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5.ハナミズキは、私の想いを受けて欲しいと求愛する

あなたに染まっていく

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 穂積にぎゅっと抱きしめられ、口づけられると、勿忘草の匂いが香乃を包む。
 それは清爽な香りというよりは、挑発的な誘惑の香りのようだった。

 香乃の細胞のひとつひとつが、まるで女として芽吹くかのようにざわりと奮えた瞬間、穂積が香乃の深層に、ゆっくりと腰を入れて押し進めてきた。

「ん……」
「く……っ、あ……」

 穂積は苦しげに目を細めると、半開きの唇から恍惚とした声を漏らした。

「あなたの……俺に絡みついて……、熱く蕩けて……気持ち、いい」

 喉元を晒すようにして歓喜の声を上げる穂積は、凄絶な色香を放つ。
 彼の感じている表情と声に、香乃は見ているだけで陶酔してぞくぞくとしてしまう。

(ああ、たまらない……)

 蜜で潤った坩堝からは、次々に蜜が溢れ出て、湿った音が響く。
 圧迫感あるものが、内壁を擦り上げるようにしてゆっくりと入ってくると、全身が総毛立つようなざわざわとした快感が、香乃の身体に迫り上がってくる。
 苦しいのに気持ちがいい――その感覚は至福に満ち、香乃は引き攣ったような呼吸を繰り返して、穂積の背中に回した手に力を込めた。

 穂積が香乃の頭を抱きしめるようにして一気に押し進めると、僅かな距離が開いていた下半身も密着した。

 自分の一番近いところに、愛おしい彼の一部が繋がっている。
 じんじんとした熱は身体を溶かして、思考すら蕩けさせていく。
 なにもわからなくなりそうな中、胸に膨らむのは――穂積が好きだということだけだ。
 自分の身体全体が、彼が好きだと叫んでいる。
 彼に抱いて貰えて嬉しいと泣いている。

(ああ、わたしはこんなにも彼が好きだったんだ……)

 記憶がない自分も、記憶がある自分も。
 求めていたのは彼だけなのだろう。
 最上級の愛の形として、こうして結ばれたかったのだろう。

 穂積は、香乃の顔を自分の胸に押しつけ、荒い呼吸をした。
 ドクドクという早い鼓動の音を聞くと、香乃の中で穂積への愛おしさが一層募った。

「香乃……繋がった」
 
 震える声が聞こえてくる。
 自然と指を絡め合せるように手を握ると、穂積が香乃の手の甲に唇を落とした。

「ん……わかる。わたしの中に……穂積がいる……」

 穂積はもぞりと動くと、香乃を見つめて優しく目を細めた。
 
「ようやく……俺達、ひとつになれたね」

 勿忘草の瞳は、まるで朝露が浮かんでいるかのように濡れている。
 熱を帯びた瞳から雫は、そっと彼の目尻から流れ落ちた。

「好きだよ、香乃。初めて会った時から」

 呼応するように香乃の目からも、雫が頬に伝い落ちる。

「何度も何度も俺はあなたに恋をした。もうこれ以上ないっていうほどあなたを好きになって、だけどあなたに会う度に、もっと好きになって、苦しくてたまらなくなって。プラトニックじゃいられないほど、女のあなたも欲しくなった」

 穂積は切なげに微笑んだ。

「俺にとっての勿忘草はあなただ。寂しげで控え目なのに、凛として存在を主張して、決して誰にも手折れない。孤高で高嶺の、恋せずにはいられない……そんな花。だから俺は、少しでもあなたを傍に感じたくて、この忌まわしい瞳すら身に纏った」
「……っ」
「正直、こうして抱くことで、あなたを手折ってしまいそうで怖い。あなたからの愛を貰えたことも、すべて儚く消えてなくなってしまうのではないかと、思えてしまう」

 ああ、それは何度も過去の自分が、記憶を無くして彼を悲しませたからだ。
 現実は長くは続かないものだと思えてしまうのだろう。

「でも……ごめん。俺はもう待ちたくない。誰かにあなたを奪われるのを、見ていたくない。あなたを手折った責任はとるつもりだ。俺の生涯をかけて」

 強い意志が通う勿忘草の瞳。

「わたしは……そんなに綺麗な花ではないよ?」

 香乃は笑った。

「それに責任という言葉は使わないで。わたしは望んで、あなたに抱かれているの。これはわたしの意志。記憶がない自分も、望んでいたのだと強く思えるほど、嬉しいの。ああ、ようやく……あなたの元に戻ってこれた、そんな気が」
「香乃……」
「薄情なわたしを待っていてくれて、ありがとう。わたしも……あなたが好きよ。好きだから……初めてじゃなくてごめんなさい。綺麗じゃなくてごめんね」

 香乃は穂積に抱き付くと、忍び泣いた。

「あなたを裏切って、違うひとに好きだと言って、違うひとと身体を……」
「いいよ。その分、俺が挽回する」

 香乃の頭はくしゃくしゃと撫でられる。

「あなたの中のすべての男の影を消せるように、頑張るから。だから……この先、俺のことだけを見てて。俺だけのことだけ考えていて。なにがあっても俺の隣に立っていて」

 〝なにがあっても〟――そう告げた穂積は強い目をしていたが、僅かに翳ったものを横切らせた。
 なにかがあるのかもしれない。
 それは予感のような不安ではあったが、香乃は逃げるつもりはなかった。
 今まで十分逃げ続けてきたのだ。
 これからは、逃げずに立ち向かいたい。
 もう怖いことなんてないのだと信じて、穂積の隣に立ちたい――。
 
「うん、いつまでもあなたの傍にいたい。この先も、あなたしか見えないから」

 香乃はまっすぐな瞳を、穂積に向けた。
 迷いない真実の愛を、わかって貰いたい――。

「わたしを……好きにしていいよ。壊してもいいから、わたしはあなたのものだと、わたしに刻みつ……あぁん」

 香乃の声が甘くなったのは、彼女の中の穂積が、より大きくなって脈打ち、自分の存在を主張したからだ。
 驚くと同時にその変化が気持ちよくて、思わず香乃は締め付けてしまった。
 すると穂積がびくんと身体を跳ねらせ、上擦った声を出す。
 反応がダイレクトに伝えられるほどに、深層で確実に繋がっていると思うと、香乃は嬉しかった。

 穂積は深く息を吸って呼吸を整えながら、詰るようにして香乃を見た。
 その目は艶やかな熱を帯びて、色っぽい。

「あなたの中、凄くよすぎて意識飛びそうなのを必死に我慢しているのに、その破壊力ある言葉と締め付けは駄目。俺、もたないから」

(わたしに……感じてくれるの?)

「……もたなくてもいいじゃない。別に我慢しなくたっていい」

 香乃が微笑むと、穂積は僅かにむくれたように言う。

「少しでも長く、あなたと溶け合いたいんだよ……」
「うん。何度も何度もまた溶け合えばいいでしょう? どうして一度なの?」
「……っ」
「わたしは消えないわ。何回も、飽きるほど愛しあお……ひゃう!」

 香乃が啼いたのは、また大きく息づいた穂積の剛直が、ゆっくりと動き出したからだ。
 香乃の身体に馴染みつつあったそれが引き抜かれるのが寂しくて、思わず穂積にしがみつく。

「ああ……そんなに締め付けて、俺が出ていくのがいや?」
「ん……いや」
「ふふ、可愛いな」

 穂積は口元で綻びながら、香乃の唇を奪い、ねっとりと舌を絡み合わせた。
 唇が離れても、視線は交わされたまま、また磁力で引き合うようにして唇が重なり合う。

 穂積の腰の動きは、次第に力強いものへとなっていく。
 ぴちゃぴちゃと音が響く中、秘処の結合部からも響く淫らな音が混ざる。
 どちらの音が、どこからなされるものかわからないまま、香乃は濃厚な勿忘草の香りの中で、乱れよがった。

「気持ち、いいっ、あぁんっ、ああ、あん」
「ん……香乃、顔……見せて? ああ、蕩けている顔……俺に……」

 嬉しそうな穂積の表情。
 僅かなあどけなさに入り交じる、大人の男の艶。
 それに魅惑され、香乃は自分から唇をねだる。

「ああ、香乃。たまらなく、好きだ」

 苦しさと切なさを織り交ぜた表情で、穂積は奥まで貫く。
 ぱちん、と火花が散った。

「俺……あなたを気持ちよく、させられてる? 俺ばかりが、気持ちよくて……幸せではない? 一緒に……愛し合えてる?」

(ああ、どうしてこのひとは)

 誰かのために我慢して、己を律する。
 それが今の真宮穂積だというのなら、悲しい。

 もっともっと、自分の前では素の彼でいて欲しい。
 彼を縛るすべてのものから解き放たれて欲しい。
 自分に、なにも気負わないで欲しい。
 優等生の彼なんていらない。

 ただひたすら、本能のままに過ごして欲しい――。

 香乃は穂積をぎゅっと抱きしめ、両足を彼の腰に巻き付けた。
 そしてそのまま片手で布団を押すようにして、起き上がり、座位の形にする。

「香乃……?」
「気持ちいいの、わたし……気持ちよくてたまらないの」

 香乃は穂積の視線を浴びたまま、腰を振った。
 剛直の角度と深度が変わり、太股が戦慄く。
 
「ねぇ、見て。本当のわたしを。気持ちよくて、幸せで……たまらないの」

 震えながら、香乃は言う。

(解放して。あなたを)

「は……んっ、穂積……こんな、いやらしい……わたしを、嫌いにならないで。あなたに酔って、蕩けてしまうわたしを……許して……。もっと、もっと……あなたと一緒に気持ち、よくなりたい……っ、わたしを……あなたなしでは生きられない、女にして……っ」

 途端、穂積の空気が変わり、彼は苦しげな顔をした。
 そして香乃の胸に吸い付くと、香乃の腰を前後に揺すぶりながら、下からの突き上げを激しくさせた。

「やっ、ああ、駄目っ、激しいの、駄目っ」
「ああ……妬ける。あなたに激しさを、教えたのは誰なのか……妬けるっ」

 勿忘草の瞳にぎらついた光が宿る。
 それを見ただけで香乃はぞくぞくとして、淫らな声が止まらなくなる。
 嬉しい。
 彼が憂いを少しでも消して、男として覚醒したことが。

「ああ、深い……っ、穂積の大きくて……奥にあたるっ」
「教えてよ、香乃。あなたのいいところ。あなたが俺に飽きないよう、俺……頑張るから」
「んん、奥、奥……っ」
「ああ、ここだね? ん……締め付けが、凄いよ」

 穂積は振り切るように、自らも腰を大きく回した。

「あっ、あああっ、それ駄目、駄目っ」

 穂積は器用だと河原崎は言っていた。
 しかしコツを覚えると、ここまで技巧的になれるものなのだろうか。
 男とは本能的にそう出来る生き物なのだろうか。

 穂積とのリズムが完全にひとつになっている。
 自分の中が彼の形に作り替えられているような錯覚に陥る。
 自分のすべてが穂積に染まっていく。

 勿忘草の色に。
 あの歪な月の色に。

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