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第3章 ニートと帝国動乱
第42話 阿久津男爵領防衛戦
しおりを挟むーー 鹿児島県南端山脈地帯上空 飛空宮殿『デビルキャッスル』東塔艦橋 レナード・フォースター準男爵 ーー
『光学迷彩艦撃破! これで現在確認できている艦は全て撃墜しました! 』
「ご苦労。こちらの被害は軽微か。敵が見えないと思って油断していたのが幸いだな」
これで7隻か。こちらが奇襲を仕掛けたことで圧倒できたが、敵の総数がわからないことには油断ができない。なによりアクツ様に連絡してすぐに、レーダーにタイワン方面からやってくる飛空艦隊が現れた。そしてオズボード公爵領にヤンヘルが放っていた潜入部隊から、公爵がこちらへ出撃準備をしているとの情報も届いた。
ということは今回の奇襲はオズボード公爵の仕業なのだろう。やはりロンドメルと繋がっていたか。
ヤンヘルが言うにはオズボード公爵領に、反乱を企てていた獣人を攻め込ませ撹乱するらしい。なんでも無謀にもロンドメルの領都と、結界の塔を占拠しようとしていたようだ。それをヤンヘルから聞いたライガンが、彼らを救うためにその矛先を変えさせるように頼んだとか。
確かにロンドメル領に行かせていたら全滅していただろう。特に結界の塔の警備は厳重だ。なによりロンドメルがオズボードを信用などするはずもない。間違いなく近くに光学迷彩の艦隊を潜ませているはずだ。あのまま獣人たちが攻め込んでいたら、領都にたどり着く前に全滅していただろうな。かといって覚悟を決めた者たちだ。止めるのも難しかったのだろう。
それならアクツ様に敵対したオズボードのところに行かせた方がいい。アクツ様は必ず今回の奇襲攻撃に対しての報復をしに向かう。そうなれば少なくとも獣人たちは全滅を免れるだろう。そして結果的に獣人たちは我が軍に助勢したことにもなる。アクツ様は良いことも悪いことも借りは必ず返すお方だ。彼らの未来は明るいものになるだろう。
それにしても諜報に調略とダークエルフたちのなんと優秀なことよ。商人の護衛かダンジョンで素材を集めるだけだったダークエルフが、諜報活動に適性があったとはな。いや、本当に恐ろしいのは、ニンジャというダークエルフたちの性質にぴったりの職業と技能を与えたアクツ様だな。
アクツ様は今回の乱でオズボードとロンドメルを倒し、貴族として大躍進を遂げるのは間違いない。そうなれば我がフォースター家の未来も明るい。そのためにはアクツ様が戻るために被害を最小限に収めなければ。ここが踏ん張りどころだ。
「なんだいなんだい。帝国軍もたいしたことないねぇ」
「あたしのカレシのおかげだな! 」
「まったく、リズはいい男を捕まえて羨ましいさね」
「イシシシ! イーナもまだ30だしコウを誘惑してみりゃいいじゃねえか。コウはイーナの太ももと胸をチラチラ見てたぜ? 」
「そうさねぇ。確かに視線は感じてるよ。あんなに強い雄に見られて私もゾクゾクしてたよ。若くなくてもいいなら今度飲みに誘ってみるかねぇ。うまくいけばリズと姉妹になれそうだしねぇ」
「おっ! いいねぇ! イーナなら歓迎だぜ? 」
「ふええ! イーナさんはドSですから、コウさんに見初められたらリズさんと一緒に兎をいじめそうですぅ! 縛られた兎がコウさんとリズさんとイーナさんに……ハァハァ」
「……シーナは相変わらずだねぇ」
「ハイハイ、イーナもリズもシーナも私語はそのくらいにしなさい。もうすぐ敵の本隊が来るのよ? もっと緊張感を持ちなさいな。それでフォースターさん、タイワンから来る艦隊との接敵まであとどれくらいかしら? 」
「ハッ! 敵艦隊は急速に接近してきており、あと15分ほどで射程に入ります! 」
「コウに連絡したのが20分前だから敵艦隊と接触してから5分、いえこの場所はコウは来たことがないから10分耐えればいいわけね。問題は光学迷彩の艦がまだいるかどうかね。風水中隊には探させてるのだけど、急に見つからなくなったのよね」
「そうですね……もういないか、もしくは味方艦が撃ち落とされるのを見て、光学迷彩が通用しないとことに気付いたのかもしれません。その場合距離を置き増援を待っている可能性があります」
いくら奇襲とはいえ7隻だけで来るとは考え難い。まだいるはずだ。しかし我々は高度を落とすことにより、光学迷彩艦が砲撃できる角度と射程範囲を計算し限定して捜索している。その範囲から外れられては見つけるのは困難だ。
そしてもうすぐ艦隊を上昇させねばならない。こちらより数の多い敵艦を相手にする場合は、同じ高度で対峙しなければ不利になる。しかしそうすれば、隠れているであろう光学迷彩艦をさらに見つけ難くなる。全方位を精霊で警戒するのは不可能だ。
「タイワン方面から来る艦隊との戦闘中に、側面から不意打ちをされるのは覚悟しないといけないわね。いいわ、私は念のために下に降りて女神の聖域をいつでも発動できるようにしておくわ。イーナは艦内のクルーをこの塔に集めてちょうだい」
「戦う前から集めるのかい? 彼女たちがいなきゃ正面の主砲の命中率は下がるし、被弾した時のダメージコントロールもできなくなるよ? 」
「魔力障壁だけ張れればいいわ。それなら艦橋から制御できるでしょ? この艦は盾になることに専念してちょうだい。コウが着くまで耐えれば勝ちよ」
「こんだけ重装備の飛空宮殿を、クルーを守るために盾としてだけに使うとはねぇ。お気に入りの飛空宮殿が壊されるかもしれないんだよ? 確かにアクツさんが来れば勝ちだろうけど、本当にいいのかい? 」
「コウは優しすぎるのよ。仲間が大勢死んだら深く傷つくわ。私だってこの戦争を死傷者ゼロで終えさせられるとは思ってない。でもせめてコウの身近にいるこの旗艦のクルーたちだけでも死なせたくないのよ。それがコウを守ることなの。彼の心をね」
「心を……かい。とんだ甘ちゃんだと言いたいところだけど、私たちの男爵様は奴隷だった私たちを解放して受け入れてくれたんだよねぇ。そのうえ衣食住に仕事まで世話してくれて……確かに優しすぎる人だよ。行くあてもなかった私たちがその優しさに救われた以上、付き合うしかなさそうだね……わかったよ! まともな反撃ができないのは悔しいけど、おとなしく盾になってやろうじゃないか! 通信手! 艦内の全クルーに東塔に集まるように言いな!
『了解! 全クルーに緊急伝達! 総員東塔に集合せよ! 総員東塔に集合せよ! 』
「フォースターさん、あとはよろしくね。被弾した艦は無理をさせず下げてちょうだい」
「ハッ! アクツ様が戻られるまでに被害を最小限に抑えられるよう尽力いたします! 」
「お願いね。貴方が副司令で助かったわ」
エスティナ様はそう言って艦橋を出て行った。
それから私は艦隊を上昇させ、タイワン方面からやってくる艦隊へと備えた。
そして敵艦隊が射程範囲に間もなく入ろうとしているタイミングで、私は戦闘開始の号令をかけた。
「各艦隊に命令! 主砲斉射用意! 」
『了解! こちら旗艦デビルキャッスル! 各艦は前方の敵へ主砲斉射用意! 』
『敵艦隊射程に入ったちゃ! 敵艦隊の船首に高密度の魔力反応ありにゃ! あっちからも一斉砲撃が来るにゃ! 』
「主砲斉射! 各人衝撃に備えよ! リズ殿! エスティナ様に連絡を! 」
『主砲斉射! 』
私は主砲斉射の号令とともに、敵艦の砲撃に備えるよう艦橋にいる者に伝えた。そしてリズ殿にエスティナ様へ女神の聖域を発動するよう頼んだ。
「あいよ! 」
リズ殿がエスティナ様に連絡を入れてすぐに、艦橋の外に薄っすらと金色の膜が張られていくのが確認できた。あれが女神の聖域なのだろう。
『敵艦隊も主砲発射したにゃ! 8発がこの艦に向かってくるにゃ! 』
レーダー観測手がそう叫ぶと、魔力障壁が破壊された音が聞こえると同時に艦が大きく揺れた。
ズウゥゥゥン
「ぐっ……」
《きゃっ! 》
「ステラ! 被害報告をしな! 」
『は、はい! 魔力障壁が3枚とも破壊され、船側に被弾! 魔導エンジンには損傷なし! ですが第一魔力障壁装置にエネルギーが届きません! 』
「チッ! 障壁を二重にしか張れなくなったってことかい。まああれだけの砲撃を受けて人員に被害がないだけマシか」
「通信手! 各艦隊の被害はどうだ! 」
私は艦長のイーナ少佐が艦内の被害状況の報告を受けたのを聞き、この艦で受け止めきれなかった敵艦の砲撃が下方にいる艦隊に命中していないか確認した。
『第一艦隊と第二艦隊の戦艦1隻に巡洋艦3隻が小破。さらに巡洋艦2隻が中破! 艦隊側面を守っていた3隻の重巡洋艦は中破! いずれも魔力障壁の再展開と航行に難あり! どうやら魔力障壁を破られたあとに、未発見の光学迷彩艦から攻撃を受けたようです! 』
「やはりまだいたか! 風水中隊へ砲撃のあった場所へ精霊を派遣するように伝えよ! 中破以上の被害を受けた艦は下げろ! 」
不味いな……デビルキャッスルの魔力障壁は二枚しか張れなくなり、艦隊を守る3隻あった重巡洋艦は戦闘不能。巡洋艦も2隻脱落か。敵艦隊も3隻ほど脱落したようだが、それでも27対15だ。さらに敵には光学迷彩艦が潜んでいる。
アクツ様が到着されるまであと10分。いや、もう少し掛かる可能性も考慮しなければならない。時間稼ぎで後退する事はできない。数の多い敵を前に後退すれば被害は大きくなる。なにより後方には街がある。ならばここで耐えるしかあるまい。
「艦長! 三連魔導砲へエネルギー充填! デビルキャッスルを敵艦隊中央に突入させよ! 敵の注意を引く! 」
「あいよ! 三連魔導砲用意! 全速前進! 敵艦隊へ突っ込みな! 」
『了解! 三連魔導砲充填開始! 全速で前進します! 』
「アハハハハ! フォースターわかってるじゃねえか! コウは飛空宮殿なんかより仲間の命の方が大事なんだ。まあこの艦が破壊されてもコウが直すから安心しろって! そういうスキルを覚えたからよ」
「ですです! コウさんはなんでも直せちゃいますです! さあ突撃しましょう! みんなを守るために砲火の嵐へ! 突撃ですぅ! ハァハァ……」
「あ、ああ……」
頼むから私に向かって言うのはやめて欲しい。聞かなかったフリができないではないか。
『敵艦隊からの砲撃来るにゃ! ほとんどの敵艦の船首がこの艦に向いてるにゃ! 』
「艦長! 回避行動を取りつつ、三連魔導砲を放ち牽制せよ! 」
「あいよ! 魔導砲発射! しっかりつかまってなっ! 」
『了解! 三連魔導砲発射! 』
艦長の号令とともにデビルキャッスルは敵艦隊に向け主砲を放ち、左右に大きく艦を振りながら突入した。そしてそれと同時に敵艦隊からの主砲がデビルキャッスルへと放たれた。
ドーーン
ズウゥゥゥン
「ぐっ……艦長」
私は大きく揺れる艦に、シートベルトで固定された全身を揺さぶられながらもイーナ少佐を呼んだ。
「クッ……ずいぶん被弾したみたいだねぇ。ステラ! 」
『は、はい……13発の主砲級の魔導砲が直撃した模様です。船体側面と前方の砲塔被弾。魔力障壁装置も全て破壊されています。悪魔城と各塔を守る魔力障壁も破られ、悪魔城の最上階の一部が吹き飛んでいます。ですが航行は可能です』
「参ったねぇ、魔力障壁が全部やられたかい。牽制の主砲も撃てないんじゃあ、いよいよこの艦ともお別れだねぇ。操舵手! 地上の地形をよく確認しつつそのまま前進! 海にだけは落ちないようにしな! 」
『了解! 』
「あちゃー! やっぱ27対1は無謀だったか? まさか悪魔城の障壁まで破られるとはなぁ。あ~あたしの部屋もぶっ飛んだかなぁ。コウの再生のスキルでオーディオとか直るよな? 」
「まだ使ったことないですしわからないです。兎はお仕置き部屋が心配ですぅ。特注品の機材が多いのでコウさんに直してもらえなかったら絶望するです」
「コウはまだこねえのかな? コウ! おーいコウ! ありゃ? ティナと話し中か? 」
「ティナさんにも繋がらないですぅ。多分話し中ですぅ」
「ま、いっか。もうすぐ来るだろ」
「ですです。コウさんが来たら一瞬で終わりですぅ」
どうやらアクツ様とは連絡が取れないようだ。念話の魔道具は複数通話ができないということか。
しかし覚悟はしていたが、悪魔城に個別に張られている魔力障壁まで破られるとは……アクツ様自慢の露天風呂とラウンジが破壊されたことを知られれば、お怒りになるかもしれない。あの露天風呂は生き甲斐だといつもおっしゃっていたからな。
戦術レーダーに映る後方の味方艦は、やはり光学迷彩艦の砲撃を受けたようだ。新たに巡洋艦2隻が脱落している。敵艦隊を我々が引きつけておいてこの被害状況であれば、隠れている光学迷彩艦は恐らく2~3隻といったところだろう。それならばなんとか保たせることができるな。しかしその代わりこの艦が落とされるのは間違いなさそうだ。アクツ様は間に合わなかったか……
『敵艦隊また主砲を発射したにゃ! 20以上の魔導砲がこっちに来るにゃ! もう魔力障壁はないにゃ! 』
「20だって!? 頼む! 悪魔城には当たらないでくれ! 」
「兎のお仕置き部屋は駄目ですぅ! 」
「あんたらノンキ過ぎだよ! 」
私が覚悟を決めて戦術レーダーに映る魔導砲の軌跡を見ていると、リズ殿とシーナ殿の気の抜けるような言葉が聞こえてきた。
いくら女神の聖域があるとはいえ、20もの敵艦の主砲を目前にしてこの余裕。これが古代ダンジョンを攻略した者の胆力ということか。
『敵魔導砲が当たるにゃ! もうだめにゃ! 』
「衝撃に備えよ! 」
「ぎゃああ! この軌道は悪魔城に当たるだろこれ! 」
「ふえええ! 兎のお仕置き部屋が壊…………あれ? 」
『敵艦隊の魔導砲が全て消えたにゃ! 東に巨大な魔力反応がこっちに向かってくるにゃ! アクツさんにゃ! 』
「本当かい!? ふぅ……間に合ったようだねぇ」
「来たっ! やっぱあたしのカレシはカッコイイよな! いつもいいとこで現れるぜ! 」
「ですです! 兎との愛の部屋を守るために急いで来てくれたですぅ! 愛の力ですぅ! 」
「間に合ったか……」
喜ぶイーナ少佐やリズ殿にクルーの皆の声が艦橋に鳴り響く中。戦術モニターには、次々と敵艦隊の姿が消えていく姿が映し出されていった。
これでこの戦いは終わりだ。
あとは我が主が敵を殲滅するだろう。
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