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愛のスパルタ特訓
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それから五日間。波音は、朝は碧より先に起き出して朝食の準備と洗濯、掃除を済ませることを日課とした。曲芸団では、裏方業務から外れて練習に専念することになった。
練習初日、波音のストレッチから、碧は指導に入ってくれている。両足を一直線に開いて、ぺたんと腰を下ろすと、碧は感心したように声を上げた。
「おお、体幹と柔軟性は悪くない。試しに、そこの平均台をつま先立ちで渡ってみろ」
「はい」
他の団員たちの指導はいいのだろうか、と波音は思うのだが、碧の助言なしでは自身の上達が見込めない。一秒でも早く、少しでも多くのことを身につけていきたいと、波音は息を吐いて集中を高めた。
踵を平均台につけられないだけで、身体がぐらぐらと左右に揺れる。まだ綱にも挑戦していないというのに。碧も、波音の状態には少し険しい顔をした。
「お前……母親のお腹にバランス感覚だけ置いてきたか?」
「ど、努力します!」
「はあ……。時間が無い。やれるだけやるぞ」
「はい!」
そうして、二日目と三日目は、床の上数十センチに張られた綱、四日目と五日目は本番同様の綱を渡る練習を繰り返した。どうにか成功率・約七十パーセントまでに成長したものの、ゆっくりとしか渡ることができず、そこに華麗さも感動も何もない。
(本当に、これでお客さんを満足させられるのかな……?)
疑問は残るが、碧が決めたのだからと、波音は信じることに決めた。
そして時間は過ぎ、五日目。バランス棒があった方が動きやすいだろうということで、明日の公演はそれを持たせてもらえることになった。紫は重心の不安定な傘を使用していたのだから、いかに彼女が素晴らしい技術を持っているのかが分かる。波音は心から彼女を尊敬した。
「おい! 集中!」
「は、はい!」
「何度も言ってるが、重心は臍の下だ。足にかけるな。真っ直ぐ前を見ろ」
「はい!」
考え事をしている暇はない。碧も、自分の練習時間や他への指導時間を削って教えてくれている。その方法はいかにもスパルタで、波音がくたばろうとも、何度も何度も繰り返し練習させた。褒められたことなど、一度もない。
波音は集中し直し、碧のいる到着点だけを見つめて、綱を踏みしめる。下を向くと、その高さに身体が震えてしまうので、極力見ないようにした。今は成功率を上げることを考えなければならない。
波音が無事にゴールへ辿り着くと、碧が手を差し伸べてきた。意外なことにドギマギしながらも、波音はその手を取った。
「予想以上に成長したな。明日から公演だ。二日間、どうにか乗り切れ」
「はい。ありがとう、ございます……」
「なんだ、その顔。幽霊でも見たのか?」
「……いえ。碧さんって、褒めることもあるんですね」
「俺を何だと思ってる? ん?」
「いひゃいっ!」
顎と頬を強く掴まれ、仕返しされている。波音が碧の腕を叩いて降参を示すと、碧は顔を綻ばせ、手を離した。
それから五日間。波音は、朝は碧より先に起き出して朝食の準備と洗濯、掃除を済ませることを日課とした。曲芸団では、裏方業務から外れて練習に専念することになった。
練習初日、波音のストレッチから、碧は指導に入ってくれている。両足を一直線に開いて、ぺたんと腰を下ろすと、碧は感心したように声を上げた。
「おお、体幹と柔軟性は悪くない。試しに、そこの平均台をつま先立ちで渡ってみろ」
「はい」
他の団員たちの指導はいいのだろうか、と波音は思うのだが、碧の助言なしでは自身の上達が見込めない。一秒でも早く、少しでも多くのことを身につけていきたいと、波音は息を吐いて集中を高めた。
踵を平均台につけられないだけで、身体がぐらぐらと左右に揺れる。まだ綱にも挑戦していないというのに。碧も、波音の状態には少し険しい顔をした。
「お前……母親のお腹にバランス感覚だけ置いてきたか?」
「ど、努力します!」
「はあ……。時間が無い。やれるだけやるぞ」
「はい!」
そうして、二日目と三日目は、床の上数十センチに張られた綱、四日目と五日目は本番同様の綱を渡る練習を繰り返した。どうにか成功率・約七十パーセントまでに成長したものの、ゆっくりとしか渡ることができず、そこに華麗さも感動も何もない。
(本当に、これでお客さんを満足させられるのかな……?)
疑問は残るが、碧が決めたのだからと、波音は信じることに決めた。
そして時間は過ぎ、五日目。バランス棒があった方が動きやすいだろうということで、明日の公演はそれを持たせてもらえることになった。紫は重心の不安定な傘を使用していたのだから、いかに彼女が素晴らしい技術を持っているのかが分かる。波音は心から彼女を尊敬した。
「おい! 集中!」
「は、はい!」
「何度も言ってるが、重心は臍の下だ。足にかけるな。真っ直ぐ前を見ろ」
「はい!」
考え事をしている暇はない。碧も、自分の練習時間や他への指導時間を削って教えてくれている。その方法はいかにもスパルタで、波音がくたばろうとも、何度も何度も繰り返し練習させた。褒められたことなど、一度もない。
波音は集中し直し、碧のいる到着点だけを見つめて、綱を踏みしめる。下を向くと、その高さに身体が震えてしまうので、極力見ないようにした。今は成功率を上げることを考えなければならない。
波音が無事にゴールへ辿り着くと、碧が手を差し伸べてきた。意外なことにドギマギしながらも、波音はその手を取った。
「予想以上に成長したな。明日から公演だ。二日間、どうにか乗り切れ」
「はい。ありがとう、ございます……」
「なんだ、その顔。幽霊でも見たのか?」
「……いえ。碧さんって、褒めることもあるんですね」
「俺を何だと思ってる? ん?」
「いひゃいっ!」
顎と頬を強く掴まれ、仕返しされている。波音が碧の腕を叩いて降参を示すと、碧は顔を綻ばせ、手を離した。
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