宣誓のその先へ

ねこかもめ

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第一章

【二話】少年と少女。(3)

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さっきの戦闘で大活躍だったアイシャは
コイツと対峙すると一般人なのだ。

「ユ、ユウ・・・アイツは無理・・・こ、怖い・・・」

俺の背中に隠れ、ガタガタ震えるアイシャ。
前言撤回。
アイシャが勝てない魔物は一種存在した。
そう、彼女の世界一嫌いなものがクモ型の魔物なのだ。
まあ、今のアイシャこそが正しい十八歳女子の反応な気もするが。確かに見た目はおぞましい。

「落ち着けって。俺がぶっ倒してくるから」
「うん・・・頑張ってね・・・?」
「おうよ」

震えるアイシャを落ち着かせ、
さてどうしたものかと考えていると、
馬に乗った司令官が俺の元へやってきた。

「司令官」
「ユウよ。あのクモ、相手出来るか?」
「はい、可能です」
「そうか。では君は奴にだけ集中してくれ。」
「了解しました。」

すると司令官は振り向き、周囲の騎士に命令を下した。

「クモはこの者が相手をする。各位、周囲のサルを撃破し彼を援護せよ‼」

接触危惧の魔物を前にすくんでいた騎士たちはまるで別人のように雄叫びを上げ、
例の策をもって次々とサルを討伐していく。

「さあ、頼んだぞ」
「はい」
「ユウ」

アイシャが俺を呼んだ。

「ゴメン、私もサル撃破にまわるね」
「良いさ。それより、今朝のお姉ちゃんの指示、頼んだよ」
「うん、任せて」

アイシャの返事を聞き、俺はクモ討伐に向かった。
子分を戦わせて高みの見物をきめていたクモは、
向かってくる俺に気付き、牙をむいて臨戦態勢になった。
コイツは確かに厄介な魔物だ。本物のクモのように糸を出す。
それを器用に団子状に丸めて飛ばすという遠距離攻撃に加え、
中距離では持ち前の素早い動きで瞬間的に距離を詰めてくる。
かといって至近距離では鋭い大きな牙のある口でガブリ・・・
と真っ二つにされるのがオチだ。
俺はこのクモと戦うとき、距離を置くようにしている。
真っ二つはゴメンだし、何より俺にはあの能力があるからだ。

「さあクモ野郎、糸でもなんでも飛ばして来いよ」

だがこのクモは糸を飛ばさず、威嚇行動を始める。

「おいおい・・・相手がアイシャだったら今死んだぞ、お前。」

威嚇が終わったかと思うと、次は一歩、また一歩と、ゆっくり距離を詰めてきた。

「ん?なんだ、コイツ」

今まで戦った固体とは違った。
糸の玉を飛ばしてこないのだ。
急襲に備えて、しっかりと剣を構える。
群れを成していることと言い、何か特別な感じがする。
一歩、一歩。
さらに距離を詰めてくる。
俺は少し困惑した。
こんな行動をするクモは初めてだからだ。
今まで戦ったクモは全て糸の玉を飛ばした。
だからそれを能力ではじき返してやる。
そうやって倒してきた。だが今回はそう巧くいかなそうだ。
そんなことを考えている間も、敵は距離を縮めてきている。
すでに奴との距離は十メートルもないだろう。

「お前、なかなか面倒な奴だな・・・。」

その刹那、クモは猛烈なスピードで突進をしてきた。

「な⁈」

さっきのアイシャのように腹下をくぐり、間一髪回避。
流石にヒヤッとした。
そのまま振り向きざまに足を斬ってやろうと剣を振る。
しかし、知っていたかのように高くジャンプして避けられた。

「くそ、何だこの個体!」

俺の左側に着地したクモはすぐに突進してきた。
体勢を崩していた俺は避けきれないと判断し、
左手に剣を持ってガード、
能力を発動して弾き返した。
巨体による突進の威力をもろに牙で受けたクモは、
興奮した様子で再び高く飛んだ。今度は俺を踏み潰す気だ。

「ふう、嫌な汗かいちまった」

ボディープレスを決行した瞬間、俺の勝ちは決まった。
落ちてきたところを弾いて
地面に叩きつけてやればいいだけだからだ。
予想通りクモは俺の真上に落ちてきた。
それを掌で受け、前方の地面に反射させた。
それでも絶命はしなかったようだが、
脚はもう使い物にならないようだ。

「まさか苦戦するとは思わなかった。お前みたいな個体もいるんだな、勉強になった。ありがとうな」

少しばかり成長させてくれたことへの感謝を述べ、
頭を斬ってとどめを刺した。

「ふう。さて、あっちはどうなったかな」

サル型と戦っている皆の様子が気になり、その方向を見る。
特に心配はなさそうだ。アイシャもいるし、まあ大丈夫だろう。
だが、そう油断した自分を殴ってやりたくなった。

「クモ⁈」

その方向にクモ型が見えた。アイシャたちが居る方向だ。
振り向くと、さっき殺したクモの死骸はそこにある。

「くそ、もう一匹か!完全に油断した‼」

焦った。
おそらくこの半年で一番の焦燥感だ。
このままじゃまずい。死傷者が出てしまう。
全力で走る。クモが口を開いているのが分かる。
その矛先はしりもちをついている騎士だ。
彼の周りに騎士は居ない。
クモに追われてあそこまで逃げたのだろうか・・・。
いや今はそんなことどうでもいい。
間に合え。
間に合え。
頼む。
焦りすぎた俺は、ついに足がもつれて地面に倒れた。

「・・・っ! ダメだ、もう・・・」

思わず目を閉じてしまった。
だが、何秒経っても悲鳴が聞こえない。
恐る恐る目を開くと、見えてきたのは死んだクモであった。

なにが起きたのか、俺には分からなかった。
立ち上がると、俺の方に走ってくる人影が一つ。
アイシャだった。
クモを見ることすら激しく拒絶していた彼女が、あの騎士の命を救ったのだ。
やがて俺のところまで来たアイシャが抱き着いてきた。
その眼には涙が浮かんでいる。

「ユウ・・・」
「おうアイシャ、ファインプレーだったぞ‼よくあのクモを・・・」
「ユウに頼まれたから、頑張ったよ。でも気持ち悪かった・・・」
「そっか。ありがとうな、アイシャ」
「・・・うん」

それ以上言葉が出ない様子のアイシャをそっと抱きしめ、
頭を撫でた。
普段は強がりな性格のアイシャ。
だけどそれは、クモを前にすると崩れ去り、本気で怖がる。
そうなった理由を俺は知っている。
昔のことだが。
だから俺は、克服を要求しない。
良いんだ、これで。

元の位置に戻った俺たちはサルの殲滅を済ませた。
素晴らしいことに、負傷者はいても、誰一人死者はいないそうだ。
これだけの規模の作戦で死者ゼロは本当に奇跡と言っていいのだろうが、俺にはどうしてか、こう……都合が良すぎる気がした。
ここは紛れもなく魔物の領地だった場所だ。それにしては軍勢が少なすぎるし、この程度なら激戦区と呼ばれるまでもないからだ。
しかし、今はそんなことを考えている場合じゃない。
とにかく作戦の遂行と、お姉ちゃん命令の遵守だ。

そこから更に進軍した。
現れた敵はサルやオオカミばかりで、クモは姿を見せなかった。
クモ戦から二時間ほど進んだところで、左右から回り込むように進んでいた二班、三班と合流した。各班の司令官が打ち合わせを開始した。
俺たちはリーフさんやお姉ちゃんと合流し、各班の状況を報告した。

「三班は負傷者ありだが死傷者は無しだ」
「二班もよ。こっちは魔物ととの遭遇がほとんどなかったわね」
「一班も死傷者は居ません。が、魔物との戦闘は多かったですね。サル型の群れ、オオカミ型の群れ、それとクモ型二匹。内一匹は特殊固体で、サルの群れを引き連れていました。戦闘能力も他のクモ型とは桁違いでした」
「クモ型の特殊固体ね・・・。後で詳しく教えてくれる?報告書のネタになりそうだから」
「わかりました」

と、ちょうどいいタイミングで司令官の打ち合わせが終わったらしい。
朝会った最高司令官が拡声装置を手にし、全体への連絡を開始した。

「各位、ここまでよく戦ってくれた。作戦は成功し、魔物に占領されていた領土を一部奪還できた。本当にご苦労であった。本作戦での進軍はここまでとし、簡易的なバリケードと即席の結界を張る。」

結界は、魔物の侵入を防ぐ役割を持つ。
完全に通さないわけではないが、
攻めてくる魔物の数を減らせるだけでも十分すぎる効果だ。

「また、作戦の成功を讃え、参加者全員に交代で三日間の休暇を付与する。」

どの連絡よりも大きな歓声が上がった。まあ当然だろう。
その後も細かい指示を受け、バリケードを設置、
最後に結界を張って解散となった。
俺たち魔特班は昼到着した場所に再集合した。
これ以上やることは無いとのことなので、一歩先に帰還することにした。
馬車が走り出すと、一気に気が抜けて疲れがどっと出た。
今日は単純に敵が多かった。

防具を外し、伸びをする。
隣に座ったアイシャが俺の肩に寄りかかって居眠りを始めた。
寝かせておいてやろう。
アイシャは今日、自分のトラウマと戦ったのだ。
それだけではない。
アイシャの戦い方は確かにスピードに優れ、効率も抜群に良い。
だがあくまで短期戦向きだ。
今回のような連戦では体力的にキツイ。
それでも最後まで戦い抜いたアイシャに、ひそかに敬意を表した。

屋敷に着いた俺たちは、積み荷を降ろし、順番に風呂を済ませた。
食事も配給のものを適当に食べ、いつでも寝られるように。
俺は、お姉ちゃんの報告書作成を手伝った。
あのクモ、特殊な個体について、記憶の限りを話した。
それも三十分ほどで終わり、もう休もうと自室へ。
大あくびをしながら扉を開けると、先客がいた。
自分の部屋なのに。

「お邪魔してまーす」
「まあそうだろうと思ったよ」

枕元の照明を付け、部屋は消灯。
布団に入り、羽毛の感触に全身が包まれる。アイシャも布団に入ってきた。
あ、もう忍び込むとかでもないんですね。まあいいか。
王から命令がある場合は、余程の緊急事態でない限り朝九時過ぎに伝令が来る。
それまでに起きれば大丈夫だ。依頼の手紙も入ってなかったし、少し早いが今日はもう寝よう。
枕元も消灯した。

「おやすみ、ユウ」
「ああ、おやすみ」

瞼を閉じると、すぐに睡魔に襲われた。今日はよく眠れそうだ。

 ・・・と、これが、俺が新しく手に入れた日常だ。
今日はちょっと特殊だったかもしれないが。
疲れる日がほとんどだが、それでも充実していた。

しかし、あの頃のことを忘れたわけじゃない。
十年近く経過した今も、出来ることなら
あの日々を取り戻したいと思う。
それと同時に、失ったものは取り戻せない
という事も理解している。
そんな自己矛盾を抱えていた。
だから俺は、その時その時で自分が出来る
精一杯のことをやっているつもりだ。

いつか、あの誓いを果たす日が来ると信じて。
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