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第1章
第70話 月面防衛戦
しおりを挟む「ゴシュジンサマ、前方に60から70ほどのダグルの反応ありだぜ! 」
「ビンゴだな。でもかなり間隔が空いてるな……仕方ない。一番数の多い集団にするか。カレン、船尾で結界を展開してエーテルを解放しろ」
エルサリオン宇宙局から得たダグルの進路予測データを元に、短距離ワープを終えると情報通り地球に向かう複数のダグルの集団を発見することに成功した。
その集団は二つに分かれており、俺は一番数の多い集団へ向かうことに決めた。そしてドレスタイプのパワードスーツを装備したカレンたちへ戦闘態勢に入るよう指示をした。
カレンたちは船尾の戦闘機発着口から、船を追いかけてくるダグルを迎撃する手はずになっている。
「わかった……フィロテス、トワ……行く」
「は、はいっ」
「承知しました」
「レイコ、俺も甲板に出る。ここは結界で守るから安心しろ」
カレンたちが艦橋を出ていった後、俺は艦長席に座るレイコにそう告げた。
「了解。ご主人様の武運を祈っているわ」
「武運が必要な相手でもないさ。俺が甲板に出たらダグルの群れに船を向かわせてくれ」
「すごい自信ね………あのダグルの戦艦級はレベル5相当よ? アガルタの軍でさえあの一体に相当な数の戦艦をあてなければならないわ。それに母船に随伴しているトンボ型のダグルも無重力下でしか動けないけど、その歯は強力で船体をあっさり噛み砕くのよ? 本当に群れに近づいてもいいの? 」
「ああ、レイコはまだあの映像を見ていなかったんだっけ? ルリ、リカ。俺があんな雑魚に負けると思うか? 」
俺は呆れた顔をしながらも敵の情報を細かく伝えてくれるレイコに、ニヤリと笑い操縦席に座るルリたちに声を掛けた。
「あ~、レイコ。心配ないわ。ご主人様は化物だから」
ルリがめんどくさそうにレイコに言う。
化物って……いいだろう。そのうちベッドの上でケダモノと言わせてやろう。
「そうそう、多分瞬殺するぜ? ダグルなんかよりずっと強い奴らを蹂躙してたしな」
続いてリカが椅子にもたれかかりながら、両手を頭の後ろで組んでそう言った。
「瞬殺って……」
「まあそういうことだ。見てればわかる。お前たちのご主人様の強さがな」
驚いた表情のレイコに俺はそう言ったあと、ヘルムを被り艦橋を出た。
月に急ぎたいが、地球に向かうダグルをできるだけ減らさないとな。
そして甲板に出た俺は特殊なワイヤーで船体とパワードスーツを繋ぎ、結界を張った後エーテルを全開にした。
そのタイミングで宇宙船は一気に加速し、地球に向かうダグルがいる方向へと向かった。
♢♢♢♢♢
「ぶっ! フナムシにエビかよ! エビって虫だったっけ? 」
ダグルの群れが近づくにつれ、俺はヘルムに搭載されているモニターでその姿を確認することができた。
そこには見慣れたダンゴムシ型の母船級ダグルが40ほどと、その周りに無数に飛んでいる3mほどのトンボ。そしてそれらを守るように全長1kmはありそうな灰色のフナムシそっくりのダグルが3体に、それよりは一回りほど小さい赤いエビが丸まったようなダグルが7体ほどいた。
そしてフナムシとエビは俺のエーテルに気づいていたのか、一斉にこっちへと向き最初にフナムシが口から真っ赤なエーテルの塊を放ってきた。
しかしそれは全て結界で防がれた。そして続いて近づいてきた丸まった赤エビが、突然胴体を開き無数のエーテル弾を浴びせてきた。が、これも全て結界により防がれた。
「ん~デカいから期待したけど、確かにエーテル量は凄いが無属性か。てことは魔結晶は持って無さそうだな。なんかダグルって魔物に比べると全体的にシケてるよな。まあいいか、【轟雷】】
俺はダグルたちが射程に入ったのを確認し、雷龍から手に入れた魔結晶にエーテルを流し轟雷の魔法を発動した。
その瞬間、恐らくその攻撃力から戦艦級と思われるフナムシと、巡洋艦級と思われる赤エビの頭上から幾百もの雷が降り注いだ。
その雷はあっさりとフナムシの頭を貫通し、その生命活動を停止した。それを見た赤エビが咄嗟に身を丸めて固い甲殻で防ごうとしたが、それでも雷を防ぐことはできず、かえって貫通しなかったことにより体内を焼かれ、煙のようなものを胴体から噴出させ力尽きた。
赤海老の蒸し焼きかよ……まあエルサリオンの戦艦よりエビの方が固かったな。こりゃ苦戦するはずだな。
「だからといって俺の敵じゃないけどな。レイコ! 護衛は殲滅した! ダンゴムシの群れに突っ込め! 」
《な、なんて人なの……りょ、了解よ。全速前進! 主砲を放ちながら母船級ダグルに突っ込みなさい! 》
「カレン。ダンゴムシ型の周りにいるトンボを頼む。俺はダンゴムシをやる」
《まかせて……》
「それじゃあ宇宙の虫退治と行きますかね」
俺はそう呟きながら、無数のトンボ型のダグルが守るダンゴムシの群れへと向かうのだった。
――月の裏側 第二月面基地 アリエル・エルサリオン ――
「喰らいなさい! 『ファイヤーボール! 』 」
私はダグル誘導用の巨大エーテルタンクの前で、襲い掛かってくるレベル5のカマキリ型のダグルと、レベル2の無数のバッタ。そしてレベル3のムカデ型のダグルへ向け、エーテルランチャーを放った。
ランチャーから放たれた火の玉は、カマキリ型のダグルに直撃し爆発した。その結果カマキリの右腕のカマを吹き飛ばし、周囲にいたムカデも爆発に巻き込まれその身を焼かれていった。
相変わらず凄い威力……
私は続いて元親衛隊のソルティスが、同じくランチャーから放ったウィンドカッターでカマキリにトドメを差すのを見ながら手に持つランチャーを見つめた。
私たちの持つランチャーには、勇者様よりいただいた魔結晶が装着してある。決死隊のために20個しかない魔結晶の内、5つも本隊が残していってくれた。
これのおかげでこの月面に上陸した、カマキリ型のダグルとなんとか戦えている。
これがなかったら私が到着する前に全滅していた可能性だってある。
私が帰還兵を迎えに行く宇宙船に忍び込み、月の表面から内部を通り裏面の第一月面基地にやってきた時には、すでに多くのダグルが上陸し決死隊は第三基地まで押し込まれていた。
私ははやる気持ちを抑えながら、後ろ髪を引かれるように月から退却していく獣人や巨人の兵たちが月からチキュウに出発するのを待った。そして誰もいなくなった基地にある、義兄の予備のEアーマーに乗りこの最前線の基地へとやってきた。
私が現れたことに決死隊の皆はそれはもう驚いていた。元親衛隊のソルティスやマグワイアなんて、私を力づくでチキュウに戻そうとした。
私たちのことはいいのですと。エルフの大英雄であるカレナリエル様を侮辱し、勇者様に剣を向け廃嫡され平民となった身だけど最後に名誉ある死を得たいのだと。
モニター越しにソルティスは豚の耳を、マグワイアは豚の両腕を触りながら諦めた顔でそう言っていた。
ほかの親衛隊の皆も最後に元貴族として名誉の死を望んでいた。
私は皆に言った。皆を死なせないために私はここへ来たと。一緒に生き残り故郷に帰ろうと。そうすれば名誉は回復できると。決死隊として戦った皆を勇者様は許してくれるはずだと。だから最後まで諦めずに戦いましょうと。
私の言葉に皆は涙を拭いながら頷いてくれた。
大丈夫。この魔結晶があれば戦える。エーテル保有量の多い私と元親衛隊とで、交代で使えばなんとかなる。
それから3時間。次々と上陸してくるダグルに押され、第三基地を破棄し第二基地まで撤退した私たちは、基地を覆う強力なエーテル結界を利用しながら交代でダグルの群れと戦っていた。
ここまでは数十体のカマキリ型と、10万はいるバッタとムカデ型メインのダグルを相手に私たちは善戦できている。
それもこれもカマキリ型を倒せる武器が私たちにあるからだ。
正直これがなかったらとっくに全滅していた。感謝します勇者様。
《ひ、姫様! 後方の第一基地手前へ新たに母船級ダグルが上陸しました! 見たことがない型の母船が多数あります! 》
「なっ!? ここより小さいエーテルタンクへなぜ!? 」
私は月の索敵班からの通信に思わずそう叫んだ。
ありえない。ダグルはより大きいエーテルに惹かれるはず。
なのに第一基地より大きく数の多いここのエーテルタンクを無視して行くなんて……そんなこと今まで一度もなかった……
《姫様。ダグルの数が今までの比になりません。過去の動きは参考にならないかと》
「マグワイア……そうね。総員基地に退避! 地下通路で第一基地へ移動せよ! 新種のダグルがいる可能性があるわ! 私が行くまで表には出ないで! 」
《ハッ! 》
私はマグワイアの言葉に頷き、全軍に第二期地を放棄するよう命令をし、最後まで残り部隊の撤退を支援した。
※※※※※※※※※※
第二基地を自壊させ第一基地の地下に到着すると、地上ではダグルがダンゴムシ型の母船と、チキュウの古代生物の三葉虫のような形をした母船から出てくる所だった。
ダンゴムシ型からは6万ほどの蟻やムカデにカマキリ型のダグルが次々と現れ、その数は7万はいるようだった。そして三葉虫型の母船からは、茶色く目が12個ほどある体長10mほどの芋虫と、7mほどはあるクワガタやカブトムシのような姿をしたダグルが現れた。
「なんなのあの個体は……」
《ひ、姫様……あの芋虫はレベル5。クワガタとカブトムシのようなダグルはレベル6です。全部で500体はいるようです》
「レベル6!? 」
レベル5のカマキリより強いダグルがあんなに……
いえ、あの倒せなかったカマキリ型を私たちは倒せるようになった。ならレベル6のダグルだって。
「皆! ご先祖様はあれより強いマモノと戦っていたのよ! 私たちにだってできる! 私が先陣を切るわ! 続きなさい! 」
《オオーーッ! 》
私は軍を連れ急いで地上へと飛び出した。
しかし……
「ファイアーボール! くっ……ファイアーボール! そんな……」
《姫様! ファイアーボールがはじかれます! 》
《ウィンドカッターもです! 》
「なんて硬い甲殻なの……」
私たちがカブトムシを先頭に迫ってくるダグルの群れに放った炎と風の刃は、その全てが先頭のカブトムシの甲殻にはじかれてしまった。
そんな……この強力な魔結晶がまったく効かないなんて……
《姫様! カブトムシの間から現れた芋虫から強力なエーテル反応が! 》
「え? 」
私がマグワイアのからの言葉に芋虫型のダグルを見ると、100匹ほどいる芋虫の複眼が突然光り赤い光線を放った。
「そ、総員エーテルシールド全開! ぐっ! 」
《ぐあぁぁぁぁ! 》
私はエーテルシールドを全力で張るように指示をした。しかしシールドが張られている操縦席は守れたが、Eアーマーは耐えきれず私の手ごと左アームを破壊されてしまった。
周囲では最前列にいた親衛隊を中心に、百機以上のEアーマーが同じように被弾していた。
《うぐっ……姫様……》
《ああ……クワガタが突撃を……》
「くっ、負傷した者は下がりなさい! 迎撃用意! 」
私は失った左手首がEアーマーの機能により止血されたのを確認し、クワガタ型のダグルへと一斉射撃を行った。
しかし私たちの攻撃はその黒光りする甲殻に弾かれ、まったく通用しなかった。
その後は近接戦闘となり、私たちは防戦一方だった。
クワガタ型のダグルのハサミは強力で、Eアーマーのシールドごと次々と仲間を切断していった。
私も剣を手に斬りかかったが、足の関節を切断するのがやっとで動きを止めることしかできなかった。
その間にも仲間がハサミで切断され、カブトムシに押し潰され、芋虫の光線で焼かれ次々と倒れていった。
《姫様! エーテルがもう切れます! もうこれまでです! お下がりください! 》
《姫様! 私たちでは敵いません! ここは私たちが食い止めますからその間にチキュウへ! お逃げください! 》
「嫌よ! 仲間を見捨てて逃げるくらいなら死んだほうがマシよ! 」
私は両隣で片腕を失いながらも、エーテルライフルで牽制をしているソルティスとマグワイアにそう答えた。
《姫様……》
《私たちのために……》
「私は最後まで諦めない! 勇者様のように、どんなに絶望的な状況になっても絶対に諦めない! 」
私は二人を置いてスラスターを全開にし、足を失いくるくると回っているクワガタ型の懐へ潜り込んだ。そして残りのエーテルをランチャーへと全てつぎ込み、その腹部へとファイアーボールを放った。
私が放った炎の玉はクワガタ型のダグルの腹部を破り、体内で爆発しダグルを爆散させた。
やっぱり思った通りね。硬いのは外側だけ。懐に潜り込めば倒せる。
そう思った時だった。
爆散したダグルのすぐ後ろに、今にもハサミを開き私を切断しようとしているダグルが現れた。
私は倒れていた状態から、背部のスラスターを噴射させその場を離れようとした。しかし先ほどの戦闘で故障したのかスラスターは反応しなかった。
姫様!
後部モニターにはソルティスとマグワイアがランチャーを捨て、スラスターを点火し私を助けようと向かってくる姿が見えた。
その姿から、私は彼らが私の盾になろうとしていることがわかった。
「駄目、来ては駄目! 来ないで! 」
何しているのダグル! 早く私をそのハサミで切断しなさい!
私は片腕となったアームに力を入れ、クワガタ型のダグルのハサミに自らの身体を投げ出そうとした。
しかしその時。
エーテルレーダーに強大なエーテル体の反応が現れた。そしてそれはものすごい速度でこちらへと向かってきて……
《重圧》
突然オープンチャンネルに男性の声が聞こえたその瞬間。目の前のダグルが何かに押し潰されるように地面に縫い付けられた。
《轟雷》
そしてさらに男性が何かを言うと、突然幾千もの稲妻が目の前のクワガタやカブトムシ。そして周囲に広がるダグルの群れに降り注いでいった。
その稲妻の威力はとてつもなく、硬い甲殻で覆われていたはずのダグルをあっさりと貫いていった。
「な、なに? いったい何が……あ……ああ……」
私は一瞬で数万のダグルの群れが壊滅したことに混乱しつつも、膨大なエーテル反応のある場所に視線を向けた。
そこには真っ暗な月の空を照らすように、全身に青白く光り輝く鎧をまとった男性が私たちを見下ろしている姿があった。
私はモニターに映る男性の顔を、その見覚えのあり過ぎる顔を見て涙があふれ出てきた。
勇者様……勇者ワタル様……
《危なかったぁ……おい! お転婆脳筋姫! 親を泣かせた罰を与えに来たぞ! 月にいるダグルを全滅させたらお仕置きしてやるからな! そのプリ尻を洗って待ってろ! 》
「はい……ゆうしゃさま……」
ああ……本当に勇者様が……勇者様が私を助けに……
あれほどの愚行を行った私を……勇者様……勇者様……どうか私の仲間をお救いください……どうか……
私は残った右手を胸にあて、光り輝く勇者様へそう祈るのだった。
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