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  Crazy Moon 3

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 薄暗い中、幻想的な色をゆっくりと変える浴槽でもこもこと膨らむ泡が、課長のような匂いを発している。

 あたしは課長の中にいるのか、課長の外にいるのか。

 夢現の端境で眩眩(くらくら)する――。

 エキゾチックで、だけど甘い……なにか官能的な気分にさせるこの匂いは、イランイランと呼ばれるものだと、課長はあたしの身体を弄りながら、立ちこめる匂い以上に甘い声で言った。

 イランイランというのは知っている。

 学生時代、催淫効果がある匂いとして、女子間で流行ったことがあったからだ。片思いの相手に、その気になってもらうための必勝香水として。

 なんで課長はこんな匂いのもので入浴しているんだろう。

 いつも鼻にふわりときて、彼の匂いと混ざって独特の甘いオスの香りとなっていた匂いは、彼が身体に振りかけた香水というよりは、こうした入浴の残り香のような仄かなもので、ベース効果がわかればすごくエッチな匂いのような気がする。

 そんな匂いに包まれて、ぬめりある泡が課長の手によって肌に擦り込まれる度に、あたしの肌から彼が深く浸透してくるような倒錯的な気分になる。

 これは愛撫ではないと思えばこそに肌が敏感になり、きめ細やかな泡が沢山の課長の指となって肌を繊細に弄られているような、そんなざわついた感覚に声を呑み込むほどに、引き攣った呼吸であたしが打ち震えていること、きっと聡い課長なら見抜いている。

 それでもこれはセックスではないと彼が宣言した通り、それは昨夜のようにいやらしい動きをすることはないが、逆にきわどいところにもすり抜けるその手の動きが、あたしの身体に炎になりきれぬ火種を燻らせる。

 背中で彼の胸を感じ、あたしの両脇が彼の腕を感じるというのに、無言でなされる彼の熱がもどかしくてたまらない。
 
 彼の匂いを嗅ぎながら密着していることに、意識してこんなに身体を強ばらせているのはあたしだけで、彼は女の身体を手で洗うという行為に慣れきっている。

 彼の手が内股を撫でた時、あたしは思わずびくりと身体を震わせて、背筋を正すように仰け反らせながら彼の腕を手で掴んだ。

「どうした?」

 わかっていながら、素知らぬふりをして意地悪く聞いてくる彼が恨めしい。だからあたしも意地を張って答えなければ、今度は彼の指が足の付け根を前後する。

「――っ! わざとでしょ!?」

「さあ?」

「……ああ、そんなところ触らないで。ちょ……んんっ」

 背中をさすってた手がそのまま落ちて、尻たぶを割ってそのまま前に指が動くと、思わず腰が浮いて変な声が出る。

「ん、今の声は?」

「怒った声です! ああ……」

 すぐになくなってしまった刺激。

「今の声は? 残念そうだけど」

「怒った声だっていってるでしょ!?」

 すると笑う声がして、あたしの前をクロスするようにして抱きしめてきた課長が耳に囁いてくる。

「……いじっぱり。あなたが可愛くおねだりするのなら、もっときちんと触ってあげるのに」

「な……っ!!」

「……あなたの乳首は尖って、あなたの大事な部分は泡以上に熱くてとろりとしたものが、俺の指に絡みついた。あなたの心は、俺に反応しない?」

「……しな……ちょっ!!」

 あたしの手が後ろに取られて、なにか熱くて硬いものを握らせられた。

「俺のはこんなになっているのに」

 あたしはその猛っているものがなにかわかった。
 彼を隠していたタオルは、既に取り払われていたようだ。

「逃げないで。あなたに触れて、俺が平然としていると思っていた?」

 彼はあたしの手の上から、あたしと一緒にゆっくりとしごき出す。

「俺は、こんな男だよ? ……は、……ぁぁ」

 あたしに抱きつくようにして、気持ちよさそうな扇情的な声をあたしの鼓膜の奥に押し込んで。

「あなたに触られると気持ちいい。このままイキそ……」

 声が出てこない。

 彼の欲情に、あたしも煽られている。
 九年ぶりの彼のものにあたしは興奮している。

「九年前、あなたはこれでイッてたんだ。覚えてる? もっと奥にくれとあなたは泣いて俺にねだったことを」

――気持ちいい? チサ。

「……俺は九年前の、あの時のガキじゃないんだよ。九年後の俺を見ろよ。今はドキドキしてるんだろ、そんなに心臓の音早くして。我慢しないでいいから」

 あたしのドキドキが彼に伝わっているんだろうか。

「……このまま、俺の腕の中で理性壊せよ」

 手で触る彼も、興奮しているのがわかる。

「……わかる? すごくビクビクしてるの。俺もさらけ出してんだから、あなたもさらけ出せよ。なぁ、ここまでにしたのはあなたなんだぞ」

 彼の素の反応を手で擦り続けながら、カッと身体が熱くなる。
 まるであたしの深層に触られているように。

「責任、とれよ」

 強い語調に思わず、喘いだような声を出してしまった。

 その瞬間、あたしの身体が持ち上げられるようにして身体の向きを簡単に変えられ、リラックスするように身体を倒す彼の上に、向かいあうように跨がる。

 あたしの秘部に彼の硬くてビクビク脈動しているものが直接触れる。泡すら溶かすくらいに、触れた秘部が熱くてたまらない。

 ……息が詰まる。

「あなたが好きな体位だろう? さあ、どうする?」

 艶然と笑う彼はあたしの腰に両手を添えて、前後に動かした。
 
「やっ、あぁぁぁっ」

 潤みきっているところに、ごりごりとした彼のが前後して、あたしは詰まっていた息を甘い声と共に漏らし、彼の首に手を回して抱きついた。

 この刺激に耐えられない。
 そう訴えているのに、彼はあたしの腰を揺さぶり続ける。

「駄目、これは洗浄じゃ……ないっ、んぅぅぅっ、あああっ」

「……セックスじゃないよ? ただ洗浄しているだけだ。ほら、よく洗わないと」

「く……っ、そこ駄目、挿っちゃう!! あああ、それ駄目ぇぇぇ」

「挿れてないよ、ただの洗浄だろう? なんでそんなに気持ちよさそうな顔をして喘いでいるのさ? ねぇ、感じてるの?」

「……っ、感じてなんか……っ」

「そう? だったらよく洗おうね」

「――っ!!」

 泡で滑る腰を、彼は止めてくれない。

 気持ちよさが突き抜け、涙が出てくる。

 泡だらけの浴槽で、彼とあたしの動きがよく見えないだけに、与えられる刺激に五感が集中して、感じ方が半端じゃない。満月の時のように、全力で果てに駆け上ってしまう。

「やだ、やだ、イッちゃう。こんな泡の中でやだ、止めて、ねぇっ!!」

 その瞬間。彼の手がパネルを押すと泡だらけの湯が沈み、同時にまた頭上から温かいシャワーが降り注いだ。泡が溶けて、あたしが課長の上に跨がってなにをしていたかが、露わになる。

「いい眺め」

 土砂降りのようなシャワーに打たれて、泡がなくなった身体に、濡れた黒髪がさらに色気を出している課長の視線が注がれている。

 途端に恥ずかしくなった。
 泡があたしを大胆な気分にさせていたことがよくわかった。

「ほら、逃げない。いいよ、続きして。まずは九年ぶりの俺を感じて、イケよ」

 シャワーが止まり、互いの全裸と恥部がよく見える。

「やっ、あたしを見ないで、やっ!!」

 彼はどれだけ多くの女を抱いてきたのだろう。

 こんなことをチサにもしたのだろうか。
 チサの身体はどうだったのだろう。

 あたしの腰よりもきゅっと締まっていて、胸と尻は瑞々しく膨らんでいて。触っただけでもうたまらない気分になるような……、そんな身体を課長は抱いてきたのだろうか。

 それでなくとも28歳の身体は若い身体には敵わない――。

 そう思ったら、恥ずかしくてたまらなくなったのだった。

「……どうした?」

 真っ赤な顔を両手で覆ったあたしに、課長の訝った声が聞こえた。

「恥ずかしいから、あたしの身体を見ないで!!」

 蚊が鳴くようなか細い声で答える。

「あたし、チサみたいに若くないから」

「……は? チサ?」

「チサは若いんでしょう?」

 口を尖らせたあたしに、彼は驚いた顔をしている。

「チサが好きだったんでしょう? 彼女と、ど、どうなったの……?」

 急に、それが聞きたくなった。



「ああ、今も俺の彼女」




「はいぃぃぃぃぃ!?」


 この男、彼女がいながらあたしに迫っていたのか!?
 

 目と口を飽きっぱなしにして彼を見ていると、途端に彼は笑い出した。

「あはははは。嘘に決まってるだろう?」

 叩こうとしたあたしは思わず手を止めた。

「なんだよ、それ……。あなたがチサに妬いたとか……、……反則、だって」

 顔をそむけた彼の顔は真っ赤だったからだ。
 
「……なんか俺、このまま死んでもいいや」

「死んでどうするの!? もういいから、それ忘れて!!」

「忘れない」

「忘れて!!」

「やだ」

 課長は笑ってあたしの手首を取る。

「……恥ずかしいってチサに嫉妬したから?」

「忘れて下さいっていってるでしょうが!! ……あたし、もう若くないしナイスバディーな美女じゃないんです。見ればわかるでしょう? すっぴんは酷いし、身体だってまったく自信がない。課長は女を選べる立場にいる。チサだって可愛いだろうし、チサ以外でも課長が相手にした数多くの女性とあたしはわけが違うから、だからこうやってじっくり触られて比較されるのやだなと」

「ぶはっ」

 課長があたしの下で笑っている。
 思い切り、失礼にも。

「なんですか!」

「いや……なんかさ、俺に嫌われたくないと必死に主張しているようで」

「はいぃぃぃ!?」

「あなたが言うとおり、もし俺が女を選べる立場にいるのなら、真っ先にあなたを選びたいと思う。あなたが恥ずかしがる要素なんてなにひとつない。今でもこんなに、あなたの身体は綺麗なのに」

 ねぇ、課長。
 なんでそんな愛おしそうな目であたしを見るんですか。

「俺、幼女趣味も熟女趣味ないから安心して。至ってノーマル」
 
 チサがいないならと、おかしなことを考えてしまいそうです。
 軽い女になってもいいから、身体だけの関係でもいいから、課長に抱いて貰いたいと思っちゃいそうです。

「もしも俺が、どんな女よりもあなたがいいと、あなたを選んだとはっきり告げたら、あなたはそれに応えてくれる? どの男より、俺を選んでくれる?」

 だから――。

「俺、今月末に誕「無理です」」

「……即答するなよ。もっと考えろよ」

 不可抗力的に課長に吸い寄せられるから、明確な線を引きたい。

 怖いの、こんなこと今までないから。
 自分を見失いそうになるから。

「……今は無理ですけれど、この先もしあたしが弱さを克服して、ハイスペックな課長が本気でこんなあたしでいいと思って下さる時が来るのなら、その時はシンデレラ気分で、ちょっとだけ夢見たいような気がします」

 条件付けしてしまうほどには、あたしは課長に惹かれて、男として意識している。

「課長は、夢物語の王子様ですから」

 課長だから抗えずにこんなことを許してしまっている気がする。
 彼には、満月じゃなくても欲情してしまう。

 「最初から線を引かずに現実の俺を見ろよ。ハイスペックでも王子様でもない、普通の男だろう?」

 なんだか自分をダサ男だと主張する必死な課長が可笑しくて、可愛く思えてしまう。大人であり、子供でもある彼が可愛すぎる。

「課長こそが卑下しすぎですって。その気になればハーレム作れると思いますよ、その女避けの眼鏡効果、まったくないかと思います。本当に美女がよりどりみどりな立場にいるんですよ、課長」

 すると課長は、苛立たしげに眉を顰めた。

「……あなたの弱さってなに?」

――この先もしあたしが弱さを克服して、ハイスペックな課長が本気でこんなあたしでいいと思って下さる時が来るのなら、

 そこまで話題を遡るか。

「その言葉の通りあたしは弱いから、終焉がある恋愛をしたくないんです。あんなに面倒で傷つくことはもう懲り懲り。いつか終わることに怯えるなら、仕事をしていた方がよっぽど毎日充実感がある」

 あたしをじっと見つめる課長の瞳が、LEDに緑色になった。

「……。……でも、セックスはするんだ?」

「どうとでも思って下さい。あたしも女だし、事情があるんです」

「教えてよ、その事情」

 課長の目が、懇願するように細められる。

「それも無理です。理解を得られるものではないですから」

「……もしかしてそれ、結城さんは知ってるの? 結城さんはあなたの理解者だから大切だ、と?」

「……はい」

 なんで結城の名前が出るのか不思議だったけれど、本当のことだし、あたしは素直に頷いた。
 
「もしかして、結城さんとセックスしてるのは関係あるの?」

「ノーコメントです」

「九年前、俺を誘ったのもその事情?」

「ノーコメント」

 ああ本当に頭いい男って嫌だ。
 ノーコメントって言ってるのに、勝手に暴かれる。

「あなたがそうなったのは、結城さんのせいではないの?」

「違います。結城は優しくていい奴なんです。あたしに関わり合わねば今頃彼女とラブラブだったか、結婚していたと思います。結城はあたしのせいで、恋愛が出来ないんです」

 課長はなにやら考え込んで言う。

「結城さんがお役御免になれば、あなたから解放されるってことだな?」

「いやま、そうですけれど……」

「俺が結城さんの役目をしたい」

「ちょ「……なにも言うな、それが嫌なら、あなたのその"事情"を解決しよう。そうすればあなたも"過去"から解放されて自由になる」」

 課長はじっとあたしを見る。

「俺は色々あなたを勘違いをして、早く大人になろうと背伸びをしすぎていたかもしれない。あなたとふたりの時は俺も素に戻る。だからあなたも素に戻って、俺を頼って。他人行儀にならないで」

「え!?」

「結城さんだけが男じゃない。あなたに拒まれれば拒まれるほどに、結城さんのためにあなたが必死に貞操を守っている気になるから、凄く腹立たしい。今も俺とこんなことしてるくせに」

 課長が腰を動かして、ようやくあたしは今の状況を思い出した。

「いや、あの、ちょ……」

「駄目だ。結城さんはあなたの中で果てるんだろう? だったら俺はまだ中に入らなくてもいいから。せめて後ろからではなく、こうして真向かいから、あなたとイキたい」

 浮かしたあたしの腰に、課長は持ち上げた腰を動かしてくる。

「あなたのイク顔を見ながら、キスしあってイキたい。……同等の立場になりたい」

 そして傾いたあたしの上半身を両手で抱きしめて密着すると、あたしの唇を割って舌を蠢かせた。

 直の課長の感触にびりびりとした刺激を受けながら、奥深く舌を絡ませる課長に酔いしれれば、あたしは抵抗する気をなくしてしまった。

 もしかするとあたしはこの先、このひとを好きになるかもしれない――そんな、直感にも似た予感を覚えながら。

「課長……、あたしのこと好きですか?」

 唇が離れた時にそう聞いたら、驚いたようなその瞳が柔らかく細められた。

「……さあね?」

 なんだかはぐかされたような心地がする。

「やっぱりあたしに素を見せていないじゃないですか。別にあたし、お手軽な女だと思われててもいいです」

「俺、そんな酷い男ではないつもりだけど」

「じゃあ、なんであたしとしたいんですか?」

「……今月末に教えてあげる」

「今月末? なんで今すぐじゃないんですか?」

「なんでだろうね」

「課長も大概にいじっぱりですよね。ケチ!」

「あなたが俺に素敵な愛の告白をしてくれたら、今すぐ教えてあげる」

「カチョ、スキデス」

「片言は却下。本当にそういうことは営業モードにならないな、あなたは」

 苦笑する課長が、花弁を割って激しく動く。

 あたしのペースを崩して、課長の質量と堅さが与える獰猛な刺激に、思わず感嘆の声を上げるあたしは、課長に抱きつくしか出来なかった。

「あっ、ああああっ、なんで……っ、なんでこれだけでこんなにっ、は、あああっ」

「ああ、すご……ぬるぬる。……挿れる? 挿れていい?」

 乱れる課長の声が愛おしいと思った。

「駄目っ、あたしは簡単に許す女じゃない……っ」

「……ふっ。強情なお姫様だ。こんないやらしいことをして、そんなに気持ちよさそうに蕩けた顔をして、そこは曲げないのか」

「当然……ですっ」

 こんなに気持ちよくて、こんなに課長が欲しいのに。
 それなのに、あたしの心にブレーキがかかる。
 ……なけなしのブレーキとはいえ。
 
「いつなら、いい? 教えてくれたら、今は我慢する」

「……っ」

「いつだよ!? 今週のいつ? 明日? 今週末? 二週間後? 三週間後?」

――……今月末に教えてあげる。

 不意に蘇る課長の声。

「今月末ならいいです」

 衝動的に答えた今月末になんの意味はない。
 挿入されそうになって慌てて出てきただけのものだ。

「今月末だな? じゃあ30日だね?」

 この状況でよく日にちの計算が出来るものだ。
 現実的に日付が固定されて狼狽してしまう。

「いや、それは……」

 なんで百年後とか千年後とか言わなかったんだろう。
 具体的な数字になると臆してしまう。

「あの、愛のない行為は……っ」

「それは大丈夫。俺ももう我慢の限界だから、それまでに――する。今月末、30日……覚えておけよ? ――やるから」
 
 なにが大丈夫かわからない。
 しかも聞き取れなかった"する"と"やる"の部分に、本能的な恐怖を感じる。

 そんな思考すら呑み込むようなキス。絡め合う舌。

 お互いの腰がこれ以上なく淫らに動き、ぐちゅぐちゅと音をたてて粘膜を摩擦しあうこの感覚がたまらない。
 課長の硬いところが突き刺さりそうになりながら、秘部の表面に滑り込んでくるこの感覚がたまらない。
 
「ああああっ、くっ、ん…ぅんんっ、ん……はっ、ぁぁっ」

「……気持ちいい? ヒナ」

 涙で滲んだ向こう側で、昔と同じように濡れた目で彼は聞いた。

 昔以上に扇情的なその顔は、噎せ返るほどの色気に満ちている。それだけでもう興奮する。……九年前以上に。

 あたしは、九年後のこのひとに興奮しているんだ。

「気持ちいい、すごくいいっ」

 挿れて欲しい。めちゃくちゃにして貰いたい――。

 それを理性で押さえ込むと、焦れたように課長がキスをしてきた。

「可愛い」

「……っ」

「あなたは、言葉に弱いね」

「っ、!!!」

「あなたの中に挿れていたのなら、きっと俺、すぐイッてたと思う。あなたの中、凄く気持ちいいから」

「な、にを……」

「覚えておいて。俺が欲しいのは、あなたの身体じゃない。だから挿れないということを。あなたが心から俺が欲しいと思わない限り、挿れないから」

 そんなに余裕がない顔をして。
 綺麗な顔立ちを艶めかせて。

「あなたが欲しいけど、あなたを求めているのは、セックスしたいからじゃない。あなたに求めているのは、身体じゃない」

 セックスをしようなどと会社で大胆発言したくせに、……多分、彼はあたしの状態をわかっていて、あたしの理性を尊重してくれているのだと感じた。

 昨夜のように、あたしの意志を無視して一方的にイカされるのではなく、あたしを見てくれているのだと思ったら、……待っているのだと思えば、さらに彼が欲しいと子宮の奥がきゅんと疼いた。

 今日は2日。
 今月末の30日は、きっちり四週間後の金曜日にあたる。

 出任せだった四週間後、あたしは彼に抱かれてもいいと思った。
 否、このひとに抱かれたいと。

 九年前のように満月の衝動的なものではなく、もっとゆっくり彼に抱かれたい。満月以外に男に抱かれようとする勇気を持ったあたしの心も、抱いて貰いたい。

 抱かれたら、単純なあたしはきっと彼を好きになり、またあの苦しい時間を過ごすことになるだろう。

 それでも、彼の熱と匂いをなかったことには、もう出来ないと思う。

 このひとなら、満月以外に抱かれたい――。

「どうした、ヒナ。痛い? 苦しい?」

 あたしより苦しそうな声で、優しい声をかけないでよ。
 今ここで堕ちそうになるから。

「大丈夫、気持ちいいっ」

「よかったっ、はあっ……はっ、名前を、呼んでっ、ヒナ」

 あたしにも女のプライドがあるの。
 だから、四週間の猶予をあたしに下さい。

「んんんっ」

 その後は、あなたの玩具にでもなってあげるから。

「四週間後……、最後まで抱いて。――朱羽」

 宣言すると、驚いた様子の彼が、泣きそうに顔を歪めて……笑った気がした。
 絆される、だけど……。

「だから覚悟がない今は、いじっぱりでごめん……っ」

 彼の唇があたしの額に押しつけられた。

「……四週間後、俺も素直になるから、あなたも素直になって? だから今は、お互いいじっぱりなままで、……イこう。陽菜」

 こんな場所で、こんな形で……、

「朱……羽。あああっ」

「もっと、陽菜。俺の名前を呼べ」

「朱、羽……っ、ああ…イク……朱羽、イッちゃう」

 だけどまるで恋人同士のように名前を呼び合い、限られた形で身体を重ねて絡ませる。

「陽菜、陽菜……っ」


 上擦った声であたしの名前を呼ぶ。

 彼は眼鏡をぶつけながら、舌をあたしの口の奥まで暴れさせた。あたしの胎内で暴れているように。

 尚一層濡れるあたしを擦る彼自身は、ぶわりと膨張して激しく脈打ちながら、あたしの秘部を覆うようにその太くて堅い軸をあてがってくる。やがて、ぶるぶると震撼してあたしの秘部を刺激し、その先端を蜜壷の入り口を掠めてくると、口づけをしたままのあたしの身体が、一気に果てに達して強ばった。

 大きくびくんびくんと震えるあたしの秘部から抜かれた彼の熱さ。

 その滾る迸りをあたしの尻に感じ、あたしはなんだか嬉しくて微笑んだ。
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