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第3章:歯車は動き出す
110話
しおりを挟む「おにいちゃんのなまえは…?」
そう言って少年――湊は食い入るように龍司を見つめてきた。
「おれは―龍司だ。…久堂、龍司…、お前のママの弟だ。
…湊ッ…、やっと会えた――。」
「ママ、の…おとうと…?りゅう、じ…」
龍司は頬に添えられたままだった湊の手を握りしめると、その手を己の方へと引いた。
飛び込むようにして、今度は湊の方が抱きしめられる形になり、まだ幼いその体を力強く抱きしめた。
湊の首元に顔を埋めれば、やっぱり甘くて優しい匂いがして、懐かしさの感情が溢れてくる。
この匂いは、百合亜姉さんが昔おれに渡してきたハンカチから香った匂いと同じなんだ。
どこかで嗅いだことのある匂いだと思ったら…そうか――。
そういう事だったのか。
あの時は、
初めて会ったあの時は、生まれたばかりであんなに小さかったのに、こんなに優しくて可愛くて綺麗に育ったのか――。
さすが百合亜姉さんの子供だよ。
優しくて綺麗な心を持ってる所がそっくりだ。
龍司はこの場所にいない百合亜に向かってそう言えば、小さく微笑んだ。
そしてふと、湊が言った言葉が頭に浮かんできて首筋から少しだけ顔を上げる。
“ぼく、パパと砂浜にあそびに来ただけだよ?”
――砂浜に遊びに、来た?
…”パパと”って事は、近くに朋也がいるって事か?
顔を上げ辺りを見回すが、薄暗い海岸付近に人の気配は感じられない。
しかし、湊が嘘をついているようには思えない。
だが、朋也の事だ。
誰にも渡さないと言う程大事にしているはずの湊を、長い間1人にさせるのは考えられない。
そうなってくると自然と考えられる事は―――。
「あえて、おれに…湊を会わせたのか…?」
でも何故…?
人を殺しかけておいて、何故そんな事を――…
「!!」
ちょっと待て。
まさか、さっきおれを狙ったのが朋也だとしたら…
銃でおれを殺す時に、湊を傍に置いておくなんて事はしないはずだ。
だが、あえて湊を1人にさせておれを殺そうとしたのなら――…?
それなら話の辻褄は合う。
湊に会わせてくれたのは嬉しいが…
朋也、お前は何を企んでいる?
「…やっぱり昔も今も、お前だけは何ひとつ変わってないな、朋也…」
後ろを振り返り、どこかで今も龍司を監視しているはずの朋也に向かって小さく呟いた。
「…りゅう、じ?」
「―あぁ、いや…。なんでもない」
不思議そうに顔を覗き込んできた湊に微笑むと、その柔らかい髪を撫でた。
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