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4.アネモネは、あなたを信じて待つと約束をする

理解しがたい男の仲

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 ◇◆◇

 きーくんはおかしい。
 どうしてみっちゃんを使用人風情と言い除けるだけではなく、人間の扱いをしないのだろう。

 みっちゃんはおかしい。
 どうして、頬をぶたれたり血を流されたりしても、「きーさま」と呼ぶきーくんの言うことに従わないといけないのだろう。

 だからわたしがみっちゃんの壁になるしかない。
 どんなにきーくんに嫌われて憎まれて、嫌がらせをされても。

 実際きーくんは、わたしがみっちゃんと一緒にいると、もの凄い剣幕で怒った。
 彼の思い通りにならないと、冷めた碧眼で激情を飛ばしてくる。
 平気でみっちゃんに暴力を振るうし、わたしの好きなものを切り裂いて。
 そしていつも言うのだ。

「みーは人間じゃない、ただの道具、いやそれ以下だ。なんでそんなのを庇うんだ!」
「ねぇ、きーくん。あなた何様なのよ。道具以下ってなによ!」

 彼から、わたしもそう思われているのだろうか。
 寂しげな勿忘草色の瞳を向けて、〝ひとでなし〟だと。

「その言葉の通り。みーはオレの残滓だ」

 残滓って……残ったカスという意味よね。

「此の世で一番忌まわしい……オレの残滓だ。残滓はオレの許可なく意志を持ってはいけない。お前が主ではないんだよ、カノが優しいからって思い上がるな!」

 憎悪を目の当りにしてみっちゃんは震え上がる。
 黒い瞳からぼたぼたと涙が零れている。
 わたしはみっちゃを抱きしめ、銀糸のような髪を撫でながらきーくんをきっと睨む。
 しかしきーくんの蒼い瞳には、わたしの姿などなく。
 ただひたすら、みっちゃんを睥睨していて。
 ……わたしを弾いていて。

「消えろ。目障りだ。カノはオレのものだ」
「きーくん。わたしはきーくんのものじゃ……」
「オレのものだ! みーのものじゃない!」

 きーくんはまた癇癪を起こして、わたしからみっちゃんを奪うと、その銀髪を鷲掴んで地面に打ち付けた。

「みー。お前、昨日……カノになにをした。オレが知らないとでも思っていたのか」

 その日のきーくんの怒りは収まらなかった。
 わたしは、みっちゃんからきーくんが激怒するようなことはされていない。
 むしろみっちゃんは、わたしに――。

「ご、ごめ……」
「死ねよ、お前」

 きーくんがみっちゃんの首をぎりぎりと両手で締め付ける。

 碧眼を揺らめかせているのは憤怒。
 そして――深い嘆き。

 わたしは慌てて止めようとしたが、突き飛ばされてしまった。

「みー。カノに色目を使うんじゃないよ。残滓は残滓らしく、日の差さないところで消えてなくなれ!」

 どうしてこうなってしまうの。
 どうして仲良く出来ないの。

――私カノちゃんが大好きなの。だから、教えてあげる。私ときーさまは……。

 ……みっちゃんときーくんは、兄妹なのに。

 ◇◇◇


 真宮は、フードに長いウサギの耳がついた、もこもこなピンク色のパジャマを着て、すぅすぅと寝息をたてていた。そっと額に触れると、ほんのりと熱い程度でこれなら大丈夫だろう。

「イケメンって、こんなにメルヘンでファンシーなパジャマでも似合う生き物なのね」

 ――少し前。
 汗ばんだままの真宮の身体を放置していたら、熱がぶり返すかもしれない――そう思った香乃は、彼女を離したがらない真宮を宥めすかしてタオルを持参し、真宮の身体を拭いた。
 意識しないようにしていても、男らしい骨格にしなやかな筋肉がついた彼の身体は生唾もので、香乃は顔に出さないようにするのに精一杯。

 しかし、男性ものの着替えがない。
 香乃が思い出したのは、数年前の福袋に入っていた、やけにファンシーなLLサイズのパジャマだった。
 年齢的にもサイズ的にも着れないために、香乃は牧瀬にあげようとしたが、彼に頑として断られたものだ。それを着替えとして差し出すと、真宮はかなり微妙な顔をして、着ていた服か裸でいいと言い出した。
 だが、着ていた服は既に汗でびちょびちょで、着直しが出来るものでもなく。
 今から洗濯をしたとしても、その間、裸でいることになる。
 また熱がぶり返すと香乃が言うと、真宮は両手を伸ばして小悪魔的に笑う。

――あなたを抱きしめていればいい。

 裸で抱きしめられて、さらにまたキスでもしてしまったら、平静でいられる自信がない。
 御免被りたい香乃は、こう言った。

 『明日の約束は無効ということでいいのなら』

 すると真宮は目を見開き、此の世の終わりのような絶望的な顔をすると、パジャマを着て、強制的に香乃を抱きしめて布団に潜り込んだのだった。

――くそっ、こんな格好じゃ……キスも出来ない。

 なにやらそんなぼやきも聞こえて来たが、すぐに真宮は微睡み、寝入った。
 規則正しい呼吸音が、彼の回復を告げている。
 もう、お役御免だ。
 でももう少しだけと、香乃はしばし綺麗な寝顔を眺めていたが、日が昇ったタイミングでそっと抜けだすと、シャワーを浴びる。

「今日、ちゃんとけじめをつけるんだ」

 牧瀬に恨まれ、友情はなくなってしまうかもしれない。
 それでも、もう心を偽れない。
 欲しいのは、真宮だ。
 どうしても真宮への想いを抑えきることは出来ない。

 牧瀬の前で泣かないようにしよう――。
 そう思いながら、シャワーに打たれながら香乃は先に涙した。



「河原崎支配人。お使い立てしてしまい、すみません」
「いやいや、俺はいいんだ。穂積が独り占めする予定の朝飯も食わせて貰ったし? 穂積のあの愛くるしいウサギ姿……くくく、あれも写メがとれたし? すぐ戻ると言いながら、仕事放棄した穂積に代わって、前々から早帰りして予定していたデートもキャンセルして、ほぼ徹夜であいつの仕事していた俺の気持ちも、癒やされたし?」

 真宮がシャワーを浴びている間、香乃の家に居座っている河原崎が、爆笑を恨み言に変えた。

「デート……。それはすみませんでした」
「あんたが謝ることはない。昔からあいつ、極度のストレス抱えると高熱出すから。あんたがとんずらこいたせいで、レベルDの怒りに転じなかっただけ、まだよかった」
「……重ね重ね、すみません」

 ソファにふんぞり返って座る河原崎に、香乃はラグの上で縮こまって正座すると頭を下げる。
 真宮がここに来た理由も、河原崎には筒抜けだったようだ。

……河原崎の連絡先がわからないため、真宮が寝ている間にホテルに電話をして、真宮が熱を出した事情を話したのは一時間くらい前。すると河原崎は「わかった」だけで電話を切ってしまったのだが、それから三十分後に真宮の着替えを持って、住所も告げていないのに香乃の家にやってきたのだ。

(一を聞いて十を察することが出来る支配人かもしれないけれど、うちで待ち伏せしていた彼といい、わたしの個人情報って一体……)

「で? 極端なショートスリーパーの穂積がウサギ姿で……くく、ぐっすり寝ていたということは、穂積はようやく魔法使いは失格したんだな? しかし、熱でぶっ倒れたくせにがっつける若さっていいよなあ。肉食ウサギかよ。それとも穂積を食らったあんたが肉食?」
「申し訳ないですが、彼はまだ魔法使い予備軍です」

 すると河原崎は舌打ちをして言う。

「俺、仕事をずっと頑張っていたのに、まだ魔法使いかよ!?」

「誰が魔法使いだって?」

 シャワーを浴び、河原崎の持ってきたスーツに着替え終わった真宮が、憮然とした表情で現れた。
 その姿には、熱で懇願していたり甘くキスをしていた姿はなく、凜然とした総支配人の姿だ。
 あの夢のようだった一夜は明けたのだと、思い知らされる。

「いやいや、こっちの話だ。ホズぴょん」

 すると真宮は片眉を跳ねあげ、あからさまに不快そうな顔をする。

「いい夢見れたかな、ホズぴょん。スマホの電源切って行方不明になったホズぴょん、お兄さんはとっても心配して……ぐわわわわわ、冗談だって、穂積、おいこら!」

 気付けば、河原崎はラグの上で俯せにさせられながら、真宮に手を捻られている。
 いつ見ても鮮やかだ。

「……おかしなこと、彼女に吹き込んでないよな、理人」
「ないない! ないですよ、ホズぴょ……いでででで! ギブギブ!」

 河原崎はバンバンと片手でラグを叩いた。

(挑発するような軽口は身を滅ぼすってこと、支配人はわかっていないのか、それともこれがコミュニケーションなのか)

 男の仲というものは、香乃にはどうも理解不能だった。
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