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愛のスパルタ特訓

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「……もしも、本当に俺がその『碧』と魂で繋がっていたとして。お前は、どうするんだ?」
「ど、どうするって……そんなの」

 決まっている、と言いかけて、波音は言葉を詰まらせた。一体、何がしたいのか。感謝を伝えたいのか、それとも――好きだと告白したいのか。

(私、この人が碧兄ちゃんだったら、好きになるの……?)

 目の前の碧は、『碧兄ちゃん』そのものではない。この世界に生きていて、一人の曲芸師として、多くの人々を引っ張っていく団長として、夢を追いかけ続けている別人だ。

「分からなく、なってきました……」
「まあ、そうだろうな。正直、俺もよく分かってない」
「碧さんに対しては、その……恋愛感情とかないので」
「お前、はっきり言ったな? とりあえず、俺は波音のことも大和ってやつのことも覚えてないし、このことは頭の片隅に置いておく。お前には、明日からの綱渡りに集中してもらわないと」
「……それもそうですね」

 互いに苦い笑みを浮かべて、話は終わった――はずだが。碧は波音を抱き寄せている腕を、離そうとしない。

「あの、碧さん?」
「……やっぱり、なんかイライラする。もういないやつより、俺にしておけよ」
「えっ、何で……んっ……」

 唐突な口づけに、波音の言葉は封じられる。数日ぶりのキスは、一度目と二度目よりも、波音の心をくすぐった。抵抗することも忘れ、気持ちいいと思ってしまう。波音はゆっくりと、瞼を閉じた。

 唇どうしを擦り合わせ、ふにふにとしたその感触を確かめる。好きでもないのに、キスをするなど、以前の波音なら考えられなかった。いや、全く好きではないと言ったら、語弊がある。少なくとも、碧のことは嫌いではない。

(もしかして、惹かれてる……? 碧兄ちゃんみたいだから?)

 どくんと、一際大きく心臓が鳴った。先程よりも強く抱き寄せられ、波音は碧の胸に手をつく。髪の間に指を差し込まれ、耳と頬を親指で撫でられると、身体がぴくぴくと反応した。

「碧さっ……んっ」
「口、開けろ……」

 鼻で呼吸することを忘れ、波音が息継ぎをした間に、碧は口づけを深くした。戸惑いがちに、舌が入り込んでくる。やはり、碧は前よりも波音に対して優しくなった。触れ方に気遣いが溢れているから、分かるのだ。

 ひとしきり、キスを交わした後、どちらからともなく唇を離した。唾液の糸がぷつりと切れたかと思うと、碧の唇が濡れているのが見えて、波音は我に返る。

「あ……! またキスしちゃった……」
「なんだよ。別にいいだろ。お前が明日頑張れるようにっていう、俺からの激励だ」
「得意げに言わないでください……!」

 碧の機嫌はすっかりよくなった。早めに寝るようにと波音に言い残し、頭を撫でてから一階へと降りていく。

(なにこれ……。恋人同士みたい)

 薄手の毛布にくるまって、波音は足をじたばたさせた。胸がときめくのは、仕方が無い。恋愛経験がないのだから。決して、碧を好きだからではない。

(また、渚さんに言えないことができちゃったな……)

 高揚感と罪悪感。どちらも持て余しながら、日々の疲れからか、波音はいつの間にか深く眠り込んでいった。
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