上 下
45 / 65
愛のスパルタ特訓

しおりを挟む
*****



 それから五日間。波音は、朝は碧より先に起き出して朝食の準備と洗濯、掃除を済ませることを日課とした。曲芸団では、裏方業務から外れて練習に専念することになった。

 練習初日、波音のストレッチから、碧は指導に入ってくれている。両足を一直線に開いて、ぺたんと腰を下ろすと、碧は感心したように声を上げた。

「おお、体幹と柔軟性は悪くない。試しに、そこの平均台をつま先立ちで渡ってみろ」
「はい」

 他の団員たちの指導はいいのだろうか、と波音は思うのだが、碧の助言なしでは自身の上達が見込めない。一秒でも早く、少しでも多くのことを身につけていきたいと、波音は息を吐いて集中を高めた。

 かかとを平均台につけられないだけで、身体がぐらぐらと左右に揺れる。まだ綱にも挑戦していないというのに。碧も、波音の状態には少し険しい顔をした。

「お前……母親のお腹にバランス感覚だけ置いてきたか?」
「ど、努力します!」
「はあ……。時間が無い。やれるだけやるぞ」
「はい!」

 そうして、二日目と三日目は、床の上数十センチに張られた綱、四日目と五日目は本番同様の綱を渡る練習を繰り返した。どうにか成功率・約七十パーセントまでに成長したものの、ゆっくりとしか渡ることができず、そこに華麗さも感動も何もない。

(本当に、これでお客さんを満足させられるのかな……?)

 疑問は残るが、碧が決めたのだからと、波音は信じることに決めた。

 そして時間は過ぎ、五日目。バランス棒があった方が動きやすいだろうということで、明日の公演はそれを持たせてもらえることになった。紫は重心の不安定な傘を使用していたのだから、いかに彼女が素晴らしい技術を持っているのかが分かる。波音は心から彼女を尊敬した。

「おい! 集中!」
「は、はい!」
「何度も言ってるが、重心はへその下だ。足にかけるな。真っ直ぐ前を見ろ」
「はい!」

 考え事をしている暇はない。碧も、自分の練習時間や他への指導時間を削って教えてくれている。その方法はいかにもスパルタで、波音がくたばろうとも、何度も何度も繰り返し練習させた。褒められたことなど、一度もない。

 波音は集中し直し、碧のいる到着点だけを見つめて、綱を踏みしめる。下を向くと、その高さに身体が震えてしまうので、極力見ないようにした。今は成功率を上げることを考えなければならない。

 波音が無事にゴールへ辿り着くと、碧が手を差し伸べてきた。意外なことにドギマギしながらも、波音はその手を取った。

「予想以上に成長したな。明日から公演だ。二日間、どうにか乗り切れ」
「はい。ありがとう、ございます……」
「なんだ、その顔。幽霊でも見たのか?」
「……いえ。碧さんって、褒めることもあるんですね」
「俺を何だと思ってる? ん?」
「いひゃいっ!」

 顎と頬を強く掴まれ、仕返しされている。波音が碧の腕を叩いて降参を示すと、碧は顔をほころばせ、手を離した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】身を引いたつもりが逆効果でした

風見ゆうみ
恋愛
6年前に別れの言葉もなく、あたしの前から姿を消した彼と再会したのは、王子の婚約パレードの時だった。 一緒に遊んでいた頃には知らなかったけれど、彼は実は王子だったらしい。しかもあたしの親友と彼の弟も幼い頃に将来の約束をしていたようで・・・・・。 平民と王族ではつりあわない、そう思い、身を引こうとしたのだけど、なぜか逃してくれません! というか、婚約者にされそうです!

私は幼い頃に死んだと思われていた侯爵令嬢でした

さこの
恋愛
 幼い頃に誘拐されたマリアベル。保護してくれた男の人をお母さんと呼び、父でもあり兄でもあり家族として暮らしていた。  誘拐される以前の記憶は全くないが、ネックレスにマリアベルと名前が記されていた。  数年後にマリアベルの元に侯爵家の遣いがやってきて、自分は貴族の娘だと知る事になる。  お母さんと呼ぶ男の人と離れるのは嫌だが家に戻り家族と会う事になった。  片田舎で暮らしていたマリアベルは貴族の子女として学ぶ事になるが、不思議と読み書きは出来るし食事のマナーも悪くない。  お母さんと呼ばれていた男は何者だったのだろうか……? マリアベルは貴族社会に馴染めるのか……  っと言った感じのストーリーです。

行き遅れにされた女騎士団長はやんごとなきお方に愛される

めもぐあい
恋愛
「ババアは、早く辞めたらいいのにな。辞めれる要素がないから無理か? ギャハハ」  ーーおーい。しっかり本人に聞こえてますからねー。今度の遠征の時、覚えてろよ!!  テレーズ・リヴィエ、31歳。騎士団の第4師団長で、テイム担当の魔物の騎士。 『テレーズを陰日向になって守る会』なる組織を、他の師団長達が作っていたらしく、お陰で恋愛経験0。  新人訓練に潜入していた、王弟のマクシムに外堀を埋められ、いつの間にか女性騎士団の団長に祭り上げられ、マクシムとは公認の仲に。  アラサー女騎士が、いつの間にかやんごとなきお方に愛されている話。

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

【完結】聖女の手を取り婚約者が消えて二年。私は別の人の妻になっていた。

文月ゆうり
恋愛
レティシアナは姫だ。 父王に一番愛される姫。 ゆえに妬まれることが多く、それを憂いた父王により早くに婚約を結ぶことになった。 優しく、頼れる婚約者はレティシアナの英雄だ。 しかし、彼は居なくなった。 聖女と呼ばれる少女と一緒に、行方を眩ませたのだ。 そして、二年後。 レティシアナは、大国の王の妻となっていた。 ※主人公は、戦えるような存在ではありません。戦えて、強い主人公が好きな方には合わない可能性があります。 小説家になろうにも投稿しています。 エールありがとうございます!

セカンドラブ ー30歳目前に初めての彼が7年ぶりに現れてあの時よりちゃんと抱いてやるって⁉ 【完結】

remo
恋愛
橘 あおい、30歳目前。 干からびた生活が長すぎて、化石になりそう。このまま一生1人で生きていくのかな。 と思っていたら、 初めての相手に再会した。 柚木 紘弥。 忘れられない、初めての1度だけの彼。 【完結】ありがとうございました‼

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました

Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。 順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。 特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。 そんなアメリアに対し、オスカーは… とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。

処理中です...