上 下
3 / 20

01 序章 犀利なる人形。

しおりを挟む
 生きている人間に魂が無いことは、死人に魂が無いことよりはるかに恐ろしい。
 ――チャールズ・ディケンズ。


 心なんて無ければよかったのに。これまでに何度そう思ったことだろうか。
 けれど心は、たしかに在る。願っても、祈っても、無くなりはしない。自分の名前が好きでないのも、心がそう在るからだし、他人に自分をエリーと呼ばせることにしているのも、心がそれを望むからだ。
 自動人形でありながら――機械でありながら、わたしには心が在る。だから自律できているらしい。完全自律型自動人形と言うのだそうだ。そんなエリーのことを、「犀利なる蒸気機巧人形」とか「ホムンクルス」などと呼ぶ者もいた。それから、酷いのは「失敗作Error」とか「不良品Bad product」などと呼んだ。
 普通の人間であれば心臓が鼓動しているはずの場所は、エリーの場合、歯車たちが回っている。ただし、ただの歯車ではない。神聖錬金術とも呼ばれる現代の錬金術の、粋を結集して蒸気力を封じ込めた、特別な歯車だ。この歯車で出来た心臓に、エリーの心がある。エリーを作ったお母様が「機巧炉心マシン・コア」と呼んだ、機械仕掛けの心臓だ。感情も思考も、エリーの場合はこの心臓で生まれる。
 色々な呼ばれ方をしたわたしだけれど、ある日のお母様は「不良娘Bad girl」と言った。
 きっと不良品と大差のない、その言葉に、わたしは傷付いた。だから、わたしはお母様が嫌いだ。――いや、嫌いは言い過ぎかもしれない。何故なら、好きだからだ。
 好きだけど、でも嫌い。複雑な感情は、わたしの心臓のよう。この機功炉心と比べたなら、複雑機構の代名詞のように言われたブレゲのトゥールビヨンなども、もはや目ではない。
 ぞっとするような緻密さでもって組み合わさった歯車たちは、カタカタと静かに音を立てている。これと併せて「チ、チ、チ」と時を刻むようなそれは、さながら心音だ。
 チッ、チッ、チッ、チッ、チッ……。
 胸に手を当てつつ収音機を――耳を澄ませば、よりハッキリと聞こえる。心音に似たそれは、ガンギ車の歯がアンクルの爪を打ち付けながらテンプを回す音。古典的でしかし精巧な、時計仕掛けの音。今はまだ問題なさそうだが、これが止まれば、エリーも止まる。
 停止は、死ではない。お母様からそう教わった。けれど、その事実だけで恐怖が拭えるわけでもない。少女の姿をした人形の心にも、恐怖はある。
 恐怖から生じるのは焦燥だ。
 あぁ、急がなければ……けど、あぁ、もう。どうしてこんな。わたしが、よりにもよってこんなことを……。
 カタカタカタカタ。
 心が乱れても、心臓の歯車は均一なリズムで回る。機巧は正常だ。けれど、エリーの場合、それだけではダメなのだ。
 深呼吸。胸を蒸気で満たして、もう一度、今度は両掌を胸に添える。
 チッ……チッ……チッ……。
 気付けば心音は、心なしか先程よりも遅くなっている。ゼンマイが切れてきていることを、仕組まれた複雑機構が知らせているのだ。この調子だと、三日と持たない。せいぜい半日、長くても一日が活動の限界だろう。
 すると、仕方がない。そう、仕方がないのよ。
「……お母様なんて、大嫌い」
 胸に手を添えたまま、エリーは祈るように呟く。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

同窓会にいこう

jaga
ミステリー
大学4年生、就職活動に勤しむ江上のもとへ小学生時代のクラスの同窓会の案内が届く 差出人はかつて小学生時代に過ごした九州の田舎で淡い恋心を抱いた「竹久瞳(たけひさ ひとみ)」からだった 胸を高鳴らせ10年ぶり訪れた田舎での同窓会の場で竹久瞳から衝撃の事実を聞かされる

無限の迷路

葉羽
ミステリー
豪華なパーティーが開催された大邸宅で、一人の招待客が密室の中で死亡して発見される。部屋は内側から完全に施錠されており、窓も塞がれている。調査を進める中、次々と現れる証拠品や証言が事件をますます複雑にしていく。

リモート刑事 笹本翔

雨垂 一滴
ミステリー
 『リモート刑事 笹本翔』は、過去のトラウマと戦う一人の刑事が、リモート捜査で事件を解決していく、刑事ドラマです。  主人公の笹本翔は、かつて警察組織の中でトップクラスの捜査官でしたが、ある事件で仲間を失い、自身も重傷を負ったことで、外出恐怖症(アゴラフォビア)に陥り、現場に出ることができなくなってしまいます。  それでも、彼の卓越した分析力と冷静な判断力は衰えず、リモートで捜査指示を出しながら、次々と難事件を解決していきます。  物語の鍵を握るのは、翔の若き相棒・竹内優斗。熱血漢で行動力に満ちた優斗と、過去の傷を抱えながらも冷静に捜査を指揮する翔。二人の対照的なキャラクターが織りなすバディストーリーです。  翔は果たして過去のトラウマを克服し、再び現場に立つことができるのか?  翔と優斗が数々の難事件に挑戦します!

旧校舎のフーディーニ

澤田慎梧
ミステリー
【「死体の写った写真」から始まる、人の死なないミステリー】 時は1993年。神奈川県立「比企谷(ひきがやつ)高校」一年生の藤本は、担任教師からクラス内で起こった盗難事件の解決を命じられてしまう。 困り果てた彼が頼ったのは、知る人ぞ知る「名探偵」である、奇術部の真白部長だった。 けれども、奇術部部室を訪ねてみると、そこには美少女の死体が転がっていて――。 奇術師にして名探偵、真白部長が学校の些細な謎や心霊現象を鮮やかに解決。 「タネも仕掛けもございます」 ★毎週月水金の12時くらいに更新予定 ※本作品は連作短編です。出来るだけ話数通りにお読みいただけると幸いです。 ※本作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件とは一切関係ありません。 ※本作品の主な舞台は1993年(平成五年)ですが、当時の知識が無くてもお楽しみいただけます。 ※本作品はカクヨム様にて連載していたものを加筆修正したものとなります。

雨の向こう側

サツキユキオ
ミステリー
山奥の保養所で行われるヨガの断食教室に参加した亀山佑月(かめやまゆづき)。他の参加者6人と共に独自ルールに支配された中での共同生活が始まるが────。

友よ、お前は何故死んだのか?

河内三比呂
ミステリー
「僕は、近いうちに死ぬかもしれない」 幼い頃からの悪友であり親友である久川洋壱(くがわよういち)から突如告げられた不穏な言葉に、私立探偵を営む進藤識(しんどうしき)は困惑し嫌な予感を覚えつつもつい流してしまう。 だが……しばらく経った頃、仕事終わりの識のもとへ連絡が入る。 それは洋壱の死の報せであった。 朝倉康平(あさくらこうへい)刑事から事情を訊かれた識はそこで洋壱の死が不可解である事、そして自分宛の手紙が発見された事を伝えられる。 悲しみの最中、朝倉から提案をされる。 ──それは、捜査協力の要請。 ただの民間人である自分に何ができるのか?悩みながらも承諾した識は、朝倉とともに洋壱の死の真相を探る事になる。 ──果たして、洋壱の死の真相とは一体……?

彼女の優しい理由

諏訪錦
ミステリー
藪坂七季(やぶさかななき)は、片思いしている幼馴染、枯井戸彩華(かれいどさやか)がいながら、クラスメイトの男子学生との罰ゲームで同学年の冴えない女子生徒、更級沙良(さらしなさら)に告白することになってしまう。 同時期、街では、惨殺魔と呼ばれるシリアルキラーによって、ペットが無惨に殺害される事件が発生していて、その事件に幼馴染の枯井戸彩華が関わっていることを主人公は知る。

処理中です...