20 / 22
引かれる二人
しおりを挟む
「こちらがウルガ市場でございますよ」
「おおっ」
目の前にはズラーっと並ぶ店舗の数々。
ざっと見ただけで野菜、果物、肉に魚と多種の店舗がかなりあった。
なんと雑貨屋らしき所まである。
「この辺には食事できる場所は無いんですね。それどころかさっきあった串焼き屋みたいな所すら無いような……」
「昔はこの辺りでもそのような屋台が出ていたのですが、立ち食いによるトラブルが起きているうちに、いつの間にか住み分けされていたようなのでございます」
「トラブル?」
「食べ物の汚れが他の人に付いてしまったり、ゴミが捨てられていたり、酔って絡む人もいたそうでございますから」
なるほどね。
それは確かに。
「そのかわり、お食事に関してはあちらで非常に楽しむことができるので、一部の人以外からは好評なのでございます」
「一部?」
「どうしたって全ての人が満足することはあり得ませんから」
それも確かに。
*****
思いの外、市場は客が多くはなかった。
そうは言っても、多くはないってだけで、決して少ないわけではない。
どこで何を買うかが決まっているらしいミエガさんは、それなりの人混みの中をスイスイと歩いて行った。
もちろん、俺はそれについていく。
「……」
「…………」
「………」
「……………」
やはりと言うべきか、すれ違う人は一瞬こちらを見てはすぐに目を逸らす。
そりゃまあ目の前に手首同士を紐で結んだ二人が歩いていたら、俺だって見なかったことにするだろう。
数分歩くと、目的地についたらしく、ミエガさんが止まる。
そこには眼鏡に鷲鼻の痩せたお婆さんが椅子に座ってこちらを見上げていた。
「……芋はいつもの量かい?」
「はい、ありがとうございます」
特段挨拶もなく、お婆さんは横の箱から片手で芋の入った袋を取り出す。
無言でミエガさんに渡そうとした直後、俺の存在に気がつくと一瞬目を見張った。
さらに手首を見て、何かを納得したようなそぶりを見せると、ミエガさんに改めて芋を渡そうとした。
「ああ、私が持ちま」
「いえ、私が持ちます」
伸ばした左手が空振り、芋の袋はミエガさんの右手に。
「え、でもお代は」
両手塞がったしまえば払えないだろうに。
そう思ったのだが。
「もうもらってるさね」
「月初に組合を通してお支払いしているのでございます」
「そういうことさ」
「はあ」
サブスクみたいなもんか。
「ではまた」
「あいよ」
ミエガさんが歩き出せば俺も行くしかない。
「………………」
ん?
お婆さんはが何か言った気がして振り返るが、お婆さんはただボーッと俺たちのほうを見ているだけだった。
……なんかネミエルとおんなじ目をしているような……ま、気のせいだな。
そう思っていたのだが……。
「はい、マイガスさん。……これおまけね」
「ありがとうございますっ」
これは肉屋
「マイ……ガスさん、どうぞ」
「いつもありがとうございます」
これは魚屋。
さらに別の肉屋や野菜屋と、寄る店寄る店の店員が必ず、ミエガさんを見て、俺を見て、手首を見て、見なかったように普通に対応する。
その後、ネミエルと同じ目で俺を見てくるのだ。
そして今、キノコ屋らしき店の店員も俺たちを見て固まっていた。
「あのー……いつものを」
「え? あ、ああはいはい。いつものねうん」
あからさまに動揺する髭面のおっさん。
今日一番の反応である。
ミエガさんをチラッと見ると他のキノコも買うか迷っているらしく、しゃがんで吟味しだした。
チャンスだな。
「あのー」
「ひっ!? へっぶ……!」
小声で話しかけると、爺さんは大変挙動不審に口を押さえた。
「いや、そんな怖がらなくても……。ちょっと聞きたいことがあると言いますか」
コクコクと頷く爺さん。
「なんか……あなたと言い、どうも俺たちを見る目というか対応と言うか、なんか変なんですよ。なんか知ってます?」
爺さんはミエガさんをチラッと見ると、俺を手招きしてきた。
顔を寄せると、少し独特の臭いに顔をしかめそうになる。
「いいか。よーく聞くんだ。一回しか言わない」
「はあ」
「マイガスさんはいい子だ。だが同時にかなりお前にご執心だ」
「へ?」
「いいか。ヤバくなったらあの塔に駆け込め」
爺さんがこっそり指差した方を見る。
行きにミエガさんが言っていた図書館付きの学校が見えた。
「それと、あー……うん。これだけはもう一度言っておこう。マイガスさんはとてもいい子なんだ。それだけは忘れてくれるなよ。でないと」
「何をお話ししているのでございますか?」
「ひゃへええええ!」
突然ミエガさんの顔が至近距離に現れ、爺さんは奇声を上げてひっくり返る。
「大丈夫ですか!?」
慌てて抱き起こそうとするが、
「触るな!……あ、すまない。自分で立てる」
思いっきり拒絶されるが、まあ立てるなら大丈夫か。
「じ、じゃあまた来週、待っとるぞい」
「はぁい。ではまた」
「え? あ、さようなら」
ミエガさんにまた引きずられるようにキノコ屋から離れる。
やっぱり爺さんの目は、皆と同様の目になっていた。
「おおっ」
目の前にはズラーっと並ぶ店舗の数々。
ざっと見ただけで野菜、果物、肉に魚と多種の店舗がかなりあった。
なんと雑貨屋らしき所まである。
「この辺には食事できる場所は無いんですね。それどころかさっきあった串焼き屋みたいな所すら無いような……」
「昔はこの辺りでもそのような屋台が出ていたのですが、立ち食いによるトラブルが起きているうちに、いつの間にか住み分けされていたようなのでございます」
「トラブル?」
「食べ物の汚れが他の人に付いてしまったり、ゴミが捨てられていたり、酔って絡む人もいたそうでございますから」
なるほどね。
それは確かに。
「そのかわり、お食事に関してはあちらで非常に楽しむことができるので、一部の人以外からは好評なのでございます」
「一部?」
「どうしたって全ての人が満足することはあり得ませんから」
それも確かに。
*****
思いの外、市場は客が多くはなかった。
そうは言っても、多くはないってだけで、決して少ないわけではない。
どこで何を買うかが決まっているらしいミエガさんは、それなりの人混みの中をスイスイと歩いて行った。
もちろん、俺はそれについていく。
「……」
「…………」
「………」
「……………」
やはりと言うべきか、すれ違う人は一瞬こちらを見てはすぐに目を逸らす。
そりゃまあ目の前に手首同士を紐で結んだ二人が歩いていたら、俺だって見なかったことにするだろう。
数分歩くと、目的地についたらしく、ミエガさんが止まる。
そこには眼鏡に鷲鼻の痩せたお婆さんが椅子に座ってこちらを見上げていた。
「……芋はいつもの量かい?」
「はい、ありがとうございます」
特段挨拶もなく、お婆さんは横の箱から片手で芋の入った袋を取り出す。
無言でミエガさんに渡そうとした直後、俺の存在に気がつくと一瞬目を見張った。
さらに手首を見て、何かを納得したようなそぶりを見せると、ミエガさんに改めて芋を渡そうとした。
「ああ、私が持ちま」
「いえ、私が持ちます」
伸ばした左手が空振り、芋の袋はミエガさんの右手に。
「え、でもお代は」
両手塞がったしまえば払えないだろうに。
そう思ったのだが。
「もうもらってるさね」
「月初に組合を通してお支払いしているのでございます」
「そういうことさ」
「はあ」
サブスクみたいなもんか。
「ではまた」
「あいよ」
ミエガさんが歩き出せば俺も行くしかない。
「………………」
ん?
お婆さんはが何か言った気がして振り返るが、お婆さんはただボーッと俺たちのほうを見ているだけだった。
……なんかネミエルとおんなじ目をしているような……ま、気のせいだな。
そう思っていたのだが……。
「はい、マイガスさん。……これおまけね」
「ありがとうございますっ」
これは肉屋
「マイ……ガスさん、どうぞ」
「いつもありがとうございます」
これは魚屋。
さらに別の肉屋や野菜屋と、寄る店寄る店の店員が必ず、ミエガさんを見て、俺を見て、手首を見て、見なかったように普通に対応する。
その後、ネミエルと同じ目で俺を見てくるのだ。
そして今、キノコ屋らしき店の店員も俺たちを見て固まっていた。
「あのー……いつものを」
「え? あ、ああはいはい。いつものねうん」
あからさまに動揺する髭面のおっさん。
今日一番の反応である。
ミエガさんをチラッと見ると他のキノコも買うか迷っているらしく、しゃがんで吟味しだした。
チャンスだな。
「あのー」
「ひっ!? へっぶ……!」
小声で話しかけると、爺さんは大変挙動不審に口を押さえた。
「いや、そんな怖がらなくても……。ちょっと聞きたいことがあると言いますか」
コクコクと頷く爺さん。
「なんか……あなたと言い、どうも俺たちを見る目というか対応と言うか、なんか変なんですよ。なんか知ってます?」
爺さんはミエガさんをチラッと見ると、俺を手招きしてきた。
顔を寄せると、少し独特の臭いに顔をしかめそうになる。
「いいか。よーく聞くんだ。一回しか言わない」
「はあ」
「マイガスさんはいい子だ。だが同時にかなりお前にご執心だ」
「へ?」
「いいか。ヤバくなったらあの塔に駆け込め」
爺さんがこっそり指差した方を見る。
行きにミエガさんが言っていた図書館付きの学校が見えた。
「それと、あー……うん。これだけはもう一度言っておこう。マイガスさんはとてもいい子なんだ。それだけは忘れてくれるなよ。でないと」
「何をお話ししているのでございますか?」
「ひゃへええええ!」
突然ミエガさんの顔が至近距離に現れ、爺さんは奇声を上げてひっくり返る。
「大丈夫ですか!?」
慌てて抱き起こそうとするが、
「触るな!……あ、すまない。自分で立てる」
思いっきり拒絶されるが、まあ立てるなら大丈夫か。
「じ、じゃあまた来週、待っとるぞい」
「はぁい。ではまた」
「え? あ、さようなら」
ミエガさんにまた引きずられるようにキノコ屋から離れる。
やっぱり爺さんの目は、皆と同様の目になっていた。
0
お気に入りに追加
30
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ある王国の王室の物語
朝山みどり
恋愛
平和が続くある王国の一室で婚約者破棄を宣言された少女がいた。カップを持ったまま下を向いて無言の彼女を国王夫妻、侯爵夫妻、王太子、異母妹がじっと見つめた。
顔をあげた彼女はカップを皿に置くと、レモンパイに手を伸ばすと皿に取った。
それから
「承知しました」とだけ言った。
ゆっくりレモンパイを食べるとお茶のおかわりを注ぐように侍女に合図をした。
それからバウンドケーキに手を伸ばした。
カクヨムで公開したものに手を入れたものです。
悪役令嬢の破滅フラグ?転生者だらけの陰謀劇!勝者は誰だ
藤原遊
恋愛
悪役令嬢の破滅フラグを回避するためには
平凡な人生を夢見ていたはずの私、レティシア・ド・ベルクレア。ある日気づけば、乙女ゲームの悪役令嬢として転生していた。金髪碧眼、学園一の美貌を誇る“悪役令嬢”なんて、何の冗談? ゲームのシナリオ通りなら、ヒロインをいじめ抜いた私は婚約破棄され、破滅する運命。それだけは絶対に避けなければならない。
ところが、学園中に広まる悪評は、どこかおかしい――まるで誰かが意図的に私を“悪役”に仕立て上げているかのよう。元婚約者である王太子アルフォンスや、謎めいた青年リシャールと手を組み、陰謀を暴こうとするうちに、恐るべき計画が明らかになる。
黒幕の華やかな笑顔の裏に潜むその真の目的は、貴族社会を崩壊させ、この国を平民革命へと導くこと。私を“悪役”に仕立て上げることで、彼女の計画は完成するらしいけれど……そんな筋書き、従うつもりはないわ!
この物語の舞台は私が選ぶ! 敵か味方かも分からない彼らと共に、悪役令嬢と呼ばれた令嬢が運命に抗う、波乱万丈の学園ファンタジー!
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
〜マリアンヌさんは凶悪令息のお気に入り〜
柚亜紫翼
恋愛
裕福な貴族令嬢マリアンヌ・ボッチさんはお裁縫が趣味の16歳。
上級貴族の令息と政略によって半ば強制的に婚約者にさせられていました、見た目麗しい婚約者様だけど性格がとても悪く、いつも泣かされています。
本当はこんな奴と結婚なんて嫌だけど、相手は権力のある上級貴族、断れない・・・。
マリアンヌさんを溺愛する家族は婚約を解消させようと頑張るのですが・・・お金目当ての相手のお家は簡単に婚約を破棄してくれません。
憂鬱な毎日を送るマリアンヌさんの前に凶悪なお顔の男性が現れて・・・。
投稿中の
〜隻眼の令嬢、リーゼロッテさんはひきこもりたい!〜
https://www.alphapolis.co.jp/novel/652357507/282796475
に登場するリーゼロッテさんのお母様、マリアンヌさんの過去話です。
本編にも同じお話を掲載しますが独立したお話として楽しんでもらえると嬉しいです。
偉物騎士様の裏の顔~告白を断ったらムカつく程に執着されたので、徹底的に拒絶した結果~
甘寧
恋愛
「結婚を前提にお付き合いを─」
「全力でお断りします」
主人公であるティナは、園遊会と言う公の場で色気と魅了が服を着ていると言われるユリウスに告白される。
だが、それは罰ゲームで言わされていると言うことを知っているティナは即答で断りを入れた。
…それがよくなかった。プライドを傷けられたユリウスはティナに執着するようになる。そうティナは解釈していたが、ユリウスの本心は違う様で…
一方、ユリウスに関心を持たれたティナの事を面白くないと思う令嬢がいるのも必然。
令嬢達からの嫌がらせと、ユリウスの病的までの執着から逃げる日々だったが……
わたしは婚約者の不倫の隠れ蓑
岡暁舟
恋愛
第一王子スミスと婚約した公爵令嬢のマリア。ところが、スミスが魅力された女は他にいた。同じく公爵令嬢のエリーゼ。マリアはスミスとエリーゼの密会に気が付いて……。
もう終わりにするしかない。そう確信したマリアだった。
本編終了しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる