そんな事が出来ればな……と。二十年弱の人生においても幾度となく経験した後悔にも似た想い。だが同時に、未来の事を知った時、どうするべきなのかという問いもあった。その結果を導くために行動するのが正しいのか、導かれるがままが良いのか。能力者がその結果を知っているという前提のまま進んで実現するのか、行動によってはそれが覆るのか。疑問を挙げればキリがない。
 
 予知が出来れば……とは言ったものの、出来たら出来たで苦痛じゃないかと思う。嫌な未来が見えたら憂鬱だし、悪くない未来だったとしても、それを迎えた時の喜びや、それに至るまでの期待感や高揚感も無い。知っているのだから。
 
 だが勿論、悪い事ばかりではない。事前に知りたいことだって山ほどある。その大半は悪い出来事だろうけど、知っていればさらに悪い結果を見る前に対処が出来る……かもしれない。いつどこに、どんな魔物が現れるのかを知ることが出来るとしたら。人間の立場から言えば、こんなに嬉しいことは無い。
 
——そんな都合のいい事は無いという理解と、あってほしいという理想が、俺の中でひしめき合いながら共存していた。
 
 
 目覚まし時計の音が鳴り響き、至福の時間は終わりであると告げられた。ああ、瞼が重い。睡眠時間が少ないせいだ。少しばかり頭が重く、徹夜したのと変わらない気分だ。だがそれでも、アラームを止めた手に憎悪はない。何故なら今日、眠気と疲労を相殺できそうなワクワクが待っているからだ。
 
「アイシャ、おーい」
「……ん~」
「おーい」
「ん~」
 
困った。アイシャの身体と布団に俺の腕が挟まれていて動けない。
そうだ、俺は確か「怖い」とか言ってこんな寝方を・・・。
 
「触るぞ」
「・・・・・・」
 
いや、自爆しそうだからやめておこう。
何かアイシャが一瞬で目覚める策は無いものか……。
 
あ、そうだ。睡魔に必死に抗いながら考え、とある妙案が浮かんだ。
 
「お屋敷」
「っ‼」
 
四文字。たったそれだけでアイシャは覚醒。
 
「早っ‼」
 
まるで別人のように、目にも留まらぬ速さで布団から出、用意してあった服に着替えた。
 
そして、こんなことを言うのである。
 
「早く起きなさいよ。ユウの寝坊助」
 
……誰のせいで起きれなかったと思ってんだ?
 
「はいはい。」
 
俺も布団から出て着替える。普段の休暇なら、着古した適当なシャツでいいのだが、今日はそういうわけにもいかない。
クリス達一班と会うからな。
 
「脱がせてあげよっか?」
「いえ、結構です。」
 
着替えながら、ふとアイシャを見る。
 
「ん?」
 
視線に気づき、何かと問うてきた。実を言うと、少し見惚れてしまった。普段見る彼女は、鎧などの装備を身に着けているか、俺と同じように適当な服装だ。だがやはり、彼女に関しても今日は違う。久しぶりにまともな私服姿を見て、新鮮な気持ちになった。
 
「そのスカート穿いたんだ」
「うん。買ってくれたのになかなか機会が無かったから。今日なら丁度いいかなって」
 
去年、アイシャの誕生日に贈ったスカートを穿いてくれていた。それを見てちょっと嬉しかったのがさっきの視線の理由でもあるのだが。
 
「ひざ上二十くらいだよね。……こういうの好きなんだ~?」
 
昔からそれくらいのを穿いてたから好きなのかと思って選んだのに、とんだ勘違いを被っている。
 
 寝癖を直してリビングへ降りると、リーフさんが居た。
 
「「おはようございます」」
「ああ、おはよう。」
 
挨拶を交わし、台所へ。ボケた頭にコーヒーが愛おしい。ついでに水道で顔も洗おう。
 
「明るければ普通の台所だな……。」
「ユウ、あそこに」
「うそ⁈」
「うそ。」
 
こいつ。
何か仕返しをしてやりたいが、何も思い浮かばず、ただお湯が沸くのを待つばかり。
 
そう言えば、ここでこうしてコーヒーや紅茶を淹れるのはこれが最後か。
 
「この台所ともお別れだね」
「……そうだな」
 
ボロい水道も、妙な音を立てる食器棚も。思い返してみればどれもお世話になった思い出の品——
 
「次からはもっと綺麗で!」
「ほぼ最新式の設備が待ってるのね!」
 
——などではたかった。まあ住んでたのはたった半年ちょっとだし。思ひ出もへったくれもない。むしろ昨日の夜に憎しみが生じたまである。
 
「部屋も綺麗なんだろうな」
「それに、広そう」
「廊下の雨漏りも無いな」
「何より、私は広いお風呂が楽しみかなぁ」
 
未だ見ぬ屋敷に心を躍らせていると、いつの間にやらお湯が沸いていた。
コーヒーと紅茶を一杯ずつ淹れ、リビングに戻った。
俺たちが台所にいる間に、お姉ちゃんが降りてきていたようだ。
 
「二人ともおはよう」
「「おはようございます」」
「あら、可愛らしいスカートね」
「はい、去年の誕生日にユウがくれたんです」
「そうなの……。そこそこ短いけど、ユウってばそういうのが」
「違います」
 
好きじゃないと言えば嘘になるが、この展開はもう見たので即否定でキャンセル。
 
 
 本や服などの荷物を箱に詰めた。寝具は新しいものが支給されるらしいので処分する。
早々に作業が終わってしまった俺は、暇つぶしにアイシャの部屋へ。
 
「進捗いかがです?」
「ノックくらいしてよねー、非常識な」
 
誰が言ってんだ、誰が。
 
「すみませんね。」
 
部屋全体を一瞥。
 
「服、結構多いね」
「女の子だもーん」
「存じております」
「下着泥棒にでも来たの?残念、もう詰めちゃったよ」
「そういうわけじゃないけど……。」
 
ふと、棚の上にアレを見つけた。
 
「この人生ゲームどうしようか」
 
遊びつくしたおなじみのゲーム。
 
「うーん。もう飽きたし、こっそりプレゼントにしちゃう?」
「そうするかぁ」
「王都に行ったら新しいの売ってるかな」
「どうだろう」
 
そういえば王都の中を練り歩いたことは無かった。
屋敷に住めば休日には散策が出来る。新たな楽しみが出来て期待で心が跳ね回る。
 
 
 一階に戻ると、お姉ちゃんの丁寧な話し声が聞こえた。一班が到着したのだろう。リビングで待っていると、六名の騎士がぞろぞろ入ってきた。一班は六人編成だ。二班、三班もそのくらい。四班以降はもっと大人数で構成される。その六人の中にクリスを発見。その後ろには見るからに明るそうな女性、ミラがいる。ジェスチャーのみで挨拶を交わした。
 
「どうぞ、お好きなところへ」
 
お姉ちゃんが言い、一班の人らは各々社交辞令を言いながら座った。誰も椅子には座らなかったので、俺たちがいつもの配置に。次に、名前だけの簡単な自己紹介が入った。一班のメンバーは、班長のシュルツ、副班長のセリア、カタリーナ、タイロン、クリス、ミラ(敬称略)だ。俺たちもそれに続いた。
 
「では改めて。今日の大まかな予定は、まず我々の荷物を荷台に積むわ。」
「同時に一班の荷物を運び入れ、この場所に一時保管する。」
「それが終わったらお昼よ。で、時間を決めてここへ再集合。何かあれば適宜引継ぎをして、解散よ。」
「では、すぐ作業に入ろう」
 
了解、と返事をして立ち上がる。
休日なんだか仕事なんだか……。
引っ越し屋に転職した気分だ。
 
さっき荷物を詰めた箱を荷台に積んだ。それと、魔特班の支給物資と、各々の装備品も荷台へ。古い寝具は一班が後で廃棄施設に運んでくれるとのことなので、彼らの荷台へ。一通り作業を終え、昼食タイム。用意されている訳ではないから、自由時間に食べに行く、という感じだ。これは俺にとって好都合だ。クリスとの約束と、アイシャへのツケの支払いが両方一気に済ませられるからだ。
 
「お姉ちゃん、俺たちは商店街の方に行こうと思います。」
「そう、分かったわ。気を付けていくのよ」
「了解」
「了解、お母さん」
 
——あ、それ俺がいつか言ってみようと思ってたセリフ!
 
「……ア、アイシャ……」
 
……ん?
 
「はい……」
「……わ……」
 
あれ、これヤバそう。
 
「私……は……」
 
突然、お姉ちゃんは膝から崩れ落ち、アイシャの両手を掴んだ。
 
「私はまだ!お母さんなんて歳じゃ!ないのよ!」
 
魔特班所属、班長、ルナ。二十一歳。爆弾だったようだ。
 
「お姉ちゃん!お姉ちゃん!ごめんなさい!」
「アイシャ……私はね……二十一歳……三歳しか上じゃないの……」
「はい!存じ上げております!ごめんなさいお姉ちゃん!」
 
爆発した爆弾ことお姉ちゃんも面白いが、思わぬお姉ちゃんの反応に、見たことないくらい慌てふためくアイシャの姿。
これは地味に貴重だ。周囲の気配に敏感なアイシャに奇襲をかけるのは難しいからだ。
 
「いい?ルナ。二十一歳。お姉ちゃん。はい、復唱。」
「ルナ。二十一歳。お姉ちゃん。」
「はい、よくできました。アイス。」
「……はーい。」
 
いつの間にか立ち上がったお姉ちゃん。しれーっとアイシャに刑を課す。よかった、言わないで。
 
 
 玄関へ行くと、クリスとミラが待っていた。
 
「よう、遅かったな」
「ああ、ちょっと、な。」
「アイシャ~、ユウ~、おひさ~」
「ミラ久しぶり!」
「おう、久しぶり。相変わらずか?」
「ああ、こいつは相変わらずビッ……ゴフッ⁉」
 
クリスの腹にえぐいスピードのミラの拳。
 
「え?クリス。誰がビッチだって?」
「す、すみません……。」
「アタシはまだ汚れてないんだから」
「「え⁈」」
 
ミラの衝撃発言に驚愕するクリスと俺。
 
「私だって」
「「え⁈」」
 
アイシャの衝撃発言に驚愕するクリスとミラ。
 
……と、騎士校時代から何一つ変化も成長も無い会話をし、俺たち流再会の儀は終了。
 
 
「で、昼飯どうすんだ?」
「あっちの商店街に美味い店があるんだ」
アイシャお気に入りのラムステーキを出している店だ。ツケを払わないとな……。
「へえ、行ってみたい」
「だな。ここに住めば俺たちも通えるわけだし」
「雑貨屋さんもあるよ」
「雑貨屋?」
 
突然何かを言い出すアイシャ。クリスの方を見て、半笑いで言った。
 
「トイレットペーパー」
「俺はいつまでアイシャからそれで弄られるんだ……?」
 
 
 例の商店街に到着。もう慣れ親しんだ二人と、初見のその場所に心躍らせる二人。腹が減った俺たちは足早に店へ。店内は薄暗く、キャンドルの優しい灯りが点されている。内装は、古い木造を演出しており、とてもいい雰囲気だ。席へ案内され、メニューを見る。
 
「結構豊富だな」
「ホントだ。」
「アイシャはいつもの?」
「違うよ」
「……はい?」
 
何を言い出すんだ、この娘は?
 
「一昨日の競争」
 
……オオカミ型四匹のやつか。
 
「昨日の囮」
 
……俺が腕を怪我した時の。
 
「ワンランク、アップ。」
 
……何も言い返せない。
 
「了解」
 
ああ、俺の財布が軽くなる。なんて言っている間に、二人は注文が決まったらしい。
俺とクリスはハンバーグ。ミラがビーフシチューでアイシャが恐ろしく高い羊肉。店員に伝え、俺たちは再び雑談タイムに突入。
 
「ねえ、あのお屋敷ってどんな感じなの?」
「う~ん、兵舎よりは良いってだけだよ」
「標準レベルの台所も風呂もトイレもある」
「良いところじゃんか」
「「ただし、雨漏りする」」
「……前言撤回」
 
他にも何か特徴を教えようと思ったのだが……。
 
「……以上。」
「「えっ」」
「うん、確かにそれくらいしかないよ」
「もっとこう……あるだろ?」
「「ないよ」」
「へ、部屋は?」
 
そういえば自室を真面目に評価しようと思ったことは無かった。あの部屋は……。
 
「棚が備わってる。ベッドがある。一人で使うのにちょうどいい広さ。あれ?」
 
灯台下暗し、とはよく言ったもの。
 
「へぇ、部屋は良さそうね」
「二人でいても十分だよ。ね、ユウ。」
「おい暴露するな」
「お前……。」
「何もしてねえから!」
「まだね」
「まだ……」
「こら火に油を注ぐな」
「だからミラ」
「ん?」
「男連れ込んでも」
「だーっ‼アイシャまで言うの⁈連れ込まないから!アタシそんなに汚くないから!」
「おい静かにしろって、店内だぞ」
 
冷静なクリスによって事態は収束。
 
屋敷の話をしていたのに、いつから殺し合いになったのだろう……。
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