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  Funky Moon 3

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 ***

 病室に戻ると、沙紀さんが増えて衣里も戻っていたようで、なにやら皆難しい顔をしていた。作戦の議論が思い浮かばないのかなと思い、物音をたてないようにしていたら、朱羽が凜とした声を張り上げた。

「ただいま!! 帰りました!!」

 朱羽にとって、あたし達が居る場所が「ただいま」と言える場所になったのかと、じーんと感動していると、朱羽の声に結城と衣里と杏奈と木島くんと、専務と沙紀さん……全員が一斉にあたしを見て、一斉にあたしに向かって駆けてくる。

「な、なに? なに? なになに?」

 思わず本能的に逃げ腰になると、衣里があたしに抱きついてきて結城が笑ってあたしの髪をぐしゃぐしゃにした。杏奈が泣く、木島くんが貰い泣き。そして専務と沙紀さんは苦笑して、専務が代表して口を開いた。

「だから、結城の言った通り、朱羽は絶対連れ帰ると言っただろうが」

「え……と?」

 結城が言った。

「お前、黙って部屋を出ただろう。お前が向島に行ってしまったのかと皆で焦った。そんな時香月がすぐ動いたから、俺、皆に言ってたんだ」

――鹿沼のことは、香月に任せろ。地の果てでもあいつは鹿沼を探して、必ず一緒に帰ってくるから。

「その実、ひやひやしててよ。だけど、さすがは香月!!」

 朱羽がバンバンと朱羽の肩を叩く横で、衣里があたしに言う。

「私が帰ってきた時、陽菜がすごく思い詰めた顔をしていたからもしかしてと、皆が通夜みたいな顔で口々に言ってて。陽菜が馬鹿なことをしでかす前に連れ戻さなきゃと探しに行こうとしたんだけれど、この馬鹿が、香月は絶対陽菜を連れて帰るから信じて待てなんて、馬鹿力で腕を掴んで引き留めるから、探しにも行けなくて。……あと5分遅かったら、私この馬鹿全力で殴り飛ばしてあんたを探しに行ってた」
 
「ご、ごめん……」

「やめてよね、そういうこと。私の同僚がこの馬鹿社長だけになんてさせないでよ」

「……おい、誰が馬鹿社長だ」

「あんたよ、結城馬鹿社長! いい、陽菜。シークレットムーンの社員は、誰一人犠牲を出さない方法を議論してるの。最初からあんたを差し出す気なんてさらさらない。あんた、自分がどれだけ皆に愛されているのか、もっと気づいて自覚しなさいよ。うちらはあんたの家族でしょうが」

「……うん」

 そうだね、あたしに血の繋がった家族はもういなくなったけれど、あたしには血が繋がらないだけの愛おしい家族がいる。

 あたしはそうやって、ムーン時代から月代社長が作った会社を、生まれ育った実家のように思ってきたんだ。

 あたしは、シークレットムーンから出たくない。

「あたし役立たずだけど、ここに居てもいい? また全力で頑張るから!」

 すると結城が笑って、あたしの額に指を丸めてでこぴんをしてきた。

「アホ鹿沼、なにが役立たずだよ。十分役に立ってるじゃねぇか。俺は……俺達は、なにがあってもお前を手放さないからな。お前いてこそのものだ。な、香月!!」

 結城の声に朱羽は笑ってそうだと頷いてくれた。

「そうだよ、鹿沼ちゃん。本当は杏奈がいかなくちゃいけない。だけど杏奈、シークレットムーンの杏奈として、最後まで戦うから。だから鹿沼ちゃんも一緒に頑張ろう? 香月ちゃんの頭脳と宮坂専務の頭脳が合体したら、向島対策、完璧だから!」

「……うん、ありがとう杏奈」

 鼻の奥が熱くなってツーンとする。

「もう、主任。俺まだまだ主任に教わることがあるっす!! 相手によってこちらの形態を柔軟に変えていくという主任のスタンス、めっちゃここで役だってるっす。主任、これ見て下さいっす」

 それは何か手で書かれた紙の山。

「議論の内容をメモったっす。主任にいつも、何度も何度も案を作らせられたから、俺、聞いたものを簡単にまとめる力ついたっす。あ、三上さんのスパルタな扱きもあるっすが」

「言われたことはメモるくらいは常識だよ、木島くん。だけどね、鹿沼ちゃん。木島くん、飛び交う言葉をわかりやすいYES・NOのフローチャートとか図案にしてくれたから、それを見て色々話が進めれたよ」
 
 昔、木島くんに言ったことがある。

 文字だけの会社のパンフレットを、一度に視覚化できるようなものを、若い子向けだけではなく、老人に提案する気で、優しいWEBを作ってみろと。

 木島くんはデザイン頭だから配置など構図にセンスがあり、さらに図形や表などを交えて組み立てれば、とても見やすいのだ。

 しかも木島くんは、書道の準師範という腕前の持ち主らしく、水産会社のWEBだのメニューや看板文字で毛筆体が必要な時は、販売されているデザイン系のフォントではなく、彼がそれを家で書いてきたものをスキャナで画像化して、WEBや版下に使っている。

 まあそんな達筆な木島くんの文字でわかりやすくまとめられた議事録は、十案にも上り、そのどれもが大きく×がついていた。

「方法、見つからなかった?」

 すると衣里が頭を横に振った。

「香月と杏奈が先に手を打っていてくれたものを使って、それを武器に向島専務を抑える」

 衣里は不敵な笑いを見せた。
 ……必ずそこから仕事を取ってくると決めた時のような顔で。

「手を打っていてくれたもの? それはなに?」

「……鹿沼ちゃん。それは明日、見てのお楽しみだよ~」

 杏奈は笑う。

「見てのお楽しみ?」

 朱羽も口元を綻ばせて、静かに言った。

「あなたは大根役者の肩書きがあるので、その時まで内緒です。向島専務は、あなたの演技などすぐ見抜いて、俺達がなにか仕掛けているのではと警戒されては困りますから。俺と三上さんは見抜かれない自信、ありますので」

 眼鏡のレンズがキラン!と光った。

 あたしはなにも言い返すことが出来ず、ぽりぽりと指で頬を掻いた。

 いや、だけど待って。

「行くの? 専務に会いに?」

 行かせないと皆が言っていたのに?
 
「勿論あなたひとりで行かせません。明日の五時、俺と三上さんと三人で乗り込みます」

「えええ!? 全員で!?」

「勿論、俺達の身柄の引き渡しのためではない。本当はあなたとふたりで行こうと思っていましたが、三上さんが自分も行きたいと」

「うん。杏奈ね、……今度は逃げずにあいつの目を見て、言いたいの。杏奈の大切な人達を傷つけるな、杏奈の生きる居場所を奪うなって」

 杏奈の目には、揺らがない強靱な光が宿っている。

「杏奈……。でも乗り込むって、一体なにを……」

「……向島専務が言っていたでしょう」

 レンズ越し、朱羽の目が残忍な光を宿して細められた。

「完膚無きまでに叩きつぶせと」

 くつくつと喉元で朱羽は笑う。

「……俺はちゃんと向島専務に警告をした。それでも踏み込んでくるのなら、俺は容赦しない」

「おお怖。朱羽がキレたら、訴訟どころの話じゃねぇぞ。向島も」

 専務の声には、朗としたものがある。

「うわ、香月、ワルの顔してる!! 俺、お前に惚れそ!!」

 結城も愉快そうだ。

「俺も、課長に惚れそう「やめな、あんたが言うとシャレにならないから」

「真下ちゃんに一票!」

「真下さん、三上さん、酷いっす!!」

「まあ、カバ。お前は、俺達の分も溜めた怒りをあいつにぶつけていいからな。俺もいい加減頭にきたから、思い知らせてやりたい。俺のことは考えるな。……あいつを逆上させるのが、お前の役目だと思っていろよ」

 宮坂専務が笑いながら言う。
 
「え? 逆上させたら……話が拗れるんじゃ……」

「大丈夫。拗れる前に、俺が逆転勝利を収めてくる」

 賛同の完成の中、朱羽はあたしの耳に囁いてくる。

「……勝ったら夜、ご褒美貰うよ?」

 誰もがこちらを見ていないその僅かな時間、スローモーションのように囁いた朱羽の目が妖艶さに満ちる。

 明日なにをするのかわからないドキドキと、朱羽のこの目の意味がわかるドキドキに、あたしは息苦しさを感じながら、朱羽からそっと目をそらして顔を紅潮させてしまった。
 

   ・
   ・
   ・
  
   ・

 その夜、ネットでは、好評だったうちのプログラムソフトが酷評に一転した。さらに向島のプログラムを、証拠が提示されてもいないのに、うちのプログラマーが向島のものをパクっているという複数人の書き込みが、大手の至るところのコメント欄になされていた。

 さらにはうちの内情を晒すような書き込み、誹謗中傷……それが今日、タイムリミットである金曜日の午後になってもずっと続く。

 うちに否定的で、向島を擁護するようなコメントが時間が経つにつれて増殖し、会社も悪戯電話が沢山かかってきているようだ。

 どこからどこまでが向島の仕業で、どこまでが悪質な誹謗中傷に乗じた愉快犯なのかよくわからないが、あたしが病室の朱羽のノートパソコンを見ている限り、吐き気がしてくるほどの悪意がある。

 結城と衣里は木島くんを連れて、朝早くから木島くんのお父さんである木島弁護士事務所に行った。きっとこの件の相談なんだろうとあたしは思った。

「なあ、カワウソ」

 社長がベッドで横たわったまま、それでもいくらかは力強くなった声を出して、さわさわしながら傍に居るあたしに言った。

「会社は……、皆はどうしてる?」

 あたしは社長に今の状況を告げた。

「攻撃されるがままの、防戦一方というのは辛いです」

 しかしあたしの言葉を受けた社長は、口元をつり上げてあざ笑う。

「いや……、時期を見ているんだろうよ」

 社長は天井を見上げるようにして、続ける。

「その証拠に、香月と三上は慌ててないだろう?」
 
「そうなんですよ、社長。あたしひとりがそわそわしてノートパソコン見ているのも気分悪くなるのに、あのふたり悪質なコメントが流れる掲示板とかを、にやにやしてずっと見続けているんです。消せるはずなのに消さない。まあいたちごっこになるとは思いますけど、悪意あるコメントを見すぎて、おかしくなっちゃったのかな」

 乾いた笑いをすると、社長はふっと笑う。

「……肉を切らせて骨を断とうとしているんだろ」

「え?」

「窮鼠猫を噛み、災い転じて福となす……だろうよ」
 
 「窮鼠猫を噛む」とは、絶体絶命に追いつめられた鼠が猫に噛みついて反撃するように、弱者も窮地に追い込まれれば、相手が強者であっても必死の反撃をして相手を苦しめるという意味だ。

 つまり社長は、弱者であるうちが、強者である向島に肉を切らせながらも、向島の骨を断って反撃する、と。多少のこちらの犠牲を伴いながらも、今ある窮地は切り抜けられるだろうと、そう言っている気がした。

「社長は、今日リミットの訴訟問題、なんとかなると思いますか?」

「なんだ、お前は信じられないのか」

「なんというか、焦ってないなあと。させてるままだなと。今三時ですよ? だけど反撃するようにも思えない」

「五時だったか、お前達が向島に行くの」

 社長は社員の変化にすぐ気づき、あたし達は逐一社長に現状を報告している。

「はい。あたしと香月課長と、杏奈とで」

「ふふ……。今日は金曜日だしな、五時か……」

「え、日付が関係あるんですか?」

「いや、な。香月が面白いことを聞いてきたから」

「どんなことですか?」

「きっとそれは、五時にわかるだろう。楽しみにしてろ、あいつらがなにをしてたのか。お前はなんの役目だ?」

「専務に、向島専務を逆上させろと」

「はは、それはいい。いいか、鹿沼。逆上している時は、なにひとつ、細かく起きる事象がなにを意味しているのかわからなくなる。つまり直感と判断を鈍らせるだけではなく、自己の危機管理が出来ない」

「はあ」

「お前の役目はかなり重要だぞ。香月と三上ときちんと仕事を分担して、お前は思い切り逆上させてこい」

 社長は愉快そうに笑った。
 
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