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第5章 脆弱
異常の原因
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サクは地面を駆け、サラからユウナをひったくる。
唇を震わせながらユウナの頬を撫でると、
「馬鹿姫様……っ」
たまらないというように切なく目を細め、両手でユウナを強く抱きしめた。
「こっちの気も知らずに、なに呑気に眠り込んでるんだよ、心配したじゃ……」
……嫋やかな体が、燃えるように熱かった。
「姫様、熱出ているのか!? 呼吸はしてるが、乱れてる……」
体調不良を隠していたのだろうか。今までユウナの変調を気づかなかったサクは、悔しさに唇を噛む。
「とにかく、姫様を寝かして……親父?」
ハンが苦渋の顔つきで、赤い月を振り仰いでいた。
ユウナの変調に動揺している様子はなく、むしろ既に知っていたかのような表情にサクには見えた。
「ハン?」
それを訝しげに思ったのはサラも同様。サラの問いかけに、ハンは無機質な表情が張り付いた顔を向ける。
「サラ、姫さんの服の下を見てみてくれないか」
「え?」
突然なにを言い出すのか。驚いたサクが口を挟む前に、ハンの言葉は続けられた。
「その体に、明らかな異変があるはず」
サクには、ハンが冗談や思いつきで、ユウナの裸を見ろと言っているような雰囲気には見えなかった。
確たるなにかの根拠に従って、口にしていると思ったのは、サクだけではなかった。
「わかったわ」
サラは神妙な顔で頷くと、怪訝な表情の息子をどかせて、密やかに素早くユウナの服の中を覗き込み、表情を強ばらせた。
「……姫様の胸に大きく、サクの手首と同じようなぐねぐねとした黒い痣があるわ!! 昨夜、浴室で服を着せたときは、こんな痣はなかったのに」
サクは、反射的に自分の手首を手で押さえ、ユウナの胸を見た。サクもまた、洗浄時に、ユウナの裸にそんな痣を見た記憶はなく。
ハンは重々しく、口を開く。
「それは邪痕。呪詛をかけられた証だ」
――と。
「邪痕!? 俺と同じ!?」
「ああ、だが姫さんの中に、なにかの気配はねぇ。お前のような契約の証ではなく、これは純粋な呪詛だろう。発動のきっかけは時間的なものか、なにか起因があったのかはわからねぇが、姫さんが今熱を出している異常さは、呪詛と無関係ではないはずだ」
「呪詛ってなんで姫様が……。なんで突然……」
「ふたりとも、ちょっといい?」
サクが息を飲んだのは、サラの形相が変わっていたからだ。
「姫様はともかく……サク。邪痕、契約の証ってなに? あんた母さんに、なにか隠していることがある?」
ぎくりとサクが肩を震わせる。
「サク、答えなさい」
怒りの顔で詰め寄るサラを制したのは、ハンだった。
「サラ、それは後で俺が話す。だから今、黙っていてくれ」
ハンの厳しい面持ちに、サラはわかったと了承して、ただじとりとした目をサクに向けるに留めた。
「姫さんの話に戻す。邪痕をつけた者は、徐々に変調をきたすと言われている。熱などの身体的変調だけではない。精神にも影響が出てきて気狂いめいてしまうらしい。俺の勘では、姫さんはかなり深刻だろうと思う」
「え、でも、姫様は落ち着いているじゃねぇか。熱はあるけど」
「今は、無理矢理眠らせられ、落ち着かされているだけだ。目が覚めたらどこまでの凶暴性を持つかわからない。呪詛とは、発動したらこうなるという定型がない。攻撃するのは他者か自分自身か。それは実際見てみないとわからない」
「……。眠らされていたって……もしかして、今まで話していたあいつらに?」
「ああ」
頷き合うふたりを見比べながら、サラは不思議そうに首を傾げた。
「〝あいつら〟?」
「お袋は見なかったか? さっき馬で街から出て行った、若い男とチビのふたり連れ。男の服装は黒陵のものではなかった」
「見なかったわ。蹄の音も聞いていないけれど……」
「そんな、入れ違いだったぞ? お袋に聞こえてねぇわけないって」
「いいえ、聞こえなかったわ。私、馬の音にはかなり神経質になっていたんだけれど」
だとしたら、あのふたりはどうやって消えたのだろう。
幻ではないはずだ。
「ねぇ、ちょっとあれ……なに?」
サラ指で示す先にあるのは、あのふたり組が現実であったことを示す置き土産。もぞもぞと芋虫のように動いている影だった。
「あれは、タイラだ」
ハンの答えに、サラは驚愕に目を見開いた。
「なんでタイラがあんなになっちゃったわけ!?」
サクが嘲るようにして言った。
「ああ。街長の街の紋章を持ち出してまで信憑性出して、俺を売ろうとしたところを、裏切り者を召し捕ったり、とそいつらがわざわざ連れてきたんだ。で、タイラは、ここに来た時は既にあんな状態。タイラがあいつらを、中央の貴族かなにかと勘違いして、報奨金でも巻上げようと近づいたのが運の尽きだな。もしもタイラが話したのが違う奴だったら、俺今頃どうなっていたことやら。タイラのあの姿は、複雑なんだよな……」
「タイラが、なんでまた! もしや、ユマを手に入れようとして?」
「……真実はわからねぇ。本人はあんな状態だからな。ま、そんなことより。親父、あいつらは誰だったんだ?」
サクの質問に、ハンは顰めっ面で答えた。
「……俺の見立てが正しければ、倭陵随一の識者集団に属する者だ」
「はあ!? 誰だよ、それ!?」
「他言無用と念を押されている以上、相手が息子であろうとそれ以上は俺の口からは言えねぇ。お前が自分で真実に到達しろ」
「そんなこと言ったって……。そこまで言ったなら突き放すよ。なぁ、お袋。お袋だって気になるだろう?」
「ハン、倭陵随一の識者集団……もしかして〝彼女ら〟!?」
「多分、な」
「なんで見てもねぇお袋には、話が通じてんだよ!」
「ちょっとお黙りなさい、サク。ハン、なんでまた……。だって〝彼女ら〟は今まで人前になど出たことがなく、実際いるのかどうかもわからないとされている人達じゃ……」
「それが居たんだよ、〝お嬢様〟を連れ、女ふたり連れで」
〝女ふたり連れ〟
「待て待て、親父。男ひとりにチビ女ひとりの間違いだろう?」
「なんだ、本気でお前、男だと思ってたのか? あいつ、女だぞ?」
「はああああ!?」
「女だからこそ、姫さんを眠らせるしか方法がなかった。そして俺達が男だからこそ、姫さんをサラを通じて戻したんだ、呪詛を解けと」
なにが〝だからこそ〟なのか、サクの頭は理解に追いつかない。サクの頭の中にあるのは、あの馬上の男……もとい女の、盛り上がった……想像上の胸。
「……ありえねぇ……」
違和感だ。明らかにその部分だけ、異質過ぎる物体だ。
「本当に〝彼女ら〟なの? 口車に丸め込まれてはいない?」
「本物だと思う。俺がしようとしていることは既知の上、俺達の敵ではないと前置きしてきた。……なにより、俺の玄武の血が特殊なあのふたりに震えていた。あの特異な空気からして、只者ではねぇ。それに隠れていたサクを、あんなチビなお嬢様ですら一発で見抜いていた。素人のはずはねぇよ」
「はぁ、こんな時にとは思うけれど、私も見たかったわぁ……」
「なんだよ、結局正体わからねぇのは俺だけかよ、畜生っ!!」
そんなサクの地団駄も、訳知り顔の両親には通じず。
「〝彼女ら〟の提言だからこそ、信憑性がある。ならばこそ、直面している問題は厄介だった」
ハンはサクとサラを見た。
「穢禍術と呼ばれる、倭陵では禁忌とされている強力な術がある。それが、姫さんにかけられた呪詛の正体だ」
ハンは硬い顔で語り出した。
「それは魔に穢れた者だけが行える、邪道の術。魔に穢れていればいるほど術の威力を増し、さらに姫さんの場合は二度重ねてかけられたらしい」
――死ねぬ呪いをかけてやる。
「しかも悪いことに、神獣が力を貸した男が術者ときてる。聖邪混在した穢禍術――、実に面倒でかつ強力な術と成り果てた」
――苦しめ、ユウナ。
サクはこくりと唾を飲んでから訊いた。
「その術者とは……、リュカ、か?」
「そうだ」
その返答に、サクは舌打ちした。
唇を震わせながらユウナの頬を撫でると、
「馬鹿姫様……っ」
たまらないというように切なく目を細め、両手でユウナを強く抱きしめた。
「こっちの気も知らずに、なに呑気に眠り込んでるんだよ、心配したじゃ……」
……嫋やかな体が、燃えるように熱かった。
「姫様、熱出ているのか!? 呼吸はしてるが、乱れてる……」
体調不良を隠していたのだろうか。今までユウナの変調を気づかなかったサクは、悔しさに唇を噛む。
「とにかく、姫様を寝かして……親父?」
ハンが苦渋の顔つきで、赤い月を振り仰いでいた。
ユウナの変調に動揺している様子はなく、むしろ既に知っていたかのような表情にサクには見えた。
「ハン?」
それを訝しげに思ったのはサラも同様。サラの問いかけに、ハンは無機質な表情が張り付いた顔を向ける。
「サラ、姫さんの服の下を見てみてくれないか」
「え?」
突然なにを言い出すのか。驚いたサクが口を挟む前に、ハンの言葉は続けられた。
「その体に、明らかな異変があるはず」
サクには、ハンが冗談や思いつきで、ユウナの裸を見ろと言っているような雰囲気には見えなかった。
確たるなにかの根拠に従って、口にしていると思ったのは、サクだけではなかった。
「わかったわ」
サラは神妙な顔で頷くと、怪訝な表情の息子をどかせて、密やかに素早くユウナの服の中を覗き込み、表情を強ばらせた。
「……姫様の胸に大きく、サクの手首と同じようなぐねぐねとした黒い痣があるわ!! 昨夜、浴室で服を着せたときは、こんな痣はなかったのに」
サクは、反射的に自分の手首を手で押さえ、ユウナの胸を見た。サクもまた、洗浄時に、ユウナの裸にそんな痣を見た記憶はなく。
ハンは重々しく、口を開く。
「それは邪痕。呪詛をかけられた証だ」
――と。
「邪痕!? 俺と同じ!?」
「ああ、だが姫さんの中に、なにかの気配はねぇ。お前のような契約の証ではなく、これは純粋な呪詛だろう。発動のきっかけは時間的なものか、なにか起因があったのかはわからねぇが、姫さんが今熱を出している異常さは、呪詛と無関係ではないはずだ」
「呪詛ってなんで姫様が……。なんで突然……」
「ふたりとも、ちょっといい?」
サクが息を飲んだのは、サラの形相が変わっていたからだ。
「姫様はともかく……サク。邪痕、契約の証ってなに? あんた母さんに、なにか隠していることがある?」
ぎくりとサクが肩を震わせる。
「サク、答えなさい」
怒りの顔で詰め寄るサラを制したのは、ハンだった。
「サラ、それは後で俺が話す。だから今、黙っていてくれ」
ハンの厳しい面持ちに、サラはわかったと了承して、ただじとりとした目をサクに向けるに留めた。
「姫さんの話に戻す。邪痕をつけた者は、徐々に変調をきたすと言われている。熱などの身体的変調だけではない。精神にも影響が出てきて気狂いめいてしまうらしい。俺の勘では、姫さんはかなり深刻だろうと思う」
「え、でも、姫様は落ち着いているじゃねぇか。熱はあるけど」
「今は、無理矢理眠らせられ、落ち着かされているだけだ。目が覚めたらどこまでの凶暴性を持つかわからない。呪詛とは、発動したらこうなるという定型がない。攻撃するのは他者か自分自身か。それは実際見てみないとわからない」
「……。眠らされていたって……もしかして、今まで話していたあいつらに?」
「ああ」
頷き合うふたりを見比べながら、サラは不思議そうに首を傾げた。
「〝あいつら〟?」
「お袋は見なかったか? さっき馬で街から出て行った、若い男とチビのふたり連れ。男の服装は黒陵のものではなかった」
「見なかったわ。蹄の音も聞いていないけれど……」
「そんな、入れ違いだったぞ? お袋に聞こえてねぇわけないって」
「いいえ、聞こえなかったわ。私、馬の音にはかなり神経質になっていたんだけれど」
だとしたら、あのふたりはどうやって消えたのだろう。
幻ではないはずだ。
「ねぇ、ちょっとあれ……なに?」
サラ指で示す先にあるのは、あのふたり組が現実であったことを示す置き土産。もぞもぞと芋虫のように動いている影だった。
「あれは、タイラだ」
ハンの答えに、サラは驚愕に目を見開いた。
「なんでタイラがあんなになっちゃったわけ!?」
サクが嘲るようにして言った。
「ああ。街長の街の紋章を持ち出してまで信憑性出して、俺を売ろうとしたところを、裏切り者を召し捕ったり、とそいつらがわざわざ連れてきたんだ。で、タイラは、ここに来た時は既にあんな状態。タイラがあいつらを、中央の貴族かなにかと勘違いして、報奨金でも巻上げようと近づいたのが運の尽きだな。もしもタイラが話したのが違う奴だったら、俺今頃どうなっていたことやら。タイラのあの姿は、複雑なんだよな……」
「タイラが、なんでまた! もしや、ユマを手に入れようとして?」
「……真実はわからねぇ。本人はあんな状態だからな。ま、そんなことより。親父、あいつらは誰だったんだ?」
サクの質問に、ハンは顰めっ面で答えた。
「……俺の見立てが正しければ、倭陵随一の識者集団に属する者だ」
「はあ!? 誰だよ、それ!?」
「他言無用と念を押されている以上、相手が息子であろうとそれ以上は俺の口からは言えねぇ。お前が自分で真実に到達しろ」
「そんなこと言ったって……。そこまで言ったなら突き放すよ。なぁ、お袋。お袋だって気になるだろう?」
「ハン、倭陵随一の識者集団……もしかして〝彼女ら〟!?」
「多分、な」
「なんで見てもねぇお袋には、話が通じてんだよ!」
「ちょっとお黙りなさい、サク。ハン、なんでまた……。だって〝彼女ら〟は今まで人前になど出たことがなく、実際いるのかどうかもわからないとされている人達じゃ……」
「それが居たんだよ、〝お嬢様〟を連れ、女ふたり連れで」
〝女ふたり連れ〟
「待て待て、親父。男ひとりにチビ女ひとりの間違いだろう?」
「なんだ、本気でお前、男だと思ってたのか? あいつ、女だぞ?」
「はああああ!?」
「女だからこそ、姫さんを眠らせるしか方法がなかった。そして俺達が男だからこそ、姫さんをサラを通じて戻したんだ、呪詛を解けと」
なにが〝だからこそ〟なのか、サクの頭は理解に追いつかない。サクの頭の中にあるのは、あの馬上の男……もとい女の、盛り上がった……想像上の胸。
「……ありえねぇ……」
違和感だ。明らかにその部分だけ、異質過ぎる物体だ。
「本当に〝彼女ら〟なの? 口車に丸め込まれてはいない?」
「本物だと思う。俺がしようとしていることは既知の上、俺達の敵ではないと前置きしてきた。……なにより、俺の玄武の血が特殊なあのふたりに震えていた。あの特異な空気からして、只者ではねぇ。それに隠れていたサクを、あんなチビなお嬢様ですら一発で見抜いていた。素人のはずはねぇよ」
「はぁ、こんな時にとは思うけれど、私も見たかったわぁ……」
「なんだよ、結局正体わからねぇのは俺だけかよ、畜生っ!!」
そんなサクの地団駄も、訳知り顔の両親には通じず。
「〝彼女ら〟の提言だからこそ、信憑性がある。ならばこそ、直面している問題は厄介だった」
ハンはサクとサラを見た。
「穢禍術と呼ばれる、倭陵では禁忌とされている強力な術がある。それが、姫さんにかけられた呪詛の正体だ」
ハンは硬い顔で語り出した。
「それは魔に穢れた者だけが行える、邪道の術。魔に穢れていればいるほど術の威力を増し、さらに姫さんの場合は二度重ねてかけられたらしい」
――死ねぬ呪いをかけてやる。
「しかも悪いことに、神獣が力を貸した男が術者ときてる。聖邪混在した穢禍術――、実に面倒でかつ強力な術と成り果てた」
――苦しめ、ユウナ。
サクはこくりと唾を飲んでから訊いた。
「その術者とは……、リュカ、か?」
「そうだ」
その返答に、サクは舌打ちした。
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