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第1章
第45話 地上へ
しおりを挟むーー エルサリオン王国 兵器省 情報局 局長 レンウェ・ルンミール子爵 ーー
「行ってしまった……本当に生身で亜空間ホールを抜けるつもりなのか……」
「ワタルさん……」
私がオートマタを連れ去り飛び立ったセカイ氏を見上げていると、隣でもフィロテスが悲しげな表情で見上げていた。
フィロテスとしてはこんなはずではなかったという思いだろう。本来ならこの後、フィロテスの故郷を空から案内する予定だと言っていた。それがまさかこんな結末になるとは……
「フィロテスよ。今後は君に掛かっている。セカイ氏をエルサリオンの、いやアガルタの敵に回してはならない。君がしっかりと繋ぎとめてくれ。今回の後始末が終われば休暇を取らせる。彼のもとに行ってエルサリオンとセカイ氏との関係修復に尽力して欲しい」
「は、はい! それはもちろんそう致します! しかしそのためにはエルサリオンも相応の覚悟が必要かと」
「当然私も全力を尽くす。長年見て見ぬ振りをしてきたハーフエルフの差別問題を、なんとかセカイ氏に納得してもらえる形まで改善しなければならないだろう。今回はなんとしてでも王に動いてもらうつもりだ」
これは我々の罪。その報いが今エルサリオン全体に降りかかっているのかもしれん。
「ハーフエルフはエルフとダークエルフの共存の証。ワタルさんにそう言われた時に、私は何も言えませんでした……本来ならば祝福されるべき存在の彼らを私たちは……」
「そうだな。我々は同じ国にいようとも、結局は同族で固まってしまいお互いにいがみ合っていたからな」
エルフの貴族領にはエルフしかおらず、ダークエルフの貴族領にはダークエルフしかいない。同じ国だがまるで別の国の者のようにお互い距離を置いている。小さないさかいは頻繁にあるが、それでも貴族間での戦争などは起こらない。それは遥か古代から絶対の禁忌として国の方法により禁止されているからだ。
王はエルフだが、国の重要な法案を決定する六公爵家のうち四家はダークエルフとなっている。その他の貴族もダークエルフの方が多い。それでバランスを保ちこれまでやってきたが、ハーフエルフに関しては誰も関心を寄せることはなかった。
彼らはどの貴族領にいても馴染めず、結局は全員が国を出ていった。
過去に国に残り優秀な戦士となった者もいたが、配下の者たちをまとめきれず軍を除隊していった。
歴代の王の中にはハーフエルフの問題を解決するべく精力的に動いた王もいたが、それが実を結ぶことはなかった。
その結果がこれだ。
上位貴族の多くの子息が種族至上主義に染まり、ダークエルフはともかくハーフエルフを侮辱し国に災いを招いた。
彼らとセカイ氏が接触しないよう注意はしていた。しかし王女と高位貴族の子息たちの情報収集能力と、無謀な行動を防ぐことはできなかった。
あのマジックテントに同行した私たちの護衛も逆らうことができなかったのだろう。同じように情報局の職員も、さすがに王女には逆らえなかったとみるしかあるまい。
セカイ氏の言うとおり王女には退役していただくほかないな。民のために日頃から苦心しておられる姫には酷なことだが、王命に逆らう王族など国にとって害でしかない。
「同じ国の民なのに……肌の色の違いだけでどうして私たちは……」
「うまく付き合えるエルフも多くいる。同じくらい反りが合わない者もいるがな。これは我々一人一人の意識の問題だ。ダグルという共通の敵が現れてから20年。いつまでもこのままではいけないだろう。ハーフエルフへの差別を無くすには、まずエルフとダークエルフがお互いを認め合うことができるようにしなければならぬな」
「おっしゃる通りです。しかしそれにはどうしても時間が……あ、局長。王都軍が到着したようです」
「やっとか……本来なら早いはずなんだがな。今は遅いと言いたい気分だ」
緊急出動し、遠く王都からこの短時間で来たのは本来なら褒められるべき練度だ。しかしもう全てが終わった。先走った子爵の軍は、生き残っている者は少ないだろう。それほどの威力があの稲妻にはあった。
恐ろしい……アガルタ最強の王女とその親衛隊を軽く打ち破り、宇宙艦隊の攻撃を全て防いだうえに一瞬で全ての艦を沈めたセカイ氏とカレン氏。
フィロテスとの交流があったからこそ、エルサリオンを敵として見られることは辛うじて防げた。それがなかったと思うと背筋が凍る思いだ。
もう二度と彼らを怒らせるようなことがあってはならない。この国を滅ぼすほどの力を持った彼らを……
それにしてもギルミア公爵家め……アメリカの件といい今回の件といい、何度我々の邪魔をすれば気が済むのだ。
私はゴリラか何かの毛だらけの腕や足をその身に取り付けられ、呆然としているギルミア公爵家の跡取りを睨みつけながら王都軍の到着を待つのだった。
♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢
ルンミールたちと別れ遠くに見える亜空間ホールへ向けて1時間ほど飛んだところで、俺たちはホール入口へとたどり着いた。
周囲にはUFOがウヨウヨいる。俺たちに接触して来ないのは、ルンミールかフィロテスが連絡を入れてくれたかなにかしたからだろう。
「トワ。今からエーテルをまとってここを抜ける。念のためロープで縛っておくけど、しっかり捕まっておけよ? 」
「ご主人様、生身で亜空間ホールを抜けるなど頭がイカレましたか? 」
「正気だよ。トワも見てたろ俺たちの実力をさ。カレン、結界を最大範囲で張ってくれ。俺もその内側に張るから」
「わかった……『結界』 」
「よし……『結界』……こんくらいでいいか。ホールは割とすぐ抜けれてたしな。んじゃ行くか」
俺はトワとカレンの腰にロープを巻いたあと、カレンが張った結界の内側にもう一枚結界を張った。
そしてカレンと飛行速度を合わせながら白いホールへと飛び込んだ。
ホールの中は来た時同様に真っ白で、気を抜くと飛んでいる感覚を失うほど平衡感覚が狂わされた。
これは確かにエーテルで身を守らないと、あっという間にどこかに弾き出されそうだ。いや、引っ張られる感じか?
でも兵器省へと向かう途中でフィロテスが、一定量のエーテルさえまとっていればトンネル状のこのホールから弾き出されることはないと言っていた。それを信じて真っ直ぐ飛ぶことに集中していれば抜けれるはずだ。
それから数分ほど飛んでいただろうか? 進行方向により一層白く輝く光が見えてきた。
「カレン、出口だ! 」
俺はカレンの腰に回した手に力を入れ、さらに加速して一気に出口へと向かった。
そして出口へと辿り着き、俺たちは一気にホールを抜けた。
ホールを抜けると青い空が目に映り、周囲を見るとそこは入ってきた時と同じ火山の火口のようだった。
「よっし、成功! なんてことなかったな」
「よゆーだった」
「本当に生身で抜けやがりました……とんでもねえご主人様でやがります」
「だから大丈夫だって言ったろ? さて、確かここは東北だったよな。ちょっと携帯のGPSで位置確認するから待っててくれ」
俺は怖かったのかずっと抱きついていたトワの乳の柔らかさを胸もとで感じつつ、腰のマジックポーチからスマホを取り出して現在地を確認した。
そしてスマホの地図には、ここが岩手と秋田県の境目にある山脈地帯であることが表示された。
「岩手県か……ここからなら盛岡市が近いな。これも何かの縁か」
俺は年明けにバッタ型のインセクトイドの襲来時に戦った盛岡市が近いこともあり、これも何かの縁だと思い立ち寄ることにした。
「盛岡……わんこ蕎麦」
「ああ、わんこ蕎麦とか冷麺が有名だよな」
「食べてみたかった……400杯目指す」
「おいおい、あれって平均100杯くらいだろ? 400って……まあいいけど。またお腹が苦しくなっても知らないぞ」
この前全種類のらーめんを食べるとかいって、食べ過ぎて動けなくなったからな。
「大丈夫……ワタルがまたおぶってくれる」
「食い過ぎたあとのカレンは重いんだよな~」
「重くない……」
「あははは、冗談だよ。そうムスッとすんなって。とりあえず街の近くまで低空で飛んでいくぞ」
俺は微妙にむくれた顔をしているカレンにそう言い、盛岡市のある東の方向に低空で飛んでいった。
そして20分ほど飛ぶと大きな湖が見え、そこを越えると広い道路が見えたので俺たちはその手前で地上へと降りた。
そしてタクシー会社に連絡をし、革鎧を脱ぎ私服に着替えてタクシーが来るのを待つことにした。
カレンとカレンより長い耳のトワにはもう帽子を被らせていない。ネットではもうバレバレだし、カレンにこれ以上窮屈な思いをさせたくないからな。
もしも日本で居心地が悪くなったら海外に行けばいいし、ドワーフのジオとも連絡先を交換したからドワーフの国に行ってもいい。ジオは魔鉄の加工法を教えることになってるから、喜んで迎え入れてくれるだろう。
そんことを考えながら30分ほどするとタクシーがやって来たので、俺たちはそれに乗り込んだ。
タクシーの運転手の40代くらいのおじさんは、俺たちの姿を見てかなり驚いていた。俺はそんな運転手さんにタクシーが来るまでの間にネットで調べた旅館を伝えると、おじさんは満面の笑みを浮かべて返事をしてくれた。
移動中は運転手さんがバックミラー越しにチラチラと見ている視線を感じたけど、一言も俺たちに話しかけてくることはなかった。
そして目的地に着き精算のため料金メーターを確認しようとすると、突然メーターの画面が消えた。
「あ、えっといくらです? 」
「いえ、メーターが壊れたらしくて私にもわからないんですよ。機械の故障ですのでお代は結構です」
「え? いや、さっきまで料金表示されてましたよね? 」
「そうでしたか? 私は覚えていませんし、機械もうんともすんとも言わないのでもうわからないですね」
「あ、じゃあ五千円置いておきますますよ。お釣りはいいですから」
「いえ、いただけませんよ。その……実はお客さん。こういうのはルール違反なんですが……私は今年の1月に災害にあいまして……命からがら妻と娘を連れて盛岡駅の地下に避難していたんです。ところがそこも安全ではなく、命の危機に陥りましてね。もう駄目だと思った時に突然現れた方々に助けられまして……いつかお礼をとずっと思っていたんです」
「1月……そうですか。奥さんと娘さんが無事でよかったですね。きっと助けた人は、たまたまだって言うと思いますよ」
「それでもいいんです。結果として妻と娘が助けられたわけですから。ですから……ありがとうございます。救世主様のおかげで私たち家族は救われました……と、そう言いたいんです」
「……きっとその気持ちは伝わっていると思いますよ。あ、そうだ! 明日から市内を観光したいので、運転手さんにお願いしようかな」
「そ、それは喜んでご案内させていただきます! こ、これが携帯の番号になりますので、いつでもお呼びください! 」
「ありがとうございます。明日までにメーターは直しておいてくださいね。それじゃあ明日連絡します! 」
俺は運転手さんから名刺を受け取り、そう言ってカレンとトワを連れてタクシーから降りた。
そして運転席から頭を下げるおじさんに手を振って、タクシーが離れていくのを見送った。
「1月……インセクトイドからお母さんと子供……助けられた」
「そうだな。たまたまだけどな」
「ん……でもよかった」
「まあな……」
「ワタルも嬉しそう……明日もあのおじさん指名した」
「まだ復興途中で客も少ないのにタダ乗りさせてもらったからな。そのお礼だ。毎回違う人よりゃ気を使わなくていいだろ? 」
「ん……ワタル優しい」
「お互いにメリットがあるからそうしただけだ。さて、旅館に入ろう」
「んふっ……好き」
「オイ、歩きにくいって。くっつくのは部屋でな? ほら、トワも行くぞ」
俺は抱きついてくるカレンを引き剥がしながら、こちらをジッと見ていたトワを呼んだ。
「はい。ご主人様のツンデレは誰得でやがりますか? 」
「ぐっ……ちげーよ! ツンデレじゃねえよ! ていうかツンデレナイに言われたくねえよ! 」
「デレたら負けとプログラムにありやすから」
「なんの勝負だよ! いいからもういくぞ! 」
俺は不敵な笑みを浮かべながらデレたら負けとか言い放つトワに誰と戦ってんだよと言いつつ、トワの手を取り旅館へと入っていった。
ちきしょう……エルサリオンの技術者め。もっとこう従順な性格をインストールしてくれればよかったのに!
せめて夜のご奉仕に期待するか。きっとものすごいテクニックをインストールされてるに違いないしな。
うん、それならこの毒舌も許容できる。
フッ、見せてもらおうか接待用オートマタの性能とやらを!
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