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第五章 妖怪攫い事件
第二十九話 朧げな闇
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カキーン!
沙希の頭上に金属音が響いた。
夕凪は沙希の右手首を掴んだまま、腰に掛けていた日本刀の鞘を引き抜き、突然上から降って来た手甲鉤の尖った先端をすんでのところで防ぐ。
沙希の頭上を越えて飛んで来た風夜は片手だけ手甲鉤を出現させ、夕凪の日本刀を押し込む。
夕凪が沙希の右手首を掴む力が緩んだ隙を見計らった風夜は間に入り、目線を夕凪に向けたまま空いた手で沙希の右腕を掴むと、勢いよく後ろに引き離した。
「わ!」
不意に後方に押され、足が縺れて転びそうになったが、沙希は何とか踏み止まることができた。
解放された右手首を弄ると、肌には赤い指の痕がくっきりと残っていた。
風夜は一瞬だけ振り返り、沙希を夕凪から引き離すことができたとわかると、再び夕凪に視線を戻す。
もう片方の手にも手甲鉤を出現させ、夕凪の攻撃に対抗する。
「チッ……」
攻撃を塞がれ、風夜は顔を顰めながら忌々しそうに舌を打つ。
「真正面から狙うなんて、人質に取られている主が傷つくことを考えなかったのかな?」
「生憎俺は、お前みたいに卑劣なやり方をするほど落ちぶれてはいねぇ」
「へぇ……随分と傲慢だね」
風夜と夕凪は刃を押し合う形でやり取りする。
そして、武器に力を込めた反動で後方に飛ぶ。
「やっぱ強ぇな……」
風夜は沙希を護るように前へ立ち、攻撃に身構える。
「……まあ、見た感じ、君の主は僕のことは知らなそうだね。でも――」
夕凪は沙希から視線を外すと、赤眼の先を風夜に向けた。
「君は僕のことをよく知っているからね。ねぇ、風夜」
夕凪の言葉に、風夜は不可解そうに顔を顰める。
「……? 何で俺の名前知ってんだよ。知るも何も俺とお前は初対面だろ」
「おや?」
理解できないという風夜のセリフに、夕凪は目を丸くし、きょとんと首を傾げる。
夕凪は凝視した様子で風夜を見つめていると、「ふうん……」と何やら納得したように呟いた。
「知らないならしょうがないか……」
不意に夕凪は肩を竦め、切なげな表情を浮かべる。
「僕ね……赤子だった君を抱いたことあるんだよ」
その言葉に、風夜は怪訝になる。
「おい、それどういう……――っ!」
風夜が問い掛けようとした時、夕凪の赤眼が彼の瞳を捉えた。
その瞬間、風夜の額に見えない衝撃波が襲った。
「がはっ……!」
風夜の体は後方へ吹き飛び、付近にあった瓦礫が積み上がった建物に激突する。
「風夜ッ!」
一瞬の出来事で動けず固まっていた沙希は、風夜の苦しげな声が聞こえると、ハッと強張りが解ける。
沙希は慌てて踵を返し、風夜に駆け寄った。
「っ……!」
ドクン!
瓦礫に挟まった体を起こそうとした途端、風夜の心臓に大きく脈を打った。
すると、風夜はまるで寒気が起きたかのように両手で体を抱き締める。
同時に風夜の中で得体のしれない何かが這いずり回るような感覚に襲われる。
風夜の目の前が真っ暗になる。
何も見えなくなったと思いきや、暗闇の中で雑音交じりの声が聞こえてくる。
(何だ……。何なんだよ……これ)
風夜は自分の身に何が起こっているのかわからず、響いてくる声に頭を抱える。
聞き取れないその声に、胸を締めつけられる苦痛を感じた。
「……や! ……風夜!」
暗がりの中で、必死に風夜を呼び掛ける声が聞こえた。
風夜はその声にハッと意識が戻る。
目の前には、こちらに駆け寄って来る沙希の姿があった。
風夜は焦点が定まらない目のまま、呆然と沙希を見つめる。
すると、脳裏にノイズ混じりで見知らぬ人物が現れ、沙希と重なった。
(誰……だ……?)
意識が遠のいて行き、風夜の瞼がすぅーと落ちると体が沈むように倒れた。
「風夜、しっかり! 大丈夫!?」
「…………」
倒れた風夜を抱き起こし、必死に呼び掛ける沙希。
しかし、風夜の反応はなく、苦しみに堪える呻き声が聞こえる。
「――本当に残念だよ……」
「うっ……!」
不意に耳元から切を帯びた囁き声が聞こえたかと思いきや、沙希の首筋に鈍い痛みが襲った。
そして、地面に勢いよく倒れる。
「まだまだ甘ちゃんだね。仲間の心配以前に、敵を無視しちゃダメでしょ」
目の前に足元が見える。
目だけ動かすと、そこには冷酷な笑みを浮かべた夕凪の姿があった。
「思ったより大したことないね」
夕凪は踵を返し、バサッと羽織を靡かせる。
「待……て……」
体が動かない。
口がうまく回らず、だんだん視界がぼやけていく。
夕凪は沙希の声が届いたのか、こちらを振り向いた。
いつの間にか、赤く煌めいていた夕凪の瞳が琥珀色に戻っていた。
「じゃあね、また遊ぼう」
夕凪は勝ち誇った顔をすると、周囲に白い風が舞い上がる。
(早くしないと……逃げられる)
沙希は神器を出現させようとするが、思うように手に収まらなかった。
そこで、沙希の意識が途絶えた――。
✿ ✿ ✿
「ん……」
目を覚ますと、見知らぬ天井が視界に入る。
(ここは、どこ……?)
状況を把握しようと首を動かそうとした時、隣から襖を引く音が聞こえた。
「お嬢! よかった! 気がついたんだね!」
声がした方を向くと、開いた襖から陽向が安堵した表情で駆け寄って来るのが見えた。
「陽向君……?」
「待ってて、今、ユウ呼んでくるから!」
そう言って、陽向は急いで部屋を出た。
廊下の向こうから、「ユウ! お嬢が目を覚ましたよー!」と陽向の歓呼が聞こえた。
陽向が部屋を出た後、沙希は敷布団に寝かされていたことに気づく。
同時に意識が覚醒し、ここは祐介の祖父母宅だということがわかった。
✿ ✿ ✿
少し経つと、祐介と陽向が部屋に入って来た。
(よかった……。南雲さんと陽向君……無事だったんだね……)
「西山さん、具合は大丈夫?」
心配顔で問い掛ける祐介。
「はい……大丈夫です」
沙希は上半身を起こそうとした時、目眩に襲われ、グラリと体が傾ぐ。
頭がうまく回らない。
(確か私は……風夜と一緒に繁華街に行って……それから……風夜!)
ハッと記憶が呼び覚ます。
「そうだ! ねぇ、風夜は!?」
「慌てなくても大丈夫だよ。フウちゃんなら、ほら、そこ」
陽向の指差した方を見ると、少し離れたところに敷いてある敷布団に風夜が眠っていた。
「お嬢、無理に起き上がらないで」
そう言って、陽向は沙希の両肩に手を添えて、横にさせる。
「ユウも休みなよ。まだ回復しきれてないでしょ」
「いや。歩けるくらいに回復したから、もう休む必要はない」
祐介はそう言っているが、表情がどことなく疲弊しているように見えた。
沙希は少しの間、敷布団で横になっていると、重かった体が徐々に軽くなり、立ち上がれるくらい回復してきた。
でも、風夜はまだ目を覚まさなかった。
後からすると、祐介は今まで何があったのか沙希に話した。
祐介と陽向は黒マントが出現した現場を調査していたところ、突如、夕凪が現れたのだそうだ。
二人は夕凪を捕らえようと闘争になったが、力は夕凪の方が圧倒的だった。
最終的に夕凪は幻術で二人を動けなくした後、彼は用が済んだかのように忽然と姿を消したのだ。
夕凪が去った後、自力で幻術を解いた二人は嫌な予感がし、沙希と風夜を捜していたのだ。
そして、繁華街から離れた森で倒れた沙希と風夜を見つけた祐介と陽向は、祐介の祖父母宅まで運んできてくれたらしい。
沙希の頭上に金属音が響いた。
夕凪は沙希の右手首を掴んだまま、腰に掛けていた日本刀の鞘を引き抜き、突然上から降って来た手甲鉤の尖った先端をすんでのところで防ぐ。
沙希の頭上を越えて飛んで来た風夜は片手だけ手甲鉤を出現させ、夕凪の日本刀を押し込む。
夕凪が沙希の右手首を掴む力が緩んだ隙を見計らった風夜は間に入り、目線を夕凪に向けたまま空いた手で沙希の右腕を掴むと、勢いよく後ろに引き離した。
「わ!」
不意に後方に押され、足が縺れて転びそうになったが、沙希は何とか踏み止まることができた。
解放された右手首を弄ると、肌には赤い指の痕がくっきりと残っていた。
風夜は一瞬だけ振り返り、沙希を夕凪から引き離すことができたとわかると、再び夕凪に視線を戻す。
もう片方の手にも手甲鉤を出現させ、夕凪の攻撃に対抗する。
「チッ……」
攻撃を塞がれ、風夜は顔を顰めながら忌々しそうに舌を打つ。
「真正面から狙うなんて、人質に取られている主が傷つくことを考えなかったのかな?」
「生憎俺は、お前みたいに卑劣なやり方をするほど落ちぶれてはいねぇ」
「へぇ……随分と傲慢だね」
風夜と夕凪は刃を押し合う形でやり取りする。
そして、武器に力を込めた反動で後方に飛ぶ。
「やっぱ強ぇな……」
風夜は沙希を護るように前へ立ち、攻撃に身構える。
「……まあ、見た感じ、君の主は僕のことは知らなそうだね。でも――」
夕凪は沙希から視線を外すと、赤眼の先を風夜に向けた。
「君は僕のことをよく知っているからね。ねぇ、風夜」
夕凪の言葉に、風夜は不可解そうに顔を顰める。
「……? 何で俺の名前知ってんだよ。知るも何も俺とお前は初対面だろ」
「おや?」
理解できないという風夜のセリフに、夕凪は目を丸くし、きょとんと首を傾げる。
夕凪は凝視した様子で風夜を見つめていると、「ふうん……」と何やら納得したように呟いた。
「知らないならしょうがないか……」
不意に夕凪は肩を竦め、切なげな表情を浮かべる。
「僕ね……赤子だった君を抱いたことあるんだよ」
その言葉に、風夜は怪訝になる。
「おい、それどういう……――っ!」
風夜が問い掛けようとした時、夕凪の赤眼が彼の瞳を捉えた。
その瞬間、風夜の額に見えない衝撃波が襲った。
「がはっ……!」
風夜の体は後方へ吹き飛び、付近にあった瓦礫が積み上がった建物に激突する。
「風夜ッ!」
一瞬の出来事で動けず固まっていた沙希は、風夜の苦しげな声が聞こえると、ハッと強張りが解ける。
沙希は慌てて踵を返し、風夜に駆け寄った。
「っ……!」
ドクン!
瓦礫に挟まった体を起こそうとした途端、風夜の心臓に大きく脈を打った。
すると、風夜はまるで寒気が起きたかのように両手で体を抱き締める。
同時に風夜の中で得体のしれない何かが這いずり回るような感覚に襲われる。
風夜の目の前が真っ暗になる。
何も見えなくなったと思いきや、暗闇の中で雑音交じりの声が聞こえてくる。
(何だ……。何なんだよ……これ)
風夜は自分の身に何が起こっているのかわからず、響いてくる声に頭を抱える。
聞き取れないその声に、胸を締めつけられる苦痛を感じた。
「……や! ……風夜!」
暗がりの中で、必死に風夜を呼び掛ける声が聞こえた。
風夜はその声にハッと意識が戻る。
目の前には、こちらに駆け寄って来る沙希の姿があった。
風夜は焦点が定まらない目のまま、呆然と沙希を見つめる。
すると、脳裏にノイズ混じりで見知らぬ人物が現れ、沙希と重なった。
(誰……だ……?)
意識が遠のいて行き、風夜の瞼がすぅーと落ちると体が沈むように倒れた。
「風夜、しっかり! 大丈夫!?」
「…………」
倒れた風夜を抱き起こし、必死に呼び掛ける沙希。
しかし、風夜の反応はなく、苦しみに堪える呻き声が聞こえる。
「――本当に残念だよ……」
「うっ……!」
不意に耳元から切を帯びた囁き声が聞こえたかと思いきや、沙希の首筋に鈍い痛みが襲った。
そして、地面に勢いよく倒れる。
「まだまだ甘ちゃんだね。仲間の心配以前に、敵を無視しちゃダメでしょ」
目の前に足元が見える。
目だけ動かすと、そこには冷酷な笑みを浮かべた夕凪の姿があった。
「思ったより大したことないね」
夕凪は踵を返し、バサッと羽織を靡かせる。
「待……て……」
体が動かない。
口がうまく回らず、だんだん視界がぼやけていく。
夕凪は沙希の声が届いたのか、こちらを振り向いた。
いつの間にか、赤く煌めいていた夕凪の瞳が琥珀色に戻っていた。
「じゃあね、また遊ぼう」
夕凪は勝ち誇った顔をすると、周囲に白い風が舞い上がる。
(早くしないと……逃げられる)
沙希は神器を出現させようとするが、思うように手に収まらなかった。
そこで、沙希の意識が途絶えた――。
✿ ✿ ✿
「ん……」
目を覚ますと、見知らぬ天井が視界に入る。
(ここは、どこ……?)
状況を把握しようと首を動かそうとした時、隣から襖を引く音が聞こえた。
「お嬢! よかった! 気がついたんだね!」
声がした方を向くと、開いた襖から陽向が安堵した表情で駆け寄って来るのが見えた。
「陽向君……?」
「待ってて、今、ユウ呼んでくるから!」
そう言って、陽向は急いで部屋を出た。
廊下の向こうから、「ユウ! お嬢が目を覚ましたよー!」と陽向の歓呼が聞こえた。
陽向が部屋を出た後、沙希は敷布団に寝かされていたことに気づく。
同時に意識が覚醒し、ここは祐介の祖父母宅だということがわかった。
✿ ✿ ✿
少し経つと、祐介と陽向が部屋に入って来た。
(よかった……。南雲さんと陽向君……無事だったんだね……)
「西山さん、具合は大丈夫?」
心配顔で問い掛ける祐介。
「はい……大丈夫です」
沙希は上半身を起こそうとした時、目眩に襲われ、グラリと体が傾ぐ。
頭がうまく回らない。
(確か私は……風夜と一緒に繁華街に行って……それから……風夜!)
ハッと記憶が呼び覚ます。
「そうだ! ねぇ、風夜は!?」
「慌てなくても大丈夫だよ。フウちゃんなら、ほら、そこ」
陽向の指差した方を見ると、少し離れたところに敷いてある敷布団に風夜が眠っていた。
「お嬢、無理に起き上がらないで」
そう言って、陽向は沙希の両肩に手を添えて、横にさせる。
「ユウも休みなよ。まだ回復しきれてないでしょ」
「いや。歩けるくらいに回復したから、もう休む必要はない」
祐介はそう言っているが、表情がどことなく疲弊しているように見えた。
沙希は少しの間、敷布団で横になっていると、重かった体が徐々に軽くなり、立ち上がれるくらい回復してきた。
でも、風夜はまだ目を覚まさなかった。
後からすると、祐介は今まで何があったのか沙希に話した。
祐介と陽向は黒マントが出現した現場を調査していたところ、突如、夕凪が現れたのだそうだ。
二人は夕凪を捕らえようと闘争になったが、力は夕凪の方が圧倒的だった。
最終的に夕凪は幻術で二人を動けなくした後、彼は用が済んだかのように忽然と姿を消したのだ。
夕凪が去った後、自力で幻術を解いた二人は嫌な予感がし、沙希と風夜を捜していたのだ。
そして、繁華街から離れた森で倒れた沙希と風夜を見つけた祐介と陽向は、祐介の祖父母宅まで運んできてくれたらしい。
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