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第1章
第22話 接触
しおりを挟む俺が平沢を置いて飛び立とうとすると、こちらへ向かってきた自衛隊の高機動車から見知った顔が手を振っていた。俺はその意外な人物、親友の小長谷の姿を見て立ち去るタイミングを失っていた。
すると車両は俺たちのすぐ近くで停止し、自衛隊の迷彩服を着た小長谷が飛び出すように降りて駆け寄ってきた。その背後には、車から降りる黒いスーツを着たインテリの中年の男が見えた。
「航! それにキヨト!? ああ……やはり拉致されてたか……」
「小長谷……お前なんでこんなとこにいるんだよ。それにヒラキヨのことをやっぱりって、知ってたのか? 」
千葉の部隊じゃなかったっけ? 確か陸上自衛隊とは聞いてたけど、なんで小長谷がこんなとこにいるんだ? それに平沢が攫われたのを知ってたようだけど……
「ツネ! ヤバかった! マジでヤバかったんだよ! 米軍も航も! 」
「ああ、監視についていた警官が、上の命令でキヨトの監視から外れたのを確認できた。警視庁のトップ連中は米国に取り込まれていたみたいだ。航……俺はお前とカレンさんが、先日日本を救ってくれたグレイマスクの2人だということを知っている。そしてさっきの戦闘の様子も見ていた」
「そうか。俺の友達だから接触役に政府に指名されたのか。そりゃそうするか。悪いな巻き込んで」
そうだよな。小長谷も公務員だったわ。そりゃ俺を特定したのなら接触役に抜擢するわな。しかし警視庁って警察で一番大きい組織だよな? 首都圏の警察を統括してるんだったか? そこが米国の言いなりになって国民の拉致に加担したとか終わってんな。
「いいんだ。正直、航が救世主と聞いて最初は信じられなかった。けど様々な資料を見せられて間違いないと思ったんだ。その……色々と驚いてなんて言ったらいいかわからないが、盛岡市での防衛戦……あの時に俺はいたんだ。お前に命を救われたよ。ありがとう。航とカレンさんのおかげで、大事な仲間と国民を救うことができた。本当にありがとう」
「はあ!? 盛岡市の時ってまさか!? 小長谷はサク乗りだったのかよ! 」
マジか! 小長谷があの時いたサクのパイロットだったって!?
「実はそうなんだ。色々と機密の多い部隊だからな。家族にすら伏せてあるんだ」
「なんて羨ましい! くっ……まあ俺も色々隠してたし、教えてくれなかったことには何も言えないけどさ。ヒラキヨにも言ったが、行方不明だった10年間で俺は特殊な力を身に付けたんだよ。そして先日インセクトイドに襲われている日本を見て、見過ごせなくなって戦ったんだ。でもそのおかげで米国に特定されて、ヒラキヨを人質に取られちまった。俺もカレンも米国で解剖されるつもりはないからな。そういうわけで見せしめのために皆殺しにした。ああ、エルサリオンとか地下世界とは無関係だ。なんでか知らないが、米国の戦闘機を攻撃したあのUFOとも関係ない」
「エルサリオンとは関係がないのですか!? 」
「ん? 小長谷、この人は? 」
俺がここまでの経緯を小長谷に説明していると、小長谷の斜め後ろで俺たちの会話を聞いていた黒いスーツ姿のインテリ風の男が驚いた声をあげた。
「し、失礼しました。私は内閣府調査室で室長を務めさせて頂いております神谷と申します。救世主である瀬海さんとの接触を政府より指示され、旭川に向かっていたのですが……米国に先を越され急いで追い掛けてきたところ大変なことになってまして……そ、それよりもあれほどの力を持っているのに、エルサリオンと関係が無いというのは……」
神谷と名乗る男は足を震えさせながらも胸を張り俺に自己紹介をした。
まあ滑走路の向こう側では戦車からビルから大火災発生中だしな。しかしインテリの割には肝が据わっているな。でも内閣調査室ってなんだろ?
「航、公安から上がってくる情報まとめるような部署だと思っていればいい。俺も神谷さんから指名をされて急遽駆り出されたんだ」
「悪いな巻き込んで。それにしても公安の上の部署か……ええと、神谷さんでしたか。今言ったように地下世界と俺たちは無関係です。今まで接触したこともありませんね。アイツらが勝手に加勢してきただけですよ」
「なんと……そ、それではどうやってその力を……いえ、失礼しました。探るつもりはありません。純粋に疑問に思っただけですのでお気になさらないでください」
「気持ちはわかりますよ。まあ言っても信じられないようなところで得た力とだけ」
異世界とか他の惑星でエイリアンと戦ってましたとか、言う方も勇気がいるんだよ。絶対何言ってんだコイツって目で見られそうだし。
「我々の想像を超える場所でということですか……エルサリオンと関係が無いということだけでも知れたのは良かったです。できれば一度落ち着いて官邸等でお話を伺いたいのですが……」
おいおい、いま隣で米軍を壊滅させた俺を誘うとか凄えなこの人。普通米国に引き渡すとかすると思うんだけどな。2回も同盟国に見捨てられたから、政府も米国に頭にきてるとかか?
「話し合いをする分には構わないけど、政府機関でというのはお断りします。日本政府や官僚を信じてませんので。話があるならそちらからお越しください。それにちょっと今は忙しいんですよ。これから横須賀基地に行かないといけないので。邪魔をするなら自衛隊も攻撃するからおとなしくしててくださいね。スマホで動画撮ってるんで、あとで自衛隊に攻撃されたってM-tubeに流しますよ? 」
金髪眼鏡との会話もハンニバンとの会話も、その後の戦闘も全てコートの胸ポケットから出しているスマホで録画してある。あとはとりあえずここまで録画したのを外部サイトに保存してまた録画すればいい。ここは少し脅しておかないと自衛隊が横須賀を守ろうとするかもしれないからな。米国に2度裏切られても助けそうで怖いんだよ。日本人て律儀だし、米国の犬の政治家も多そうだしな。
「せ、瀬海さん! それはちょっと待ってください! 」
「わ、航!? 横須賀基地って米軍基地をここと同じようにするつもりなのか!? 」
「そうだけど? 米国には俺の身内に手を出したらどうなるのか、その血で償ってもらう。本当はこんなことやりたく無いんだけどな。日本を救っても日本は俺たちを守ってくれそうもないから自分で処理するんだよ」
こんな虐殺じみたことなんかしたくない。けど日本が頼りないからな。相手は太平洋戦争以来の宗主国である米国だ。それも仕方ないんだろうけど。なら自分の身は自分で守る。これ以外に方法があるなら教えて欲しいね。
「べ、米国には我が国から抗議を……」
「日本が米国に抗議? それに何の意味が? 国民の拉致に加担した奴らに何を期待しろと? 守れなかったならわかるけど、守らなかったどころか差し出したんですよね? そっちへの報復もしてもいいんですよ? 」
神谷って人も立場上止めるのはわかるけど、小長谷がいなきゃ警視庁を襲撃したいくらいなのがわかんないのかね?
「うっ……そ、それは……」
「小長谷、悪いけどこれは自己防衛のためだ。邪魔するなよ? 俺はヒラキヨを攫われて頭にきてんだ。だから海兵隊の拠点である横須賀を潰す。そしてそれでも手を出してくるなら次は米国に行き、インセクトイドへの防衛設備を全て破壊してくる。そうすれば次のインセクトイドの侵攻で米国は滅ぶ。そこまでやればどの国も俺たちに手を出さなくなるだろう。俺は本気だ」
「航……」
小長谷は複雑な表情だ。親友を攫って親友を脅す米国が許せない気持ちと、立場上賛同ができない気持ちと板挟みなんだろう。
「航……俺がパツキンに引っ掛かったばかりに……ごめん……」
「別にヒラキヨがハニートラップに引っ掛かってなくても、別の方法で攫われてたさ。まあそういう訳で小長谷、全部終わったら連絡するよ。こっちが指定した場所に来る分には話をするし、インセクトイドと戦うのに必要な技能を教えてやってもいい」
「ん? 技能? 何かインセクトイドと戦うのに必要な技能があるのか? 」
「あるよ。レールガンの弾がまとっているエーテルは人間なら誰でもその身に保有してんだ。オーラとかそういうものに近いから目に見えないけどな。そうだな……ちょっと小長谷じっとしてろよ? 」
俺は小長谷に近付いてその胸の中心に手をあてた。そして俺のエーテルを小長谷の身体に流した。
「うおっ! なんだこの熱い物は! 気か何かか? 」
「さすがサク乗りなだけあってそこそこエーテル持ってるな。通常の人間の倍ってとこか……ああ、まあ気や霊力やオーラとか呼ばれてるようなもんだ。これはインセクトイドや人間など、エーテルを保有する生物を至近距離で殺すと増えるんだよ。それよりわかるか? 自分のエーテルの存在が胸にあるのを感じるか? 」
「こ、これがエーテル……ああ……なんとなくわかるよ」
結構な量を流したからな。さすがにエーテルの存在は感じたみたいだ。
「OK。インセクトイドはこのエーテルを無意識にまとってる。だから物理攻撃が効きにくい。エーテルにはエーテルをぶつけて相殺しないといけないんだ。つまりこのエーテルを小長谷も身体全体にまとって、武器にもまとわせることができればより強力なインセクトイドが現れても戦えるようになる。ほかにはエーテルをまとわせやすい素材とか色々あるが、現状ではインセクトイドの亡骸を使うのがいい。それを加工するには工具にエーテルをまとわせる必要がある。これをやるよ。この短剣にエーテルをまとわせられるようになるまで練習して、あのダンゴムシの殻を斬ってみろ。簡単に斬れるから」
俺はそう言って黒鉄製の短剣をマジックポーチから取り出して小長谷に渡した。
黒鉄は恐らく地球上のどの鉱物よりも硬く、それでいてエーテルの通りが良い素材だ。アルガルータでしか採掘できない素材なので希少だが、インゴットやらストックはまだまだある。短剣一本くらいはどうってことない。
「エーテルにはエーテルを……この黒鉄という物に体内のエーテルを流せるようになれば、本当にあのダンゴムシの硬い甲殻を? 」
「ああ、余裕だ。その短剣なら少ないエーテルでも簡単にまとわせて斬ることができる。んじゃまあそういうことだから練習しとけよ? その技術を使いこなせるようになれなれば、レールガンなんてもうサブウェポンにしかならなくなるからな。そしてより多くのインセクトイドを至近距離で倒せ。そうすれば体内のエーテル保有量が増える。結果として継戦能力が上がる」
「レールガンがサブウェポンにか……わかった。必ずモノにしてみせる! ありがとう航」
「いいさ、エルサリオンは教えてくれなかったみたいだしな。恐らく地上の人間を警戒してんだろ。かと言って黙って肉壁に同族がされるのも腹立たしいしな。これくらいは覚えておくべきだ」
「せ、瀬海さん……あなたはいったい何が目的で……」
「目的? 平和にカレンと2人で過ごすことですかね。今となっては厳しそうですけど。それでもできるだけ普通の生活を送りたいんですよ。そのためにはインセクトイドが邪魔なんで自衛隊には頑張って戦ってもらおうと思っただけです。それじゃあ俺たちは行きますんで、くれぐれも邪魔しないでください。できれば同郷の人間殺したくないので」
せっかくカレンとのんびり暮らしてたのに邪魔されたからな。俺とカレンの平和のために自衛隊には頑張ってもらいたい。小長谷は次にインセクトイドが現れたらちょっと拉致してパワレベしてやる必要があるかもな。今のままじゃエーテルを使いこなせるようになっても、数十分しか戦えなさそうだ。もっと保有量を増やしてやらないと。
「……わかりました。政府としても腹を決めることとします。近くの自衛隊駐屯地には通達を出します。どうか民間人にだけは被害を出さぬようお願いします」
「ここの米軍基地の居住区は無傷ですよね? なんなら横須賀基地に今から俺が行くことを知らせてもいいですよ? 目的は基地の施設と空母などの兵器の破壊ですから。攻撃も海から行いますし」
「なるほど……わかりました。無駄とは思いますが警告はしておきましょう」
「いいですよ。ああ、あと俺たちのことを公表するのは勝手ですけど、そうなれば日本から出て行くので。まあそういうわけです。小長谷、ヒラキヨを頼んだ。また連絡する。カレン、行こう」
俺はエーテルの存在を忘れないように目をつぶって瞑想している小長谷にヒラキヨの保護を頼み、カレンと共に上空へと飛び立った。
そして視線の先にいるUFOを無視して南へと向かったのだった。
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