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第一章
【三話】貪食と喜悦。(1)
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翌日。俺はおそらくこの世で一番不快な音、
具体的には目覚まし時計の音によって覚醒。
強い憎しみを込めてアラームを止める。
その音でアイシャも目を覚ましたようだ。
昨日の疲れが残っている気がする。
「おはよう」
「・・・ん。おっはー」
アイシャはまだ眠たそうだ。
時刻は八時半。伝令が来るなら三十分後だ。
俺たちは着替えて一階に降りた。
顔を洗い、お茶を淹れる。
リビングには誰の姿もなかったが、
風呂場の方からシャワーの音が聞こえる。
たぶん朝風呂好きのお姉ちゃんだろう。
と、早朝からの仕事がない時の魔特班はこんな感じだ。
アイシャとお茶を飲みながらくつろいでいると、
呼び鈴が鳴った。いつもより若干早めだ。
「伝令かな?俺が出てくるよ」
「ん。」
小走りで玄関まで行き、ドアを開けると
やはり伝令だった。
「おはようございます」
「王令である」
「はい」
その人は、きれいな鎧を身に着けている。
装飾が豪華で、きっと戦闘用ではない。
「これを」
一枚の、これまた綺麗な封筒を手渡された。
「どうも」
「本日午前十一時に王城へ。その封筒には入城手形が封入されている。」
「え、王城・・・ですか?」
今まで王からの命令と言えば
指定場所行って魔物と戦え、というのが定番だった。
王城に来いと言われたことは今まで一度も無い。
「そうだ。内容は以上だ。質疑は?」
「・・・いえ、大丈夫です」
「では、ご武運を。」
伝令の人は敬礼をし、足早に馬車に乗って去った。
俺も振り返り、玄関のドアノブに手をかけた。
その時だった。
「・・・?」
咄嗟に周囲を見渡す。
なにか、得体のしれない気配を感じた気がした。
人のような魔物のような・・・。
結界があるとはいえ、魔物が絶対に居住区に
入り込んでこないという保証はない。
だが俺の眼には、走り去る馬車と
一匹の黒猫しか映らなかった。
まあ、昨日の疲れが残っていて感覚がおかしくなっていたんだろう。
今はとにかく、今聞いたことをみんなに伝えなければ。
リビングに戻ると、なぜかバスタオル一枚だけのお姉ちゃんが居た。
「伝令です」
まあ、もう見慣れた光景だから何とも思わないのだが。
「なんて?」
「今日の午前十一時、王城へ行くように、ですって。ここに入城手形が入ってるそうです。」
伝令の人からもらった封筒をお姉ちゃんに渡す。
「王城に、ね・・・。」
アイシャもキョトンとしている。
お姉ちゃんの表情から、先輩二人にとっても
珍しい事なんだと察した。
「分かったわ、ありがとう。じゃあ着替えてリーフを呼んでくるから。二人ともリビングに居てね」
「「了解」」
お姉ちゃんは封筒を机に放る。
・・・入城手形ですよ、それ。
「あ、それと」
階段に向かいかけたお姉ちゃんは、
何かを言おうと踵を軸に急転回。
「私のコーヒー淹れ・・・あ」
「あっ」
「お姉ちゃん・・・」
普段通りに動いたからか、
お姉ちゃんの身体に巻かれていたタオルが床へ。
「もう、ユウのえっち」
「え、なぜ俺・・・」
「・・・」
俺は少し遅れて視線をそらした。
その一方で、アイシャはまじまじとそれを見つめている。というかなぜ風呂に入る前に着替えを用意しておかないのか、これが分からない。
お姉ちゃんはタオルを拾い上げ、何事もなかったかのように続けた。
「コーヒー、よろしくね♡」
「はーい」
そう言い残し、お姉ちゃんは二階へ。
「ふぅ、焦った」
「・・・おっきい・・・」
「え?」
「お姉ちゃんの胸。見たでしょ?」
まったくこの娘は・・・。
「見てない・・・そう、見えただけ」
「自信、あったんだけど」
自分の胸を両手で触りながら言う。
そう言えば「自信あり」って言ってたな。
アイシャは結構あると思うけど確かに、お姉ちゃんの方が・・・
って、大きさ比較できるほど見てんじゃねえか俺は。
悔しそうに胸を見る彼女をよそに、
俺は頼まれたコーヒーを淹れる。
数分後、服を着たお姉ちゃんと
リーフさんがリビングに降りてきた。
リーフさんと挨拶を交わし、配置についた。
班でのミーティングはいつもこの配置だ。
真ん中の二人掛けソファーに俺とアイシャ
右側の一人掛けにリーフさん、
机を挟んで向こう側にお姉ちゃんだ。
「はい、今日の伝令よ。ユウ、改めてお願い」
「はい。今日の午前十一時に王城へ。以上です」
「・・・それだけか?」
「はい」
リーフさんも困惑気味だ。
「十時ごろに馬車で出るわよ。各自装備の点検をしておくこと。一応、ね。」
史上最短ミーティング。世界記録を狙えそうだ。
了解の返事をし、準備にかかる。
昨日ド派手に転んだせいで防具に泥がついていた。
これを雑巾でふき取り、次は剣を見る。
魔物の血が付く剣のメンテナンスは重要だ。
血が付いたままだとそこから錆びて、
ある時突然折れることがあるからだ。
大まかな汚れは昨日の帰りに落としたが
ここでもよく確認する。
よし、汚れも刃こぼれも無さそうだ。
確認が終わったら、先に馬車の荷台に装備を積んでおく。リーフさんとお姉ちゃんのが既に積まれていた。
俺の装備を積み終えて屋敷に入ろうとすると、
アイシャが同じく装備を運んでいるのにすれ違った。
「代わりに運ぼうか?」
「いいの?」
「おう」
アイシャから受け取り、これも荷台に積んだ。大柄なリーフさんは軽々と運ぶが、結構重いんだ、これが。
「ありがと♡」
お礼の言葉とともに、俺の頭を撫でてきた。
「犬か俺は」
「昨日、後で撫でるって言ったきり忘れてたから。はい、お手」
どうやら犬らしい。
「あ、ごめんね」
「ん?」
「お手じゃなくて、チンチンの方がよかったね。反省反省。」
「お、おう・・・」
リビングに戻ると、さっき使ったマグカップは片付けられていた。お姉ちゃんに感謝。出発まで十五分。
混む前にトイレを済ませた。
出発の時刻。
王城までは馬車で三十分ほどだろうか。
今回は魔特班で所有している馬を使う。
馭者はリーフさんが務めることに。
「……」
馬車での移動中、
なにかを深く思案している様子のお姉ちゃん。
「どうしたんです?」
「珍しいですね、お姉ちゃんが考え込むなんて」
「アイシャは私を何だと思ってるのよ……。」
巨乳変態上官。
「巨乳変態上官?」
おい、なぜ声に出した幼馴染。
「なら良いんだけどね。伝令で王城に呼ばれるなんて初めてだから、色々と考えてたのよ。」
「あ、やっぱり珍しいケースなんですか?」
「そうなの。あなた達が配属になった時みたいな正式なイベントなら、書面で連絡を入れるはずよね。それに仕事の内容も全く分からないし。」
「まあ行けば分かりますよ」
「そうなんだけど……。意外と楽観的なのね、アイシャって」
「でも確かに、分かりようがないですね今回は」
「そうね……。はーい、もう考えるのお終い。雑談が一番!至高よね!はい、ユウ」
「え・・・雑談・・・あの・・・」
雑談って、しろと言われると難しいのな。
「あ、そうそう。俺らの使ったマグカップ片付けてくれたのお姉ちゃんですよね?ありがとうございます。」
咄嗟に思い付いた話題は、さっきのお礼だ。
うん、言えてよかった。
だけど、その返事は予想もしないものだった。
「マグカップ?私じゃないわよ?ていうか、自分で使った分すら置き忘れてたわ」
「え?」
え、ちょ・・・。なに?
「ねえリーフ。」
お姉ちゃんは座席車の窓を開け、
馭者をしているリーフさんに問うた。
「マグカップ片付けてくれたのってアンタ?」
「マグカップ?いや、知らんが」
「本当に?」
「ああ。そんな嘘ついたって何にもならんだろ」
「そうよね……。ユウの記憶違いじゃなくて?」
「いいえ、確かに馬車に装備を積んで帰ったらマグカップはもう・・・。」
「・・・そう。アイシャは?」
心当たりはあるかという意味を込めて、アイシャの方へ顔を向けるお姉ちゃん。だがアイシャにも思い当たる節は無いようで、首を横に振った。
「え、やめてよ・・・」
「もう怪談の時期じゃ・・・あっ」
怪談……。
自分でそう言って、俺はある事に気付き
アイシャに視線を向ける。彼女は俺の視線に気づき、
同じくこっちを見て、再び首を横に振る。やはりそうか。マグカップ事件の真相は大体わかった。
しかし、結構ビビっているお姉ちゃんにこれを話すと失神するかもしれないので黙っておく。
アイシャもそれを分かって知らないふりをしたのだろう。なんなら俺も内心はビビっている。
「王城前に到着だ。」
馬車を王城の所定の場所に止め、降車した。
入城手形をもって城の入口へ。
「魔特班班長、ルナであります。」
門番の騎士に声をかけた。
毎度毎度、お姉ちゃんの切り替えの早さには脱帽だ。
「入城手形を。」
今朝受け取った封筒の中身を渡した。
騎士はその紙を一通り流し見る。
「確認できました。」
手形に判を押し、お姉ちゃんに返却。
「これを窓口に出してください。」
「了解。」
王城。
来るのは三回目だろうか。
騎士校の入学式、卒業兼魔特班配属式、そして今回。
独特の雰囲気があり、自然と背筋が伸びる。
ストロングホールドのはずれにある教会のそれとは
また一味違った圧を感じる。
扉を押すと、低い唸り声を上げながら開いた。
言われた窓口は正面にある。
「これを」
窓口の女性騎士に、先ほどの手形を渡す。
「確認します。」
何やら紙をぺらぺらとめくっている。
予約の確認みたいなものだろうか。
「確認完了しました。入って右の応接間でお待ちください。」
案内された部屋は、想像を遥かに超えて凄かった。
何というか・・・そう、凄かった。
騎士であれば必ず二回はここの式典場に来る。
その豪華絢爛さに二度驚いた経験がある。
だが今回は応接間。いくら王城とは言え応接間までは・・・。
とか思っていた俺は今、助走をつけてぶん殴られたような気持ちだ。壁に飾られている絵画も、装飾用の鎧も。
家具一つさえ感動を呼ぶ。
だけどこの部屋・・・落ち着かないな・・・。
「落ち着かない部屋・・・。」
こらアイシャ、どうして君はいつも声に出すの。
「こちらにお掛けになってお待ちください。」
案内してくれた人に軽く「どうも」と言い、言われた通り椅子に座る。これが椅子・・・?
座り心地の境地を見た気がする。
あれ、俺は今まで何に座ってたんだろう。
切り株?
とまあ感想はここまでにして。指定時間は十一時。
あと二十分くらいある。
他の班員を見ると、お姉ちゃんは落ち着かない様子でキョロキョロしている。一方でリーフさんは、お姉ちゃんとは対照的だ。アイシャは・・・。指で攻撃して和が五になったら負けのアレを一人でやっている。
「・・・・・・」
それ楽しいか?と思いながら勝敗を見届ける。
先行の右が勝った。そりゃそうだ。
俺が見ていたことに気付いたアイシャは
勝負を挑んできた。・・・・・・負けんぞ。
・・・一勝四敗。
惨敗を悔しんでいると、入口の戸が開いた。
四人とも反射的に立ち上がって頭を下げる。
その先にいる恰幅のいい人が現在の王だ。
「良いぞ、皆座りたまえ」
頭を上げると、王の横にもう一人いるのが見えた。
王ほどではないにしろ、豪華な衣服を身に着けている。
机を挟んで対面にその二人が座った。
「理由も告げずに呼びつけてすまない」
王の口から申し訳程度の謝罪。
これにお姉ちゃんが返答。
「いえ。」
「早速だが、今日来てもらったのはこの者から極秘依頼があるからなのだ」
王と一緒に入ってきた男性を指して言った。
極秘任務か・・・伝令の人も内容を知らされていないのかもしれないな。
「極秘、ですか?」
「うむ。詳細は君から説明したまえ。」
「はい。」
男性が語り始めた。
「私はヴァルム地方の土地を持つモルケライという者だ。当地域の村人と共に食肉生産をしている。」
ああ、聞いたことのある名前だ。
そのヴァルム地方でかなり味の良い牛や羊なんかを育てているっていう富豪だな。
アイシャの好きな羊肉の店で出されているのもヴァルム産だ。
「だが最近・・・一週間くらいか。突如として家畜の数が減って来ているんだ。何が起きているかはさっぱり分からない。このままでは肉の供給に影響が出かねない。そこで、君たちに原因を探ってほしい。」
「家畜の数が・・・。なるほど。しかし・・・」
お姉ちゃんの言いたいことは俺にも分かる。
そう言った事案の調査は普通、憲兵が行う。
俺たちに周ってくるような任務ではないはずだ。
しかも極秘でなんて・・・。
「ああ、本来君たちに頼むようなことじゃないことは承知してる。私も一度憲兵に依頼し、調査班を出してもらったのだ。」
「それでも原因が分からなかった、と?」
「それだけじゃない。」
モルケライさんの表情が強張ったよう見える。
何が起きたんだろう。
「その調査班に所属していた騎士が皆、行方が知れないのだ」
そうか、それで俺たちまでまわってきたのか。
「それは・・・」
「分からない。誰かが殺したのか、強大な魔物がいたのか」
「家畜数が減っている事件との関連も不明・・・ですよね」
「ああ。」
「家畜たちの遺体などは?」
「無い。まるで最初から居なかったかのように、きれいさっぱりだ。」
「そうですか・・・」
他に情報は、と訊いたが、
既に話したこと以外は何もかも不明だという。
普通に考えれば山賊か何かが家畜を奪っているのかもしれない。しかし、調査班の騎士までもが行方不明となると話は変わってくる。
「分かりました。我々はこれよりヴァルム地方へ向かい、調査を行います。」
「恩に着る。一度集落に立ち寄ってくれ。そこまでは私の馬車が先導する。」
「了解しました。」
四人が立ち上がると、王が口を開いた。
「本件は人類の食料問題に直結する。心してかかるのだ。では、諸君の健闘を祈る。」
モルケライさんを含めて五人で外へ。
彼の馬車は違うところに停めてあるらしく、少し待つことに。
「なんだか先が見えねえな、今回は」
「ええ。困ったわね」
「今までに調査任務って無かったんですか?」
「無かったわね。調査の結果、討伐任務になってまわって来る事は多々あったけれど」
「調査自体をやらされるのは初めてだな」
いつも通りの日常に、ふと影が落ちた。
なんだか落ち着かない気分だ。
まるで、黒い霧のあの晩のようだ。
その後、ヴァルム地方の集落に向かって
馬車で一時間半くらい走った。
その間、心の中の負の気分を紛らわそうとアイシャにさっきのリベンジマッチを挑んだ。
再び惨敗して別の負の感情が芽生えそうになったが、
そこは何とか堪えた。
馬車を下りると、集落と呼ぶにはあまりにも栄えた街があった。人々が盛んに行き来する往来に、兵舎や俺たちの屋敷なんかより遥かに綺麗な建物。
幸福そうに見えるが、住民の顔はどこか陰っているように見えた。まあ当然か。原因不明の厄災に遭えばそうもなろう。
「ここだ」
モルケライさんに案内された建物からは、凄くいい匂いがしている。
「食事は済んでいるか?」
そういえば朝も昼もまだだった。
「いえ、実は何も・・・」
「そうか。ならここで済ませると良い。お代は私が出しておくから、好きに食べたまえよ」
何回か社交辞令を交え、お言葉に甘えることに。
腹が減っては戦は出来ぬ。
中に入ると、匂いがさらに強烈に食欲をそそる。
見た目から察するに、バイキング方式だ。
好きに食えと言われた俺たちは、日ごろ大して美味しいものを食べていない鬱憤を晴らすかのように頂いた。
ヴァルム地方で振舞われる食べ物と言えば、やはり牛や羊。戦闘か?と錯覚するほどのスピードで羊肉を自分の皿に盛り付ける女の子が居た。
アイシャっていうんですけど。
だけどまあ、確かに絶品だった。
程よく食事を済ませ、調査に向かう。
美味しくてアホほど食べそうになったが、そこは自制心で我慢。動けなくなっちゃたまんないから。
いつだって食べるのは「程よく」が一番いい。
店を出て、いったんモルケライさんと別れた。
集落の入口で立ち止まり、お姉ちゃんが口を開いた。
「うーん、今日はどうしましょう」
普段、不特定多数の魔物を広い場所で捜索して撃破する場合、作戦は決まって一つだ。
「今回ばっかりは遊撃ってわけにはいかないわよね」
遊撃。予め目標を定めず、状況に合わせた作戦行動。すなわち臨機応変。全員散開し、発見した魔物を倒す。そういうやり方がこの班では主流だ。しかし今回は勝手が違う。
「ああ。何が起きてるのかも、何が居るのかも分かんねえしな」
「そうよね。じゃあ各位、一緒に探索ね」
「「「了解」」」
・・・と、周辺の捜査を開始したはいいものの。
「あくびが出るくらい何もないわね」
進捗はゼロ。その間目に映ったのは、広大な土地の景色と草を食べる牛たちのみ。
「本当に何か起きてるんですかね、これ」
「私もう・・・寝そう・・・。」
「でも調査班が行方不明になってるわけだし、何かあるはずなのよね」
「行方不明な・・・こんなことを言うのはアレだが、どっかで死んでるんじゃねえか?」
「う~ん、そう考えるのが妥当よね」
死んでる、か。
確かにそう考えるのが正しいかもしれない。
だが調査班の騎士は優秀な人物ばかり。
例え接触危惧種に遭遇したとしても、一人たりとも逃げ帰れない事なんかあるだろうか・・・。
と、そんなことを考えながらふとアイシャを見る。
「・・・・・・」
何かを考えている様子だ。
さっきまで眠そうだったのに。
「アイシャ?」
「ん?」
「どうした?珍しく考え込んで」
「珍しくはないでしょ・・・?」
すみません。
「何かあんのか?」
俺たちの会話が聞こえていたリーフさんがアイシャに問うた。
「はい。もし、リーフさんの言う通り調査班が亡くなっているなら」
ああ、そうか。
「私の能力が使えるかと」
「ひっ」
アイシャの口から能力という言葉が出ると、
お姉ちゃんが一瞬震えた。弱点見つけちゃったな・・・。そういえばマグカップの話してる時もビビってたっけ。
「そうか、霊か」
「はい」
アイシャの能力は霊魂に干渉すること。
霊の言葉を聞く、言葉を伝えるなどの意思疎通をはじめ、記憶を見る、使役化する、可視化するなど、多岐に渡る。
要するに今、調査班員の霊を探して話を聞くことが出来るんじゃないかという話だ。死んでいるなら、だが。
「やってみますね」
アイシャは胸の前で合掌し、目を閉じた。
すると、青白いオーラが彼女を包んだ。
目を開け、そのまま周囲を見渡す。
「どうだ?」
やがて、ある方向を指さした。
やはり、死んでいるようだ。
「あっちの方向にそれらしき霊がいます。見えるようにしますね」
じわじわと、アイシャの指さす方に人影が見えてくる。
今までに何度か見たことがある光景だが、相変わらずその・・・不気味だと思う。
「やっぱり亡くなってるみたいですね、少なくとも一人は。リーフさん、行けますか?」
「ああ。任せろ」
「じゃ、じゃあその・・・彼に話を聞いてきてよ」
「お姉ちゃんは行かないんですか?」
「わ、私は・・・ほらアレよ」
「行くぞ~」
リーフさんの無慈悲な言葉を聞き、
俺はアイシャと手をつないで、もう一方の手をリーフさんの肩へ。リーフさんはお姉ちゃんの腕を掴んで能力を発動させた。
彼の能力は瞬間移動。
十メートル以内の任意点または
視界内の目印がある点に一瞬にして移動できる。
彼に触れていれば他人も移動可能だ。
今回は、アイシャが可視化した霊を目印にして移動した。ビビるお姉ちゃんを無理やり連れて。
具体的には目覚まし時計の音によって覚醒。
強い憎しみを込めてアラームを止める。
その音でアイシャも目を覚ましたようだ。
昨日の疲れが残っている気がする。
「おはよう」
「・・・ん。おっはー」
アイシャはまだ眠たそうだ。
時刻は八時半。伝令が来るなら三十分後だ。
俺たちは着替えて一階に降りた。
顔を洗い、お茶を淹れる。
リビングには誰の姿もなかったが、
風呂場の方からシャワーの音が聞こえる。
たぶん朝風呂好きのお姉ちゃんだろう。
と、早朝からの仕事がない時の魔特班はこんな感じだ。
アイシャとお茶を飲みながらくつろいでいると、
呼び鈴が鳴った。いつもより若干早めだ。
「伝令かな?俺が出てくるよ」
「ん。」
小走りで玄関まで行き、ドアを開けると
やはり伝令だった。
「おはようございます」
「王令である」
「はい」
その人は、きれいな鎧を身に着けている。
装飾が豪華で、きっと戦闘用ではない。
「これを」
一枚の、これまた綺麗な封筒を手渡された。
「どうも」
「本日午前十一時に王城へ。その封筒には入城手形が封入されている。」
「え、王城・・・ですか?」
今まで王からの命令と言えば
指定場所行って魔物と戦え、というのが定番だった。
王城に来いと言われたことは今まで一度も無い。
「そうだ。内容は以上だ。質疑は?」
「・・・いえ、大丈夫です」
「では、ご武運を。」
伝令の人は敬礼をし、足早に馬車に乗って去った。
俺も振り返り、玄関のドアノブに手をかけた。
その時だった。
「・・・?」
咄嗟に周囲を見渡す。
なにか、得体のしれない気配を感じた気がした。
人のような魔物のような・・・。
結界があるとはいえ、魔物が絶対に居住区に
入り込んでこないという保証はない。
だが俺の眼には、走り去る馬車と
一匹の黒猫しか映らなかった。
まあ、昨日の疲れが残っていて感覚がおかしくなっていたんだろう。
今はとにかく、今聞いたことをみんなに伝えなければ。
リビングに戻ると、なぜかバスタオル一枚だけのお姉ちゃんが居た。
「伝令です」
まあ、もう見慣れた光景だから何とも思わないのだが。
「なんて?」
「今日の午前十一時、王城へ行くように、ですって。ここに入城手形が入ってるそうです。」
伝令の人からもらった封筒をお姉ちゃんに渡す。
「王城に、ね・・・。」
アイシャもキョトンとしている。
お姉ちゃんの表情から、先輩二人にとっても
珍しい事なんだと察した。
「分かったわ、ありがとう。じゃあ着替えてリーフを呼んでくるから。二人ともリビングに居てね」
「「了解」」
お姉ちゃんは封筒を机に放る。
・・・入城手形ですよ、それ。
「あ、それと」
階段に向かいかけたお姉ちゃんは、
何かを言おうと踵を軸に急転回。
「私のコーヒー淹れ・・・あ」
「あっ」
「お姉ちゃん・・・」
普段通りに動いたからか、
お姉ちゃんの身体に巻かれていたタオルが床へ。
「もう、ユウのえっち」
「え、なぜ俺・・・」
「・・・」
俺は少し遅れて視線をそらした。
その一方で、アイシャはまじまじとそれを見つめている。というかなぜ風呂に入る前に着替えを用意しておかないのか、これが分からない。
お姉ちゃんはタオルを拾い上げ、何事もなかったかのように続けた。
「コーヒー、よろしくね♡」
「はーい」
そう言い残し、お姉ちゃんは二階へ。
「ふぅ、焦った」
「・・・おっきい・・・」
「え?」
「お姉ちゃんの胸。見たでしょ?」
まったくこの娘は・・・。
「見てない・・・そう、見えただけ」
「自信、あったんだけど」
自分の胸を両手で触りながら言う。
そう言えば「自信あり」って言ってたな。
アイシャは結構あると思うけど確かに、お姉ちゃんの方が・・・
って、大きさ比較できるほど見てんじゃねえか俺は。
悔しそうに胸を見る彼女をよそに、
俺は頼まれたコーヒーを淹れる。
数分後、服を着たお姉ちゃんと
リーフさんがリビングに降りてきた。
リーフさんと挨拶を交わし、配置についた。
班でのミーティングはいつもこの配置だ。
真ん中の二人掛けソファーに俺とアイシャ
右側の一人掛けにリーフさん、
机を挟んで向こう側にお姉ちゃんだ。
「はい、今日の伝令よ。ユウ、改めてお願い」
「はい。今日の午前十一時に王城へ。以上です」
「・・・それだけか?」
「はい」
リーフさんも困惑気味だ。
「十時ごろに馬車で出るわよ。各自装備の点検をしておくこと。一応、ね。」
史上最短ミーティング。世界記録を狙えそうだ。
了解の返事をし、準備にかかる。
昨日ド派手に転んだせいで防具に泥がついていた。
これを雑巾でふき取り、次は剣を見る。
魔物の血が付く剣のメンテナンスは重要だ。
血が付いたままだとそこから錆びて、
ある時突然折れることがあるからだ。
大まかな汚れは昨日の帰りに落としたが
ここでもよく確認する。
よし、汚れも刃こぼれも無さそうだ。
確認が終わったら、先に馬車の荷台に装備を積んでおく。リーフさんとお姉ちゃんのが既に積まれていた。
俺の装備を積み終えて屋敷に入ろうとすると、
アイシャが同じく装備を運んでいるのにすれ違った。
「代わりに運ぼうか?」
「いいの?」
「おう」
アイシャから受け取り、これも荷台に積んだ。大柄なリーフさんは軽々と運ぶが、結構重いんだ、これが。
「ありがと♡」
お礼の言葉とともに、俺の頭を撫でてきた。
「犬か俺は」
「昨日、後で撫でるって言ったきり忘れてたから。はい、お手」
どうやら犬らしい。
「あ、ごめんね」
「ん?」
「お手じゃなくて、チンチンの方がよかったね。反省反省。」
「お、おう・・・」
リビングに戻ると、さっき使ったマグカップは片付けられていた。お姉ちゃんに感謝。出発まで十五分。
混む前にトイレを済ませた。
出発の時刻。
王城までは馬車で三十分ほどだろうか。
今回は魔特班で所有している馬を使う。
馭者はリーフさんが務めることに。
「……」
馬車での移動中、
なにかを深く思案している様子のお姉ちゃん。
「どうしたんです?」
「珍しいですね、お姉ちゃんが考え込むなんて」
「アイシャは私を何だと思ってるのよ……。」
巨乳変態上官。
「巨乳変態上官?」
おい、なぜ声に出した幼馴染。
「なら良いんだけどね。伝令で王城に呼ばれるなんて初めてだから、色々と考えてたのよ。」
「あ、やっぱり珍しいケースなんですか?」
「そうなの。あなた達が配属になった時みたいな正式なイベントなら、書面で連絡を入れるはずよね。それに仕事の内容も全く分からないし。」
「まあ行けば分かりますよ」
「そうなんだけど……。意外と楽観的なのね、アイシャって」
「でも確かに、分かりようがないですね今回は」
「そうね……。はーい、もう考えるのお終い。雑談が一番!至高よね!はい、ユウ」
「え・・・雑談・・・あの・・・」
雑談って、しろと言われると難しいのな。
「あ、そうそう。俺らの使ったマグカップ片付けてくれたのお姉ちゃんですよね?ありがとうございます。」
咄嗟に思い付いた話題は、さっきのお礼だ。
うん、言えてよかった。
だけど、その返事は予想もしないものだった。
「マグカップ?私じゃないわよ?ていうか、自分で使った分すら置き忘れてたわ」
「え?」
え、ちょ・・・。なに?
「ねえリーフ。」
お姉ちゃんは座席車の窓を開け、
馭者をしているリーフさんに問うた。
「マグカップ片付けてくれたのってアンタ?」
「マグカップ?いや、知らんが」
「本当に?」
「ああ。そんな嘘ついたって何にもならんだろ」
「そうよね……。ユウの記憶違いじゃなくて?」
「いいえ、確かに馬車に装備を積んで帰ったらマグカップはもう・・・。」
「・・・そう。アイシャは?」
心当たりはあるかという意味を込めて、アイシャの方へ顔を向けるお姉ちゃん。だがアイシャにも思い当たる節は無いようで、首を横に振った。
「え、やめてよ・・・」
「もう怪談の時期じゃ・・・あっ」
怪談……。
自分でそう言って、俺はある事に気付き
アイシャに視線を向ける。彼女は俺の視線に気づき、
同じくこっちを見て、再び首を横に振る。やはりそうか。マグカップ事件の真相は大体わかった。
しかし、結構ビビっているお姉ちゃんにこれを話すと失神するかもしれないので黙っておく。
アイシャもそれを分かって知らないふりをしたのだろう。なんなら俺も内心はビビっている。
「王城前に到着だ。」
馬車を王城の所定の場所に止め、降車した。
入城手形をもって城の入口へ。
「魔特班班長、ルナであります。」
門番の騎士に声をかけた。
毎度毎度、お姉ちゃんの切り替えの早さには脱帽だ。
「入城手形を。」
今朝受け取った封筒の中身を渡した。
騎士はその紙を一通り流し見る。
「確認できました。」
手形に判を押し、お姉ちゃんに返却。
「これを窓口に出してください。」
「了解。」
王城。
来るのは三回目だろうか。
騎士校の入学式、卒業兼魔特班配属式、そして今回。
独特の雰囲気があり、自然と背筋が伸びる。
ストロングホールドのはずれにある教会のそれとは
また一味違った圧を感じる。
扉を押すと、低い唸り声を上げながら開いた。
言われた窓口は正面にある。
「これを」
窓口の女性騎士に、先ほどの手形を渡す。
「確認します。」
何やら紙をぺらぺらとめくっている。
予約の確認みたいなものだろうか。
「確認完了しました。入って右の応接間でお待ちください。」
案内された部屋は、想像を遥かに超えて凄かった。
何というか・・・そう、凄かった。
騎士であれば必ず二回はここの式典場に来る。
その豪華絢爛さに二度驚いた経験がある。
だが今回は応接間。いくら王城とは言え応接間までは・・・。
とか思っていた俺は今、助走をつけてぶん殴られたような気持ちだ。壁に飾られている絵画も、装飾用の鎧も。
家具一つさえ感動を呼ぶ。
だけどこの部屋・・・落ち着かないな・・・。
「落ち着かない部屋・・・。」
こらアイシャ、どうして君はいつも声に出すの。
「こちらにお掛けになってお待ちください。」
案内してくれた人に軽く「どうも」と言い、言われた通り椅子に座る。これが椅子・・・?
座り心地の境地を見た気がする。
あれ、俺は今まで何に座ってたんだろう。
切り株?
とまあ感想はここまでにして。指定時間は十一時。
あと二十分くらいある。
他の班員を見ると、お姉ちゃんは落ち着かない様子でキョロキョロしている。一方でリーフさんは、お姉ちゃんとは対照的だ。アイシャは・・・。指で攻撃して和が五になったら負けのアレを一人でやっている。
「・・・・・・」
それ楽しいか?と思いながら勝敗を見届ける。
先行の右が勝った。そりゃそうだ。
俺が見ていたことに気付いたアイシャは
勝負を挑んできた。・・・・・・負けんぞ。
・・・一勝四敗。
惨敗を悔しんでいると、入口の戸が開いた。
四人とも反射的に立ち上がって頭を下げる。
その先にいる恰幅のいい人が現在の王だ。
「良いぞ、皆座りたまえ」
頭を上げると、王の横にもう一人いるのが見えた。
王ほどではないにしろ、豪華な衣服を身に着けている。
机を挟んで対面にその二人が座った。
「理由も告げずに呼びつけてすまない」
王の口から申し訳程度の謝罪。
これにお姉ちゃんが返答。
「いえ。」
「早速だが、今日来てもらったのはこの者から極秘依頼があるからなのだ」
王と一緒に入ってきた男性を指して言った。
極秘任務か・・・伝令の人も内容を知らされていないのかもしれないな。
「極秘、ですか?」
「うむ。詳細は君から説明したまえ。」
「はい。」
男性が語り始めた。
「私はヴァルム地方の土地を持つモルケライという者だ。当地域の村人と共に食肉生産をしている。」
ああ、聞いたことのある名前だ。
そのヴァルム地方でかなり味の良い牛や羊なんかを育てているっていう富豪だな。
アイシャの好きな羊肉の店で出されているのもヴァルム産だ。
「だが最近・・・一週間くらいか。突如として家畜の数が減って来ているんだ。何が起きているかはさっぱり分からない。このままでは肉の供給に影響が出かねない。そこで、君たちに原因を探ってほしい。」
「家畜の数が・・・。なるほど。しかし・・・」
お姉ちゃんの言いたいことは俺にも分かる。
そう言った事案の調査は普通、憲兵が行う。
俺たちに周ってくるような任務ではないはずだ。
しかも極秘でなんて・・・。
「ああ、本来君たちに頼むようなことじゃないことは承知してる。私も一度憲兵に依頼し、調査班を出してもらったのだ。」
「それでも原因が分からなかった、と?」
「それだけじゃない。」
モルケライさんの表情が強張ったよう見える。
何が起きたんだろう。
「その調査班に所属していた騎士が皆、行方が知れないのだ」
そうか、それで俺たちまでまわってきたのか。
「それは・・・」
「分からない。誰かが殺したのか、強大な魔物がいたのか」
「家畜数が減っている事件との関連も不明・・・ですよね」
「ああ。」
「家畜たちの遺体などは?」
「無い。まるで最初から居なかったかのように、きれいさっぱりだ。」
「そうですか・・・」
他に情報は、と訊いたが、
既に話したこと以外は何もかも不明だという。
普通に考えれば山賊か何かが家畜を奪っているのかもしれない。しかし、調査班の騎士までもが行方不明となると話は変わってくる。
「分かりました。我々はこれよりヴァルム地方へ向かい、調査を行います。」
「恩に着る。一度集落に立ち寄ってくれ。そこまでは私の馬車が先導する。」
「了解しました。」
四人が立ち上がると、王が口を開いた。
「本件は人類の食料問題に直結する。心してかかるのだ。では、諸君の健闘を祈る。」
モルケライさんを含めて五人で外へ。
彼の馬車は違うところに停めてあるらしく、少し待つことに。
「なんだか先が見えねえな、今回は」
「ええ。困ったわね」
「今までに調査任務って無かったんですか?」
「無かったわね。調査の結果、討伐任務になってまわって来る事は多々あったけれど」
「調査自体をやらされるのは初めてだな」
いつも通りの日常に、ふと影が落ちた。
なんだか落ち着かない気分だ。
まるで、黒い霧のあの晩のようだ。
その後、ヴァルム地方の集落に向かって
馬車で一時間半くらい走った。
その間、心の中の負の気分を紛らわそうとアイシャにさっきのリベンジマッチを挑んだ。
再び惨敗して別の負の感情が芽生えそうになったが、
そこは何とか堪えた。
馬車を下りると、集落と呼ぶにはあまりにも栄えた街があった。人々が盛んに行き来する往来に、兵舎や俺たちの屋敷なんかより遥かに綺麗な建物。
幸福そうに見えるが、住民の顔はどこか陰っているように見えた。まあ当然か。原因不明の厄災に遭えばそうもなろう。
「ここだ」
モルケライさんに案内された建物からは、凄くいい匂いがしている。
「食事は済んでいるか?」
そういえば朝も昼もまだだった。
「いえ、実は何も・・・」
「そうか。ならここで済ませると良い。お代は私が出しておくから、好きに食べたまえよ」
何回か社交辞令を交え、お言葉に甘えることに。
腹が減っては戦は出来ぬ。
中に入ると、匂いがさらに強烈に食欲をそそる。
見た目から察するに、バイキング方式だ。
好きに食えと言われた俺たちは、日ごろ大して美味しいものを食べていない鬱憤を晴らすかのように頂いた。
ヴァルム地方で振舞われる食べ物と言えば、やはり牛や羊。戦闘か?と錯覚するほどのスピードで羊肉を自分の皿に盛り付ける女の子が居た。
アイシャっていうんですけど。
だけどまあ、確かに絶品だった。
程よく食事を済ませ、調査に向かう。
美味しくてアホほど食べそうになったが、そこは自制心で我慢。動けなくなっちゃたまんないから。
いつだって食べるのは「程よく」が一番いい。
店を出て、いったんモルケライさんと別れた。
集落の入口で立ち止まり、お姉ちゃんが口を開いた。
「うーん、今日はどうしましょう」
普段、不特定多数の魔物を広い場所で捜索して撃破する場合、作戦は決まって一つだ。
「今回ばっかりは遊撃ってわけにはいかないわよね」
遊撃。予め目標を定めず、状況に合わせた作戦行動。すなわち臨機応変。全員散開し、発見した魔物を倒す。そういうやり方がこの班では主流だ。しかし今回は勝手が違う。
「ああ。何が起きてるのかも、何が居るのかも分かんねえしな」
「そうよね。じゃあ各位、一緒に探索ね」
「「「了解」」」
・・・と、周辺の捜査を開始したはいいものの。
「あくびが出るくらい何もないわね」
進捗はゼロ。その間目に映ったのは、広大な土地の景色と草を食べる牛たちのみ。
「本当に何か起きてるんですかね、これ」
「私もう・・・寝そう・・・。」
「でも調査班が行方不明になってるわけだし、何かあるはずなのよね」
「行方不明な・・・こんなことを言うのはアレだが、どっかで死んでるんじゃねえか?」
「う~ん、そう考えるのが妥当よね」
死んでる、か。
確かにそう考えるのが正しいかもしれない。
だが調査班の騎士は優秀な人物ばかり。
例え接触危惧種に遭遇したとしても、一人たりとも逃げ帰れない事なんかあるだろうか・・・。
と、そんなことを考えながらふとアイシャを見る。
「・・・・・・」
何かを考えている様子だ。
さっきまで眠そうだったのに。
「アイシャ?」
「ん?」
「どうした?珍しく考え込んで」
「珍しくはないでしょ・・・?」
すみません。
「何かあんのか?」
俺たちの会話が聞こえていたリーフさんがアイシャに問うた。
「はい。もし、リーフさんの言う通り調査班が亡くなっているなら」
ああ、そうか。
「私の能力が使えるかと」
「ひっ」
アイシャの口から能力という言葉が出ると、
お姉ちゃんが一瞬震えた。弱点見つけちゃったな・・・。そういえばマグカップの話してる時もビビってたっけ。
「そうか、霊か」
「はい」
アイシャの能力は霊魂に干渉すること。
霊の言葉を聞く、言葉を伝えるなどの意思疎通をはじめ、記憶を見る、使役化する、可視化するなど、多岐に渡る。
要するに今、調査班員の霊を探して話を聞くことが出来るんじゃないかという話だ。死んでいるなら、だが。
「やってみますね」
アイシャは胸の前で合掌し、目を閉じた。
すると、青白いオーラが彼女を包んだ。
目を開け、そのまま周囲を見渡す。
「どうだ?」
やがて、ある方向を指さした。
やはり、死んでいるようだ。
「あっちの方向にそれらしき霊がいます。見えるようにしますね」
じわじわと、アイシャの指さす方に人影が見えてくる。
今までに何度か見たことがある光景だが、相変わらずその・・・不気味だと思う。
「やっぱり亡くなってるみたいですね、少なくとも一人は。リーフさん、行けますか?」
「ああ。任せろ」
「じゃ、じゃあその・・・彼に話を聞いてきてよ」
「お姉ちゃんは行かないんですか?」
「わ、私は・・・ほらアレよ」
「行くぞ~」
リーフさんの無慈悲な言葉を聞き、
俺はアイシャと手をつないで、もう一方の手をリーフさんの肩へ。リーフさんはお姉ちゃんの腕を掴んで能力を発動させた。
彼の能力は瞬間移動。
十メートル以内の任意点または
視界内の目印がある点に一瞬にして移動できる。
彼に触れていれば他人も移動可能だ。
今回は、アイシャが可視化した霊を目印にして移動した。ビビるお姉ちゃんを無理やり連れて。
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