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Lovely Moon 5
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目が覚めると、あたしはベッドの上で布団を被って横たわっていた。
最後はソファで睦み合っていたような記憶が朧にあるが、いつベッドに戻ってきたのか記憶が定かではない。
「……ん……」
ぼんやりとした視界が次第に定まる。
規則的な静かな寝息。
目の前で朱羽が寝ていた。
あたしは朱羽に抱きしめられるような形で、足を絡ませ合うようにして眠っていたようだ。
勿論ふたりとも全裸だ。
「………」
朱羽の寝顔なんて、凄くレアものだ……そう思ったら目が冴え、間近でじっくり見つめてみた。
ひげが生えてくるのかわからない、きめ細やかな顔の肌。
高い鼻梁に、形いい薄い唇。
蕩けていた魅惑的な茶色い瞳を隠す、長い睫
あたしが何度もまさぐっていた黒髪。
ちらりと布団を捲ってみたら、朱羽の匂いと色香がぶわりと襲ってきたから慌てて元に戻した。
朱羽が魅力的なのは美貌の外見だけではない。理知的なのに行動派であり、あたしを守り引っ張り上げようとするその男らしい力強さと、どこか堅苦しいほどの律儀さと、純真なほどのまっすぐさ。
それでいて、あたしに見せてくれる顔は妖艶で、ビリヤードやお酒を飲んだ時のように無邪気で陽気さもあって。
昨夜はいろんな朱羽の顔を見た気がする。
再会した時、あたしは過去を引き摺って彼を年下だと毒づいていたけれど、いつの間にかあたしの中で朱羽の年齢はどうでもいいものへと変わり、どちらかと言えば年上のように頼ってしまっていたと思う。
朱羽のすべてを信じた。
それは、朱羽が苦しい顔をしながらも繋げようとしなかった、その頑なまでの強い意志で、どんなことがあってもあたしの傍に居てくれるという証明をしてきたから。
その上でそれが同情からではなく愛情からだとわかった時、恋愛にも永遠があるのだと、心が熱くなった。
朱羽を求めた熱い夜は、続くよね?
終わりじゃないよね?
朱羽を見ていると愛おしさが募って、切なくなってきた。
ああ、このひとが好きだ。
そう思い、朱羽の背中に静かに手を回し、胸に顔をつけて寄り添った。
この温もりに包まれただけで、幸せの喜びが全身に広がる。
呟かずにはいられない。
「好き……」
朱羽の心臓が、少し早めにトクトク動いている。
朱羽が生きているということが嬉しくてたまらない。
「本当に大好き……」
朱羽の胸板に唇を押し当てる。
「あたしは、ずっと朱羽のものだよ?」
すると、突然ぎゅっと抱きしめられた。
「やめろよ、そういう可愛いことを、ひとが寝ている時にしたり言ったりするの。知らなかったらどうするんだよ」
少し不満げで、気怠げな声が聞こえる。
「お、起きてたの!?」
「ん……寝てたよ?」
寝起きだから少し掠れて、色っぽく聞こえる声。
あたしを抱きしめたままもぞりと朱羽は動き、絡ませた足を動かすと、さらに裸の恥部も密着した。
「ん……」
まだ眠いのか、あたしの頭の上で微睡んでいるようではあるが、下腹部同士の距離を開かせたいかのように邪魔する、この大きなものどうしよう。
お腹で挟むように、きゅっと潰してみた。すると反撃くらったように大きくなり下腹部をノックされる。
いやいや、別に刺激加えているわけじゃないから。
横にずらしてみようとちょっと触ったら、その熱さにあたしが悶えた。
少しだけ、触ってみようかな……。
「悪戯しないの!!」
本体に怒られた。
「せっかく鎮めようとしているんだから、刺激しない」
朱羽のとろんとした目があたしを見た。
「あなたが寝ちゃって俺も眠くなったから、買いに行けなくて……」
避妊具の話か。
「残りはなし?」
「ひとつ」
朱羽はあたしの唇にちゅっと口づけてくる。
「また今度にする。陽菜、疲れさせちゃったから」
物言いも眼差しも、なんだか可愛い。
「十一回も使ったんだ?」
するとあたしを見ていた朱羽は、ぽっと顔を赤らめた。
「待ち遠しかった夜にあなたと両想いになれて、あなたが可愛すぎて、好きすぎてたまらないから、止らなかった」
朝から朱羽のこのはにかんだような微笑みでの告白は、心臓に悪い。
「俺の身体なのに、俺のものじゃないくらい、あなたを渇望して……九年前以上にあなたとひとつになりたくてたまらなかったんだ。どうしても、あなたと繋がりたくて」
もう本当に、どうしてくれようか。
「ここから帰りたくないね。これが幸せな夢だったら嫌だ。死んでもこの夢に浸っていたい」
朱羽の手があたしの頬を撫で、斜め上からあたしの唇を押し開くようにして、ぬるりとした舌を入れてくる。
舌を絡めさせている間、朱羽の指があたしの耳を愛撫する。
ああ、幸せ。
朱羽とくっつきあって、こうして愛して貰えて幸せ。
離れた唇は、淫らな銀の糸が繋いでいる。
「夢じゃないよ。愛し合った夜を夢にしないで」
「陽菜……」
「いろんなところにデートしよう? いろんなところで愛し合おう? あたし、デートとかしたことがなかったから、凄く楽しみなんだ。朱羽とならどこでも嬉しい。ピクニックする?」
喜ぶあたしに相反して、朱羽は切なそうな顔をして、あたしの頬に口づけた。
「おうちデートでもいいよ。あたし手料理、下手だけど頑張る。だけど、うちはいやだなあ……」
「なんで? あなたが住んでいる場所を見たい」
朱羽が拗ねる。
「見るだけならいいけど」
あたしは困ったように言った。
「壁が薄いから」
意図するものを察して、朱羽が吹き出す。
「だったら俺の家においで」
「うん」
「防音設備もあるから。啼き声を殺さなくていいよ」
「……アリガトウゴザイマス」
朱羽はあたしをぎゅっと抱きしめ、ややしばらくして言った。
「あなたは今の家、気に入ってるの?」
「そういうわけじゃ……。値段が安いから」
「ふうん……。俺の家、広すぎなんだよね」
「うん。あれはファミリーでもいいよね。凄いところに住んでいるよ」
「俺の家、好き?」
「うん」
「俺はあの家、嫌いなんだ。だけど……」
腕に力が入る。
「……一緒に暮らさない?」
「え?」
「あなたが居るなら、あの家……好きになれるかも」
同棲のお誘い。
だけどそれより、朱羽が自宅を好きではないというところがひっかかる。
「なんで引っ越さないの? 嫌いなら」
「俺は……囚人なんだ」
「囚人?」
「……そう。それが条件だったから」
「朱羽?」
朱羽が呟く。
「それでも、それでも俺は……」
朱羽は遠い目をしてから、はっとしたようにあたしに笑顔を見せた。
「陽菜、考えておいて。家賃とかはいらない。あなたさえ来てくれれば」
「……っ」
「あなたが傍に来てくれたら、俺は……打ち勝つことが出来ると思うから」
まただ。また遠い目をしてる。
「朱羽、なにかあるの? 打ち勝つって?」
あたしは訝しげに聞いた。
「あのマンションに囚われているって、なにに?」
「………」
「教えてよ、あたしも力になりたいよ」
「………」
「朱羽!!」
朱羽は苦しげに眉間に皺を寄せて目を細め、そして言った。
「……実はね」
「うん」
真剣に相槌を打つ。
「あのマンションには……」
「うん」
朱羽の目が険しくなる。
「幽霊が出るんだ」
「へ?」
「前に住んでいた自殺者の霊が俺を縛るんだ。自分の首を締めたように」
「ええええ!? あたし全然感じなかったよ!?」
「そうか? 俺の寝室によく現われる」
「あそこに!? だったらどうすればいい? どっかからかお札を貰ってきたりすればいい? それともお経読むとかお線香あげるとか。それとも十字架? ニンニク……は吸血鬼か。幽霊になにがいいんだろう」
「………」
「頑張って追い出そうよ、その幽霊」
せっかく意気込んで、真剣にそう言ったのに。
「……ぷ」
「え?」
「ぷぷぷ……」
朱羽は笑い出したのだ。
「ごめん、あなたがせっかく真面目に考えてくれたところ、悪いんだけど」
「え、まさか……」
「幽霊なんていないよ、あそこ新築だし。あははははは」
「朱羽~っ!!」
ぽかぽか叩くあたしの拳を、朱羽は笑いながら手のひらで受け止める。
「嘘つき!! 信じてたのに!!!」
「ごめんね、あなたがあまりに可愛かったから」
「そんな言葉で惑わされない。嘘つき!!」
「あなたを可愛がっている時には許して。それ以外では嘘つかないから」
「嘘つき、嘘つき、嘘……」
朱羽が身を乗り出して、キスをしてきたのだ。
怒ったあたしは朱羽の舌を拒んで唇も歯も閉じていたけれど、こじ開けて入ってきた朱羽の舌の動きに翻弄され、いつしか喘ぎ声を出して夢中になってしまった。
***
初めてのルームサービス。
スクランブルエッグにベーコン、サラダ、カットメロン、コーンスープに温かなパンという、定番のような洋食だった。
ソファに座り、ふたり仲良く朝食タイム。
あたし達は風呂に入り、恒例のようにいちゃいちゃしながら風呂から出て、服を着た。朱羽に服を着せないと、ただ漏れの色香にあたしが求めてしまうから。
上着だけを着ていないシャツとスーツの下姿で、ソファに並んで食べている。朱羽はネクタイはまだつけていないが、眼鏡はかけた。
「美味しい?」
「朱羽が作ってくれた方が美味しい」
「ここは天下の帝王ホテルで、有名なシェフが調理しているんだぞ。俺を煽ててなにが欲しいんだよ、陽菜」
「えー、愛?」
「さっき愛したじゃないか。貴重な最後の一個を使って。そうか、もっと俺の愛が欲しいか。だったらコンビニから箱を買って……」
「次にしよう、次に」
慌てて言ったけれど、朱羽も笑っているだけで、今回はもうやめるつもりらしい。
「次の日がフルで休みなら、陽菜の腰を砕いてあげるよ」
この男、あんなに激しいことをしていたのに、社長のところに行くことを考慮して、動けるようにするまでに手加減していたのか。
これで!!
ひと箱分使い切るセックスをしてしまったためか、腰が重くてたまらない。願わくば、皆にばれませんように。
「十二回もイッたのに、なんで元気なの?」
「はは。陽菜は何回だっけ? 俺が一回イク間、陽菜が三回イッていたとすると……」
「理系だからって、計算しなくていい!」
所詮頭のいい奴には敵わない。
あたしの頭を、朱羽はソファの背もたれに頬杖をつきながら、反対の手を伸ばして撫でててくる。
あたしを見る目が愛おしそうに細められていて、ドキドキして俯いてしまう。
「今度、あなたの好みとか少しずつ教えてね。身体だけではなく、性格の相性もいい気がするんだ。陽菜、今は素だろ? 俺、あなたの素も素顔も凄く好きだし。いじっぱりなところも可愛いし、いじめたくなる」
「……っ」
「あなたはどう? 素の俺、嫌? 子供っぽい?」
あたしは真っ赤な顔で頭を横に振った。
「どの朱羽も好き。えっちな朱羽も無邪気な朱羽も会社モードの朱羽も。それと……子供っぽくないよ」
「そう、それはよかった。はい、ご褒美あげる。あーんして」
あまりに美しい笑みで、顔を傾けるようにして、あたしの口の中にメロンを刺したフォークを入れる。
そして後頭部に手を置くと、
「俺にも甘いの頂戴」
あたしの唇を塞いで、噛んでいたメロンを舌で奪われた。
悪戯っ子のような揶揄する光を湛えた目に、意固地になって渡すものかとあたしも舌を使って防げば、さらに巧妙に動く朱羽の舌があたしの舌に絡めてくる。
そのまま果ててしまいそうなくらいに気持ちがいいキスをしておいて、さっさとメロンを取り上げる朱羽は非情。
睨み付けるあたしをものともせず、挑発するように笑う朱羽は、またあたしの後頭部を手で支えて、メロンを戻してきた。
あたしの声が漏れる中、朱羽の甘い唾液で包まれたメロンがあたしの口の中に入り、そしてあたしの唾液を含んだメロンが朱羽に移動してを繰り返すと、朱羽と繋がったような感覚に身体が火照って惚けてしまう。
朱羽により快楽を刻まれた身体は朱羽を求めて、より濃密なキスをする中で、ふたりが交互に嚥下したメロンはなくなり、純粋な朱羽の舌だけを堪能できて、重い腰が甘くざわめいていく。
身体の力が入らず、朱羽の肩に凭れるようにしてキスをしているあたしに、あたしをソファに仰向けに倒そうとするほどに、朱羽のキスは激しくなっていく。
「駄目だ。これじゃ出かけられない」
朱羽が切なそうな目で、途中で唇を離した。
しばしお互いにはぁはぁと荒い息をしながら、ティッシュで朱羽の唇についたあたしの口紅を拭ってあげる。
「どこか出かけるの?」
「結城さんに言われたんだろう? 美味しいケーキって」
朱羽に言われるまで、自分からピロートークをしたことを忘れていた。
「せっかくあなたの背中を押してくれた結城さんには、とびっきりのケーキをあげたい。それと真下さんもね。あ、渉さんと沙紀さんもだ」
「うん……」
結城に妬くくせに、こういう優しいところが好きだ。
「あなたに、服を買ってあげたいな」
「え!? いいよ、あたし家にあるし」
艶めいた流し目が送られる。
「脱がすの前提」
「朱羽!!」
あたしが真っ赤になって怒ると朱羽は笑う。
本当に朱羽はよく笑う男だ。
「あなたシンプルに白黒ばかりだろう? 俺もモノトーン好きなんだけれど、あなたには違う色を贈って上げたいと思う」
「違う色?」
「そう。モノトーンはきっと、あなたが過去のことを封印した忌み色だと思うんだ。満月から解放されたのなら、あなたも忌み色から解放されてもいい」
忌み色――。
確かに葬式のような色ばかり好んできた。
「俺はね、あなたは可愛らしい、淡い色が似合うと思うんだ」
朱羽の眼差しはどこまでも優しい。
「淡い色……」
あたしが忌避してきた色だ。
「満月を克服したあなたにとって、きっと今日からは世界が違って見えるはずだ。あなたの色を探しに行こう?」
闇から抜け出たところにあるあたしの色は、何色なんだろう。
朱羽と、新たな色を見つけに行くことになった。
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