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第3章 ニートと帝国動乱

第26話 マルス夫妻

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 バコーーン!


「うげっ! またストライクかよ! 」

 俺はマルスが投げたボールがピンを派手に吹き飛ばすのを見て、シートの上で仰け反っていた。

「ハハハハ! 見たかエレーナ、オリビア! 3連続ストライクだ! 確かターキーとか言うんだったな。お父さん凄いだろ! 」

「フフフ、あなたはしゃぎ過ぎですよ」

「お父様は本当に初めてボーリングをやられるのですか? 昔からどの武器でも扱える器用な人だと思っていましたが、武器以外でもこんなに器用にこなすなんて」

「フッ、伊達に帝国の公爵を長年やっていない。戦闘だけではなく飛空戦艦の操縦に整備に遊戯まで、なんでもできなければ陛下の側になどいれぬものだ。このようにボールを投げて当てることなど造作もない。エレーナの分も得点を取るので安心していい」

 マルスはスラックスにシャツというなんともラフな姿で、奥さんのエレーナから受け取ったタオルで汗を拭きながら爽やかに答えた。

 地球人の年齢に換算すると、指輪込みで40代後半になるはずなのになんちゅう爽やかだ。

 くっ……イケメン野郎が……それにしても飛空戦艦の整備までできんのかよ。公爵の身分でそこまでやるのか? というか多才過ぎだろ。

 頭が良くてイケメンで温厚なうえに多才とか……敵だな。

「申し訳ありませんあなた。私はこういった運動が苦手で……ですが先ほどメレス様に教わった太鼓ゲームは良い点数を取れたのですよ? 」

「お母様は楽器の演奏をなさってるから、ああいったゲームは合っているのかもしれませんね」

「エレーナは上手だったわ。また後で一緒にやりましょう」

「メレス様。ありがとうございます」

「さあ! 次はアクツ殿の番だ。なに、個人の点数など気にすることはない。これはチーム戦なのだからな。ハハハハ! 」

「ぐぬぬ……見てろよマルス! 俺がこれからストライクを連発してやる! 」

 くそっ! 爽やかな顔で言いやがって! たった2ゲーム練習しただけでボーリング歴10年(年1~2回)の俺のスコアをあっさり抜いたからって調子に乗んなよな!

 負けられねえ。温厚な爽やかイケメンに負けたら俺にはなにも残らねえ。

 俺はマイボール(特別製8万7千円)を拭きながらスクリーンに映し出されているスコアに目を向け、せめて個人得点ではマルスに勝つと気合いを入れた。

 チーム戦は無理だ。シーナとリズが自由過ぎてまったく勝てる気がしねえ……



【冥】の古代ダンジョンの90階層のボスを倒してから五日ほど経過した頃。

 マルスとその妻でありオリビアの母のエレーナが、ここ悪魔城へと遊びに来ていた。

 以前から娘が暮らす様子を見にきたいと言っていたし、俺もマルスに色々と借りがあったから招待したんだ。

 帰ってきてからはハマールや溜まっていた政務の処理やら演習やらで忙しかったから、結局五日ほど経ってから来てもらうことになったけどな。

 そうそう、帰ってすぐにメレスに幻身のネックレスをプレゼントした。最初俺の説明を聞いても半信半疑だったけど、いいから使ってみてと言って使わせたら金色の髪に長い耳のエルフに変身した。リリアはメレスを見て、メレスは鏡を見て驚いてたよ。

 魔人じゃなくてエルフに変身したのは意外だったけど、すっごい美人だった。気の強そうな目もとはメレスのままなんだけど、大人っぽい色気がある顔だった。どうも肖像画の母親をイメージしたらしい。

 メレスは鏡に映るそんな自分の姿を見て、お母様になれたって凄く興奮してた。目に涙すら浮かべてたよ。俺たちも母親に変身したメレスを見て少し涙ぐんじゃった。やっぱり母親に会いたいんだろうなって思ってさ。女の子は父親や祖父じゃなくてやっぱ母親が必要なんだよな。

 メレスは俺の頭を抱え、その胸の谷間にギュッと抱きしめてお礼を言ってくれた。俺は気にしなくて良いよと言って顔をグリグリさせつつ、両手でメレスの尻に手を回して優しく抱きしめ返した。ダンジョンに入って良かったと思えた瞬間だった。

 それからメレスはリリアを連れ、年長のエルフたちのところに行ってみんなを驚かせてた。そりゃ死んだはずのメレスの母であるアルディスさんが現れたらびっくりするよな。みんなにアルディスって呼ばれて、ずっと笑顔だったよ。あのメレスがあんなに感情を表に出すのは珍しい。リリアもそんなメレスを見て嬉しそうだった。

 その日は効果が切れるまでメレスはずっとその姿でいたみたいだ。幻身のネックレスはダンジョンで8つ手に入れていたから、2つメレスにあげたよ。俺がいれば1日あるクールタイムは無効化できるけど、俺がいない時に連続して使えるようにね。

 そして翌日みんなで朝食を食べていると、リズが今日はヤンヘルたちと訓練してくるって言って幻身のネックレスを三つ持って出て行った。俺は嫌な予感がしたけど、どうせ時間の問題だしなと思って諦めた。

 案の定、昼にヤンヘルどころか御庭番衆全員が執務室にやってきてさ、みんなして『お屋形様』! 『殿! 』『分身の術と幻身の術を我らにも是非! 』って大合唱だった。ヤンヘルとナルースは顔を腫らしていたから、多分リズにコテンパンにやられたんだろう。

 俺はそんな彼らの後ろで両手を合わせて謝っているリズの姿を見て、政務の手を止めティナとやれやれってお互いに顔を見合わせた。そしてヤンヘルとナルースに、分身の指輪と幻身のネックレスとおまけで魔力を隠せる隠者のマントを3つずつ渡した。分身の指輪はティナとシーナも装備したからこれで残り2つで、幻身のネックレスとマントは残り3つだ。

 さすがにヤンヘルたちに全部はあげられないから、分身の指輪は戦闘能力の高い者が身に付けて、幻身のネックレスと隠者のマントは帝国に諜報活動しに行く者で使うように言った。そしたらヤンヘルたちは目を輝かながら受け取って、全員が外に出て行っていきなりバトルロワイヤルを始めてた。リズはウキウキしながら見物しについていってた。

 少しして執務室の窓の外に手裏剣が飛び交ったり、怒号が聞こえたりで小一時間ほど騒がしかった。それで静かになったから窓から外を見下ろしたら、ヤンヘルとナルースが血だらけの姿で立ってた。俺はそれを見なかったことにして政務に勤しんだよ。あの寡黙で冷静だったダークエルフの変わり果てた姿を見てられなかったんだ。

 そんなことがあった次の日も政務に勤しみ、翌日からは教育期間が終了した飛空艦隊の演習を観閲した。これにはこの飛空宮殿の『デビルキャッスル』も参加した。

 演習といってもデビルキャッスルは遠征することはないから、領土防衛のための動きがメインだった。俺は艦長の狐人族のイーナに全てを任せ、ただ後ろで見ているだけに留めた。

 イーナは30歳前半の茶色の長い髪にかんざしを差し、軍服を着ないでなぜか花魁風の派手な着物を着ている変わった女性だ。エロいし似合うから俺が許可した。かといって不真面目というわけでもなく、非常に勉強家で度胸のある優秀な人材だ。言葉使いは荒いけど、面倒見がよくてクルーのみんなにも頼りにされてる。

 イーナはもともとは脱走奴隷らしくスラムでマフィアに所属していたらしいんだけど、貴族に潰されて桜島に逃げてきたと言ってた。そこで飛空艦に興味を持って軍に入ったわけなんだけど、頭が良く判断力もあり人をまとめる能力が高いので、ウォルターの副官に抜擢して旗艦の女性クルーをまとめさせた。んでリズが彼女を気に入って、イーナもリズをかわいがってくれてるからこのデビルキャッスルの艦長に任命したんだ。

 イーナを艦長に任命した時は凄く喜んでたな。『あたいがボスを守ってやるから安心おしっ! 』ってもう張り切っちゃって、このデビルキャッスルの武装や耐久性から何から必死に覚えてたよ。クルーの女の子たちもよく統率してたし、どの艦よりも練習していた。演習での動きもスムーズだった。でも演習中にキセルを吸いにちょこちょこ甲板に出るから、艦橋を喫煙可にした。タバコというよりはお香みたいな良い匂いがしたから別にいいかなと思ってさ。着物にキセルてのも似合ってたしね。

 しかしこのデビルキャッスルの防御力は凄いわ。ひとたび三重の魔力障壁が展開されると、飛空戦艦5隻を相手にしても渡り合える能力がある。統制の取れていない艦隊なら、魔石が続く限り10隻相手にしても耐えられるんじゃないかな。魔石は山ほど積んであるから、領地に何かあっても俺が戻るまで耐えられると思う。

 そして無事演習が終わり、改めて出雲大佐を第二飛空艦隊司令官に任命した。第二飛空艦隊はほとんどが元海上自衛官と航空自衛官だ。彼らの士気は非常に高い。それは日本人の俺が領主だから、いつか日本を帝国から取り戻せると考えているからだと思う。あんまり期待されても俺は一切日本をどうするとか明言していない。それで万が一勝手に動かれても困るから各艦の艦橋は獣人のクルーで固めているし、戦時は憲兵として親衛隊の者を乗艦させるつもりだ。うちは男爵軍であって日本奪還軍じゃないからな。

 そんな感じでダンジョンから帰ってきてからは俺もティナたちも忙しかったけど、なんとか予定の日にマルス夫妻を迎えることができた。今朝早くに飛空艇発着場に現れた二人は、地球のファッションに身を包んでいて休日のセレブって感じだったよ。

 マルスの奥さんのエレーナさんと会うのは今回が初めてだ。でも彼女は俺のことをオリビアからよく聞いてたようで、ずっと会いたかったって言われたよ。オリビアからどんな風に聞いているのか気になったけど、好青年らしく笑顔で挨拶した。第一印象って大事だからな。俺は帝国で言われてる悪魔なんかじゃないですよってね。そんな俺をマルスが横で笑ってたけど気にしたら負けだ。

 エレーナさんは30代後半くらいに見える女性で、さすがオリビアの母親なだけあって美人だ。顔はオリビアに似てるんだけど、なんというか表情が柔らかくて話し方もどこかおっとりしてるんだよね。ほかに子供はオリビアの上に兄がいるらしいんだけど、今は欧州の管理地の運営をさせているらしい。

 そんなマルスと奥さんを迎えた俺は、メレスも呼んで悪魔城を案内した。そして客室のある西の塔を案内して1階のゲームセンターで遊んでたら、マルスがボーリングに興味を持ったので急遽ボーリング大会をやることになったんだ。

 チーム分けは俺とティナとリズとシーナの男爵家チームと、マルス夫妻とオリビアとメレスの帝国チーム。そしてリリアと雪華騎士チームで、2ゲームほど練習をしてから対抗戦を始めた。

 俺のチームは俺とティナは問題ないんだけど、リズは細かいコントロールが苦手でスコアの波が激しく、シーナは運動音痴でガーター量産機と化している。いや、ガーターならまだいい。指がすっぽ抜けて後ろに投げたりするから、毎回シーナが投げる時はドキドキさせられるんだ。

 それに比べてマルスチームは運動神経抜群のマルスとオリビア。それに最近ボーリングを結構やっているメレスがいるからスコアは結構いい。エレーナさんはガーターが多いけど、チームとしてはうちより高いスコアを出している。

 リリアと雪華騎士たちはうちと同じくらいだ。リリアがガーターを時たま出すからな。胸が邪魔らしい。


「コウ! ストライク頼むぜ! 前回スペア取ってんだから、ここで一気にスコア伸ばさねえと最下位になっちまう! 」

「リズさん、コウさんにプレッシャー掛けないでくださいですぅ。さっきリズさんが分身の指輪を使って投げたうえに自分の分身に惑わされて、隣のレーンのピンを倒したりしなければ最下位圏内に入ることはなかったですぅ! 」

「ケッ! 毎回ガーター出してる運痴兎に言われたかねーって。やーい運痴兎~♪ 」

「酷いですぅ! 兎はウ○チなんかじゃないですぅ! そっち方面は趣味じゃないですぅ! で、でもコウさんが望むなら兎は応えるのもやぶさかでは……」

「ぶっ! 望まないから! いったいなんの話をしてるんだよ! ちょっと集中するからおとなしくしててよ……」

 マルスの奥さんがいるとこで何を言い出すんだ! 俺がオリビアに変態行為をさせてると誤解されたらどうすんだよ。手錠と目隠しくらいしかしてないんだぞ!

 俺は口もとを手で隠しながら笑うエレーナさんを見て、シーナを連れてきたことを後悔した。それでもなんとかボールを持って精神統一をし、一歩二歩と前に踏み出しボールをレーンの中央へ向かって放り投げた。

 俺の手を離れたボールは、ややカーブを描きながらイメージ通りのコースを進み中央のピンへ当たった。そして……

「あちゃー! スプリットかよ! こりゃあスペアも無理だな」

「ふええ、あれは無理ですぅ」

「あら残念。これはちょっと難しいわね」

「ぐっ……なぜだ……コースは良かったのに……」

 俺はレーンの先の両サイドにに残る二つのピンを見て、投げ終えた体勢のままその場で膝を着いた。

 ストライクどころか、プロでもスペアを取るのは難しいピンの残り方をするなんて……

「おお~あれは練習の時に私もやったな。なに、右のピンスレスレに当てれば弾かれたピンクが逆方向に行くから簡単に取れるぞ」

「簡単じゃねえよ! 」

 スレスレってなんだよ! そんなの狙ってできねえよ! くそっ! スキルなら狙ったとこに行くのに!

 そのあと俺はマルスの無自覚の煽りに心を乱されたまま、スレスレを狙って見事ガーターとなったのだった。

 そしてシーナのガーターが続き、俺たち男爵家チームは最下位でゲームを終えた。

 まさかボーリング歴10年の俺が、たった1日のマルスに負けるなんて……

 ボーリングを終えたあとはゲームセンターに行き、エレーナさんがメレスと楽しそうに太鼓ゲームをやるのをみんなで観戦した。そして悪魔城に戻り一緒に夕食を食べ、その際にオリビアの希望でマルス夫妻は今夜は泊まることになった。

 食後にエレーナさんと恋人たちは温泉に向かって行き、俺とマルスは彼女たちを見送りラウンジで一緒に酒を酌み交わしていた。

「ハハハ、楽しい一日だった。オリビアもエレーナもよく笑っていた。これもアクツ殿のおかげだ。娘の笑顔を取り戻してくれてありがとう」

「別に俺が何かしたわけじゃない。オリビアがやりたいことをやってるだけだ。そもそも家族といてつまらない顔をする人間なんていないだろ」

「やりたいことをやっているだけか……オリビアは幼い頃から負けず嫌いな子でね。何にでも一生懸命だった。しかしいくら努力しても帝国は男性社会だ。働いている女性は多いが、それは結婚相手を探すまでだ。いずれ女性は家に入り、子供を産み育てるものという考えが一般的なのだ。高位貴族の子女となればなおさらだな。そんな社会でオリビアが認められるのは並大抵のことではないのだよ。それだというのに公爵家の娘として社交界には一切顔を出さず、ただひたすら宮廷の官吏として上を目指した。そしていつの日かまったく笑わなくなったのだ。それがアクツ殿との出会いで一変した。家に戻ってくる度に嬉しそうにアクツ殿のことを話すのだ。妻も泣いていたよ。昔のオリビアが戻ってきたとね」

「そうなのか。なんというか地球世界も魔人の世界も似たようなもんなんだな。俺はオリビアには、仕事も私生活も好きなことをして欲しいと思っている。俺の情報を帝国に流してもいいとも言ってあるしな。情報局をクビになったら俺が雇うともな。だから伸び伸びしてるんじゃないか? 」

 オリビアを恋人にした時にオリビアは情報局を辞めると言った。けど俺は辞めなくていいとそれを止めた。それくらい覚悟しているし、それを含めてオリビアを恋人にしたつもりだ。オリビアがこれまで必死に築いてきたキャリアを俺は壊したくなかったというのもある。帝国に俺の情報が流れることは覚悟しているし、俺だってオリビアから情報を得ている。その辺はお互い様だ。知らないで漏れるよりは、知っていた方が対処できるしな。

「オリビアはアクツ殿の能力や領地の情報を教えてくれないのだ。今回【冥】の古代ダンジョンを何階層まで行ったかすらだ」

「手に入れたアイテムならまだしも、それすらも話してないのかよ……それで魔帝に言われてマルスが来たのか」

「ハハハ、それも理由の一つではあるな。だが娘の様子を見たかったのは本当だ。しかし驚いたよ。長いことダンジョンに潜ってなかったオリビアが、まさかS-ランクになってるとはな」

「古代ダンジョンの90階層まで攻略したしな」

「なっ!? もうそこまで行ったのか!? いや、行くとは思っていた。なんと言っても【魔】の古代ダンジョンを攻略しているのだからな。それにあのスキルがあれば私も陛下も必ず攻略できると思っていたが、まさか3ヶ月でそこまで行くとは……」

「ホークがあったからな。宝箱も全て拾ってないしこんなもんだろ。ただ、最下層はもう少し掛かると思う。広いからな」

 途中スルーした小部屋は結構ある。とりあえず攻略を優先して、宝箱は後日取りにくればいいと思ったからだ。多分80~90階層はヤンヘルたちのためにまた行くことになると思う。分身の指輪を探しに。

「そうか……ならば2等級の停滞の指輪も? 」

「指輪カバーで隠してるけどみんなしてるよ。オリビアもな」

 帝国人はマジックアクセサリーを見せびらかすけど、うちはやばい等級のものばかりだから指輪にカバーをかけている。俺は無地で黒の革製のもので、恋人たちはピンクや青や緑の花や兎耳や猫の肉球が描かれた可愛い布製のものだ。俺たちが付け始めてから領内で結構流行ってるんだよね。

「全員が!? それでは陛下の分は……」

「今後大切な人が増えるかもしれないから無いかもな。マルスが皇帝になったら、エレーナさんの分も必ず手に入れてやるよ。オリビアの家族だからな」

 魔帝には寿命で退場してもらう。次の皇帝はマルスだ。安心しろ。他のやつがなったら俺がマルスになるまで処分して行くから。マルスなら安心して世界を任せられるわ。俺にストーカーしないしな。

「私が!? そんなとんでもない! 是非陛下に指輪を! 陛下は帝国に必要なお方なのだ! 」

「えーやだよ。メレスと仲良くなるのに邪魔だし。大丈夫だって、マルスの方があんなクソ魔帝よりうまくやれるって」

 マルスは欲がねえよな。ほんとに魔人なのか? 

「私など陛下の足もとにも及ばぬよ。私は幼い頃から当時皇子であった陛下とアルディス様に憧れて育った。あの時のお二人は本当に強かった。いつか私もお二人と一緒に古代ダンジョンをと……しかしアルディス様は先帝に殺され陛下は皇帝になられた。それからは私は陛下をお支えするために生きてきたのだ。陛下は確かに思慮が足らない部分もあり、私も苦言を呈する時は多々ある。しかし陛下は帝国民の幸せを常に想い、帝国のために身を粉にして働いておられるのだ。陛下は帝国にまだまだ必要なお方なのだよ」

「んなこと言われても俺は征服された側の人間だからな。帝国の民がどうなろうと関係ないし。ただまあアイツがメレスの自由を邪魔しないと契約スキルで約束するならやってもいいかな。メレスがずっとここにいたいと言ったら笑顔で認めるとかな」

 帝国民の幸せとかどうでもいい。明らかに地球人より良い生活してるんだし十分だろ。

 それより契約スキルも覚えたし、色々条件つけるのもいいかもな。俺に電話するのも禁止にしよう。嫌なら寿命で死ねばいいだけだし。

「ぐっ……そ、それは……陛下はメレス様と一緒に住みたいと常々……」

「まあそこはマルスがうまく説得してくれよ。まだ魔帝の分の指輪は無いし~」

 いや、余ってるんだけどね。あの親バカをいい加減子離れさせないとな。なんたってメレスを200年監禁した前科持ちだからな。

「わ、わかった。説得してみよう……今後帝国は荒れるからな。陛下には長生きしていただかねばならん」

「あ~ロンドメルだっけ? やっぱ反乱するの? 」

「ああ。ほぼ間違いないだろう。しかしそれがいつなのかまではわからん。恐らく今年中だとは思うがな」

「ふーん、で? 勝てるのか? 」

「フフフ、こちらも準備はしている。陛下は早く反乱が起こらないかと待っているほどだ。これでやっとロンドメルと帝国に必要のない貴族を粛清できるとな」

「余裕だな……何か奥の手がありそうだな? 」

「ある。当初はアクツ殿への対策に開発したものだがな。結界のスキル持ちとわかった時点で貴族対策用になってしまった」

「やっぱそういうの開発してるよな~。まあ俺もダンジョンでエグいスキル手に入れたからお互い様だけどな」

 結界で防げるってことは物理攻撃か。恐らく魔導技術と科学を融合したやつなんだろう。魔導砲と見せかけて弾も一緒に飛んできたりしてな。それなら俺が滅魔で安心したところを不意打ちできるか。危ねえ、結界スキルあって良かった~。

「【冥】の古代ダンジョンのスキルか……確か浄化や我々には扱えない聖属性のスキルがあると聞くが……」

「そんな生やさしいもんじゃねえよ。俺ですら覚えるのを躊躇ってるほどのもんだ。せいぜい俺にそのスキルを覚えさせないことだな」

 片っ端から魂を縛って殺し合いさせてお終いだ。やっぱエグいな魂縛のスキルは。

「そのようなスキルが……我々はアクツ殿と敵対する気はないが、肝に銘じておこう」

「それがお互いに平和だな。俺はできれば帝国にこのまま地球を管理して欲しいからな」

「フム……以前から不思議に思っていたのだが、アクツ殿はこの世界の住民であるのに、なぜ征服した我々から地球を奪い返そうとしないのだ? 」

「その方が平和だからだ」

「平和? 我々は地球人にダンジョンへ魔石を獲りに行かせているのだが? 」

「それでもあんたらが侵略する前よりは人の不幸は減ったと思うし、なにより世界規模で見れば死者は減った」

 確かに裕福で平和だった先進国では、以前より多くの人間が死んでいる。しかしそれ以外の国では以前より人が死んでないんだ。

 これは既に統計も出ていて確実なことだ。帝国がいるおかげで宗教戦争も起きていないし、領土紛争も起こっていない。人種差別による民族浄化という虐殺も無くなった。貧しい国には帝国を介して食糧が配布され、飢える者も少なくなった。なにより彼らはダンジョンという仕事場を与えられた。

 命懸けだが、仕事を選ばなければ失業率0だ。飢えて死ぬのを待つだけだった人たちにすれば、ダンジョンは救いだ。各国を管理している貴族はノルマをこなすためにより多くの魔石が、帝国は魔人が生きるためにダンジョンの魔物を倒すことで放出される魔素が欲しい。だからダンジョンに潜る人材を得るために、食糧が世界中に分配される。戦後の混乱時にモンドレットが借金してまで日本に食糧を回したようにな。

 帝国が侵略してくるまで世界の富は1%の人たちに独占されていた。それが今じゃそんな金持ちは地球人にはいない。貴族なんて世界全体の0.001%程度だ。ダンジョンに潜れば誰でも裕福になれる。マネーゲームなどで稼ぐのとは違い命を懸けることになるけどな。それでも基本的には最低限食えて仕事に困らず頑張れば裕福になれる世界だ。これこそ本当の平等だろ。

 だから俺は地球は一国が治めた方がいいと思うんだ。ただ、これが地球人だと激しい貧富の差が必ず起こる。しかし魔石と魔素を第一に求める帝国なら、奴隷制度が廃止された帝国なら地球人ほど酷いことにはならないだろう。それでも帝国貴族は馬鹿が多いから監視する者が必要だ。それは地球人の俺が貴族になっていることである程度抑止力になるはずだ。今後地位が上がれば上がるほどな。

 俺としてはこの世界は地球の元国家群より帝国に支配してもらった方がいい。元地球国家が魔導技術を得て、戦争を重ねる度に発展する方が怖い。

 そんなことを俺をマルスに説明して聞かせた。

「なるほど……この世界の歴史は学んだが、確かに数十カ国も国があると争いは絶えないようだ。しかしだからといってそのような考えをする者がいようとはな」

「俺は国に捨てられた人間だから、日本が以前より不幸になってようが気にしないからだろうな。まあそういうことで俺は帝国を滅ぼすつもりはないし、内乱が起ころうが関わる気もない。うちの領地に迷惑が掛からない程度に好きにやってくれ」

「ハハハ、アクツ殿に手を出す者はもういないだろう。オズボード公爵のオリビアへのしつこい求婚も、アクツ殿のところにいると言ったら静かになった。公爵家ですらそんな状態だ。今や帝国中から悪魔の棲家と呼ばれ、恐れられているこの領地に手を出す者などいないだろう」

「魔人が棲む帝国に悪魔の棲家とか言われるのは納得いかないが……まあ火の粉が掛からないならなんでもいい。明日からまたダンジョンに潜るから、何かあったらフォースターに連絡を入れてくれ。高みの見物をさせてもらうさ」

「ああ、特等席を用意しておこう」

「楽しそうな顔しやがって……」

 やっぱマルスも魔人だわ。どうしようもなく戦いが好きな魔人の血が流れてるわ。

 俺は巻き込むなよと念を押しつつ、恋人たちが温泉から出てきたあともマルスと温泉に浸かりながら酒を酌み交わすのだった。



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