上 下
23 / 31

23

しおりを挟む
 
 
 
 
「…体調はどう?」
 大学の東條の部屋に呼ばれた瑞稀はソファに座り、東條が入れてくれたコーヒーの香りを楽しんでいた。
 
「あんまりパッとしません。ヒートが不規則なのかもしれないって渚ちゃんも言ってて…。来るのがそもそも遅かったので」
 カップを持ったまま、香りを楽しめど中々口に運ぶ気に瑞稀はなれなかった。
 
 ここ何日かはホルモンバランスのせいか味覚が過敏だからだ。
 
 
「僕等の体は、本当に気まぐれだよね。 一体なぜかって僕もよく考えたものだよ」
 東條は穏やかな顔でコーヒーを啜った。
 
 その余裕さは、やはり、ヒートがもたらす恐怖から解放されているからだろうか。
 
 
「αを産むためですよね?Ωって、その為に存在してるっていうか」
 瑞稀がそう言うと、渚は少しだけ目を伏せて、コーヒーを机へ置いた。
 
「勿論、そう考える事も出来るね。あとは絶対の運命の人を確実に見つけれるってお墨付きもあるかな。現実離れしているようで、1番近くにそれがあるのがΩ…。ロマンチックな割に、生き方は過酷だけど…」
 
 そんな考え方が出来るんだ…と瑞稀は目を丸くする。
 
 東條も、言わないだけで、過去には様々な事があっただろう。
 
 
 
「僕もαが嫌いだった。居なくなって欲しいって思ってたよ。だけど、僕は1番Ωが嫌いだった。ヒートが来てから、毎日死ぬ事ばかり考えて、どう死のうか考えれば心が安らいだ。だけど、それでも勉強して抑制剤を作ろうとか…矛盾してるけど…生きたかったんだろうね。Ωに打ち勝つって希望を捨てられなかったんだよ。まぁ今も打ち勝ったかは分からないけど。思い返せば、いろんな人が居た。…αだって悪い人ばかりじゃなかったよ」
 東條はそう言って自らのうなじを摩る。
 
 
 生きたかった…その言葉に瑞稀は共感するものがあった。
 
 Ωを捨てれば、人間として生きていける
 
 そう確信があったのに…
 
 手術すると言いながら、将来の自分は今の自分の選択をどう思うか考えてしまうことがあった。
 感謝してるのか、後悔してるのか…
 
 
 
「…」
 正解を自分で導き出さなくてはならない。正解になるような人生を歩まなくては…きっと希望まで消えて無くなってしまう。
 
 瑞稀はコーヒーをほんの少し啜った。
 
 
 
 それと同時に、瑞稀のポケットに入れたスマホが震える。
 
 取り出した画面には、よく知る人物から一度会って話したい…そう記されたメッセージが映されていた。
 
 
 
 瑞稀は待ち合わせ場所をよく知っている。
 数ヶ月までは足繁く通ったものだ。
 
 もしかしたら…を期待して、少しでもそのもし、の確率を上げたくて…
 
 
「須藤、ごめん。待った?」
 ぼんやりと前を見ていた瑞稀の頭の上から、耳に付いて離れない声が降ってくる。きっと何処にいても、この声がしたら、その声の主を自分は探すのだろう…瑞稀はそんな風に思った。
 
「全然」
 瑞稀が軽く顔を左右に振り、隣に伊瀬が座る。
 
 
「「…この間」」
 2人の声が重なった。
 
 思いがけないことに驚いて、2人目を見開いて見つめ合う。
 
 ごめん…と伊瀬が呟くと、2人どちらとも無く笑みが漏れた。
 
 
「この間はありがとう。私が自分で対処しないといけないのに…」
 瑞稀がそう言うと、伊瀬が首を振る。
 
 もう伊瀬とこんな風に過ごす日は来ないと瑞稀は思っていた。
 
 穏やかで、ゆっくりで、暖かい…そんな空気感が懐かしくもあり、どこか居心地が悪い。
 
 自分が変わってしまったのを、瑞稀は嫌でも自覚した。
 
「…須藤、俺が嫌?」
 伊瀬は大きな体を小さくして、瑞稀にそう尋ねる。
 

「嫌とか…!そういう…」
 瑞稀は咄嗟に体を背もたれから離し、それを否定した。
 
「むしろ…私みたいな…私みたいな人間、伊瀬くんが気持ち悪いかなって。申し訳無いっていうか」
 纏まりの無い気持ちを瑞稀が溢すと、伊瀬は眉間に皺を寄せて、瑞稀をじっと見つめる。
 
「須藤が決めたんだ。何も、誰も悪く無い。気持ち悪いなんて、1ミリも思ってないよ」
 瑞稀は伊瀬の目が見れなかった。
 見れば同情を誘い、善意に付け込んで纏わりつこうと卑怯な自分が出て来そうになる。
 
 自分で決めた事だ。苦しむのも耐えるのも、1人でするしか無い。
 

「むしろ自分が嫌になる。…俺にもっと金があったら、とか。あいつみたいな凄い家に産まれて、とかだったら…須藤の事もっと手伝えたかもしれない。須藤がどうなっちゃうか、ずっと心配だった。あいつが良い奴なら…それで構わなかったけど。あいつは須藤より、Ωに興味がある感じだったから…」
 
 伊瀬の言葉が、瑞稀の脳内におかしな妄想を連れてくる。
 伊瀬がまるで…瑞稀を特別に思ってくれているような、そんなくだらない妄想が恥ずかしくなった。
 
 
 
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

身代わりの公爵家の花嫁は翌日から溺愛される。~初日を挽回し、溺愛させてくれ!~

湯川仁美
恋愛
姉の身代わりに公爵夫人になった。 「貴様と寝食を共にする気はない!俺に呼ばれるまでは、俺の前に姿を見せるな。声を聞かせるな」 夫と初対面の日、家族から男癖の悪い醜悪女と流され。 公爵である夫とから啖呵を切られたが。 翌日には誤解だと気づいた公爵は花嫁に好意を持ち、挽回活動を開始。 地獄の番人こと閻魔大王(善悪を判断する審判)と異名をもつ公爵は、影でプレゼントを贈り。話しかけるが、謝れない。 「愛しの妻。大切な妻。可愛い妻」とは言えない。 一度、言った言葉を撤回するのは難しい。 そして妻は普通の令嬢とは違い、媚びず、ビクビク怯えもせず普通に接してくれる。 徐々に距離を詰めていきましょう。 全力で真摯に接し、謝罪を行い、ラブラブに到着するコメディ。 第二章から口説きまくり。 第四章で完結です。 第五章に番外編を追加しました。

【doll】僕らの記念日に本命と浮気なんてしないでよ

月夜の晩に
BL
平凡な主人公には、不釣り合いなカッコいい彼氏がいた。 しかしある時、彼氏が過去に付き合えなかった地元の本命の身代わりとして、自分は選ばれただけだったと知る。 それでも良いと言い聞かせていたのに、本命の子が浪人を経て上京・彼氏を頼る様になって…

ご期待に沿えず、誠に申し訳ございません

野村にれ
恋愛
人としての限界に達していたヨルレアンは、 婚約者であるエルドール第二王子殿下に理不尽とも思える注意を受け、 話の流れから婚約を解消という話にまでなった。 ヨルレアンは自分の立場のために頑張っていたが、 絶対に婚約を解消しようと拳を上げる。

氷の貴婦人

恋愛
ソフィは幸せな結婚を目の前に控えていた。弾んでいた心を打ち砕かれたのは、結婚相手のアトレーと姉がベッドに居る姿を見た時だった。 呆然としたまま結婚式の日を迎え、その日から彼女の心は壊れていく。 感情が麻痺してしまい、すべてがかすみ越しの出来事に思える。そして、あんなに好きだったアトレーを見ると吐き気をもよおすようになった。 毒の強めなお話で、大人向けテイストです。

【完結】あわよくば好きになって欲しい(短編集)

野村にれ
恋愛
番(つがい)の物語。 ※短編集となります。時代背景や国が違うこともあります。 ※定期的に番(つがい)の話を書きたくなるのですが、 どうしても溺愛ハッピーエンドにはならないことが多いです。

私の容姿は中の下だと、婚約者が話していたのを小耳に挟んでしまいました

山田ランチ
恋愛
想い合う二人のすれ違いラブストーリー。 ※以前掲載しておりましたものを、加筆の為再投稿致しました。お読み下さっていた方は重複しますので、ご注意下さいませ。 コレット・ロシニョール 侯爵家令嬢。ジャンの双子の姉。 ジャン・ロシニョール 侯爵家嫡男。コレットの双子の弟。 トリスタン・デュボワ 公爵家嫡男。コレットの婚約者。 クレマン・ルゥセーブル・ジハァーウ、王太子。 シモン・ノアイユ 辺境伯家嫡男。コレットの従兄。 ルネ ロシニョール家の侍女でコレット付き。 シルヴィー・ペレス 子爵令嬢。 〈あらすじ〉  コレットは愛しの婚約者が自分の容姿について話しているのを聞いてしまう。このまま大好きな婚約者のそばにいれば疎まれてしまうと思ったコレットは、親類の領地へ向かう事に。そこで新しい商売を始めたコレットは、知らない間に国の重要人物になってしまう。そしてトリスタンにも女性の影が見え隠れして……。  ジレジレ、すれ違いラブストーリー

白紙にする約束だった婚約を破棄されました

あお
恋愛
幼い頃に王族の婚約者となり、人生を捧げされていたアマーリエは、白紙にすると約束されていた婚約が、婚姻予定の半年前になっても白紙にならないことに焦りを覚えていた。 その矢先、学園の卒業パーティで婚約者である第一王子から婚約破棄を宣言される。 破棄だの解消だの白紙だのは後の話し合いでどうにでもなる。まずは婚約がなくなることが先だと婚約破棄を了承したら、王子の浮気相手を虐めた罪で捕まりそうになるところを華麗に躱すアマーリエ。 恩を仇で返した第一王子には、自分の立場をよおく分かって貰わないといけないわね。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

処理中です...