やがて一つになる君へ

秋月。

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やがて一つになる君へ(通し台本版)

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『やがて一つになる君へ』

拓斗♂:
柚子♀:
茜♀:
菫♀:
紫苑♀:

※多重人格を扱った台本です。女性4人は1人でやる事を想定していますが、4人でやっても良いと思います。
ですが、紫苑のセリフ数は極端に少なくなっているので、被りを推奨します。

⚠台本として利用する際の規約⚠
https://writening.net/page?nJG7kt
作者ツイッター@autummoonshiroでも確認出来ます。


──────以下、本編──────



拓斗:もう10年前になる。

拓斗:親戚のおばさんが交通事故で亡くなった。

拓斗:当時の俺はまだ9歳で、葬式っていうものがよく分かってなかった。

拓斗:だけど、よく覚えている事がある。

拓斗:1人の女の子に出会ったことだ。


10年前。

広い屋敷で葬式が行われている。

その屋敷の一室で少年と少女が向き合っている。


拓斗:当時の俺よりも少し年下の女の子だ。

拓斗:何かを失った瞳で、手には本を抱いていた。

拓斗:今なら分かる、『母を失ったのだ』と

拓斗:でも、当時の俺にはそこまでの事を察する事が出来なかった。


拓斗:「こんにちは」


紫苑:「・・・。」


拓斗:「なにしてるの?」


紫苑:「・・・。」


拓斗:「いっしょにあそぼうよ」


紫苑:「・・・。」


拓斗:「きいてる?」


拓斗:彼女は何も言うことはなく、それでも静かに首を動かして頷いてくれた。

拓斗:俺は初めての葬式で、大人達が忙しそうにしてるの横目に暇を持て余している所だった。

拓斗:・・・今思えば、彼女も親戚だったのだろうか。

拓斗:おばさんは都心から離れた離島に住んでいて、俺は会ったこともない人だった。

拓斗:当然、その身内関係がどうなっているかも分からなかった。


紫苑:「あなた、だれ?」


拓斗:「ぼくはたくと!」


紫苑:「・・・。」


拓斗:「えっと、きみはなんていうの?」


紫苑:「・・・すみれ」


拓斗:「すみれちゃん?」


紫苑:「・・・。」


拓斗:彼女は黙って頷く。

拓斗:あまり喋りたくないんだろう。

拓斗:あの頃の俺でも、それは分かった。


拓斗:「すみれちゃんは、ここでなにしてるの?」


紫苑:「ほん・・・」


拓斗:「ほんをよんでたの?」


紫苑:「・・・んーん。」


拓斗:「ちがうの?」


紫苑:「・・・かんじ、よめない」


拓斗:「ああ・・・」


紫苑:「ほん、よんでくれる?」


拓斗:「だれかよんでくるよ」


紫苑:「や、んーん」


拓斗:「え?」


紫苑:「いっちゃ・・・やだ」


拓斗:彼女よりは歳上だったが、それでも俺もまだ子供で、漢字をスラスラ読む自信がなかった。

拓斗:誰かを呼びに行こうとして振り返ったところで、菫に服を掴まれた。


拓斗:「ほん、よめないよ?」


紫苑:「・・・いい」


拓斗:「そっか」


紫苑:「ん・・・」


拓斗:「えっと・・・はなしてくれる?」


紫苑:「・・・やだ」


拓斗:「どうして?」


紫苑:「いなくなっちゃ、やだ」


拓斗:「どこにもいかないよ」


紫苑:「・・・ほんと?」


拓斗:「ほんと」


紫苑:「ぜったい?」


拓斗:「ぜったいだよ」


紫苑:「ん・・・ずっと、いっしょに、いて?」


拓斗:「うん、いいよ」


拓斗:菫の手が俺から離れる。

拓斗:ゆっくりと、静かに。

拓斗:何かを納得したのか、何かを諦めたのか、あの頃の俺は考えもしなかった。

拓斗:だから、余計なことを言ってしまうんだ。


拓斗:「おかあさんがくるまで、ぼくもひまなんだ」


紫苑:「ぁ・・・(少し震えながら息を吸う音)」


拓斗:「どうしたの?」


紫苑:「・・・なん、でも・・・」


拓斗:「だいじょうぶ?」


紫苑:「ひっ・・・ぐっ・・・」


拓斗:「え、ええ!?」


紫苑:「うわぁぁぁぁぁぁん」


拓斗:菫は肩を震わせながら静かに泣き出すと、その声を徐々に大きくしていく。

拓斗:俺は何も出来ず、ただ慌てるだけだった。

拓斗:泣き声を聞いた大人たちが部屋にやってきて、俺と彼女は引き離された。

拓斗:そのまま俺は母さんの所に連れていかれて、式が終わるまで彼女に会うことはなかった。

拓斗:どうやら彼女は泣き疲れてそのまま眠ってしまったらしい。

拓斗:そして式が終わり、もう一度会った彼女は───

拓斗:「それじゃあかえるね」

紫苑:「さよなら」

拓斗:別人の様に冷たかったんだ。

紫苑:「・・・うそつき」

拓斗:別れ際に彼女が小さく呟いた一言は、今でも俺の胸に突き刺さっている。

 

拓斗:しかし、その日の夜のことだ。

拓斗:母さんから聞いて驚いたことがある。

拓斗:親族に、菫という女の子は居ないということ。

拓斗:10年経っても俺の記憶からなくならない彼女との思い出は、一体なんだったのか。

拓斗:俺はどうしてもこの事が気になり、大学生になって初めての夏休みの2週間を使って、おばさんが住んでいたあの離島に向かう事にした。

拓斗:彼女は、果たして誰だったのか。

拓斗:あの儚い少女は、今はどうしているのか。



拓斗:これは、やがて一つになる君と過ごしたひと夏の物語だ。



現在へ。

小さな島に船が着港すると、そこから降りるのは拓斗1人だけだった。


拓斗:「という訳でやって来ました~っと」


拓斗:俺一人だけどさ。


拓斗:「もう夕方か・・・」


拓斗:想像していたよりも遅い到着になってしまった。

拓斗:船の揺れから解放されて、地面に足を付けると新しい所に来たんだと実感をする。

拓斗:この島で何が待ってるのか・・・。

拓斗:何も無いとは思ってても、何故か行ってみたいという気持ちを抑えられなかった。

拓斗:・・・もう10年も前の事なのにな。


柚子:「こーんにーちは!」


拓斗:「へ?」


柚子:「もうこんばんはかな?」


拓斗:「夕方だし、こんばんは・・・?」


柚子:「一人で来たんですか~?」


拓斗:「ああ、そうだけど・・・君は?」


柚子:「んー、女子高生Aです」


拓斗:「は?」


柚子:「こんっっっな幼気(いたいけ)な美少女の名前を聞き出そうとしてるんですか!?」


拓斗:いきなり話しかけてきた女子高生を名乗る女の子は、そう言いながら自分の体を抱きしめるように身をよじらせる。


拓斗:「何も言っていないんだが?」


柚子:「これが都会で言うナンパって奴ですね!?連絡先をしれっと聞かれるっていう!あー、ダメですよー、ダメダメ!私スマホなんて持ってないんですから!そもそもこの島は圏外ですからね!無駄ですよー、残念でした~」


拓斗:「何も言ってないのに一人でめっっっちゃ喋るじゃねぇか・・・」


柚子:「喋らなくたってお兄さんの心なんて全部全てまるっとスリっとゴリっと、エブリシングお見通しだ!」


拓斗:「どっかで聞いたことあるフレーズだな」


柚子:「ドラマで見ましたっ!」


拓斗:「・・・古くね?」


柚子:「えーーー!!!昨日借りてきたDVDで見たばっかなのに!!!」


拓斗:「レンタルの時点で多少は古いだろ」


柚子:「くっ・・・!こやつ、出来る!!」


拓斗:「どの立場なんだよ!」


柚子:「これで勝ったと思うなよ~~~!!」


拓斗:「あー、待った待った!」


柚子:「はいぃ?」


拓斗:「少し聞きたい事があるんだけど、いいかな?」


柚子:「はいはい、なんでございましょうか~?」


拓斗:「この島に大きな屋敷ってあったりする?」


柚子:「ふむぅ・・・確かにありますね」


拓斗:「良かった。場所を教えてくれるかな?」


柚子:「ん~・・・どうしよっかなぁ~」


拓斗:少女はくるくると回って悩むようにしながら埠頭を降りると、砂浜を歩き始める。

拓斗:長い髪とワンピースを風になびかせ、夕日に向かって海の方へ進んでいく。

拓斗:夕日に透ける様な彼女がとても綺麗で、初対面だというのに少しドキっとしてまった。

拓斗:・・・黙ってれば綺麗ってのは、まさにこの事だろうか。

拓斗:そんな事を考えていると、彼女はまた喋り始めた。


柚子:「この島ってね?」


拓斗:「うん」


柚子:「滅多に人が来ないんです」


拓斗:「今降りたのも、俺一人だったしな」


柚子:「久し振りに外の人見てテンション上がっちゃった!えへへ」


拓斗:「おう・・・そっか」


柚子:「島に来るのは初めてですか?」


拓斗:「10年くらい前に1度だけ」


柚子:「10年前・・・」


拓斗:「どうかした?」


柚子:「ううん、なんでも」


拓斗:「・・・そう?」


柚子:「ふふ、女子高生Aは本当は柚子っていうらしいですよ?」


拓斗:「はぁ?」


柚子:「だーかーらー、私の名前ですよ」


拓斗:「ああ・・・めんどくさい」


柚子:「ロマンティックがないとモテませんよ?」


拓斗:「めんどくさいのとロマンティックは違うんだよ。そんな事より、屋敷の場所教えてくれよ」


柚子:「来たことあるんじゃないんですか?」


拓斗:「前来た時は親に連れられて車だったんだよ」


柚子:「なーるほど。もう少し南の方に行ったら見えてきますよ」


拓斗:「そっか。教えてくれてありがとうな」


拓斗:それだけ告げて俺は彼女に背を向けて歩き出した。

拓斗:砂場をぬけて道路に上がった頃、少女に呼び止められた。


柚子:「おにーーさーーーん!!」


拓斗:「なんだーー?」


柚子:「まーたーねー!」


拓斗:またなんてあるのかよ・・・

拓斗:まぁ、様式美ってやつかな


拓斗:「おう、またなー!」


拓斗:返事をすると彼女は本当に無邪気な笑顔をこちらに向ける。

拓斗:ちょうど水平線に沈み切る夕日が、彼女との別れを伝えているみたいだった。


拓斗:「あんまり暗くなる前に帰れよー!」


柚子:「わかったー!」


拓斗:さてと、それじゃ行きますかね。

拓斗:俺は砂浜を後にして、屋敷へと足を進めた。


柚子は拓斗を見送ると、胸を抑えながら息を荒らげる。


柚子:「はぁ・・・はぁ・・・アレは、もしかして───」


柚子はその場にうずくまり、少しすると何も無かったように歩いてその場を後にした。
場所は変わり、大きな屋敷の前にたどり着く。
広い屋敷は電気がついておらず、人が居るのかは分からなかった。


拓斗:「すみませーん、誰かいますかー?」


茜:「何?」


拓斗:真後ろから声を掛けられて、振り返る。

拓斗:そこには先程あった柚子という少女が立っていた。


拓斗:「ああ、さっきの」


茜:「は?」


拓斗:「ついてきてくれたのか?」


茜:「キモ・・・。何言ってんの、アンタ」


拓斗:「キモって、酷いな」


茜:「勝手にヒトの家の前で話し掛けてくるオッサンがキモくない訳ないでしょ」


拓斗:「オッサンって、俺はまだ19だぞ!」


茜:「アタシより上なんだからオッサンでしょ。つうか、聞いてないし」


拓斗:・・・ホントにさっきと同じ子か?

拓斗:不安になるくらい態度が違う。

拓斗:しかし、間違いなくさっきの少女だ。


拓斗:「柚子、だったよな?」


茜:「はぁ?違うし」


拓斗:「さっきそう名乗っただろ?」


茜:「さっきって?」


拓斗:「浜辺で会っただろ」


茜:「浜辺には確かに行ったけど?」


拓斗:「・・・んん?」


茜:「なんで私が浜辺に居たって知ってんの?ストーカー?」


(※複数人でやる際には「声も」を抜いて、「服装も同じなのにか?」、だけを読むと良いと思います。)


拓斗:他人の空似・・・?

拓斗:顔だけならともかく、声も服装も同じなのにか?

拓斗:でも、この子が嘘をついてるとはとても思えない。


拓斗:「・・・。いや、似てる別人と間違えたのかもしれない」


茜:「・・・そう?なら、いいけど」


拓斗:「それで、ここに用があってきたんだが」


茜:「・・・何?」


拓斗:「君はここに住んでるのか?」


茜:「ここ、アタシんちなんだけど?」


拓斗:「という事は、君が菫か?」


茜:「はぁぁあ?」


拓斗:「な、なんだよ」


茜:「また名前間違えるからイラっとした」


拓斗:「・・・人違いか。じゃあ紫苑は?」


茜:「・・・!!」


拓斗:一瞬ハッとした様な表情を浮かべると、静かに俺をにらみつけてくる。

拓斗:色々と心当たりがあるようだ。


茜:「どこでその名前を聞いたのよ」


拓斗:「俺の母さんから」


茜:「アンタ、何者よ」


拓斗:「この家の家主の親戚だよ」


茜:「・・・そう」


拓斗:「それで紫苑は───」


茜:「死んだ」


拓斗:「え?」


茜:「紫苑は死んだ」


拓斗:「それはどういう───」


茜:「紫苑は死んだの!!あの日から1度も出てこないんだから!!」


拓斗:「ぁ・・・。」


茜:「あ、はぁ、ごめ、はぁ、そんな、はぁつもりじゃ、はぁ」


拓斗:1度声を荒らげただけにして異常な程に息が上がっている

拓斗:肩で呼吸をする彼女は、とても平常とは思えなかった。



拓斗:「大丈夫か?」 


茜:「はぁ、はぁ、、、大丈夫」


拓斗:「とても大丈夫そうには───」


茜:「うるさいな!!大丈夫だって、はぁ、はぁ」


拓斗:「肩でも貸そうか」


茜:「触ん、ないで!」


拓斗:「・・・分かった」


茜:「お母さんの、親族なら、勝手に、部屋使っていいよ。どうせ、今から宿なんて、無いだろうし。アタシは、部屋に戻るから。玄関左の、奥の部屋だから。勝手に入ったら、、、殺す。じゃ」


拓斗:「あ、ありがとう」


茜:「・・・真っ直ぐ行くと居間。右の奥には客室もあるから、そこ使って。ごめん、ちゃんと構えなくて。それから───」


拓斗:「大丈夫だ」


茜:「え、いや、」


拓斗:「勝手なことはしないよ。大丈夫だから、ちゃんと休んでくれ。君の体が心配だ」


茜:「・・・茜。君じゃなくて、茜」


拓斗:「分かったよ、茜。俺は拓斗。頼むから休んでくれ」


茜:「たくと・・・!?」


拓斗:「へ、ああ」


茜:「あー、そう、なんだ、、、分かった。今度は信じてるから、、、ありがとう、来てくれて」


拓斗:彼女は壁に体を預けながらも部屋に戻っていった。

拓斗:遠ざかりながら、弱い声で放った言葉は途中からよく聞こえなかった。

拓斗:だが、それを聞き直すのは躊躇ってしまう状態だった。

拓斗:・・・色々あって俺も疲れたな。

拓斗:今日の所は茜に従って、客室を借りて休む事にした。

拓斗:色々調べるのは、また明日だ。



翌朝。
広い屋敷の一室で拓斗は眠っている。



拓斗:何かに体を揺すられている気がする。

拓斗:一体なんだ・・・


拓斗:「もう少し・・・」


菫:「起きて」


拓斗:「んん・・・」


菫:「起きて」


拓斗:「ふぁ~・・・なんだよもう」


菫:「起きた?」


拓斗:「は!?」


菫:「おはよう」


拓斗:「おはよう・・・?」


菫:「ごはん、作った」


拓斗:「あ、ありがとう・・・」


菫:「それじゃあ」


拓斗:彼女は俺を起こし終えると、部屋を出ていった。

拓斗:座敷童子って、あーゆー感じだろうか?

拓斗:結構日が高いな...かなり寝てたみたいだ


菫:「こないの?」


拓斗:「へ!?」


菫:「ごはん、つくった」


拓斗:「い、行く、行くよ」


菫:「ん・・・」


拓斗:け、気配がない・・・

拓斗:とりあえず顔でも洗って居間の方に向かおう


拓斗は居間へと移動する。

テーブルには綺麗な一汁三菜が整った食事が置かれている。


拓斗:「うわ、ウマそうな朝ごはん!」


菫:「うん」


拓斗:「作ってくれたの?」


菫:「朝、つくった。今はもうお昼」


拓斗:「わざわざありがとう!」


菫:「ううん、ついでだから」


拓斗:「って、もう昼!?」


菫:「もう、1時になる」


拓斗:「うわ、ほんとだ・・・かなり寝てたな」


菫:「心配、した」


拓斗:「ああ、それはごめ・・・って、君は体調は!?」


菫:「すみれ、元気」


拓斗:「すみれ・・・!?」


菫:「うん」


拓斗:「君、すみれって言うのか!?」


菫:「うん」


拓斗:「えっと、えーっと、えー・・・」


菫:「拓斗、困ってる?」


拓斗:「へ、いや、困ってるというか、戸惑ってるというか・・・」


菫:「すみれ、何かした?」


拓斗:「い、いやいや、大丈夫!」


菫:「よかった」


拓斗:「・・・」


菫:「お腹、空いてない?」


拓斗:「ん、食べる、食べるよ。でも、少しだけ質問していい?」


菫:「うん」


拓斗:「改めて聞くけど、君の名前は?」


菫:「すみれだよ」


拓斗:「すみれ・・・」


菫:「なに?」


拓斗:「あ、えっと、じゃあ茜と柚子は?」


菫:「2人とも、今、寝てる」


拓斗:「寝てる?」


菫:「うん。すみれの中で、寝てる」


拓斗:「君の中で寝てる?」


菫:「うん」


拓斗:「えっと、それはどういう・・・」


菫:「ごはん、冷めちゃう。折角、温めたのに」


拓斗:「そ、そうだね。頂くよ」


菫:「召し上がれ」


拓斗:何だか、色々と要領を得ない。

拓斗:俺の理解も追いつかない。

拓斗:込み上げてくる疑問を、ご飯と共に流し込む。

拓斗:流し込んだからって、疑問がなくなる訳じゃないけど。


菫:「・・・おいしい?」


拓斗:「ああ、美味しいよ」


菫:「・・・良かった」


拓斗:「ねぇ、もう一つだけ良いかな?」


菫:「うん」


拓斗:「紫苑は?」


菫:「・・・。」


拓斗:「俺は紫苑の親戚なんだ。この家に住んでるって聞いてる」


菫:「うん」


拓斗:「紫苑は何処にいるんだ?」


菫:「・・・ここに、いる、と思う」


拓斗:「どういう意味だ?」


菫:「紫苑も、寝てる、と思う」


拓斗:「また・・・」


菫:「でも、紫苑は、もう10年起きてない」


拓斗:「10年・・・!?」


菫:「うん」


拓斗:「10年っていうと、やっぱり・・・お母さんの事故と関係が?」


菫:「・・・わから、ない」


拓斗「分からない?」


菫:「私達は、紫苑の分身だから、紫苑のことが全部分かるわけじゃない」


拓斗:「紫苑の分身・・・?」


菫:「紫苑は、解離性同一性障害になった」


拓斗:「それは、多重人格ってこと?」


菫:「うん」


拓斗:「えっと、つまり、菫も茜も柚子も、別人格なだけで、同じ体なのか?」


菫:「うん」


拓斗:「・・・それで、紫苑は?」


菫:「10年前のあの日から、紫苑は、ずっと目覚めてない」


拓斗:菫の口から出てきたのは、衝撃の事実だった。



時間が経過し、島は若干活気がついている。



拓斗:夏休みの2週間をここで過ごす事にして、もう12日が経った。

拓斗:明るい笑顔を振り撒き、誰とでも楽しい空気を作る柚子。

拓斗:俺に少し冷たいけど、ふとした瞬間に優しさを見せる茜。

拓斗:無口で喋るのが苦手で、それでも必死に人と関わろうとする菫。

拓斗:解離性同一性障害、つまり多重人格なんて正直信じていなかった。

拓斗:しかし、目の前に確かに存在している。

拓斗:たかが2週間弱で彼女達を理解したなんて思ってはいない。

拓斗:それでも、俺に残された時間はあと2日しかない。

拓斗:明日の夕方には、船に乗って本土へ帰る予定だ。

拓斗:そんな帰宅前夜、今日は島で花火大会が行われるそうだ。

拓斗:山の方の神社では縁日の屋台なんかも出るらしい。


柚子:「おにーさーん、準備できた~?」


拓斗:「ああ、今行くよー!」


柚子:「えへへー、どうどう?浴衣可愛いーでしょ?」


拓斗:「おにーさんって俺を呼ぶってことは柚子か?」


柚子:「せっいかーい!流石に慣れてきたね~」


拓斗:「ま、少しはな。浴衣、すごく似合ってるよ」


柚子:「わぁ、ありがと~!」


拓斗:「そんなに喜ぶことか?」


柚子:「え~、褒められたら嬉しいですよー、すっごく!」


拓斗:「みんな褒めてくれるだろ?」


柚子:「浴衣なんて始めてきたもーん」


拓斗:「へ?花火大会は毎年やってるんだろ?」


柚子:「毎年やってますけど、私は行ったことなくて」


拓斗:「へ、行ったことがない?」


柚子:「ん~・・・」


拓斗:「ああ、分かった。柚子は行ったことがないって話か」


柚子:「ちょおっと違いますね~」


拓斗:「??」


柚子:「そのー、ごめんなさい、『私は』ネガティブな話が苦手で・・・」


拓斗:「・・・そっか」


柚子:「ちょっと、待ってもらっていいですか?」


拓斗:「ん?ああ、いいけど・・・」


少し長めの間


茜:「はぁ・・・別に良いんだけど」


拓斗:「えーと・・・?」


茜:「アンタ、察し悪くない?」


拓斗:「茜か!」


茜:「すぐに気付きなさいよ、もう」


拓斗:「なんで、茜が?」


茜:「私なら話せるからね、色々」


拓斗:「そういうもん?」


茜:「柚子は明るく振る舞うために作られた人格だからね」


拓斗:「ああ・・・」


茜:「で?花火大会に行ってない理由だっけ?そんなの単純よ、苦手だから」


拓斗:「苦手?」


茜:「大きな音とか、強い光とか、アタシ達は苦手なのよ」


拓斗:「・・・。」


拓斗:どうして苦手なんだ?と聞きたかった。

拓斗:・・・これ以上踏み込むのを躊躇ってしまった。

拓斗:迂闊になんでも聞いてしまっていいのか・・・?


拓斗:「・・・苦手なら、無理に行かなくても───」


茜:「ほら、行くよ!」


拓斗:「なっ」


拓斗:初めて会った時には触るなと言っていた茜が、俺の腕を引っ張る。

拓斗:それがあまりにも意外で、驚いてしまった。


茜:「早くしないと、花火始まるわよ?」


拓斗:「・・・ああ、行こう!」


拓斗:俺は茜に手を引かれるまま、花火大会へとむかった。


拓斗:「結構混んでるんだな」


茜:「この島でレジャーなんて少ないしね」


拓斗:「こんなに人がいる島だったんだって感じ」


茜:「アンタ、どんだけバカにしてんのよ」


拓斗:「実際、この数日の間で会った人なんか指で数える程度だったんだが?」


茜:「漁師とか多いし、あんまり島に居ないのよ」


拓斗:「出店も沢山・・・何か奢ってやろうか?」


茜:「いい。別にアンタに出してもらう理由ないし」


拓斗:「そうかよ。んじゃ、そこの石段で少し休もうぜ」


茜:「はぁ?」


拓斗:「いいからいいから、ほら、座って」


拓斗と茜は石段に腰掛ける。


茜:「なんなのよ、急に」


拓斗:「ん?まぁ、思うとこあってさ」


茜:「・・・ねぇ」


拓斗:「ん?」


茜:「前から少し思ってたんだけど、アンタはなんでこの島に来たの?」

茜:「今自分でも言ってたけど、何もないじゃん、ここ」


拓斗:「・・・何もなくても、茜達は居るじゃん?」


茜:「はぁっ!?(照れながら)」


拓斗:「最初は10年前の事がもっと知りたいと思ったからだったけど、今は君たちのことが気になるから。心配だからって言ってもいいかな」


茜:「し、心配って、なんでよ・・・」


拓斗:「解離性同一性障害の事もそうだけど、初日にお前がなんか変だったから」


茜:「ぁ・・・」


拓斗:「あんまり問い詰めてもと思ってたんだけど・・・アレはなんで?」


茜:「あ、アレってなんのことよ!」


拓斗:「胸抑えて苦しそうにしてたじゃん」


茜:「なんでそんなの覚えてんのよ」


拓斗:「忘れるわけないだろ」


茜:「・・・心臓が良くないの。」


拓斗:「・・・え?」


茜:「アタシ、っていうかこの体は心臓が良くないのよ」


拓斗:「・・・知らなかった」


茜:「言ってないし。柚子はこの手の話しないし、菫はどーせ喋んないから」

茜:「この体には常に3人分の負担がかかるの。そりゃ普通の人と同じって訳にはいかないわよ」

茜:「脳に負担はかかるし、元から心臓は弱い。その上・・・紫苑は死んじゃうし」


拓斗:「・・・。」


茜:「・・・ありがと」


拓斗:「ん?」


茜:「体のことが気になってたから、休ませたかったんでしょ?気ぃ使ってくれてありがと」

茜:「でも、気にしなくて大丈夫だから」


拓斗:「本当かよ」


茜:「うん。邪魔になるほど弱ってたら、もっと前に伝えてる。言わなくても大丈夫だから言わなかっただけ」


拓斗:「・・・そっか」


茜:「ホント、気を使ってくれてありがと。その・・・嬉しかった」


拓斗:「おう」


茜:「ぁー・・・じゃあね!」


拓斗:「え、どういう───」


菫:「ズルい」


拓斗:「は?ズルい?」


菫:「ズルい。私も、遊ぶ」


拓斗:「ああっと・・・菫か?」


菫:「うん」


拓斗:「変わったのか」


菫:「うん」


拓斗:「で、遊びたいって?」


菫:「うん」


拓斗:「うんしかいわねぇ!」


菫:「・・・ごめん」


拓斗:「や、良いんだけど・・・よっしゃ、遊ぼうぜ!」


菫:「うん!」


拓斗:俺は石段から立ち上がって、先導するように先を行く。


菫:「茜、ズルい・・・」


それだけ呟くと、柚子は拓斗を追いかけて行った。


拓斗:「遊べそうな奴は大体回ったかなー?」


菫:「多分」


拓斗:「満足した?」


菫:「うん」


拓斗:「そりゃよかった」


菫:「・・・楽しかった?」


拓斗:「菫が楽しかったなら」


菫:「えへへ、優しい」


拓斗:「俺は何回も縁日とか花火大会とか行ってるからさ。今日は君達が楽しむ日なんだよ」


菫:「ありがとう」


拓斗:「どういたしまして。花火見やすいとこに移動しようか」


菫:「うん」


拓斗:「はい、手握って?」


菫:「え?」


拓斗:「迷子になったら困るだろ?」


菫:「・・・うん」


拓斗:俺は菫の手を取ると、人混みの中を進む。

拓斗:小さな手が、俺に彼女の儚さをまた実感させる。

拓斗:交通事故で親を失い、心の逃げ道を作り、さらに身体的な弱点を背負う・・・。

拓斗:どこまで、神は冷たいんだろうか。


菫:「拓斗!」


拓斗:「ん?」


菫:「こっち」


拓斗:「そっちに道ないだろ?」


菫:「この奥に、開けた場所、あるから」


拓斗:「そうなの?」


菫:「こっちなら、人、いないと思う」


拓斗:「お、じゃあそっち行こうか」


拓斗:今度は逆に菫に手を引かれて、道の無い木の間を抜けていく。

拓斗:そうして進んでいくと───


菫:「ついた」


拓斗:「確かに、ここなら見晴らしもいいし花火も見やすそうだな」


菫:「前から、チェックしてた」


拓斗:「調べてないと、ここは気づかないよな 」


菫:「えへへ」


拓斗:「って、あれ?」


菫:「何?」


拓斗:「花火、苦手なんじゃないのか?」


菫:「・・・うん」


拓斗:「なら、どうして?」


菫:「いつか、拓斗と見たいなって、思ってたから」


拓斗:「俺と?」

拓斗:「・・・前から、聞いてみようと思ってたんだけどさ」


菫:「なぁに?」


拓斗:「菫は10年前に、俺と会ったこと覚えてるのか?」


菫:「10年前、って?」


拓斗:「嫌な話になるかも・・・」


菫:「・・・大丈夫、聞きたい」


拓斗:「・・・分かった」

拓斗:「俺は10年前、紫苑のお母さんが亡くなって、その葬式をするためにこの島に来た」

拓斗:「そこで俺は、菫っていう女の子に会ったんだ」

拓斗:「あれは、君だったんじゃないか?」


菫:「違うよ」


拓斗:「えっ、違う!?」


菫:「うん、絶対に、違う」


拓斗:「どうして───」


菫:「私達が産まれたのは、葬式の日の夜だから、間違いない」


拓斗:「な・・・じゃあ、あの日俺があったのは紫苑・・・!?」


菫:「うん、そうだと、おもう」

菫:「私に、拓斗と話した、思い出は無いけど、子供の頃の拓斗は、何故か知ってるから」

菫:「これは、私達の、根底にある、紫苑の記憶、なんだとおもう」


拓斗:「紫苑の・・・」


菫:「少し、お話、したい」


拓斗:「ん、いいよ?」


菫:「私は、ずっと、拓斗に会いたかった」

菫:「拓斗の事、知らないのに、いつか来るって、分かってた」

菫:「それだけ、紫苑の中で、貴方は、大きな存在、なんだと思う」

菫:「だから、分身の私も、拓斗を待ってた」

菫:「いつか、拓斗とここに来たいって」

菫:「この島で、大きな行事、これくらい、しかないから」


拓斗:「なるほど・・・」


菫:「・・・少しの間、だったけど、楽しかった」


拓斗:「え?」


菫:「会えて、ここに来れて、本当に、嬉しかった」

菫:「家、帰ったら、必ず、私の部屋にある本、見てね」


拓斗:「ああ・・・」


菫:「ありがとう」

菫:「・・・じゃあ、ね」


拓斗:菫はそう言うと俺から1歩離れて、背を向けた。

拓斗:1歩ではない、大きな1歩だった。


拓斗:「待った!!!」


菫:「・・・何?」


拓斗:「それ、どういう───」


菫:「ごめん」


拓斗:「ぁ・・・。」


菫:「私じゃ、上手く話せない、から」

菫:「ねぇ、拓斗」


拓斗:こっちを振り返った菫は、瞳に大粒の涙を浮かべていた。

拓斗:「(息を飲む)」


菫:「この、気持ちが、紫苑の物、だとしても、拓斗に、会えて、よかった」


拓斗:それだけ言うとまた俺に背を向ける。

拓斗:そして、また目が合った時には、そこに菫はいなかった。

茜:「アタシ達はさ、病気なんだよね」

茜:「紫苑に色んな事があって、その結果産まれた病気」

茜:「病気はさ、治る時が来るのよ」

茜:「紫苑は死んだなんて言ったけど、アレ嘘」

茜:「ずっと眠ってて起きなくて、もう目覚めないと思ってたのよね」

茜:「でもさ、アンタが来てから変わった」

茜:「紫苑は生きてる、起きようとしてんの」


拓斗:「茜・・・?」


茜:「正解」


拓斗:「菫は、菫はどうなったんだ!?」


茜:「寝た。多分、もう起きないよ」


拓斗:「なんで───」


茜:「菫は、優しい子だからさ」

茜:「紫苑の為なら、きっと」


拓斗:「菫・・・」


茜:「んで、アタシも寝る」


拓斗:「はぁ!?」


茜:「今言ったじゃん、アタシは病気なんだって。アンタは病気になったらどうする?」


拓斗:「病院に行くとか?」


茜:「とっくの昔に連れてかれた」


拓斗:「じゃあ薬を飲む、とか?」


茜:「それ正解。紫苑は薬が届くのを10年待ってたの。そして、2週間前に薬が届いた」


拓斗:「薬って、俺かよ」


茜:「アンタ以外誰が居んのよ」

茜:「アンタは、この病気の特効薬なの

茜:「10年目を覚まさなかった紫苑が、起きようとしてんだからさ」

茜:「アタシ達が居なくなれば、体の負担も減る」

茜:「いいことしかないっしょ?」


拓斗:「それは、お前らは───」


茜:「死ぬ」


拓斗:「・・・。」


茜:「めんっどくさ・・・」


拓斗:「お前の気持ちはどうなるんだよ」


若干の沈黙。

静かな中で、茜が小さく息を吸うと一気に喋り出す。


茜:「死にたくない。生きてたい。寝たくない。ずっとこのまま表に居たい。病気なんて知ったことか!」

茜:「折角産まれたのに勝手に殺して、納得なんて出来るわけない!どうして私が死なないといけないの!?」

茜:「紫苑の苦しみをアタシ達3人で肩代わりして、それで10年必死に生きてきた!頭が痛くても、胸が苦しくても、この病気のことをせめられても!!」

茜:「アタシが全部受け止めてきた」

茜:「柚子は紫苑が失った明るさを補う人格」

茜:「菫は無口で少し子供のまま。あの頃の無邪気さを抱えてる。頭が良くなりたかった紫苑の為に本を読んで勉強してる、そういう役割」

茜:「じゃあ・・・アタシは?」

茜:「交通事故でお母さんが目の前でなくなってショックだった紫苑はもっと強い人になりたいと願った。それがアタシ」

茜:「・・・なによ強いって!そんなの知らない!辛いことはなんでもアタシに押し付けて!!イヤなことは全部アタシが請け負うだけ」

茜:「なんで、なんでよ・・・!」

茜:「それで、好きな男が出来て、気持ちが軽くなって、幸せになろうとしたら死ねって。死ねって!!」

茜:「これで満足?これがアタシの気持ち───」


拓斗:俺は彼女を黙って抱きしめた。

拓斗:そして、頭をなでてやる。


拓斗:「茜は、偉いな」


茜:「ふぁ、え、ちょ」


拓斗:「俺と初めて会った時にさ。胸を抱えて苦しそうにしてたろ?」


茜:「それが何よ!」


拓斗:「人格を好きに入れ替えられるんだから、苦しくなったら入れ替わればよかった。でも、茜はそれをしなかった」


茜:「・・・」


拓斗:「さっきも、柚子の様子を察して出て来てくれた。茜はさ、強い人格じゃないんだよ」


茜:「え・・・?」


拓斗:「茜は、すごく優しい人格なんだ。俺が知ってる中で、一番優しい」


茜:「そ、そんなことっ、アタシは───」


拓斗:「そうやって無理して気丈に振舞って、胸の中ではあんなに色んな物を抱えてて、それでも、さっきまでそれをおくびにも出さなかった」

拓斗:「強いからじゃない。心配をかけたくないから、優しいからだよ」

拓斗:「よく頑張ったな、茜」


茜:「う、、、んぐ、、、」


拓斗:「無理すんなよ、俺が受止めてやる」


茜:「アタシのこと、忘れちゃ嫌だよ。アタシが居なくなっても、忘れちゃ、嫌だよ」


拓斗:「忘れるかよ。一生覚えててやる」


茜:「うわぁぁぁぁぁぁん」(号泣)


拓斗:彼女は人目も気にせず、大きな声でひとしきり泣いた。

拓斗:その慟哭を、俺は忘れることは無いだろう。

拓斗:そして泣き止んだ時、そこに優しい彼女はもう居なかった。

柚子:「ふふ、おにーさん!」


拓斗:「柚子、だよな」


柚子:「えっちなのは良くないと思います!」


拓斗:「はぁ!?」


柚子:「こんなに幼気(いたいけ)な少女を抱きしめて・・・いやらし!何考えてるんですか!?」


拓斗:「む・・・あー、悪かったよ、離れるから」


柚子:「えー!?離しちゃうんですかぁ?」


拓斗:「どっちなんだよ!」


柚子:「どっちでもいいですよ~?ほらほら、いいんですか?抱きしめるちゃあんすですよ?」


拓斗:「・・・柚子はさ」


柚子:「はい?」


拓斗:「変わんないな」


柚子:「そう見えます?見えてるんだったら私の勝ちです!ぶいぶいっ」


拓斗:「夕日越しに見た君も綺麗だと思ったけど、星空をバックにしても綺麗だな」


柚子:「えへへ~!って、褒めたって何も出ませんよ?」


若干真面目な空気で。


拓斗:「別に、何も出さなくていいよ」


柚子:「へ」


拓斗:「君が居てくれたらいい」


柚子:「それ、どういう意味ですか?」


拓斗:「んー・・・正直、分かんない」

拓斗:「俺は茜のことも、菫のことも、柚子のことも忘れられない」

拓斗:「忘れられるもんか、大切な思い出だ」

拓斗:「でさ、君達が紫苑の事を優先するのも、わかる」

拓斗:「さっき茜から聞いた心臓や脳のことも、これが病気で治すべきだって事も理解してるつもりだ」

拓斗:「・・・んなこと、いったってさ、俺からしたら10年前に1回会っただけの子と2週間一緒に暮らした君たちを比べたら───」


柚子:「やーです」


拓斗:柚子の指が俺の唇を閉ざす。


柚子:「そんなこと、いっちゃやーです」

柚子:「1回会った『だけ』なんて、そんなのやです。寂しいです。悲しいです」


拓斗:「別に柚子の事を言ってるわけじゃ───」


柚子:「言ってますよ、おにーさん」

柚子:「ふふ、おにーさんは馬鹿なんですか~?馬鹿なんですね~?」

柚子:「体が同じなら、脳だって同じ。考える事も同じです。同じだから、脳に負担が・・・なんて話になるですよ?」


拓斗:「そりゃ分かってるけど・・・」


柚子:「分かってまーせーんー」

柚子:「私は紫苑で、私は菫で、私は茜で、私は柚子です」

柚子:「紫苑のことを悪く言ったら、私の事悪く言ってるのと同じですよ~?」


拓斗:「・・・。」


柚子:「それに、茜は死ぬって表現をしたけど、私は死にません。紫苑と一つになるんです。死んだり、居なくなったりするわけじゃありません」

柚子:「菫が言った通り『この気持ちが紫苑のものだとしても』私はお兄さんが好きだし、茜が言ったみたいに『アタシの事忘れちゃ嫌』です」

柚子:「ふー・・・よし。ぎゅーー!!」


拓斗:「な!?ゆ、柚子!?」


柚子:「へへー、忘れない様にぎゅーってしちゃいました!」

柚子:「緊張してます?顔、赤いですよ?」


拓斗:「こ、こんだけ顔が近けりゃあな!」


柚子:「ふふ(笑い声)」

柚子:「そんなやがてひとつになる私たちですけど、これでも10年間おにーさんに片想いしてるんですよ?」


拓斗:「か、片想い!?」


柚子:「おにーさん、勘違いしてるみたいだから話しておきますね」

柚子:「紫苑がこうなってしまった理由」


拓斗:「・・・知りたい、聞かせてくれ」


柚子:「これは、おにーさんを責める話じゃありませんよ。でも、理由はおにーさんなんです」


拓斗:「俺のせい・・・?」


柚子:「紫苑はまだ幼くて、お母さんの死がよく分かってなかったんです。それでも、毎日一緒に居てくれたお母さんがいなくなった事はわかった」

柚子:「凄く不安でどうしても誰かにいて欲しかった」

柚子:「だから、あの日初めて会って、優しく声をかけてくれた男の子に、全てを委ねて縋ってしまった」

柚子:「あってますよね?」


拓斗:「・・・ああ」


柚子:「ね、おにーさん。今度は私が言いますね」

柚子:「・・・ずっといっしょに、いて、ね?」


拓斗:そう言うと同時に、柚子は唇を寄せて来た。
拓斗:大きく一歩を踏み込み、胸元に飛びんだ彼女はそのまま強く抱き締めてくる。
拓斗:もう離れないように、と。
拓斗:俺はそれに応えるように、抱き締め返した。
拓斗:もう離さないように、と。
拓斗:・・・あどけない、恋の味がした。
拓斗:打ち上がる花火が俺達を照らし出す。
拓斗:少しして唇を離すと、彼女は優しくも寡黙で陽気な笑みを浮かべて、そのまま俺に体を預けるようにして、気絶してしまった。



花火大会が終わり、屋敷に戻っている。



拓斗:彼女の部屋に入り、彼女をベッドに寝かせた。

拓斗:菫が言っていた本がテーブルにこれ見よがしに置かれている。

拓斗:多分、これで間違いないだろう。

拓斗:1冊の児童書。

拓斗:「あの日、紫苑が持ってた本だ」

拓斗:朧気な記憶だけど、間違いないだろう。

拓斗:『お花たちの大冒険』か・・・

拓斗:謙虚で無口なスミレが、アカネ、ユズ、そしてシオンと出会い、成長していく物語・・・

拓斗:「ん?なにか挟んである」


菫:自分と同じ名前のキャラクターが出てくるこの本が、子供の頃は大好きだったみたい


拓斗:なるほど、ね。

拓斗:あの時は読んであげられなくてごめん。

拓斗:「今だったら幾らでも読んでやれるのに・・・寝てるよな」

拓斗:その時、ふと袖を引かれる。


菫:「読んで」


拓斗:「え・・・」


拓斗:彼女は間違いなく寝てる。

拓斗:喋るはずがない。

拓斗:「・・・読んでいくか。昔昔のそのまた昔、まだお花たちが喋ったりしていた頃のお話です───」


翌日。

島の港。


拓斗:彼女はまだ、ぐっすり眠っていた。

拓斗:船の時間もあるし、彼女のことは心配だが帰るしかない。

拓斗:近くの医者に伝えてあるし、大丈夫だろう。

拓斗:「いろいろあったけど、二週間楽しかったよ、じゃあな」

拓斗:そして船が出港する。

拓斗:その時、一人の女性が遠くから駆け寄ってくる。


紫苑:「おにーーーさーーーん!!」


拓斗:「柚子・・・?」


紫苑:「なんで黙って帰っちゃうのよ!!」


拓斗:「君がー、目を覚まさないからー!!」


紫苑:「馬鹿なんじゃないのー!?」


拓斗:「仕方ないだろー!!」


紫苑:「紫苑の花言葉!!アンタに送るから!!」


拓斗:「今のは、茜・・・?」


紫苑:「絶対に、調べてね!!」


拓斗:「分かったー!!二週間、ありがとうー!!」 


拓斗:これはやがて一つになる君と過した、そして、ようやく一つになった君のひと夏の物語だ。



 

 

完。


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