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Blue Moon 11
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社長はしばらく人工呼吸器をつけていたせいなのか、発声するのに喉奥が痛いらしい。
なにか喋ろうとするのだが、辛そうに眉間に皺を寄せるから、あたし達は無理して喋らせないように社長を寝かせたが、また目覚めないかもしれないという不安で、数時間おきに声をかけたりした。
ちゃんと目覚めてくれる度に、胸に込み上げるものがある。
その日は、社長が朝ちゃんと目覚めるところを確認してから仕事をしたいと、全員が病室に泊まった。
多くの社員が社長の傍についていて、社長も寂しくなかっただろう。
午前六時――。
社長は身じろぎするようにして、声を漏らした。
「会社に行かなきゃ……皆が……頑張ってる……のに……」
ガラガラ声で、ちょっとドスの利いたような恐ろしく低い声でそう言うと、また寝息をたてた。
苦しいのは社長なのに、いつも飄々としてマイペースでありながら、社長はこうやって社員を労ってくれていたのだろうか。
あたし達は社長がどんなに社員を愛してくれているのかわかり、絶対向島に負けるものかと一同声を揃える。
社長が目覚めたからか、結城が一層強張った顔をしている。
社長がいるのに、自分が社長になることをよしと思わないのだろう。感情論で言えばそうだ。だけど現実は社長の会社に危険が迫っている。
結城が社長をやるとしても、忍月の重役を納得させないといけないのだ。これからが結城の大変なところ。
それでも結城の気持ちも痛いほどわかる。
「陽菜」
振り向けば、リビング室に居る衣里だった。
衣里は自分の手帳を何枚も破いて、ボールペンを置いてみせる。
ああ、わかったよ衣里。そうだね。
あたしは衣里の元に行き、衣里と言葉を交わさないままに、結城に悪戯したマッキーで黙々とその沢山の紙に書いて行く。
質問事項、一点。
『社長が会長職に、社長職に結城が就くとしたら反対か』
数があり中々終わらないあたしを手伝ってくれたのは、コンビニから調達した朝ご飯を持って戻って来た朱羽と木島くん。
質問事項を見た朱羽はあたしと衣里がなにをしたいのかすぐにわかったようで、木島くんに指示して、彼らも自分たちのボールペンを使って同じ質問を書き込んだ。
なんかいいね、こうやって言葉なくてもわかりあえるのって。
そこに木島くんもいるのが可笑しくてたまらないけど。だけど木島くんだって、そう遠くない未来に重鎮になる。しゅうしゅうしているけれど、小回り利くし、能力はある。
社長のところに居る結城に気づかれないように行う、すべての社員に参加させる無記名式アンケート。
結城を社長にという話を聞いていない他の社員は、あたしから渡された紙を手にして一体なんのことかとざわめきだした。
アンケート回答者は、大体答えにくい質問には、質問を肯定する方に靡くものだ。それをわかっていてこんな意地悪な質問をしたあたしは、書いたらあたしのところに持ってくるように皆に言った。
結城以外――。勿論アンケを作ったあたし達もだ。
そのすべてを回収したあたしが結城のところへ赴こうとすると、衣里が笑いながらその紙の山を奪った。
「私が、女々しく決断できないあいつに、発破をかけてくるわ。あんただとあいつ、甘えるから」
衣里なりの激励。それは頼もしいけれど。
「自信喪失しない程度にお願い」
「私はいつも結城に優しいよ? あはははは。じゃあ待ってて」
こうやってあたし達同期は、互いを励まし合ってきた。
それがなにも変わっていないことが、あたしの目頭を熱くさせた。
「ねぇ、主任」
木島くんが心配そうにあたしに質問してきた。
「あのアンケ、結城さんが社長になるのを反対だと書いていた奴ばかりだったら、どうします? いじけた結城さんが社長やりたくないと言ったら……」
あたしは笑って言った。
「ありえない。残ったうちの社員は全員、同じ方向を見つめているから。答えはひとつしかないよ。それを重荷に思うのか、背中を押されたと感じるかと結城次第。簡単なことじゃないから、思い切り悩んで欲しい。まあ猶予期間内でね」
「鹿沼ちゃん」
気づいたら杏奈が傍に来て、あたしをじっと見つめていた。
杏奈は願掛けで、会社が落ち着くまでは、いつものふりふりの支度にかかっていた時間を、プログラム入力に捧げているらしい。
だから今は、なんでそんなに身体の線を強調するかなというような服装だ。まあニットのワンピは確かにすぐ支度出来るかもしれないけどさ。
極端から極端に走る杏奈だけれど、なんだかそれも慣れた。なりふり構わず、あたし達は働いているのだ。
今は、ゴージャスな縦巻き髪の、ナイスバディ美人なお姉様という感じの杏奈、傍に居るあたしは杏奈の持っている人形みたいなものだろう。
「……なんか鹿沼ちゃん、パワーアップしたね」
「え?」
「今まで鹿沼ちゃん"自分のために"が少なくて、"皆のために"が多すぎていたけど、今は"自分のためにも皆を信じている"、そんな気がする。だから無敵だ。そう思わない、香月ちゃん」
あたしの横に朱羽が立っていた。
「そうですね。無敵な気がします。なにがあっても乗り切れる……そう皆に思わせるのは、さすが鹿沼主任だと思います」
「だよねー、さすが鹿沼ちゃんだ」
「ちょ、褒めてもなにもあげませんからね!? 杏奈も!」
「鹿沼ちゃん。杏奈、香月ちゃんとプログラム完成させてきた。絶対絶対、これ武器になるから。だって杏奈と香月ちゃんフルパワーだもん。裏も表も考え込まれているからねー」
「ありがとう、杏奈……そして課長……」
ふたりは微笑んでいた。
「鹿沼ちゃんはひとりじゃないよ。だからひとりで頑張りすぎないで。すっごいクマだよ、そうだ、はい」
杏奈は自分の……タオル地の白いウサギの人形がついたエナメル地のピンクのバッグ(……なんでその格好にこれなんだよ)から、手のひらサイズの立方体を縦半分にしたような箱を取り出して、あたしに握らせた。
「これは杏奈が使ってる美容クリーム。これをつけると一時間もしないでお肌ぴーんだから、真下ちゃんと使ってね。杏奈買ったばかりの新品持ってきたんだぞ?」
「あ、杏奈……この箱と中身、ブランド違うよね?」
「同じだよ」
杏奈が口にした、箱に書いてあるブランド名は、よく雑誌に載っている何万円もする高級品だ。間違ってもあたしのような平凡OLが手を出せないセレブの愛用品。
「杏奈、ここの使ってるの!?」
「そう。杏奈の若さの秘訣!!」
……そうか、三十路に見えないその若々しさは、化粧品のエキスだったのか。杏奈給料いいのかな、いいなあ技術系。
午前八時――。
社長も目覚めたが、寝たきりのまま話せる元気はないようだ。それでも顔の表情がわかるようになり、安心して社員は出て行った。
衣里も安心して、結城と仕事に出るようだ。
「いい? あんたが社長になっても、あんたに足りない分を私達が結果としてあんたの出世祝いにしないといけないの! あんたもぐだぐだ悩むのなら、まず仕事取って来なさいよ!」
「なに!? 俺の祝いを俺が取れって? お前なあ……」
賑やかに喧嘩して出て行ったふたりを、社長は優しげな顔で見ている。
朱羽は専務と話をしていて、沙紀さんは先に出たようだ。
「社長、あたし皆に言っちゃいました。今がそのタイミングだと思ったので。アンケートとったら示し合わせたように、皆同じ事書いてますよ。社長が会長、結城を社長に賛成って。よかったですね、結城は人望があるから、少なくとも社内では反対があるわけないです。あとは結城次第です。まあ社長も、結城からそこで色々聞いていたかもしれませんけど」
社長は気怠そうに、あたしの手を掴んだ。
「ありがとな」
ガスガスとした声だったけれど、そう言われた気がした。
「どういたしまして。社長も出世できそうでよかったですね」
そう笑うと、社長は目を細ませる。
「社長、あたし過去を……思い出しました。とはいえ、大半が聞いた話と、映像のような記憶ですけれど」
あたしの手を掴む社長の手が、くっと力が入った。
その目に浮かぶのは驚愕を通り越した悲哀。
大丈夫か、と言っているようだ。
「あたしは大丈夫です。ええ、過去は過去として、前を向いて歩いていきます。つまずいて転ぶかもしれないけど、歩き疲れて立ち止まるかもしれないけど、あたしはひとりじゃないから。それがよくわかったんです」
「………」
「結城と一緒に、助けて下さってありがとうございました。あたしの心が壊れずいるのは、社長と結城のおかげです。今までなにも言わず、見守って下さってありがとうございました!」
深く頭を下げると、社長の手がふらふらとあがり、あたしの頭の上に落ちた。
……痛い。だけど別に頭を叩いたわけではなく、軽くぽんと勇気づけているつもりのようだから我慢した。
「睦月を……許してくれるか……」
社長が言いづらそうに顔を歪め、嗄れた声を出す。
「睦月はずっと後悔してた……」
「はい、許すなんて神様みたいで偉そうですけれど、結城が全力であたしを守ってくれていたのはわかっています。それで救われていたことも。結城は自分のせいだと言ったけれど、今のあたしには早かれ遅かれ訪れていた出来事のように思えるんです。だから結城のせいじゃない」
「そうか。ありがとう。それで睦月は、救われた……。やっと……。あいつはお前に言えないくらい、苦しんでいたから」
「……っ」
社長は静かに目を閉じた。
「俺にはな、子供を作る力がなくても……、睦月という息子と……お前と衣里という娘がいる。香月も他の社員も、皆……俺の子供だ」
薄く開かれた目から、溢れるようにして滴が垂直に滴り落ちた。
「お前らには、笑って欲しい……」
切なる声に、あたしの目からも涙が零れる。
「社長のおかげで、あたし達は笑っていられます」
「そうか……」
嬉しそうに目が細められた。
「あたしの父親は最低でしたけれど。だけど、あたしには……月代雅という父親が居たからいいんです。社長の方があたしの父親です。……親孝行、させて下さいね。だから長生きして下さい。生きるのを諦めないで」
泣きながらあたしが笑うと、社長も口元をつり上げる。
「俺は、まだまだ死なないぞ」
「その調子です。社長は死神にも嫌われたんだから、こっちに居るしかないんです。老後のお世話、あたししてあげますから! ちゃんとおむつ換えてあげますよ」
「ジジイ扱い、するな」
あたしと社長は声を立てて笑った。
午前十一時――。
なにかと忙しく感じるのは、今日がブルームーンだからなのか。
やけに時計ばかり見ている気がする。それはきっとあたしだけだろうけれど。
朱羽が会社からの電話をしている間、会社に戻る支度を既に済ませた専務があたしを呼び止めて言った。
「カバ。六時までは俺と沙紀が交互にくる。朱羽も夕方から居なくなるが、今日はお前も朱羽も家に戻って寝ろよ。酷っでぇ顔してるから」
専務があたしの顔を見てそんなことを言う。
「そ、そこまで酷いんですか!?」
あたしは思わず両手で自分の頬を触った。
「ああ、それにお前泣いてたんだろ? 瞼も顔もぱんぱんだぞ」
「えええええ!?」
今日ブルームーンだというのに。
今日は特別な日だというのに。
「沙紀から差し入れ。この美容液を浸して、これでパックすればいいんだと。俺はよくわからねぇから、意味わからなかったら沙紀に聞いてくれ」
「意味はわかりますけど、これ……沙紀さんが買って来たんですか!?」
「ああ、沙紀の化粧品らしいけど。なんかおかしいのか?」
「ひぇぇぇぇ」
それは杏奈がくれた美容クリームのメーカーと同じだった。
考えれば、沙紀さんのお肌もぷりっぷりだ。
それに比べたら老化なのか劣化なのか、あたしの肌も顔も酷いじゃないか。
「お待たせしました」
「おう、朱羽」
朱羽に顔を見られる前に退散しようとしたのに、笑う専務があたしの手を掴んで言う。
「ちょっとこいつの顔見てみろ」
「いいですって! こないで、こないでよ、朱羽!!」
「……なんですか、一体」
「来ないで……来るな、来るなったら!!」
朱羽が嫌がるあたしの顔を朱羽の正面に向けた。
「別に、なにも。それより渉さん、その手を離して下さい。なんなんですか」
すると専務がひぃひぃ腹を抱えて笑い出した。
「ああそうだものな、朱羽はそうだよな。カバがどんなカバだろうと、カバでありさえすればいいものな。そんなことより、俺が触っている方が嫌だものな。お前なんで俺にはそうで、結城は許してるんだよ、ぶはっはっは」
黒色のウェーブがかかった髪先が、専務の笑いに揺れる。
また朱羽のスマホが鳴った。
「すみません、またちょっと失礼します」
そりゃあそうだ。忙しいよ、今は。あたしなんてのほほんとしちゃっているけれど、本来あたしがしないといけないことだったのでは?
「なあ、ぱんぱん顔のカバ」
「黙って下さい。もうわかりましたから。あたしはぶちゃいくですし」
両頬を両手で覆い、目だけで威嚇する。
「いや、お前可愛くなったんじゃね?」
「なにも出ませんから!」
「朱羽を名前で呼ぶようになったのは、どんな心境の変化だ、ん?」
どっきりした。
何回か専務の前で、朱羽を名前で呼んでいたことを思い出した。
「お前、朱羽のことが好きなのか?」
揶揄ではなく、真剣な目がこちらを向いている。
これは逃してくれそうもない目だ。
だけどまあ、専務ならいいか。最中に呼び出してしまったし、朱羽の家族みたいなひとだし。
あたしは諦観したようにひと呼吸してから、頬から手を外して深く頷いて、専務を見た。
「はい、好きです。まだ本人には伝えてませんけど」
自分でも驚くほどの、落ち着いた声だった。
「人間としてじゃねぇぞ。恋愛の意味で」
「はい。どちらの意味でも、好きです」
「朱羽とセックスしたいという意味だぞ?」
「はい、朱羽とセ……なに言わせるんですか!」
言ったら顔が真っ赤になった。そんなあたしを見て専務はまた大笑い。
「ぶはっはっは! 赤カバ、なんだよその赤カバ!」
専務はあたしの頭を手で抱えるようにして、あたしの髪をぐしゃぐしゃにしてきた。
「女の告白なんて慣れている俺ですら、乙女ぶった赤カバ相手に、ちょっぴりくらっと来たぞ? カバ相手なのによぉ」
「カバカバ、あたしは……っ」
「そうか、お前そこまで朱羽が好きなのか。そうか、そうかっ!!」
「ちょ、髪っ」
嬉しそうな笑い声。あたしは手ぐしで髪を整えたが、またくしゃくしゃされてしまった。
その時聞こえたんだ。
「いや、こんなにめでたい日はないな、あいつの誕生日に」
驚きのひと声が。
「……は? 誕生日?」
「なんだ、聞いてねぇのか?」
「聞いてませんよ、なんですかそれ!」
あたしプレゼント用意していないのに。
「ああ、あいつはプレゼントっていうの嫌がるから、お前の身ひとつでいい。そうすりゃ朱羽が悦んで食うだろう」
「なんで食らわれること前提なんですか!」
「――朱羽を頼むぞ、陽菜」
真剣な声で、しかも名前で呼ばれて驚いて、頭を手で挟まれたままの状態で、まじまじと専務の顔を見てしまう。
「暗闇の中、お前だけがあいつの中の光なんだ」
「なんですか、それ」
「なにがあっても、あいつの味方でいてくれ」
「一体なに……」
カツカツカツ。
忙しい靴音と共に、突然あたしの視界は真っ暗になった。
いい匂い。これは……。
「沙紀さんに言いつけますよ!?」
朱羽の腕の中で、胸に押しつけられているようだ。
「そりゃまずいわ。あはははは。カバ、ちゃんと言えよ?」
「専務に言われなくても……」
「仲がいいね」
言葉は不気味な笑みを湛える朱羽によって遮られる。その間、専務は手を振りコートの裾を翻し出ていってしまう。
「渉さんとなにを?」
言えるわけがない。
朱羽が好きだと言っていたなんて。
「な に を?」
ひとつずつ区切って聞かないでよ!
「今日、朱羽の誕生日だったの!?」
慌てて話を変えると、朱羽は嫌そうな顔をした。
「……渉さんですか」
「本当に!?」
「ええ。まあ」
「あたしプレゼント用意してない」
「いりませんよ。あなたが俺と一緒に居てくれるんでしょう? それで……って、なんで離れる?」
「なんでって、近づいてくるから……」
朱羽が口を尖らせる。
「俺に触りたいって言ったの嘘?」
顔の位置は動かず、瞳だけがあたしに向いた。
「嘘のわけ……」
「だったらなにこの距離」
あたしは朱羽からちょっと遠ざかっていた。だって顔見られたくないもん。ちょっとましにしてきたいもん。ちょっとだよ、ちょっと。
だけど朱羽は離れたということがお気に召さないらしい。
「俺にお仕置きされたいの? それともブルームーンキャンセルする気? 結城さんに頼むつもりとか!? まさか渉さんなんてこと」
自分で勝手に言ってて、語気が荒くなる。
「違う、それ皆違うから、ね! 落ち着こう……って、あたし、やっぱり落ち着きすぎているよなあ。午後に一気にくるんだろうか」
「それは、お前みたいに舞い上がってないと言いたいのか?」
「いや違うけど、え、舞い上がってるの?」
すると朱羽の白い肌がうっすらと、艶めかしいほどに紅潮する。
「悪かったな」
あら嫌だ、拗ねちゃった。
ぷいと横を向く朱羽が可愛い。なにか怒濤に過ぎたここ数日が癒やされる。そうなんだ、舞い上がってくれてたのか。……だけどいつも通り鉄仮面だった気がするけれど。
「朱羽」
顔を見ようとしたら、反対にぷいと顔を背ける。
「朱羽」
何度も反対側にぷい。
「あたしもそわそわして時計ばかりみてた。それあたしだけだと思ってた」
朱羽の顔がぴくっと動いて、こちらに顔が向く。
「じゃあなんで離れようとするんだよ。なんだよこの距離」
「いや、顔がね?」
「なに」
「専務に顔が酷いって言われて。杏奈と沙紀さんからも高い化粧品貸してくれたほどだから、ちょっとましになるまでは恥ずかしいなって」
そう言って三秒もしないうちに腕を引かれて、朱羽の腕の中。
さらには、ちゅっちゅと、廃れた顔面に恵みの雨のように唇が降り注ぐ。
「ちょ……」
「どこが酷いんだよ。こんなに可愛いのに」
うわ、吐息交じりになにを言うんだよ、このひと。
「あなたが可愛いすぎるから、渉さんが構うんじゃないか。あのひと、本当に気に入らないと、個人的に喋らないんだし」
言葉の合間にキス。いやキスの合間に言葉か。
「皆があなたを持っていこうとする。俺の誕生日に」
ぎゅうと抱きしめて、不満げに言った。
「今夜、あなたは俺のものになるのに」
ため息なんだろうけれど、悩ましい息遣いに身体が熱くなってしまう。
「陽菜。今夜、七時に帝王ホテルだよ?」
「うん」
あたしからぎゅっと朱羽に抱きついた。
「社長が目覚めたから、スイートにする?」
どこまで金持ちなんだろう。
「い、いや、あのね今日はプレゼントであたしが……」
「俺が出すから、気にしないで?」
「でも誕生日……」
「あなたが居てくれるんでしょう?」
「そうであっても、帝王ホテル高いんだよ?」
「知ってるけど?」
「じゃあせめて割り勘で、誕生日祝いで今まで通りのランクで……」
スイートって何百万のような気がして、庶民はランクを下げる。それでも何十万な気がする。
「いや、割り勘じゃなくてやっぱりあたしが……」
親に返そうとしていた預金を下ろせば、きっと……。
「なんであなたの支払いや割り勘なんだよ。俺が出すに決まってるだろ」
「いや、だけど」
「だけどもなにもない!」
朱羽は、あたしの首元に埋めた顔をもぞもぞと動かして言う。
「男に、格好つけさせろよ。それとも俺、男としては頼りない?」
「……っ、そんなわけ……」
「どうしても気になるのなら、あなたの愛情で返してくれればいい。手料理だって、あれから全然作りにきてくれないし」
「だって今社長が」
「落ち着いたら、何度もうちに来て。……会社が終わっても、俺に会いに来て」
切なそうに求める声に、胸の奥が疼いてたまらなかった。
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