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団員たち全員で、観客への払い戻し対応と謝罪を終えて、全ての客を見送った後。街の方の総合病院に出ていた渚が、戻ってきた。
紫の処置は無事に終わったそうだ。彼女の脳にも異常はなく、足首に全治一ヶ月の怪我をしただけで済んだとのことだった。
「今回は運がよかったわ。下にいたスタッフがクッションになって、衝撃を和らげてくれたから」
「そうでしたか。助かって、本当によかったです」
「うん……それはそうなんだけど。碧の方も、心配ね」
「……はい」
渚と同じく、波音もそれが気がかりだった。碧の率いてきた曲芸団が、かつてないピンチを迎えたこの局面で、どう切り抜けていくのか。
渚と共に裏口から施設内に戻り、稽古場へと向かうと、そこにほぼ全ての団員が集められていた。ミーティングを始めるようだ。
「渚! 紫はどうだった?」
腕組みをし、難しい顔をして座り込んでいた碧が、渚を見つけるなり立ち上がってそう聞いた。
「大丈夫よ。詳細はまた話すけど、検査の結果、命や後遺症に関わることは何もなかったわ。本人も、意識が戻ってすごく反省してた」
「……そうか。分かった、適切な対処をしてくれてありがとう。俺も後で見舞いに行く」
「うん。それがいいわ」
血の気が引いて真っ白になっていた碧の顔に、僅かだが赤みが差した。大切な団員に何かがあったらと思うと、気が気でなかったに違いない。碧は手を叩き、ミーティング開始の合図を出した。
「……まず、今日のことについてだが。改めて、団長である俺の危機管理がなってなかった。本番中に怪我をさせてしまう団員が出てしまったこと、本当に申し訳ない」
沈黙が広がる。誰も、何も言わない。いつも曲芸団のために必死な碧を見ていたら、責められるはずがないのだ。深く頭を下げる碧の姿に、波音の心もズキズキと痛む。
「今後、怪我の可能性がある演目の内容に関しては、適宜協議していくことにする。自分の腕に絶対の自信があっても、過信せず、安全な方をとるべきだ」
「団長。それは、命綱を使うこともある、ということですか?」
真っ先に手を挙げて質問をしたのは、滉だった。彼の担当である空中ブランコは、命綱があっては演技の妨げになるだろう。
「ああ。危険な技を出して観客をハラハラさせるよりも、別の方法で魅せられないか考えるんだ。怪我の危険性が少ない、新たな演目の導入についても検討していく」
「そんな……でも、来週の公演までにすぐ新たな演目なんて……!」
「分かってる。それは徐々にだ。まずは、来週までに紫の抜けた穴をどうにかしなければならない」
再び、辺りは静かになった。演者がいないとなると、他の団員で埋めるしかないように思える。滉のような空中曲芸師なら、すぐに適応できそうなものだが。波音がそう思っていると、碧の視線が波音へと向けられた。
「……波音」
「は、はいっ! なんでしょうか?」
「お前、バランス感覚に自信はあるか?」
「えっ? な、なんで……私?」
「団長……! 正気ですか!?」
碧が何を言おうとしているのか、波音には分かってしまった。それは滉も同じだったようで、即座に異議を申し立てている。
団員たち全員で、観客への払い戻し対応と謝罪を終えて、全ての客を見送った後。街の方の総合病院に出ていた渚が、戻ってきた。
紫の処置は無事に終わったそうだ。彼女の脳にも異常はなく、足首に全治一ヶ月の怪我をしただけで済んだとのことだった。
「今回は運がよかったわ。下にいたスタッフがクッションになって、衝撃を和らげてくれたから」
「そうでしたか。助かって、本当によかったです」
「うん……それはそうなんだけど。碧の方も、心配ね」
「……はい」
渚と同じく、波音もそれが気がかりだった。碧の率いてきた曲芸団が、かつてないピンチを迎えたこの局面で、どう切り抜けていくのか。
渚と共に裏口から施設内に戻り、稽古場へと向かうと、そこにほぼ全ての団員が集められていた。ミーティングを始めるようだ。
「渚! 紫はどうだった?」
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「大丈夫よ。詳細はまた話すけど、検査の結果、命や後遺症に関わることは何もなかったわ。本人も、意識が戻ってすごく反省してた」
「……そうか。分かった、適切な対処をしてくれてありがとう。俺も後で見舞いに行く」
「うん。それがいいわ」
血の気が引いて真っ白になっていた碧の顔に、僅かだが赤みが差した。大切な団員に何かがあったらと思うと、気が気でなかったに違いない。碧は手を叩き、ミーティング開始の合図を出した。
「……まず、今日のことについてだが。改めて、団長である俺の危機管理がなってなかった。本番中に怪我をさせてしまう団員が出てしまったこと、本当に申し訳ない」
沈黙が広がる。誰も、何も言わない。いつも曲芸団のために必死な碧を見ていたら、責められるはずがないのだ。深く頭を下げる碧の姿に、波音の心もズキズキと痛む。
「今後、怪我の可能性がある演目の内容に関しては、適宜協議していくことにする。自分の腕に絶対の自信があっても、過信せず、安全な方をとるべきだ」
「団長。それは、命綱を使うこともある、ということですか?」
真っ先に手を挙げて質問をしたのは、滉だった。彼の担当である空中ブランコは、命綱があっては演技の妨げになるだろう。
「ああ。危険な技を出して観客をハラハラさせるよりも、別の方法で魅せられないか考えるんだ。怪我の危険性が少ない、新たな演目の導入についても検討していく」
「そんな……でも、来週の公演までにすぐ新たな演目なんて……!」
「分かってる。それは徐々にだ。まずは、来週までに紫の抜けた穴をどうにかしなければならない」
再び、辺りは静かになった。演者がいないとなると、他の団員で埋めるしかないように思える。滉のような空中曲芸師なら、すぐに適応できそうなものだが。波音がそう思っていると、碧の視線が波音へと向けられた。
「……波音」
「は、はいっ! なんでしょうか?」
「お前、バランス感覚に自信はあるか?」
「えっ? な、なんで……私?」
「団長……! 正気ですか!?」
碧が何を言おうとしているのか、波音には分かってしまった。それは滉も同じだったようで、即座に異議を申し立てている。
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