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  Secret Moon 10

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 明日は、全員が出席してくれるという。

 当主は、朱羽の方に連絡があったらしい。

――勿論いくぞ。……なあ朱羽。3,000万のプレゼントって、どんなものがいいんだ? 家か? 車か?

 ……3,000円です、お祖父様。単位が違います。

 やはり庶民の感覚はなかったらしい。
 もし朱羽に聞いていなかったら、3,000万円のプレゼントを用意したのだろうか。……それはそれで盛り上がって面白いかもしれないけれど。

 その時、目に入ったのは『月の秘密』という名前のパワーストーンショップ。赤札を窓につけて、セールをしていた。

 白黒が好きなあたしは、色とりどりのパワーストーンとか宝石にさほど心を引かれることはなかったけれど、たまたまお店の名前が、『シークレットムーン』だったことから店内を見た。

 つるっとしたのとか、どっかからか掘ってきたようなとげとげの水晶がついた原石とか棚に並んでいるけれど、これを貰って嬉しいだろうか。

 ……よくわからん。

「お客様、どんなものをお探しですか? ブレスレットにでもストラップにでもネックレスにでもお作りしますよ?」

 品の良い女性がにこやかに声をかけてきた。

「今はスマホだから、ストラップは……。予算が3,000円でクリスマスのプレゼントにしたいんです」

 そう言うと、店員は少し考えてなにかがつり下がっているところにあたしを連れた。

「色々な石をいくつか繋いで、キーホルダーにすることも出来ます」

「キーホルダー……」

 それだったら、どこかにくっつけて飾って貰えるだろうか。

 見たのは大きさが違う黒い石に、お花のような銀のアクセントの装飾が生えて綺麗だった。

「今は40%引きなので、3,000円で豪華なキーホルダーが作れますよ? どんな石をお探しですか?」

「よくわからないんです……」

「ではお好きな色は?」

「白黒……です」

 気の良い店員さんに申し訳なくなってしまった。

 こんなに色とりどりの石があるのに、モノトーンなんて。
 
「あ、でも贈り物だから、色がついていても……」

「それでもお客様がお好きな石を選んでお渡しになると、石は喜んでその力を発揮してくれます。だから白黒にしましょう」

 そう言って女性はカウンターの奥の棚から、沢山の引き出しを持ってきて、透明な円柱のケースに入っている白と黒の石をあたしの目の前に置いていく。

 ……たかが白と黒と思ったけれど、すべて違う種類でこんなにたくさんあるらしい。

「凄いですね、正直こんなにあるとは思わなかったです」

「でしょう? 石が半透明とか光るものとか色々なものがあります。どんな白い石が気になりますか?」

 それは青白い光を放つ、半透明の白い石だった。

「それは、ロイヤルブルームーンストーンといいます。このぼんやりと光る、シラーと言われているものが銀色に光っているのがムーンストーン、青く光るのがブルームーンストーン。その中でも透明感あるこれが、ロイヤルブルームーンストーンと言います」

 ……ロイヤル! ムーン!

「こちらは愛情の石。クリエイティブなお仕事、直感力を必要とする職業にもよろしいです」

 おお、まさしくシークレットムーンじゃないか。

 誰もが愛情欲しいよな。

「これでキーホルダーを……」

「黒い石はどうなされますか? 小さいものでも白い石の間にいれれば、引き締まるかと思います」

「は、はい……」

 まあ40%引きだものね。  

「黒と言っても、こちらのように墨で塗られたような黒もありますし、こちらはシルバー系。こちらは濃い青が混ざった系、こちらは……」

 それはロイヤルブルームーンストーンのように、黒にぼぅっと青色が浮き出ている石。

「これは?」

「これは、ブラックラブラドライトといいます。シラーが綺麗ですよね。こちらは邪気を祓い、困難に打ち勝つ力という意味があります」

 ……おお、会社の危機を救ってくれるか、ブラックラブ!
 
 白と黒と青で統一。

 男性用にも思えるけれど、女性でも格好いい。あたしもいいな。

 聞くとセールはまだ先にもやっているらしく、今度は朱羽とブレスレットでも作りに来ようか。

 八時まであと二十分もないのだ。
 今はまだ個人的な買い物をしないといけないから、ここにはいられない。

「3,000円になるように、大きさを変えていきますね。邪気払いと愛情なら、どちらを優先になさいたいですか?」

「難しいですが、うーん、愛情にして下さい」

 異性にもひとにも愛情を注げば、きっとうまく行く。

「こんな感じでいかがでしょう」

 見せて貰ったのは、銀の飾りがついたもので、あたしは感嘆の声をあげた。

「これで3,000円なんですか!?」

「はい」

「じゃあそれにして下さい」

「ありがとうございます。効能のメモをいれておきますね」
 
 なんだか凄く得した気分だぞ。

 誰があたるのかな。
 愛情と仕事と困難に打ち勝つお守りを手にするのは。

 あたしは、朱羽に似合いそうな、ネイビーにグレイがまざった生地に、ブランドのロゴが散るマフラーにした。なんと裏側も使えるリバーシブルタイプ!

 それとこっそり、それをそのまま小さくした、カードケースも買った。
 マンションのカードキーを入れたらいいんじゃないかなって。

 そして八時に、無事朱羽と合流できた。

 朱羽は大きな袋を持っていた。

 キーケースは小さいだろうし、多分3,000円のプレゼントの方だろう。

 一体なにを買ったのか、明日のお楽しみだ。


 ***


 クリスマス会当日――。

「では、幹事に代わりまして、社長になりました、この結城が……」

「照れるな、むっちゃん社長!」

 あたしが野次を飛ばすと、

「むっちゃん言うな!」

 結城が怒って、笑いが起こる。

「この度は会長や社員の皆と、そして矢島社長、名取川さん、そして渉社長、沙紀さん、忍月のご当主、お世話になりました!」

「……おい、結城。俺は?」
「結城社長、私はぁ?」

 ……なんと、向島専務と千絵ちゃんが会長の見舞いと贖罪のケーキをもって病室に現われ、クリスマスパーティーに(招いていなかったのに)参加することになったのだ。

 険悪になるかと思ったけれど、やはり朱羽を取り戻すための"監視役"の場において、株主総会でも助けてくれた向島専務と、そして千絵ちゃんの決断を皆が称え、皆が輪の中に入れたのだ。

 ……ひとり、渉さんがぶつぶつ言っていたけれど、それでも友情が回復する兆しが見えるふたりだから、こうして賑やかな場に共にいれるのは、嬉しいことなのだろう。表情は柔らかい。

 千絵ちゃんは、あたし達が忍月本家に行っている間、そうあたしにLINEでひと言寄越した時には、シークレットムーンにひとり行って、今までしてきたことを床に両手をついて泣きながら謝ったそうだ。それはあたしと朱羽、渉さんと沙紀さん四人だけ、今日知ったことだったのだけれど。

 その時、皆がどんな言葉を彼女にかけたかわからない。

 だけど、千絵ちゃんをこうした内輪のパーティに招こうとした皆を見ていると、拒絶で終わったわけではなかったんだろうと思う。

 確かにこの兄妹のせいで、シークレットムーンは窮地に陥った。

 だけどそのおかげで、朱羽を取り戻すことができ、結城が率いる今のシークレットムーンがある。
 
「えー、なんとも厄介極まりない兄妹のせいで、いい迷惑を被りましたが、それでもそこは皆さんのご協力と一致団結により、なんとか危機を乗り切り、シークレットムーンはスーパーシークレットムーンとなって、前以上に規模を広げることが出来ました」

「スーパーシークレットムーン? だっさ」

「うるせぇな真下。えー、ほら言うこと忘れちまったじゃねぇかよ。あー、規模を広げることが出来、まさしく災い転じて福となすというもの。そしてシークレットムーンは進化し続けます。なんといっても、俺のダチの香月と鹿沼がまたシークレットムーンにいてくれるんだからな、鬼に金棒、これででかくならないはずねぇだろ、皆!!」

「「そうだ、そうだ!!」」

 忍月のご当主は、不愉快な表情ではなく、愉快そうな面差しで、ちょっと照れているらしい朱羽を優しく見つめている。

「それに、渉社長が忍月コーポレーションと忍月財閥の当主になってくれるのなら、そっちも安泰だ!! そして俺は、さらに次代の当主である香月を扱き使える!! こんなすごいことはねぇー!」

「「ブーブー」」

 皆は親指を下に下げてブーイング。

 どっと笑いが湧く。

「矢島社長は、きーーっと全国のホテルで俺達のシステムを使ってくれるような、寛大で目が肥えている、聡明で美しい女性だし!」

「ほほほほ。褒めたってなにも出ないわよ?」
「ヤジマ。まんざらでもない顔をしてるわよ」

「名取川さんは筆頭株主で、鹿沼の母親だから、俺らが困った時にまたアドバイスしてくれるありがたい神様のようなお人だし」

「ふふふふ、可愛がってあげるわよ」
「文乃。目が怖いわよ」

「ご当主も、気さくでいいじぃちゃんになったし」

 じぃちゃん扱いされた当主は、ごほっと咳をした。

「渉社長と沙紀さんの結婚には、俺ら全員呼んで下さいっ!」

「おー! 芸能人規模の結婚式だ。祝い金はずめよ?」

「えー、鬼ーっ! だだでしょう、そこは!」

「駄目よ、結城くん。タダだと渉に後で凄い仕返しされるから」

「うわっ!当主になるのにせこっ!」

「なんとでもいえ」

 またどっと笑いが起こる。
 
「それと、シークレットムーンのことだけではなく、今回香月をシークレットムーンに勤めさせるために、多大なるご協力を頂きましたこと、ここに深く感謝します。俺達にとって、香月は必要不可欠な存在。香月あって、シークレットムーンの未来が明るいものだと言えます」

「結城さん……」

「そして月代会長。ムーンを作ってくれてありがとうございます。俺達、本当に素晴らしい仲間と、素晴らしい協力者に恵まれ、鍛えられて強くなれました。絶対、会長のムーンは潰させません。絶対大きくなるんだから……それまで病気治せよ、親父!!」

「はは……。そうだな、うん。頑張るよ」

 上体を起こしながら病室から見ていた会長が、嬉しそうに笑った。

「では、長々と喋ってしまいましたが、メリークリスマス!」

 結城がコップに入れたジュースを上に持ち上げた。


「「メリークリスマス!!」」


 並べた机の上には、凄まじいご馳走の数。

 なんでも名取川文乃とご当主が、張り合うように絶品料理を用意したのと、本家からひとまず帰った沙紀さんのケーキ、あたしの揚げ料理、朱羽のたくさんのターキー、そしてお菓子もたくさんで。

 和気藹々とご馳走を頂く。
 会長はまだ食べれないから、見せびらかすだけだ。

「カワウソ~、食事もってここまで泳いでこい~。お前は愛と幸せのカワウソだろ~?」

「無理です、会長。あたしは人間ですから」

「いつ人間になったんだよ~」

 こんなやりとりも、ムーン時代から続いているのが嬉しい。

 何度か看護師さんが来たけれど、やはり抑える担当だと心得ているのか、名取川文乃は不平を言うどころか自ら立ち上がって説得に行く。

「さすがは文乃。文乃は昔から、説得係だったわよね。先生によく頼まれて、不良も更生させて」

「昔の話よ」

 いやいや、現在進行形です。
 
 沙紀さんは、本家での仕事が板について、ご当主に色々世話を焼くものだから、渉さんが拗ねる。

 それを見て向島専務が「こんな男が忍月財閥の当主になるなんてお先真っ暗だから、考え直した方がいい」などと余計なことをご当主に言うものだから、皆で慌てて渉さんがいいからと口を揃えたり。

 千絵ちゃんは今までの通りくるくると回ってジュースをつぎ足したり、杏奈とも話している。

 向島専務が渉さんを揶揄しながらも、杏奈をちらちら見るものだから、木島くんが間を割って向島専務を邪魔する。まるでいつも向島専務と木島くんが見つめ合っているようなおかしな図。

 結城は、あたしと朱羽を取り合うおかしな図で、衣里が「あんたそっちに走ったの」と冷ややかに言えば、「俺は男より鹿沼……」と言いかけて、朱羽にほっぺを抓られていた。

 ……だけど、あたしの名前の前にちょっと間があったのは、結城も前に進んでいるのかなとちょっと期待する。

 ねぇ、衣里。
 結城を頼んでもいい?

「はーい、ではプレゼント交換のお時間でーす! 皆さん、くじを引いて下さいね」

 あたしは、既に用意していた、穴の空いた箱を皆に回して、くじをひかせた。

 もってきたプレゼントは、会長のいる部屋に飾ったクリスマスツリーの下に、番号をつけて置いてある。

 すこしでも会長に、クリスマス気分を味わって貰いたいからだ。 

 幹事であるあたしと朱羽は、それぞれ読み上げられる番号のプレゼントを渡していく。

 1番は衣里で……。

「誰よ、このスケスケパンツ買ったのは!」

 ……布地が極端に少ないショーツ。

 皆が笑う。
 
 あたしは、手帳が当たった。

 まだ来年のを用意してなかったから嬉しい。
 しかも格好いい黒いカバーで、ほくほくだ。

 朱羽が当たったのは、紳士物の紺色の手袋。

 ……あれはひとりで歩く時に使って貰おう。

「俺に抱き枕、誰っすか? この可愛い白いニャンコのは」

 木島くんの声に、朱羽がおずおずと手を上げた。

 あの大きいのは、抱き枕だったのか。
 やっぱり白い猫なんだね。

 それに木島くんが抱きつくのかぁ……。

 ご当主は、名取川文乃が用意した茶道のセットがあたったらしい。

 プレゼントで茶道具というのも凄いけれど、それを当主が嬉しそうにして「これは密会のお誘いかの?」などともじもじするから、彼女は「私は人妻です!」と怒っていた。

 矢島社長は、全国で使えるやじまホテルのペアでの無料宿泊券を出したらしい。

「自腹切らなかったから、3,000円でなくてごめんね」

 ……それがあたったのは杏奈。

 杏奈が誰と行くのかを巡って、向島専務と木島くんがまた見つめ合っている中、

「千絵ちゃん、一緒に行こうよ」

「うわぁ、嬉しいです」

 ……そんな結果になったのを、ふたりは知らない。

 あたしが買ったキーホルダーは……。

「うお、なにこれ。すげぇパワー感じるんだけど」

 結城にあたった。

「恋愛運仕事運邪気払いなんて、俺無敵じゃねぇ? 誰だよ、こんな凄いの買ってきたの!」

「はいはい、あたしでーす!! 割引してたの!!」

「車のキーホルダーにするわ、さんきゅ!」

「どういたしまして!」

 じとりと横から視線。

「へー、結城さんの恋愛運上げてあげるんだ?」

 朱羽だ。また誤解してしまったようだ。

「あのね、奴があたったのは偶然だから! 多くのひとは恋愛運が欲しいかなと、そういうのが入ったものに……信じてよー」

 朱羽のご機嫌が直るまで、時間がかかった。
 

 悲喜こもごものプレゼント交換を終え、あたしと朱羽は代表して、会長にプレゼントをあげた。

「会長、これ膝掛けです。車椅子に乗れるくらい元気になるようにと」

 ……これは、衣里の案だった。

 だけど衣里は自分で渡しても受け取ってくれないだろうから、皆で用意したことにしてくれと、あたしに泣きついてきたのだった。

「わかった。頑張るぞ~。ありがとうな!」

 衣里は言わなかったけれど、かなり高価な膝掛けなのだろう。
 会長が包装をあけて出てきたのは、会長の好みに合いそうな……ちょっと派手目系のもので。

 会長は痩せた顔で破顔し、衣里は静かに潤んだ目を伏せた。

「お~、山本~」

「はいっ」

 会長の声ですくりと立ち上がったのは、一番の古株経理の山本さん。 
 彼女は沢山の封筒を握りしめていた。
  
「俺からのクリスマスプレゼントだ。受け取れ」

 皆が???を出している中、山本さんが社員全員の名前を呼ぶ。
 あたしも呼ばれたからその封筒を貰った。

 この中に目録みたいなものが入ってるとか?

 皆封筒を開けずに、照明に向けて透かして見たりしている。

「はい、開けてよろしい」

 会長の声で一斉に封筒を開けた。

 そこには――。


「ボーナスだ!!」


 明細書が入っていた。

 皆、今年はボーナスが出ないものだと思っていた。

 それが――。


「ご苦労さん!」


 給料3ヶ月分。
 いつもいい時で2ヶ月分だったのに。

「会長、会社今……」

「皆が頑張ったから利益が出ている。だからなにも気にするな」

 ……もしかすると、一部会長のポケットマネーが出ているかもしれないと思いながらも、経理をわざと使った会長の優しさにじーんとなったのはあたしだけではないはずだ。

 あたし達は会長のいる部屋に並んで、お礼を言った。

「「ありがとうございました!!」」

「これからも皆で力を合わせて、頑張ってくれ」

「「はいっ!」」
 
 皆が最高の笑顔になりながら談笑をする。

 あたしはひとり会長の元に行った。

「どうしたカワウソ」

「会長、本当にありがとうございました。あたし達に還元してくれるなんて……」

「当然だろう? 矢島さんも名取川さんも、お前がちゃんと仕事をとってきた。たとえ香月や睦月らと協力しても、お前は俺が頼んだ仕事をこなした。本当はお前らにはたっぷりやりたかったんだが、一律3ヶ月分にした」

「あたし達、無給を覚悟していたんです。これは本当に……クリスマスプレゼント以外の、なにものでもありませんね」

 あたしは出てきた涙を指で拭う。

「ひとつ、言いたいことが」

「なんだ?」

「さっきの膝掛けのことなんです」

 ……あたしは、どうしても衣里の気持ちを届けたかった。

「おお、俺好みだった。よく見つけたなあ」

「……衣里なんです。衣里が用意していたものなんです」

 社長は複雑な表情をした。

「きっと衣里からだったら、社長は受け取らないだろうから、皆から渡したことにしてくれと言われて、ああいう形にしました」

「そうか……」

「会長。衣里の気持ちはご存知ですよね?」

「ん……」

「やはり衣里は駄目なんですか? 衣里が可哀想で」

「……鹿沼」

「はい?」

「お前ひとりの胸にしまっていてくれないか?」

「はい」

 会長の目の先は、結城に怒っている衣里だった。


「……惹かれているよ、衣里には」


「だったらなぜ!」

「だからこそ、引き摺らせたくなかった」

 会長は翳った顔で、力なく笑う。

「俺は長くないとわかっていた。わかっているのに、俺の元に来てくれなんて言えない。いつ死んでもおかしくない身体で、衣里を縛ったまま残せない」

「会長……」

「抱くことも出来ない、子供も作れないんだ、俺は。男としてなにも出来ない俺は衣里に、俺の代わりの子供も残してやれない。衣里のためを思うのなら、衣里を拒んだまま……消えるのが良い。俺も未練を残したくないんだ」

 会長の気持ちも、痛いほどわかった。

「衣里に、俺ではない違う相手との人生を始めて欲しいんだ。たとえそれが、息子でも……」

 会長も感じているのか。
 衣里と結城の距離が縮まったと。

「睦月でも……祝福する」

 会長の目は潤み、青ざめた唇が戦慄いていた。

「衣里に言わないでくれ。頼むから……」

「わかりました……」

 クリスマスではしゃぐこの日に、会長の切ない心が痛くて。

「会長」

 あたしは会長の背中に手を置いて、言った。

「メリークリスマス。会長の下にも幸せがきますように」
 
 すると会長は笑った。

「メリークリスマス。俺は、お前達子供が仲よく会社を守ろうとしてくれているのが、幸せだよ」

「だったら、会長はずっと幸せです」

「ああ、そうだな」


 その時だ。


「はああああああ!?」


 そんな声がしたと思うと、バタンとドアが閉められる荒い音がしたのは。


「会長、失礼します。見てきます」

「ああ」


 見ると、場はシーンと静まり返り、結城と衣里だけではなく全員がドアを見つめていた。

 


 ※ここまでご覧下さりありがとうございます。
 次が最終回になります。
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