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第一章
【四話】暗晦と憂虞。(1)
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怖い、という感情がある。
例えば、魔物は怖い。
対峙した時、自分が殺されるかもしれないからだ。
では、幽霊はどうだろうか。
幽霊が自分を殺しにかかってくる事はまずない。
それに、幽霊と対峙すること自体が珍事だ。
にもかかわらず、幽霊は怖いという共通認識がある。
それは何故なのか考えた時、浮かび上がる推測が、
「分からないから」だ。
魔物は怖くても、妖怪は怖くはない。
妖怪は、昔の人々が、原因が分からなかった現象や、子供の躾の為に作り上げた空想だ。
そうであると「分かっている」。
だから、さほど怖くはない。
その一方で幽霊はどうだろうか。
居るのか、居ないのか。見えるのか、見えないのか。
何一つ「分からない」。
はっきりした回答が存在しない。
故に、怖いと感じるのではないだろうか。
なら、居ると分かれば。見えれば。怖くないのか、と。
そう思うのは当然だ。
その疑問の答えを、俺は知っている。
幼馴染の少女、アイシャの能力が何なのか知ったその時、俺の中にはっきりと、明確な解が示された。
ヴァルム地方での任務を終え、無事に帰還した魔特班。
報酬の話を聞いたときは嬉しさから飛び跳ねそうだった。しかし、その興奮も冷めた今残ったのはただの疲労である。一刻も早く風呂に入り、布団にくるまって寝たい。
そんな願望が叶うのはもう目前。
自室のドアノブに手を伸ばし。
扉を開け、ベッドに倒れこむ。
たったそれだけで俺は・・・。
「あ、ユウ」
「・・・・・・はい」
先に風呂に入ったアイシャが俺の部屋で待ち構えていた。これ自体はもう慣れ親しんだいつも通りの光景だ。
が、今日は訳が違った。
「分かってるよね?」
「・・・・・・はい」
分かっている。
分かっているが故に怖いこともある。それが今だ。
「お姉ちゃんとリーフさんが寝たら始めるから。まだ、寝ないでよ?」
妙にセンシティブな顔で言う。状況が状況なら感情が大暴れしそうなセリフも、今は死の宣告にしか聞こえない。
何が始まるのかと言うと、幽霊退治だ。
今日の昼前に起きた事件。マグカップ事件と仮名を付けよう。誰も片付けていないマグカップが何故か机から消えた現象だ。あれの原因は幽霊じゃないかと考えたアイシャの調査に同行する。させられる。今は俺の部屋で、お姉ちゃんが寝るのを待つ。その手の話題が苦手なお姉ちゃんが、自分たちの住居に幽霊が居るなんて知ったら失神するかもしれないからだ。
「でもさ、俺たち引っ越すんだからよくね?」
そうさ、魔特班は明日からの休暇を使って引っ越し作業にかかる。放っておけばいいんじゃないのか?
「ダメ。一班にはミラが居るんだから。かわいそうでしょ?」
「はい、先生。僕もかわいそうだと思います。」
「・・・ユウと一緒がいいなぁ」
おっと、ここで必殺の上目遣いだ。
「・・・ずるいぞ」
負ける俺も悪いにゃ悪い。
まあ仕方ない。
一班にはクリスのやつも居るし、助けてやるか。
お姉ちゃんはまだ寝る気配がない。部屋の灯りがまだついている。今日の報告書に書く内容をまとめているのだろう。そういう真面目な点もある。だけど今日はもう寝てほしいな・・・。
「しょうがない、時間つぶそっか」
「私と何がやりたい?」
「そんなセリフをそんな色っぽい服装で言うんじゃない。理性が吹っ飛ぶ。」
アイシャはいつも、緩いロングTシャツを寝巻にしている。まったく、この娘は俺を何だと思っているんだ。
「えぇ、やらしい」
こいつ・・・。
「さすがに同じ人生ゲームばっかりで飽きてきたな」
「あれ嫌い。借金する」
よく考えると、この屋敷には二人だけで時間をつぶせるものが何一つない。こういう場面で出来る遊びの類はやりつくした。しりとり、連想ゲーム、ジェスチャーゲーム、手押し相撲。挙げればきりがないが、その大半は腐るほどやった。
「あ、そうだ」
だけど、俺にはまだ果たせていない事がある。
今日、二度にわたって彼女に惨敗したあの遊びだ。
次こそ圧勝する。
そんな自信がどこからか湧いてきた。
「今度こそリベンジさせてもらうぞ!」
・・・惨敗。
心の中で敗北のゴングが鳴り響く。
「なぜだ・・・」
「罰ゲーム?」
「えっ」
「三戦分?」
「えっ、お姉さん許して・・・」
「ダ~メ♡」
怖い。
アイシャの性格を知っているから怖い。
誰だよ、知らぬが故に怖いとかガバガバな理論提唱した奴。
「ちなみに、何を?」
「マッサージ」
「・・・どこの?」
「脚」
「えっ」
「?」
「あっ、いや」
「もしかして、変な事考えた?」
「ままま、まさか・・・。」
畜生。
まあ良いか。今日は色々と世話になったし、マッサージくらいお安い御用ですわ。
「じゃ、お願いしまーす」
気が付くと、時刻はすでに午前二時。
時間を忘れるほど夢中だったらしい。理由は伏せる。
「はい、こんなもんで如何でしょう」
「ん、ありがと♡また今度してね。その時は・・・」
「肩?」
「・・・・・・」
ドアを開けてお姉ちゃんの部屋の方を見ると、もう灯りは消えていた。寝てくれたらしい。お姉ちゃんだって今日はお疲れでしょう。
それじゃあ出発!と張り切るアイシャ。
その手には燭台が。
「ちょっと待って」
「なに?」
「まさか、蝋燭の灯りだけで行く気?」
「うん」
「なんで・・・」
「なんでって、屋敷中明るくして気付かれたらどうするの?」
筋が物差しの如く真っすぐ通ってて腹立たしい。
「ちぇ」
「え、もしかして」
「さあ行こう出発だ今すぐナウ!」
半ば強引にアイシャの腕を引き、部屋から出た。
・・・などといきがって部屋を出たわけだが。
「うわ、暗っ」
「夜だからね」
「めっちゃ静かだし」
「夜だからね」
そうですね。
アイシャから出る能力の光と蝋燭はあるが、
暗いものは暗い。
「ほんで、幽霊さんはどこ?」
「さあ」
まあそうだろうと思った。ヴァルムの平野ですぐにガイストさんを発見できたのは、文字通り平野だったからだ。視界を遮るものがほとんどなかった。だが、ここは違う。
むしろ視界を遮るもので構成されている。
つまり、見つけるまで屋敷内部を練り歩かなければならないわけだ。
「ユウの部屋と私の部屋には居なかったから、そこ以外ね」
「よかった」
俺の部屋に居ようものなら・・・。
お姉ちゃんの部屋とリーフさんの部屋に侵入するわけにはいかないので、まずは二つの空き部屋をチェック。
「うええ、気味悪い」
「居る?居ない?」
「・・・居ないかな」
「はーい撤退直ちに即座に」
誰も使っていない部屋故、掃除もしていない。そこそこたまった埃とクモの巣が非常にそれっぽい雰囲気を作っていやがる。
「うーん、こっちの部屋にも居ない。」
「やっぱり下か」
「そりゃあそうよね~」
おい分かってるなら今の二部屋を覗いた意味は?
「下行こー」
「おー」
廊下を進み、階段へ。
「ユウ」
「ん?」
「なんでずっと私の裾掴んでるの?」
「え、いや、ほら。アイシャが迷子にならないようにさ」
「半年以上暮らした屋敷で迷子になる人居ないよ」
「ほら、何があるか分からないからさ」
「別にいいけど。このまま階段降りると丸出しになっちゃうよ?穿いてないんだから」
「なんで穿かないんだよ!」
丸出しはよろしくない。
ここは大人しく放そう。
「うっそー。私だってパンツくらい穿きますよ~」
「あ、ちょ!卑怯な!」
あれ、パンツならセーフみたいになってね?
・・・まあいっか。
取り敢えず階段を駆け下りるアイシャを追った。
スライド式のドアを開けてリビングへ。
この場所は、実際にマグカップ事件が起こった場所だ。
一番怖い。
「ねえユウ」
「ん?」
「ん?って。しがみついてくれるのは私としても嬉しいけど。歩けないよ、これじゃあ」
すみませんね。
でもさ。
「これ行くの?マジ?暗いよ?」
「明るくするにしても、まずリビングに入らないと出来ないよ」
たしかに。
ここは冷静に、裾で我慢。
「まあ蝋燭もったいないから点けないんですけど。」
騙されすぎ問題。
と、次の瞬間のこと。
《オ…コ…ニイ…ゾ》
「ひぃぃぃぃぃっ?!」
「ユウの声にびっくりしたよ・・・。なに?」
「え、聞こえなかった?」
「何が?」
「うめき声!」
アイシャには聞こえていない・・・?
俺が単独で霊との意思疎通ができないから?
などと冷静な考察をしているほどの余裕は無い。
《オ…ココ…ルゾォ》
「ほらまた!」
「まだ見えないけど・・・。近くに居そうね」
冷静なアイシャを見ていると、何だか俺も落ち着いてきた。
スタスタ歩くアイシャに続いてリビングの中央へ。
確かにマグカップはどこにもない。
「台所かな?」
「ま、待ってくださいお願いします」
台所と言っても、食器棚やしょぼい薪ストーブ、ちょっとした水道があるだけ。マグカップがあるとすれば、食器棚の中だ。アイシャが棚の戸を開く。
「その音やめて」
古いものだから木や金具が歪み、恐ろしい旋律を奏でる。
「2,4,6,8。うん、全部ある」
「あってほしくなかったよ」
誰も片付けていないのに、きちんと片付けられている。
ああ、最悪だ。
またあの音を立てて閉まる戸。
——瞬間。
何かの気配を感じた。
背筋に冷たいものが走った。
血の気が引いた。
「・・・この気配、あの時の!」
伝令を聞き、屋敷に戻ろうとした時に感じたあの感覚。
まさか、あれが・・・。
「うん、居たね。一瞬だけど」
「勘弁してよ・・・」
アイシャによると、霊はすでに移動したらしい。
「なぜか屋敷の中を歩き回ってるみたいね。早く探さないと・・・」
「でも、どこ行った?」
「そうね・・・、幽霊が居そうなところ・・・」
「水場、とか?」
「お風呂!」
風呂は台所から直接行けるようになっている。急ぎ、捜索へ。見えそうで全然見えないタイプの素材でできた扉を開ける。
「居た!」
風呂場の中を一通り観察したアイシャがそう言った。
勘は当たったようだ。当たってほしくなかったけど。
俺にも見えるようにと、要らん気を利かして可視化してくれた。
《お、お前ら、俺が見えるのか、幽霊なのに?!》
そこにいたのは男性の霊だった。三十代くらいに見える。
「見えるよ。私の能力だからね。」
《そうか、助かった》
「助かった?」
《ああ。長い事誰にも存在を認知されなくてな。精神崩壊して悪霊になるところだったぜ》
見つけられてよかったです、はい。
「で、あなたはウチの屋敷で何してるの?」
《誰かに気が付いてほしくてな。》
精神崩壊しそうだとか言ってたな。
《だから動き回ってみたり》
「うん」
《呻いてみたり》
「迷惑な」
《マグカップを片付けてみたり》
「ありがとう」
《若い姉ちゃんのバスタオル落としてみたり》
アレてめえの仕業かよ!!!
「それはちょっと、引くかな」
《まあそう言うなって。俺が悪霊になってたらそんなんじゃ済まなかったかもしれないだろ》
「いつから、どうしてこの屋敷に?」
《あ?今朝からだよ。外をさまよってたら丁度そこの兄ちゃんが屋敷に入ろうとしてたから、ちょいとお邪魔したのさ。気付かれる可能性に賭けてな。》
やはり、伝令の時か。
え、それってつまり・・・?
「・・・・・・」
「アイシャさん?なんですか、そのジト目は?やめて、僕をそんな目で見ないで!」
要するに。
「俺が招き入れたってことになってる?」
《お前が居たから思いついたことだな》
「被告人、弁解は?」
「お、俺は」
「ギルティ‼」
「鬼―!!!」
なんてこった。
自分で屋敷に入れた霊に自分でビビって無様な姿を・・・。
「それで、あなたはこれからどうする?」
《うーん、特に考えてないな。ここに住んでもいいし》
「それはダメ。絶対に。」
《おいおい厳しいな・・・。》
「成仏する?」
《死んでるんだからそれが正しいわけだが・・・》
彼がいうには、自分がどこでどのように死に
何が未練なのかも思い出せないらしい。
《困ったもんだぜ》
「それなら多分大丈夫。私の能力で、あなたの記憶を見れば分かるかも。」
《そんなことも出来んのか》
「うん。じゃあちょっとお邪魔しまーす。」
例えば、魔物は怖い。
対峙した時、自分が殺されるかもしれないからだ。
では、幽霊はどうだろうか。
幽霊が自分を殺しにかかってくる事はまずない。
それに、幽霊と対峙すること自体が珍事だ。
にもかかわらず、幽霊は怖いという共通認識がある。
それは何故なのか考えた時、浮かび上がる推測が、
「分からないから」だ。
魔物は怖くても、妖怪は怖くはない。
妖怪は、昔の人々が、原因が分からなかった現象や、子供の躾の為に作り上げた空想だ。
そうであると「分かっている」。
だから、さほど怖くはない。
その一方で幽霊はどうだろうか。
居るのか、居ないのか。見えるのか、見えないのか。
何一つ「分からない」。
はっきりした回答が存在しない。
故に、怖いと感じるのではないだろうか。
なら、居ると分かれば。見えれば。怖くないのか、と。
そう思うのは当然だ。
その疑問の答えを、俺は知っている。
幼馴染の少女、アイシャの能力が何なのか知ったその時、俺の中にはっきりと、明確な解が示された。
ヴァルム地方での任務を終え、無事に帰還した魔特班。
報酬の話を聞いたときは嬉しさから飛び跳ねそうだった。しかし、その興奮も冷めた今残ったのはただの疲労である。一刻も早く風呂に入り、布団にくるまって寝たい。
そんな願望が叶うのはもう目前。
自室のドアノブに手を伸ばし。
扉を開け、ベッドに倒れこむ。
たったそれだけで俺は・・・。
「あ、ユウ」
「・・・・・・はい」
先に風呂に入ったアイシャが俺の部屋で待ち構えていた。これ自体はもう慣れ親しんだいつも通りの光景だ。
が、今日は訳が違った。
「分かってるよね?」
「・・・・・・はい」
分かっている。
分かっているが故に怖いこともある。それが今だ。
「お姉ちゃんとリーフさんが寝たら始めるから。まだ、寝ないでよ?」
妙にセンシティブな顔で言う。状況が状況なら感情が大暴れしそうなセリフも、今は死の宣告にしか聞こえない。
何が始まるのかと言うと、幽霊退治だ。
今日の昼前に起きた事件。マグカップ事件と仮名を付けよう。誰も片付けていないマグカップが何故か机から消えた現象だ。あれの原因は幽霊じゃないかと考えたアイシャの調査に同行する。させられる。今は俺の部屋で、お姉ちゃんが寝るのを待つ。その手の話題が苦手なお姉ちゃんが、自分たちの住居に幽霊が居るなんて知ったら失神するかもしれないからだ。
「でもさ、俺たち引っ越すんだからよくね?」
そうさ、魔特班は明日からの休暇を使って引っ越し作業にかかる。放っておけばいいんじゃないのか?
「ダメ。一班にはミラが居るんだから。かわいそうでしょ?」
「はい、先生。僕もかわいそうだと思います。」
「・・・ユウと一緒がいいなぁ」
おっと、ここで必殺の上目遣いだ。
「・・・ずるいぞ」
負ける俺も悪いにゃ悪い。
まあ仕方ない。
一班にはクリスのやつも居るし、助けてやるか。
お姉ちゃんはまだ寝る気配がない。部屋の灯りがまだついている。今日の報告書に書く内容をまとめているのだろう。そういう真面目な点もある。だけど今日はもう寝てほしいな・・・。
「しょうがない、時間つぶそっか」
「私と何がやりたい?」
「そんなセリフをそんな色っぽい服装で言うんじゃない。理性が吹っ飛ぶ。」
アイシャはいつも、緩いロングTシャツを寝巻にしている。まったく、この娘は俺を何だと思っているんだ。
「えぇ、やらしい」
こいつ・・・。
「さすがに同じ人生ゲームばっかりで飽きてきたな」
「あれ嫌い。借金する」
よく考えると、この屋敷には二人だけで時間をつぶせるものが何一つない。こういう場面で出来る遊びの類はやりつくした。しりとり、連想ゲーム、ジェスチャーゲーム、手押し相撲。挙げればきりがないが、その大半は腐るほどやった。
「あ、そうだ」
だけど、俺にはまだ果たせていない事がある。
今日、二度にわたって彼女に惨敗したあの遊びだ。
次こそ圧勝する。
そんな自信がどこからか湧いてきた。
「今度こそリベンジさせてもらうぞ!」
・・・惨敗。
心の中で敗北のゴングが鳴り響く。
「なぜだ・・・」
「罰ゲーム?」
「えっ」
「三戦分?」
「えっ、お姉さん許して・・・」
「ダ~メ♡」
怖い。
アイシャの性格を知っているから怖い。
誰だよ、知らぬが故に怖いとかガバガバな理論提唱した奴。
「ちなみに、何を?」
「マッサージ」
「・・・どこの?」
「脚」
「えっ」
「?」
「あっ、いや」
「もしかして、変な事考えた?」
「ままま、まさか・・・。」
畜生。
まあ良いか。今日は色々と世話になったし、マッサージくらいお安い御用ですわ。
「じゃ、お願いしまーす」
気が付くと、時刻はすでに午前二時。
時間を忘れるほど夢中だったらしい。理由は伏せる。
「はい、こんなもんで如何でしょう」
「ん、ありがと♡また今度してね。その時は・・・」
「肩?」
「・・・・・・」
ドアを開けてお姉ちゃんの部屋の方を見ると、もう灯りは消えていた。寝てくれたらしい。お姉ちゃんだって今日はお疲れでしょう。
それじゃあ出発!と張り切るアイシャ。
その手には燭台が。
「ちょっと待って」
「なに?」
「まさか、蝋燭の灯りだけで行く気?」
「うん」
「なんで・・・」
「なんでって、屋敷中明るくして気付かれたらどうするの?」
筋が物差しの如く真っすぐ通ってて腹立たしい。
「ちぇ」
「え、もしかして」
「さあ行こう出発だ今すぐナウ!」
半ば強引にアイシャの腕を引き、部屋から出た。
・・・などといきがって部屋を出たわけだが。
「うわ、暗っ」
「夜だからね」
「めっちゃ静かだし」
「夜だからね」
そうですね。
アイシャから出る能力の光と蝋燭はあるが、
暗いものは暗い。
「ほんで、幽霊さんはどこ?」
「さあ」
まあそうだろうと思った。ヴァルムの平野ですぐにガイストさんを発見できたのは、文字通り平野だったからだ。視界を遮るものがほとんどなかった。だが、ここは違う。
むしろ視界を遮るもので構成されている。
つまり、見つけるまで屋敷内部を練り歩かなければならないわけだ。
「ユウの部屋と私の部屋には居なかったから、そこ以外ね」
「よかった」
俺の部屋に居ようものなら・・・。
お姉ちゃんの部屋とリーフさんの部屋に侵入するわけにはいかないので、まずは二つの空き部屋をチェック。
「うええ、気味悪い」
「居る?居ない?」
「・・・居ないかな」
「はーい撤退直ちに即座に」
誰も使っていない部屋故、掃除もしていない。そこそこたまった埃とクモの巣が非常にそれっぽい雰囲気を作っていやがる。
「うーん、こっちの部屋にも居ない。」
「やっぱり下か」
「そりゃあそうよね~」
おい分かってるなら今の二部屋を覗いた意味は?
「下行こー」
「おー」
廊下を進み、階段へ。
「ユウ」
「ん?」
「なんでずっと私の裾掴んでるの?」
「え、いや、ほら。アイシャが迷子にならないようにさ」
「半年以上暮らした屋敷で迷子になる人居ないよ」
「ほら、何があるか分からないからさ」
「別にいいけど。このまま階段降りると丸出しになっちゃうよ?穿いてないんだから」
「なんで穿かないんだよ!」
丸出しはよろしくない。
ここは大人しく放そう。
「うっそー。私だってパンツくらい穿きますよ~」
「あ、ちょ!卑怯な!」
あれ、パンツならセーフみたいになってね?
・・・まあいっか。
取り敢えず階段を駆け下りるアイシャを追った。
スライド式のドアを開けてリビングへ。
この場所は、実際にマグカップ事件が起こった場所だ。
一番怖い。
「ねえユウ」
「ん?」
「ん?って。しがみついてくれるのは私としても嬉しいけど。歩けないよ、これじゃあ」
すみませんね。
でもさ。
「これ行くの?マジ?暗いよ?」
「明るくするにしても、まずリビングに入らないと出来ないよ」
たしかに。
ここは冷静に、裾で我慢。
「まあ蝋燭もったいないから点けないんですけど。」
騙されすぎ問題。
と、次の瞬間のこと。
《オ…コ…ニイ…ゾ》
「ひぃぃぃぃぃっ?!」
「ユウの声にびっくりしたよ・・・。なに?」
「え、聞こえなかった?」
「何が?」
「うめき声!」
アイシャには聞こえていない・・・?
俺が単独で霊との意思疎通ができないから?
などと冷静な考察をしているほどの余裕は無い。
《オ…ココ…ルゾォ》
「ほらまた!」
「まだ見えないけど・・・。近くに居そうね」
冷静なアイシャを見ていると、何だか俺も落ち着いてきた。
スタスタ歩くアイシャに続いてリビングの中央へ。
確かにマグカップはどこにもない。
「台所かな?」
「ま、待ってくださいお願いします」
台所と言っても、食器棚やしょぼい薪ストーブ、ちょっとした水道があるだけ。マグカップがあるとすれば、食器棚の中だ。アイシャが棚の戸を開く。
「その音やめて」
古いものだから木や金具が歪み、恐ろしい旋律を奏でる。
「2,4,6,8。うん、全部ある」
「あってほしくなかったよ」
誰も片付けていないのに、きちんと片付けられている。
ああ、最悪だ。
またあの音を立てて閉まる戸。
——瞬間。
何かの気配を感じた。
背筋に冷たいものが走った。
血の気が引いた。
「・・・この気配、あの時の!」
伝令を聞き、屋敷に戻ろうとした時に感じたあの感覚。
まさか、あれが・・・。
「うん、居たね。一瞬だけど」
「勘弁してよ・・・」
アイシャによると、霊はすでに移動したらしい。
「なぜか屋敷の中を歩き回ってるみたいね。早く探さないと・・・」
「でも、どこ行った?」
「そうね・・・、幽霊が居そうなところ・・・」
「水場、とか?」
「お風呂!」
風呂は台所から直接行けるようになっている。急ぎ、捜索へ。見えそうで全然見えないタイプの素材でできた扉を開ける。
「居た!」
風呂場の中を一通り観察したアイシャがそう言った。
勘は当たったようだ。当たってほしくなかったけど。
俺にも見えるようにと、要らん気を利かして可視化してくれた。
《お、お前ら、俺が見えるのか、幽霊なのに?!》
そこにいたのは男性の霊だった。三十代くらいに見える。
「見えるよ。私の能力だからね。」
《そうか、助かった》
「助かった?」
《ああ。長い事誰にも存在を認知されなくてな。精神崩壊して悪霊になるところだったぜ》
見つけられてよかったです、はい。
「で、あなたはウチの屋敷で何してるの?」
《誰かに気が付いてほしくてな。》
精神崩壊しそうだとか言ってたな。
《だから動き回ってみたり》
「うん」
《呻いてみたり》
「迷惑な」
《マグカップを片付けてみたり》
「ありがとう」
《若い姉ちゃんのバスタオル落としてみたり》
アレてめえの仕業かよ!!!
「それはちょっと、引くかな」
《まあそう言うなって。俺が悪霊になってたらそんなんじゃ済まなかったかもしれないだろ》
「いつから、どうしてこの屋敷に?」
《あ?今朝からだよ。外をさまよってたら丁度そこの兄ちゃんが屋敷に入ろうとしてたから、ちょいとお邪魔したのさ。気付かれる可能性に賭けてな。》
やはり、伝令の時か。
え、それってつまり・・・?
「・・・・・・」
「アイシャさん?なんですか、そのジト目は?やめて、僕をそんな目で見ないで!」
要するに。
「俺が招き入れたってことになってる?」
《お前が居たから思いついたことだな》
「被告人、弁解は?」
「お、俺は」
「ギルティ‼」
「鬼―!!!」
なんてこった。
自分で屋敷に入れた霊に自分でビビって無様な姿を・・・。
「それで、あなたはこれからどうする?」
《うーん、特に考えてないな。ここに住んでもいいし》
「それはダメ。絶対に。」
《おいおい厳しいな・・・。》
「成仏する?」
《死んでるんだからそれが正しいわけだが・・・》
彼がいうには、自分がどこでどのように死に
何が未練なのかも思い出せないらしい。
《困ったもんだぜ》
「それなら多分大丈夫。私の能力で、あなたの記憶を見れば分かるかも。」
《そんなことも出来んのか》
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